微睡みの朝に。



日曜の朝はお決まりで、昼過ぎの起床だった。
だから、休みのない雪男は朝早くから祓魔師の仕事に出ていて、
燐が目覚めた頃には、身近に温かなぬくもりはない。仕方のないことだ。そこまでわがままを言う年ではないし、
迷惑をかけるつもりもない。
と、思っていたのに。

「ん、・・・」

意識を取り戻した瞬間、掌に触れるあたたかな熱に、燐はうっとりと笑みを浮かべた。
雪男の手は、自分の掌を包み込むほどに大きい。だから、こうして指を絡めてつなぎ止められるだけで
安心する。恥ずかしくて、決して口に出しては言わないが。
思わず、触れる熱に力を篭めた。すると、逆に更に強い力で握り返される。
微睡みの中、ひどく整った顔が真近に迫り、
と、唇に触れる柔らかな感触。甘くてくすぐったいその感触が嬉しくて、夢中で薄い唇を貪った。次第に深くなるそれは、
気づけば互いに舌を絡め、含み切れない唾液が口の端から溢れるのにも構わない。
夢の中で、かれがくすりと笑った気がした。
恥ずかしいとは思うが、心地よすぎて仕方がないのだからどうしようもない。
かえって、思考がうまく働かない分、そんなことはどうでもいいと思えた。
丁寧に口内を堪能した後、リップ音を立てて唇を啄み、遊ばれているのが焦れったくて、
空いているほうの腕を男の背に回し、欲しいと訴える。
足りないのだ。夜が明けるくらいになるまで濃密な時間を過ごし、何度繋がったかわからない位まで愛し合ったのに、
まだ足りない。出来ることなら、いつだって触れ合っていたいと思う。
優等生と劣等生の距離感、教師と生徒の距離感、人間と悪魔の距離感は考えていた以上に遠く、
ふとした瞬間に不安になるのだ。だから、燐は何度だって血の繋がった兄弟であることを意識する。
自分が彼の兄なのだと強調する。
唯一、それだけが2人を繋ぐ確かな絆のように感じたから。

「・・・兄さん、そんなにへばりついてちゃ、何もできないでしょ」

苦笑と共に、優しげな掌が己の髪の間に差し入れられた。
唇が離れたと思ったら、次の瞬間には耳の後ろに舌を這わされ、ぞくりと背筋が震える。
素肌のまま密着したからだが汗ばむ。下肢に集まる熱がすぐに弟にばれてしまうのが、ひどく恥ずかしく感じられたが、
そんなことよりも、己の足の間にある雪男のそれも、同じように質量を増していて嬉しくなった。
言葉よりもなによりも、自分と同じように感じてくれているのだとわかる行為は、
不器用な2人には必要不可欠なものだった。
この瞬間だけは、胸の内に蟠る不安など霧散してしまって、
代わりに経験したこともない幸福感が訪れる。
離したくない、と更に腕に力を込めれば、僕もだよ、とばかりに力が篭る指先。
もう既に昨晩の行為で昂った身体は、丁寧な前戯などよりも、もっと確かな熱さを感じたくて仕方がない。
そろりと内股に這わされる掌に、燐は早くも泣きそうになっていた。
早く、はやく。柔らかく解れたままの媚肉は、再び雪男のそれで満たされることを望み、
いやらしく収縮を繰り返していた。
確かめるように指先が這わされ、焦らすように浅く指をうずめられれば、
燐の欲望はもう、限界だ。

「ゆ、きお・・・、もっ、入れ・・・、!」
「しょうがないなぁ、兄さんは」
「んッ・・・!」

さも呆れた風に、けれど自分も満更ではないように己の雄を軽く扱く弟は、
兄の痴態にどうしようもなく興奮させられている。
ぬるぬると、先走りでぬめる入口を遊ぶように砲身で擦ってやれば、
しがみつく指先が素肌の背に爪を立てた。
ガリ、と音を立てて皮膚が裂け、一瞬だけ鋭い痛みが走ったが、そんなものはすぐに快楽に擦り変わる。
燐に付けられる傷ほど、嬉しいものはないのだ。申し訳なさそうに、
おぼつかない手つきで傷の手当てをするのも、どうしようもなく幸せな気分になれる。
もう、耐えられない、とばかりに淫らな姿を晒し、善がる燐を、
雪男は瞳に焼き付けた。仰け反る白い首筋に、あからさまな朱の痕を押し付けて。

