あなたのその全てを。



激しい心の痛みと絶望と共に、燐は真実を知った。
大切で大切で、こんな世界に巻き込みたくないとすら思っていた弟。
けれど、フタを開けてみれば、力を継いでいなかったハズの雪男は、
実は逆に、未熟児故に悪魔の侵食を拒めず、半身を灼かれていたのだ。
人間としても悪魔としても半端者の彼は、人間界で隠れて生きることで、存在を保っていた。

「知られたくなかったんだよ、兄さんには」

そう言ってばさりと広げられた、ひしゃげた翼は、見ていて痛い程。
綺麗な肌だと思っていた白に拡がる、どす黒く染まった痣が、彼の苦しみを物語っていた。

「・・・っ、雪男、・・・」
「・・・そう、憐れみを込めた目で見ないでよ」

苦笑して、普段の人の姿に戻った。美しい姿を保ったまま、力も受け継いだ完璧な息子である兄と、
人の姿にしがみついたあまりに半身を失った弟の力の差など、比べようもない。
けれど、それでも。
弟は、兄を愛した。憧れ、妬み、嫉妬し、それでも、
どうしようもなく惹かれる兄だった。
だから雪男は、人として悪魔から兄を守るために、全力を尽くして来たのだ。
兄を人間として育てたい、という養父の意思に賛同し、
できる努力はすべてしてきた。勉強だとか、訓練だとか、そういったものはすべて。
けれど。
所詮、兄は気づかない。
どれほど弟が想いを募らせても、意味がなかった。
燐の力は大きすぎて。
全てが、彼に頭を垂れた。悪魔は、彼こそが我らの王の若君だと崇めたて、
人間は、彼の、真似できない行動力とその実力に賞賛を送った。そう、燐はもはや、雪男だけのものではない。

「・・・どうしてだよ、雪男。どうして、こんな・・・」

震える声音に、雪男はいつものように優しい腕で抱きしめた。
自分の中で、“悪魔”が嗤った。最近、とみに頻繁に外へ出たいと不平を言うそいつを意思の力でねじ伏せて、
燐は自分のものだとばかりに腕の中に収め続ける。
彼さえいれば、どんな辛いことだって耐えられた。だから、
失ってしまったら、一体自分はどうなってしまうだろう。それが一番、怖かった。

「兄さん。兄さんは、僕だけのものでいて」
「雪男。お願いだ、おれを、お前だけのものにして」

もう、隠すものなんか何もない。全身でぶつかり合わねば手に入らないものだと気づいてしまった。
僕だけの兄さん、俺だけの雪男。
何も見えなかった。
そう、互いだけ。互いの存在だけしか、二人には見えていなかった。
性急に服を脱がせ、待ちきれない、と舌を絡め唇を貪り合う。
泣きそうだった。
今ようやく、魔も人も受け入れてはくれない茨の道を歩み始めたことに気づいて、
二人して視線を絡めて、くすりと笑う。
初めてわかり合えた気がする。15年の空白を経て、ようやく分かれあった魂が一つになれた感覚。
互いの肉の器すらももどかしいとばかりに、服を脱がせ、素裸になる。
弟の左腕のあざに、燐は唇を這わせた。今度こそ、弟が背負う重い運命を、共に背負わせてくれと囁けば、
兄さん、兄さんと子供の頃のように泣きそうになりながら、燐を求めてくる雪男。
燐は、へへ、と照れたように笑った。
なんどもすれ違ってきたけど、結局戻ってくる場所はここなのだ。雪男の元。どうして今まで気付かなかったんだろう。
こんなにも、心地いいのに。

「・・・っ・・・う・・・」
「泣かないでよ、兄さん」

弟の涙につられて、自分もまた涙腺が緩んでいたらしい。
今なら、胸を張って言える。大切なのは弟なのだと。だから絶対にあきらめない。
二人で静かに暮らせる道を、探す。

