その命の果てまで。



注)アニメ設定の2人の30年後くらいの話?シュラに恨みはないよ!








「これでよし、と」

ガサ、とたくさんの花を手向けて、燐は満足そうに腰に手を当てた。
目の前には、すでに何本か十字架が立っており、その中心には一回り大きい十字架が立っている。
そうして、今日、もう一本のそれが立てられることとなった。
「・・・彼女には、とうさんと同じところになんか嫌だって言われそうだけどね」
「いいんじゃねーの?なんだかんだで、オヤジのこと好きだったんだろ」

2人の、年の離れた姉のようだった師は、数日前、他界した。
普通に考えれば、まだ年とはいえない年齢だったが、
彼女は小さい頃から魔剣を操っていた。多かれ少なかれ、精気を吸われるそれを、
人間でありながら死ぬまで握っていた勇敢な彼女だったから、
そのせいで寿命が尽きることぐらい承知の上だったのだろう。
逝き顔は安らかだったと、そばにいた部下はいっていた。
それで結局、身寄りのなかった彼女の葬儀を、一番親しかった彼女の弟子たちが執り行うことになったのだ。

「寂しくなるね」
「・・・そうだなぁ。いたらいたですっげーうぜぇのに、なんか実感湧かねぇや。ハハ」

雪男も燐も、涙を零すことはない。生前の彼女ならば、墓前で泣かれるなんて気持ち悪いだとか、辛気臭いだとかいうのがわかっているからだ。
ただ、この30年、ずっと同僚たちの死を見てきて、慣れてしまったのかもしれない。
そんな自分たちも、少し淋しいと思う。
30年。
そう、彼ら2人が悪魔としての覚醒をした年から、既に30年が経っていた。
30年の歳月は、決して短い時間ではない。
昔、修道院で一緒に過ごしていた修道士たちはほとんどが他界し、
自分たちより年下の部下たちだって、悪魔との戦いで、数え切れない程命を落としてきた。
自分たちが手の届かないところで、沢山、たくさん。
その間、2人は四大騎士の称号を手にし、そうして30年間、悪魔と戦い続けてきた。
時が止まったかのように、姿形の変わらない2人の祓魔師のことを、伝説の祓魔師として称える者もいた。
ただ、その正体は"悪魔"なのだが。

「雪男は・・・いなくならないよな?」
「え?」

か細い声音に振り返ると、兄が少しだけ俯いて、唇をかみ締めていた。
まだ20代の頃は、友や部下たちのためにいちいち悔しげに涙を落としていた燐を思い出して、
ああ、彼は昔から涙もろかったな、と思い出す。
もちろん自分も、もっともっと小さい頃は、びっくりするくらい泣き虫だったのだけれども。

「・・・・・・正直、わからないな。悪魔の寿命は、その力次第だってフェレス卿が言ってた気がする。
だから、僕より色濃くサタンの血を受け継いでいる兄さんのほうが、長生きかもね」

どこかすがすがしい表情で、雪男は空を見上げた。
別に、長生きしたいとは思わない。この30年だって、ずいぶん長く生きてきたなと実感する。
祓魔師として助けられた人々と、手が届かなかったり、自分の悪魔の力で傷つけてしまった人々と、
多分半々位。でも、後悔するのはやめた。
生まれてきたことに誇りを持て、と諭してくれたのは、兄だったか。

「・・・雪男、俺は・・・」
「でもね、僕は幸せだったよ?あのまま、人間のままだったら、多分兄さんは一人で長い刻を生きなきゃいけなかったと思う。
兄さんをおいて、年齢を重ねて、どんどん距離感を感じるようになって、そんなの嫌だったから。
―――兄さんと一緒なら、どんな辛い事だって耐えられる。」

30年経った今だからこそ、言える。兄との力の差も、無力な自分に嫌気が差したことだっていっぱいあった。
それでも、兄が自分を求めてくれたから、生きようと思えたのは、きっと兄の存在があったから。
たとえこの先―――それが、明日になろうと、50年後になろうとも、
多分、自分は笑って死ねるだろう。それだけの悦びを、彼からもらった。

「・・・でも、俺は多分、駄目だ」
「兄さん」
「雪男がいないと、多分駄目だと思う。このまま、雪男がいなくなったら、俺は一人だ。
今だって、気を抜けば青い炎に呑まれそうになるのに、お前がいなくなって、人間を守る祓魔師なんか絶対できないと思うんだ」
「・・・燐は、その力で人を傷つけるのを、頑なに嫌ってたもんね」

わざと、2人きりの時にだけ使う彼の名を口にする。
大きすぎる焔を背負った兄は、自分以上に己の力に怯えてもいた。
30年経って、ほぼ自由に操ることが出来るようになった今でも、たまに、昔のように3本の蝋燭で焔をつける訓練をしていることすらあった。

「・・・兄さんは、案外真面目だから」
「・・・テメー、昔から考えたらありえねぇ台詞だな、それ」

いつも、不真面目極まりなく、授業の半分も聞いていなかった燐をたしなめるのは、雪男の役回りだったはずだ。
姿形は、あの可愛らしい学生時代そのままに、中身はひどく大人になり、雪男でも驚くほど。
とはいえ、当時と変わらない、後先考えずに走り出す所や、涙もろいところはそのままだ。
こうやって子供のように甘えることも、年相応で考えればやはり幼い。
だから放っておけないのだと、雪男は苦笑して、誰も見ていないのをいいことに、兄の体を抱き締めた。
よほど不安だったのだろう、燐はされるがままだ。

「・・・ゆきお、」
「大丈夫だよ、兄さん。僕だって、燐がいないと生きていけないから」
「雪男」
「昔、言ったじゃない。父にも、上の兄たちにも邪魔はさせない。兄さんは僕だけのものだって。
僕のいなくなった世界で、兄さんが誰かのものになってるなんて耐えられない。その命の果てまで、全部僕のものだ」

ぎらりと、雪男の瞳に青い焔が灯る。悪魔らしい独占欲を隠しもせず晒すのは、
今では雪男の方だ。
今、悪魔や兄弟たちが燐に手を出せないでいるのは、雪男が、先ほどの宣言と共に、
彼らに痛い目を見せてやったからだと思い出して、燐は頬を赤らめた。
メフィストに"関白宣言ですねぇ"とからかわれたのは、いったいいつのことだったか。

「その約束・・・絶対だからな」
「うん。だから兄さんも、僕だけ見ていて」

どちらからともなく、唇が重ねられる。木枯らしの吹く中、絵画のように絵になる光景を、
彼の師が空から口笛を吹いて見ていたのは、また別の話。







end.





Update:2011/10/27/THU by BLUE

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