SWEET。



「はぁー・・・」


気まずい空気が、捜査本部に流れていた。
ひっきりなしに聞こえてくる、脱力したような溜息。先ほどから何度目だろう。
さすがに付き合い切れなくなり、月は無視を決め込んでコンピュータと睨み合っていた。
この、重くどんよりとした空気の原因は、何を隠そう、竜崎だ。
椅子の上で足を抱え込んで、モニタを眺めている。ここまでは、特に変わったところはない。
だが、力の抜けたような表情、だらしなく開け放たれた口元から洩れる溜息。焦点の定まっていない黒瞳。
あからさまに「やる気がない」といった竜崎に、
だが、室内に同席している面子はもはや何も言わなかった。
どいうのも、彼がこうなっている原因というのが、実にくだらないと思われることだったからである。

「・・・月くん・・・」
「なんだ、竜崎」

月は振り向きもせず、竜崎の声に応じた。
どうせ、大したことではない。何気なく、横に置いてある菓子袋に手を伸ばす。コンソメ味のポテトチップスだ。
竜崎は指を唇に当て、うらめしげに自分を眺めている。
考えていることが大体読めた月は、はぁ、と内心溜息をつくと、
菓子袋を彼のほうに向けてやった。

「・・・食べたいなら、食べろよ」
「・・・・・・・・・私の口が、甘いモノしか受け付けない事くらい、知っているでしょう」
「我侭なんだよ、竜崎は」

まったく、と月はぼやいた。
そう、何のことはない、今日の捜査本部に、竜崎の好む菓子が置いてなかったのだ。
菓子がなくなっては生きていけない、といった様子の竜崎を見かねて、
松田が近くの店へと買い物に行っているのだが、出てから既に1時間。
また、どこかで油でも売っているのだろうか。
そういうわけで、耐えるしかない竜崎の目の前で、
1人自分専用のスナック菓子を食べている月。
竜崎が恨めしげに見るのも当然だろう。
もう限界だ、とばかりに竜崎は菓子袋を手にとると、
中身が入っているにも関わらずぐしゃぐしゃと袋を潰してしまった。

「・・・ちょ・・・!何するんだ」
「私がこれほど耐えているというのに、これ見よがしに見せ付けて食べている月くんへの、ささやかな嫌がらせです」
「何言ってる。食べないのは竜崎の我侭のせいだろう」
「少しは遠慮して下さい、と言ってるんです」
「・・・・・・」

呆れた竜崎の態度に、今度は月の方が脱力してしまった。
誰か、何か言ってくれよ、と同室で捜査を続けている総一郎や他のメンバーたちに目をやるが、
大人組も、もはや関わりたくない、と目を背ける始末。
竜崎がこれでは、折角集まってもまったく捜査が進展しないではないか。
月は、先ほど竜崎のために、とおつかいに走った男に内心で恨み言を吐いていた。

(何やってるんだよ、松田さん・・・)

「ああ、もう。休憩するぞ、僕は。―――父さん、少し抜けるよ」
「わかった。どうせ、今は大した動きもない。休んでいて構わないぞ」
「じゃ、また後で。」
「ちょ・・・ちょっと、どこ行くんですか」

月は部屋を出ると、ずんずんと廊下を進んでいった。
もちろん、鎖で繋がれている竜崎をも引き連れて、だ。
休憩、というから部屋にでも戻るのかと思っていた竜崎は、
エレベータに乗り、1階へと降りようとしている月に焦ったように問いかける。
まさか、外に出る気なのだろうか。
プライドの高い彼のこと、こんな繋がれたままの格好で外に出るなど、許せないに違いないと思うのに。
だが、月は何も言わず1階へと向かう。
竜崎を引きずるようにして、自動ドアを出た月は、
すれ違う人々の奇妙な視線にも無視を決め込んで、裏路地へと足早に歩いた。

「・・・意外ですね」
「そうだろうね。僕だって、極力こんな格好を晒したくなかったよ」

はぁ、とわざとらしく、溜息1つ。
裏道に入り、歩くペースを普段に戻した月に、竜崎は改めて尋ねた。

「・・・で、どこか行くんですか」
「もうすぐさ」

狭いビルの間を通り抜け、開かれた場所に出る。
すると、そこは先ほどまでのビル街とはうってかわって、
老舗の並ぶ商店街。東京のど真ん中に、こんな場所があったなんて。
人ごみに紛れて一軒の店の前にたどり着いた月は、
竜崎の背を押し、店内に入った。