「・・・なんだか、初めて身体を重ねるみたいだ」

そう弟が言えば、自分もまた、これほど高鳴る胸のドキドキも久しぶりだと思う。
でも、多分、それも当然。だって、

「“本当”のお前とは、初めてだろ」

ふい、と赤らめた顔を背けて言えば、雪男もハッと目を見開いて、
同じくらい頬を紅潮させて、「そうだよね」と笑った。
これ以上ない程に、愛しさが募る。だめだ、もう何も考えられない。
好きで好きで、たまらない。どうしようもなくて、燐はたくましい雪男の胸に顔を埋め、
溶け合うほどに抱きしめた。

「・・・兄さん・・・、燐・・・」
「ん・・・」

ぞくりと肌が粟立つ。吹き込まれる声音のひとつひとつが、燐の官能を煽った。
はやく、はやくひとつになりたいと願う。
たとえどれほど痛みを覚えようと、雪男となら耐えられる。

「ゆきお、来て」
「うん。もう、僕も耐えられない」

そう言って、下肢が重ねられた。既に、互いの雄は昂り、腹につくほど天をむいている。
ずり、と腰を揺すられ、その後、雪男の大きな手が二人の砲身を一気に擦り上げる。

「っひ、あ、あっ・・・」

すぐに互いの先走りが溢れてきて、くちゅくちゅと卑猥な音を立てた。
けれど、二人は気にしない。だって、ここはたった二人だけの空間だから。
触れ合った箇所から溢れ出す快感は、二人の脳を侵していった。
おかしくなる。狂ってしまいそうだ。もう、二人は互いの身体を貪り合うだけの獣。

「ぁ、あ、ゆきお、いれて・・・っ」
「兄さん・・・」

ひくひくと、普段弟の熱を受け入れているその部分が疼いた。
早く、呑み込んでしまいたい。
深く深く満たされて、最奥の一番感じる部分を貫かれながら、絶頂を迎えたい。
己の中の魔性を隠す必要のない二人は、常に快楽に従順だ。
だから、兄の切羽詰まった声音に、煽られたのは雪男も同じで。
前戯もおざなりに、己の想いの丈を彼の目指す場所へと宛てがった。

「・・・っす、き・・・ゆきお・・・好きだっ・・・」

ぽろぽろととめどない雫を零す燐に、唇で濡れた目尻をぬぐってやれば、腕の中の存在はどうしようもなく愛おしい。
何を失っても、絶対に失えないもの。神様にだって悪魔にだって、絶対に奪わせない。
彼は自分だけのもの。
ぐっと力を込めて、柔軟なそこを割り開いた。
抵抗よりも激しく、どくりと内部に受け入れようと蠢く内襞の粘膜に翻弄される。
雪男もまた、兄に引きずられるように一筋の涙を零し、そうして最奥まで貫いた。
ああ、と押し出されるように漏れる燐の声音。
まともに解していないそこが悲鳴をあげているというのに、
それでも燐は自らの意思で弟を受け入れた。両足で雪男の腰を挟み、尻尾は男の片足に絡み付いてきつくしがみつく。

「兄、さん・・・痛い、よね・・・ごめん」
「っうあ・・・あ、あやまるなっ・・・!」

謝られる必要なんてひとつもなかった。
なぜなら、これは自分が望んだ結果。雪男と深く繋がることを求めた自分が、自ら招いた結果なのだ、
いつの間にか、耐え難い苦痛は最上の快楽へと摩り替わる。
雪男の手が、震える燐の砲身に慰めを与えた。指を絡ませ、くびれから先端にかけてぐちぐちと滑らせれば、
絶頂はすぐそこだ。

