貴方の専属教師。



一目惚れしたのは、内緒だった。

初めて、雪男が教壇に立つのを目の当たりにしたあの日。
今まで、―――そう、物心ついた時から今に至るまで、ずっと守らなくてはならない存在だと、
兄として弟を大切にしなければ、と、そう、思っていたのに、
いざ、フタを開けてみれば、自分だけが知らない所で、自他共に認める“天才”祓魔師の地位を欲しいままにし、
自分だけが知っていた弟の顔とは違う、一人前の祓魔師としての大人びた顔を当然のように向けてくる雪男。
もちろん初めは、いや、今だって、7歳の頃から自分の秘密を知りながらも、
ずっと隠し続けてきた彼が恨めしくもあり、憎らしくもあり、
何より自分だけが知らなかった事実がひどく悔しかったから、
どうしたって素直になれずにいる。彼の言う、最もらしい言葉も、嫌味なほどの正論も、
聞けば聞くほど気に入らない。自分を子供扱いする所も、説教を垂れるところも、全部。
けれど。
無意識に、彼の一挙一動に目がいっていた。
不貞腐れて授業を聞かず、寝たふりをしていても、本当は眠れなかった。
耳だけでなく、体の奥まで浸透していきそうな凛とした声音。片目を開けて、彼のほうをチラリと見やれば、
広い背中。祓魔師の正装に包まれたそれは、見知っていた弟のそれではない。
燐がなりたいと望んだ、強く、頼り甲斐のある祓魔師そのもの。
目標の第一歩が弟、というのは少し、いやかなりシャクだが、
格好イイと感じてしまう心には抗えない。
一目で、釘付けになった。
必死に目を逸らそうと、授業中、自分勝手にクラスメイト達の格好イイランキングなんか付けてみたけど、
全くもって意味がない。
一番は、7歳の時からの夢を、13歳という若さで叶えた奥村雪男で、
けれど、そんな自分の心すら嫌になって、燐はボールペンでぐじゃぐじゃと雪男の名を消す。
―――てか、当たり前だろ、一番カッコイイのはオヤジじゃん!
既にこの世にいない、一番の憧れをてっぺんに添えて、ランクから外れた雪男は気持ちよく最下位へ。
へへ、ざまーみろ。
ニヤニヤとそのメモを眺めては、一人ほくそ笑む。
そんなことをしていたら、―――いつのまにか、終業時間になってしまっていた。








「兄さん、・・・兄さん!」

ぼうっとしていた頭に、唐突に叩き付けられた声音に、燐はハッと顔をあげた。
あげた先には、教師姿の我が弟。
怒りと呆れがないまぜになって、今にも爆発しそうな彼に、ウヘェと首をすくめる。
と、案の定、ダン、とはげしい音を立てて机が軋んだ。
この鬼教師は、自分の授業を不真面目に聞いている生徒がいれば、
後日、ニコリと極上の笑顔と共に、他人の10倍の課題を与えてくる、といった、恐ろしい評判の持ち主だ。

「ど、どうした?雪男。いやぁ、今日もお前の授業、サイコーだったぜ!」
「・・・・・・兄さんは、本っっっ当に祓魔師になりたいの?」

うんざりとした声音は、普段、寮で一緒に過ごしている時にさんざん聞いてはいるのだが、
今回は特にトーンが低い。さすがに3日連続、授業をボイコットをされているのだから当然のことだとは思うが、
やはり燐としては、どうしてもまだ素直になれずにいる。
そもそも、机に齧り付いて勉強するなど性に合わないことくらいわかっているだろうに、
この弟は授業のみならず寮に帰ってもそれを強要するのだから辛い。