「っんぅ―――・・・」
「もう、我慢できない?」

もう、ここまでくれば、虐めに近い。
必死にうなづくことしかできない燐に、雪男は更に焦らそうとでも言うように秘部に宛てがっていた指先でその部分を拡げた。
どろりと吐き出される白濁は、これ以上ないほどに卑猥だ。
興奮に乾いた唇を舌で潤す姿を真近で見せつけられ、燐はもはや悲鳴を上げる。
頭がおかしくなってしまいそうだ。
呼吸もうまくできず、このまま死んでしまうのではないかと思う程苦しい。
無意識に腰が揺れ、自ら雪男の雄を受け入れるように先端を押し付けた。それを目のあたりにした雪男も、
さすがに理性が限界を超えている。

「行くよ・・・兄さん」
「・・・っ、は、ああーーっ・・・」

楔の切っ先を彼の窄みに宛てがうと、そこは簡単に雪男自身を呑み込んだ。
抵抗は一切なく、柔軟な腸壁が最奥へと迎え入れるように収縮する。
目眩がするほどに、快感が背筋をぞくりと駆け抜けた。
燐のナカは、心地いい。彼の普段の素直でない態度や口調とは似ても似つかない程、
この時ばかりは欲望を露わにする。
熱に浮かされたまま、うわ言のように好きだと繰り返す燐が、
とてつもなく可愛らしく思えた。
それは、およそ実の兄に抱く感情とは全く別の物で。

「兄さ・・・、燐・・・」

一人の男として、燐に恋をした。
双子の、実の兄に対してこんな感情が芽生えるなんて、多分どうかしている。
今でも信じられないのは、自分自身。
けれど、一番夢のようだと思えたのは、
こんな己の醜い劣情を、燐が少しも嫌がらずに受け入れてくれた事だった。
初めて告げてしまった時の、鳩が豆鉄砲を食らったような驚きようといったら、忘れようもない。

「ナカ・・・すっごい、濡れてる」
「っや・・・だ、れのせいだと・・・っ」

ぐちゅぐちゅと、耳まで犯されるような卑猥な音と共に、
繋がる箇所から溢れる快感が舌まで震わせた。
思わず、瞳を閉じて襲い来る津波のような衝動に必死に耐えれば、その額に口付けを落とすようにして、
ぐっと結合の度合いを深めてくる雪男。
隙間からは、ごぷりと収まり切らない精が溢れた。
べとべとに濡れたシーツが、再び新たな皺を刻んでいく。
燐の足を抱え、結合部を眼前に晒す雪男は、ひどく満足げに目を細めた後、
彼の足の間で震えたままの彼自身に視線を移した。
とろとろと、涙のようにとめどなく蜜をこぼすそこが可愛くて、愛してやりたくなる。
指先でそろりと鈴口を撫でてやれば、それまで下肢の深い部分の重い快感に身を浸していた燐が、
びくりと身体を強ばらせ、銜え込んだナカをギュッと締め付けてくるのも、
たまらなく心地よかった。

「・・・や・・・!そこ、触るな・・・アッ・・・!」

指先で掬ったぬめりを、今度は平坦な胸を唯一彩っている赤く熟れた果実に塗りつける。
押しつぶすように捏ねくり回しながら、もう片方のそれを、歯を立てて乱暴に吸い上げてやる。
全身が性感帯と化している今の燐には、それは激しすぎる刺激だった。
閉じることを忘れた口元からは、悲鳴にも似た嬌声と、呑み込むこともできずに溢れる体液。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を晒せるのは、多分、いやきっと、いつになっても雪男の前だけだろう。
愛おしい兄。
自分だけのものにしたいと、いつだって閉じ込めておきたい衝動に駆られた。
そんな醜い欲に、自分が支配されるのは、一体いつの事だろう。
己の身体によって惑乱する燐を見下ろしながら、それはきっと遠くない未来のことだろうと、雪男は少しだけ嘆息した。
何度、こうして抱いたって満たされない欲望。身体を重ねる度に膨れ上がる昏い劣情に、
雪男はきつく唇を噛み締める。
願わくば、このまま。
彼を傷つけることなく、いつまでも愛していたいと思う。
指先で溢れる涙を拭い、そうしてラストスパートに向けて腰を押し付けた。