「ゆき、お・・・、もう、イっちゃ・・・!」
「いいよ、兄さん・・・もっと感じて、僕を」
「あ、あ、はあっ・・・!」

乱暴ともいえる激しさに、燐の身体が軋んだ。底なしの穴に落ちていくような、心もとない浮遊感が怖くて、
片手はシーツにきつく皺を刻み、もう片方は必死に何かを求めるように宙に伸ばされる。
雪男は、震えるその腕をつかみ、自らの首に導いた。ぎゅっとしがみつかれる熱にすら歓喜を覚えて、何度も抽挿を繰り返す。
終わらせるのがもったいなくて、襲い来る情動に必死に耐えて兄を見下ろせば、
燐はというと、高まりきった情欲をどうすることもできずに、髪を振り乱して精を放つ、
それに伴い、内部の収縮が一段と激しくなり、眉間に皺を寄せて理性を保った。そうして、
閉じることを忘れた兄の唇から覗く、赤い舌を絡めて、深く口付ける。

「―――ぁ、んう―――っ・・・」

一層、背に回された腕に力が篭った。
そのまま腰を引けば、追いすがるようにきつく絡みついて離れない兄の内部は
たまらなく心地いい。

「・・・兄さん・・・僕だけの、・・・」
「っ、あ、ゆき・・・ゆきおっ」

達したばかりだというのに、すぐに張りを取り戻す燐のそれを手中に収めたまま、
雪男は今度こそ自らの欲に任せてガツガツと腰を押し付ける。
更なる深みへと繋がりたくて、燐の両足を胸につくほどまで押し広げた。
辛い体勢に、燐は再び涙をこぼしたが、それでも想いは同じ。

「もっと、奥まで・・・いかせて」
「ん、ん・・・っ、雪男、もう、無理・・・っ!」

べたりと胸を重ねて、抱き合って。なんども唇を重ねて体液を共有し合えば、
いままでなんとか理性を保っていた雪男も、そろそろ限界。
小さくうめいた雪男が、兄の内部の己の劣情を吐き出した瞬間、
燐もまた、これ以上ないほどの熱を感じ、引きずられるように二度目の精を解放する。
べたべたになった素肌を見やり、2人は整わない息遣いのままくしゃりと笑った。
離したくない、離れられない。この瞬間が一番幸せなんだと兄が言えば、
もうどうしようもない位に愛しくて、弟は泣いて兄の名をなんども呼んだ。
自分を抱いているくせに、一気に幼い頃の弟に戻った雪男に、
燐は無理矢理余裕の笑顔を向けてやる。

「っ・・・兄さんが、好きだ」
「ばぁか。知ってるよ、最初から」

兄さんの全てが欲しい、と弟が言えば、兄もまた負けじと、お前のぜんぶは俺のモノだ、なんて
下手くそな独占欲を垣間見せるものだから、もう止まらない。
繋がったままのそこが、再び熱を持ち始める。
内部でぐんと大きくなった熱塊の感触に、燐は悲鳴をあげたが、それでも愛しい弟を引き剥がそうとはしない。
それどころか、ますますしがみついて次の行為をねだるものだから、
今度は雪男が破顔する番。

「全く・・・、壊れても知らないよ?」
「っん、・・・壊、して・・・」

無防備に痴態を晒す兄がなんだか悔しくなり、
下肢をつなげたまま、彼の身体をぐるりと回した。獣のように四つん這いにさせ、
再び最奥の、燐の大好きな場所をえぐってやれば、
がくりと力が抜け、枕に顔を押し付けて呻く兄。
先ほど吐き出した精が、ぐちゅぐちゅと音を立てて結合部から溢れた。
どろりと内股を伝うそれが、ひどく淫靡で、雪男がごくりと喉を鳴らす。

「兄さ・・・僕も、壊れそうだよ、兄さん」
「一緒に、壊れればいいだろ」
「・・・うん、兄さん・・・、うん」

欲は、終わることを知らない。
けれど、長い夜も、いつかは朝がやってくる。
それでも、心だけでもひとつになる事を知った兄弟は、もうそれを嘆くことはないだろう。
―――戻る場所に、ようやく気づくことができたから。






end.






Update:2011/10/01/SAT by BLUE

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