「っあ、当たり前だろ!・・・見てろ、今にお前なんか簡単に追い越して・・・」
「そう。じゃ、今日はここで居残り勉強だね」

どか、と隣に座り、先ほど閉じたばかりの分厚い教科書を開く。再び目の前にうんざりとする生薬類の名前の羅列が広げられ、
げぇ、と顔が歪んだが、雪男は素知らぬ顔だ。しかも、にっこりと普段以上の笑みを浮かべて。
燐は正直慌てた。周囲を見渡して、確かに今日の悪魔薬学の授業は最後だったから、
もう既に皆帰路についていて誰にも見られることはなかった。・・・が、
だからといって、こんな辛気臭い場所に二人きりで居残りだなんて、
しかも、雪男は授業中の教師の顔を崩さずにいるのだから正直居心地が悪すぎる。
これでは、頭に入るものも入らないではないか!

「ちょ、待てよ、別に勉強すんなら、ここじゃなくてもいいだろ?!」
「だって、寮じゃ兄さん、いつも寝逃げするじゃない。・・・今日は、絶対に逃がさないから」
「っう、」

確かに、夜、机に向かってはいても、あまり続いた試しがなかった。
というのも、そもそもあんな厚い本を目の前に積み上げられても、身体が拒否反応を示してしまい、
どうしてもベッドに逃げ込んでしまうのだ。
本気か?と目だけで問えば、勿論、と頷かれ、舌打ちした。
投げ出していた鉛筆を握らされ、しかも背後から腕を回されて手の上からがしりと掴まれてしまえば、
もう燐には逃げ場はない。・・・どころか、今度は背に感じる雪男の鼓動が手に取るように感じられて、
燐は別の意味で集中力が削がれてしまう。
真近に感じる、雪男の存在。耳元で教科書の文を読み進めるその声音は、
まるで子守唄のようだ。滑らかで落ち着いていて、双子だというのに、およそ自分とは似ても似つかない雪男。
そんな彼が、こうして自分だけを気にかけ、常に傍にいてくれる。
なかなか素直になれなかったが、心の底では嬉しかった。
だから、彼が真摯に想いをぶつけて来たときも、不思議と嫌だとは思わなかったのだ。
“あの時”の事を思い出し、燐は少しだけ頬を染めていた。
大切な弟が望むのならば、と、意を決して身体を明け渡したあの瞬間。
後悔はしていなかった。
それどころか、自分もまた、より一層、弟の存在の愛しさを噛み締める結果となり、今に至る。
ぼーっと、燐は彼の声音に聴き惚れていた。と、ぴちゃりと耳殻に感じる生温かな熱。

「っひゃ、!」
「兄さん、聞いてるの?」
「ば、馬鹿、」

舌で耳の形を辿るように舐め上げられて、ひくりと背筋が震えた。
これじゃ、反則だ。勉強をするどころか、自分の官能を刺激するようなその攻撃に、
既に涙目の燐は弟の顔を見やる。ニコリと笑みを返され、
尚更辛そうに顔を歪めた。

「ゆ、雪男・・・」
「ダーメ。して欲しいなら、ここまでちゃんと覚えてからじゃないと」
「う、そだろ・・・・・・?」

雪男が指し示した場所は、今の燐には、到底覚えられそうにない位のページ数。
これを無理矢理頭に叩き込むとしたら、徹夜しなければ到底不可能だろう。いや、徹夜したって覚えられるかどうか。

「これを今、全部覚えろ、ってんのか!?」
「無理、とは言わせないよ。そもそもこれ、こないだの小テストの範囲だよ?覚えてて当然、だよねぇ」
「っく・・・どうやって、覚えりゃいいんだよ・・・」