「ひぁ・・・っ・・・!」

これ以上ないほどに深く挿入して、燐の身体の熱さに浅く息を吐いた。
流れる汗に濡れ、額に張り付く燐の前髪を払ってやり、そうして唇を重ねる。
離したくない、とばかりにぎゅっと締め付ける内部の感触を愉しみながら、抜けそうなほどまで腰を引き、
喪失感に涙を零す燐を宥めるように、更なる深みへと侵食する。
燐は、真っ赤に腫らした目元を雪男に向け、イかせて欲しいと訴えた。
そんな瞳で懇願されたら、どんな人間だって絆されない者はいないだろう。
美しい青の瞳に、まっすぐに映る自分の姿を認めて、
雪男は、自分がどれほどこの悪魔に魅入られているか自覚する。
自分もまた、燐の中で果てたいと思った。
だから、最後の最後まで放っておかれたままの燐のそれに指を絡ませ、ようやく慰めを与えてやれば、
燐は悲鳴を上げ、性急に達してしまった。

「あっ・・・ひ、ああっーーー・・・!」
「っ・・・もう、イっちゃったの?せっかく、一緒にイきたかったのに」
「っうーーー・・・も、限界、だ、って・・・」

咎めるように涙目の視線を向ける燐に、けれど雪男は、オシオキ、とばかりに更に片足を持ち上げると、
がつがつと自身の欲望のままに腰を打ち付けた。
達したばかりで敏感なそこを、強烈に擦り上げられて、痛みなのか快感なのかわからない衝撃が、
燐の小柄な体躯を駆け抜ける。
手足がバラバラになってしまいそうなほどのそれに、しかし燐は今だつながったままの右手をきつく握りしめる。
引き寄せられるようにして身体を重ねた雪男は、
熱い内部に促されるままに、想いの丈を彼のナカに吐き出したのだった。













・・・とうの昔に、太陽は南の空を横切っていた。
平日は、兄弟2人分の弁当をつくるために早起きな燐も、休みの日はこうして睡魔に誘われるままに惰眠を貪っている。
そうして、今日もまた、そんな一日だった。
・・・雪男が、傍にいることを覗いては。

「―――!?ゆ、ゆきお!?」
「・・・ん・・・兄さん?起きたの・・・?」

ひどく真近で声がしたと思ったら、眠そうな目を擦る弟がそこにいた。
―――まさか。驚きと共に、一気に恥ずかしくなって燐は逃げ出そうと身を捩る。けれど、

「―――っ、あ・・・っ」

下肢に重い違和感があることに気づいて、燐は一気に熱が頭に上った。
考えるまでもない、自分のナカに存在しているのは、雪男の―――だ。
責めるように弟を睨んでみるものの、自分ではどうすることもできない質量に、
燐は再び甘い声音をあげざるを得ない。

「っあ・・・、離れろ、よ・・・」
「いいの?」
「いいに決まって・・・バカッ・・・!」
「だって・・・ホラ、」

雪男が示したのは、燐の右手。それは、弟の指をしっかりと絡め、絶対に離したくない、とばかりにきつく繋がったままで。
今度こそ、燐の顔は熟れたりんごのように真っ赤に染まってしまった。
雪男の顔が、見られない。慌てて手放そうとしたが、
今は雪男の掌が、燐を手放さない。

「兄さんのせいだよ?」
「・・・言うなよ」
「兄さんが全然話してくれないから・・・朝方の任務もすっぽかしちゃったし?」
「・・・・・・っ」

唇を尖らせ、咎めるように言っているが、その口調は楽しげだ。
恨めしそうに弟を見やれば、雪男は幸せそうに笑っている。
そう、この時だけ。
この瞬間だけだ。彼が、本当になんの含みもなく、くったくなく笑うのは。
だから、自分もずっと見ていたいと思ってしまう。
だからこそ、この手を払えないのだと燐は言い訳して、
柔らかく抱きしめてくる腕の中に収まる。
本当に、やっかいな感情だと思う。
実の弟に愛を語られて、悦んでいるなんて。とんだ変態兄貴だ。

「・・・・・・嬉しかったろ、サボれて」
「もちろん」
「・・・」

優等生らしからぬ即答に、弟もまた自分に負けず劣らずの変人だとひとりごちて、
燐は瞳を閉じた。
今日ばかりは、誰も咎めることのない日曜日。
腹の虫はこの際無視して、もう少し温もりを感じていたいと燐が言えば、
当然のように三度寝を決め込む弟。
時間なんか、多分関係ないのだ。
出来ることなら、永遠にこんな時を過ごしていたいのだと、
確かに2人はそう願っていた。






end.





Update:2011/09/25/MON by BLUE

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