「ほら、入って」
「ここは・・・、・・・!」

狭く小さな棚が、色鮮やかな商品でぎっしりと埋め尽くされているのを、
竜崎は食い入るように見つめた。
所狭しと並べられた、昔ながらの練り飴や、ふ菓子、団子、わたがしなど。
竜崎の目が、一瞬にした輝いた。思わず手を伸ばした先には、棒のついた飴玉。
カラフルなそれらを何本も手にとっては、珍しげに見つめる竜崎に、
月は少し笑った。
やはり、子供みたいだ。

「・・・買ってやるよ。好きなもの」
「・・・・・・」

月のその言葉に、竜崎は人差し指を唇に当てて、
上目遣いで月を見上げた。

「・・・月くんって・・・」
「ん?」
「優しいんですね」
「・・・・・・」

さも意外そうにそう言う竜崎に、月は改めてはぁ、と溜息をついた。
竜崎に好きに探せと告げ、奥にいる店主である老婆と話を始める。狭い店であるから、
あまり鎖も気にならなかった。
竜崎は、もう一度手元の飴を見やった。

「・・・・・・」

甘いものには目がない竜崎だ。しかも、ここ数時間、ずっとお預け状態だったから、
よだれが出てくるのを止められない。こればかりは、いかな竜崎でもどうしようもなかった。

「・・・・・・」

次の瞬間、竜崎はぱく、とそれを口に含んでしまった。

「・・・!!な、何やって・・・!!」
「月くん」

あまりに常識外れな状況に絶句する月に、
竜崎は構わず月を見上げた。ニッと笑われて、
月はやっぱり連れて来なければよかった、と己のミスを後悔し始めていた。
やっぱり、竜崎を外に出すのは、危険だ。
こんな、非常識が人間になって歩いているような男を、無防備に連れて歩くなど。

「私、ここ、気に入りました」
「・・・・・・ああ、そう」

買ってもいない商品を美味しそうに頬張るなんて、
犯罪だろうに。だが、当の竜崎は全然気にしていないらしかった。
つかつかと店主の元へと歩み寄り、ジーンズのポケットを探り始める。でてきたのは1万円札。

「お菓子、くださいな。一万円分」
「・・・!?」

駄菓子屋で1万円を出すなど、いや、それどころか
1万円分買うなど考えたこともなかった。
だがそれは、月だけではなかったらしい。
店主である老婆もまた、目を白黒させて竜崎と金を交互に見やるばかり。

(・・・まったく・・・・・・)

月は、やはり、連れて来たことを後悔したのだった。










適当に見繕って1万円分の駄菓子を買ってしまった帰り道。
もう、力尽きた、とばかりの月の横で、
竜崎は先ほど買い漁った、ぎっしり菓子のつまった箱を満足そうに抱え、早速菓子を食べていた。
もう、人もまばらなその通りで、
大きな菓子箱を抱えた男と、彼に鎖で繋がれたままの男が人々の視線を集めていたが、
もはや咎める気にもなれない。
鎖さえなければ、他人のフリでもできるのに、と
月は、鎖に繋がれた生活が始まってから何度吐いたかわからない恨み言を、内心で叫んでいたのだった。
背後には、夕焼け。
似合わない格好の男たちが2人、夕日を背に歩いている。

「月くん」
「何」
「ありがとうございました」

「・・・ん。」

珍しく素直な竜崎に、月は苦笑する。
まぁ、いい。彼の奇行は今に始まったことでもなかったし、
今回は大事にならなかったのだ。それでよしとしようではないか。
お礼に、と渡された飴を、月も竜崎に付き合って舐めてみた。やはり美味しい。
幼い頃、よく友と一緒に食べていた、懐かしい味だ。

「じゃ、これからはまた、気合を入れて捜査に当たってくれよ」
「当然です。・・・でも、もしまた買い溜めしていた菓子が切れてしまったら・・・」

また、付き合ってくださいね?
そんなことを言ってくる竜崎に、月は、
子供は甘やかせてはいけない、とつくづく感じたのだった。

・・・まったく、本当に。
世話の焼ける男だ。
だが、だからこそ、彼の傍にいて温かさを感じられるのも事実。
月は、笑った。

「・・・ああ、約束するよ。今度も一緒に、ね」





end.




[月×Lさんに8のお題] by 真月(まき) 様
Update:2006/06/05/MON by BLUE

PAGE TOP