ぶつぶつと悪態をつきながら、眠たそうな目を擦り必死に机に向かう兄の姿は、
雪男にはひどく可愛らしく見えて、内心でクスクスと笑った。
いつになっても大人げなくて、落ち着かない態度。教師としては胃の痛くなる生徒だが、
隣で見ている分には楽しくて仕方がない。
しかも、こんな時に不謹慎ではあるが、こうして彼のすぐ近くに距離を詰めると、燐はあからさまに照れた素振りを見せるのだ。
もちろん、そんな態度を示されては、こちらだって平静ではいられない。
本当は今すぐにだって、彼を自分の腕の檻の中に閉じ込めてしまいたいと思う。
放っておけば、いつ自分の元を飛び立って、手の届かない場所に飛んでいってしまうかわからない燐。
本音を言えば、祓魔師になりたいなんて言って欲しくなかった。
力を封印し、隠し続け、悪魔にも騎士團にだってその稀有な力を利用されないよう守りたかった。
けれど、もう、彼だって幼いばかりの子供ではいられない。
だからせめて、彼の辛い運命から目を背けず、ずっと傍にいて見守ってやろうと、そう誓った。
大事な大事な兄。憧れの存在だったからこそ、強く焦がれていた。

「兄さんも、声に出して読んでみたら?少しは頭に入るかもよ」
「・・・・・・面倒くせぇなぁ・・・・・・えーと、エチナセア・パーパレアは、北米原産で古来から魔除けや病の予防に使われており・・・」
「エキナセア・パーピュリア」
「っ、エキナシア・パーピュレア?パーピュリア・・・?んなのどっちでもいいだろ!」
「よくないよ!名前から間違ってどうするんだよ。ほら、もう一度」
「・・・ち・・・、エ、エキナセア・パー・・・ピュリア・・・?は、北米原産で、魔除けや病の予防に・・・って、おい!なんだよ、その手は・・・っ!」
「続けてよ」

雪男はしれっとした顔で先を促すが、いよいよ燐だって正気ではいられない。
なぜなら、下肢の中心部に、想像もしていなかった衝撃が走ったからだ。
ちらりと見やれば、まったく隠す風もなく、堂々と己の雄の部分をボトムの上からやわやわと刺激してくる卑猥な手つき。
こいつ、本当に勉強させる気があるのかと睨みつければ、
ポーカーフェイスの弟は、まったく下肢には頓着せず、早く読めと顎をしゃくる。

「っ痛・・・!」
「ほら。早くしないと、今晩は眠れないよ?それでもいいの?」
「っおま、えが、ぁあっ・・・勉強させてくれないんじゃんか・・・っ」
「兄さんは眠たそうだからね。こうしてれば、嫌でも起きててくれるでしょ?それとも、もっと刺激が強いほうが好み?」
「あ、ああっ・・・」

ジジ・・・、と、夜の静けさに沈む教室に響く、ジッパーの下ろされる音。燐は息を飲んだ。
雪男の悪戯な手によって、自身を外気に晒され、思わず自分の手で抑えようとして、
けれど雪男のもう片方の手が燐の腕を押さえつける。
そうして、再びあの、害のない笑顔を向けて、さぁ、続きを、と促されるものだから、
燐は、もう彼に従うしかなかった。
次第に下肢に与えられる快楽に従順になり、反応してくる身体とは裏腹に、必死に頭を働かせて、教科書を読み上げる。
途切れ途切れに荒い息を吐き出して、額に汗を滲ませながら、必死に朗読に挑む姿に、
雪男もまた興奮を覚える。楽しくて楽しくて止められないほどに。

「・・・ですが、ぁ・・・毒、性はな、くとも、まれに、下痢など、の、軽い副作用が・・・ぁあっ・・・」
「もっと、ちゃんと読みなよ?」
「っ鬼・・・!」

ぐちゅぐちゅと、淫猥な音を立てて燐の砲身が扱かれる。
まだまだ経験の浅い身体に、その直接的な刺激は激しすぎてどうしようもない。
もう既に、後戻りできない程に彼の若い肉茎は勃ち上がり、先端からは溢れるほどに蜜が零れているのだ、
雪男の手のひらのみならず、制服まで汚すのは時間の問題だった。

「っあ・・・ぁ、駄目だっ・・・雪男・・・!」
「もう、イきたいの?」
「っう・・・」

ふるふると首を振ろうとしたが、身体は嘘をつけない。
雪男の指先が先端の割れ目を懇切丁寧になぞってやるだけで、腰が浮くような素振りを見せる燐に、
どうしようもない愛しさが込み上げる。
けれど、今は勿論、最優先すべきは『勉強』だ。
何も身についていない彼に、ご褒美をあげるのはまだ先だ。

「じゃ、ここの一節、教科書見ないで諳んじて見てよ」
「っば・・・無理ぃ・・・!」
「それじゃあ、イかせてあげない。」
「っああ!」

途端、きゅ、と根元がキツく締まり、燐は唇を噛み締めた。
雪男の指が、燐の幼い雄茎を輪ゴムで縛り上げたのだ。食い込むゴムが、痛みなのか快感なのかわからない程
激しい性感を与えてくる。こんな状態で、うろ覚えの一節なんか読み上げられるはずもない。
涙腺の弱い燐は、すぐにぽろぽろと涙を零し、性格の悪い弟に許しを請うたが、
無論、雪男は楽しげに笑うだけだ。

「仕方ないなぁ。・・・エキナセア・パーピュリアは、」
「・・・っエ、キナセア、パー、ピュリアは・・・っ」
「どこ原産?」
「・・・っほ、北米・・・」
「何に使われてるの?」
「っあ・・・ま、魔除けと・・・病気、の予防・・・」
「副作用は?」
「・・・・・・下痢、と、稀にアレルギー、が、あるって・・・」
「そ。よくできました」

途端、雪男の舌がべろりと耳の中を舐め上げて、ぞくぞくと背筋が快感を覚えた。
悲鳴をあげて弟の胸に縋り付く燐を愛おしげに抱きしめて、
充血し、張り詰めた肉塊を掌で激しく擦りあげてやる。もう、イく寸前だというのに、それはまだ輪ゴムにキツく締め付けられ、
熱の吐き所を失っている。

「は、早くっ、雪男・・・!」
「んー、しょうがないなぁ。約束は約束だしね」
「っあぁ、」

さも残念そうに肩を竦めて、もったいぶったようにゆったりと輪ゴムを外してやる。
その間も、雪男の唇は燐の首筋のカーブを楽しげに舐め上げていて、その間接的な刺激にも翻弄され、燐はもはや何も考えられない。
雪男のコートの腕にしがみついて、そうしてなんども迫り来る衝動に必死に耐えるだけだ。
だが、それももう、限界で。

「ゆ、ゆき・・・ゆきおっ・・・イかせ・・・っ」
「わかったよ、兄さん」
「っあ、ああっ、激し・・・っ!」

耳朶を甘噛みしながら、燐の大好きな砲身のくびれの部分を集中的に弄り、そうして指先を絡ませたまま親指を鈴口に立てるように刺激すれば、
あっけなく達する燐のそれ。びゅる、と音すら立てて吐き出された白濁は、
べっとりと燐の真っ白なシャツを汚し、そうしてまた、雪男のコートにも撥ねてしまっている。
それでも、びくびくと身体を震わせて、達した余韻に浸っている燐には、
謝ることもできずに、呆然とそれを見つめていた。

「あーあ、汚しちゃった」
「っ・・・そ、れは、お前が・・・っ!」
「でも、覚えられたでしょ?じゃ、次の薬草は・・・」
「っマ、ジかよ・・・」

この状況で、しかもまたもや燐の砲身に指を絡ませ弄びながら教科書を捲る雪男に、
燐は今度こそ青ざめる。
こんなことになるのなら、最初から真面目に授業を聞いていればよかった、とすら後悔しても、もうあとの祭り。
雪男の掌によって、再び熱を灯される己の身体に、
燐はこの一晩のことを思い、絶望的な表情を浮かべたのだった。





end.





Update:2011/09/05/MON by BLUE

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