キャンパス。



ただ自分と接触するためだけに大学に潜入した、という割には、
琉河早樹はずいぶん目立つ男だった。
入学式のあの強烈な印象に加え、いい年のくせに暇あらば菓子を食べていたり、おかしな座り方をしていたり、と、
誰もがその奇行に目を見張るだろう。ましてや、あの名前だ。
潜入するならもう少し、溶け込むような行動を取るのが普通だと思うのだが、
どうせ、名乗ってしまっているのだからどうでもいい、ということなのだろうか。
L―――世界最高と謳われる、名探偵。
それが、唐突に目の前に現れた。己をキラと疑って。
まったく、無謀というべきか大胆と言うべきか。
どんなことがあっても、Lは自ら動くような男ではなかったはずだ。
だというのに、おそらくこの男は
自分―――キラに自ら会う為に、ここへ来た。己が目で、それを見極めるために。
そうして、自ら"L"と名乗った上で、偽りの友情を求めてきた。まったく、大した男だよ。
己の正義のために、身を危険に晒すことすら厭わない。
やっぱり、それでこそ、僕が戦ってきた『L』だ。

「・・・夜神くん、学食でケーキ食べませんか?」

偽りの笑顔。さも仲の良い友達のように纏わり付いてくる男に、
月はああ、と頷いた。
騙し合いのような生活は、まだ始まったばかりだ。
少しは楽しんでも構わないだろう。
一見なんの裏もなさそうな琉河に、月もまた裏のない表情を作ってやった。





「・・・混みまくってますね」
「しょうがないよ。キャンパス内の皆がこぞって押し寄せてくるんだからね」

自分から誘ったわりに、人ごみの多さに引き気味の琉河に、
月はほら、とかろうじて空いている2人分の席を見つけて座らせた。

東応大のメニューはなかなか変わったものが置いてある。
赤門などゆかりの名前のついた定食から、果ては時計台、虹に至るまで。意味が分からないものも多数。
普段菓子ばかりを口にしている琉河が、昼食にどんなものを選ぶのだろう、と
少しだけ興味があった月は、
しかし結局デザートのメニューに釘付けになっている琉河に、
やっぱりか、と残念そうにため息を零した。
ケーキ以外を食べる琉河を、少し見てみたかったのである。

結局、琉河はショートケーキなど5種類のデザートを一気に頼むと、
他人の目も気にせず、当然のようにお盆に乗せ、席についた。

「・・・ここ以外に、食べられるところはなかったんでしょうかね」
「はは。裏庭の先にレストランがあるけどね。でも残念、今日は閉まってるよ」

まぁどうせ、開いてても混んでるだろうけど、と
付け加える月に、琉河は仕方ない、と一緒にお盆に乗せてきた紅茶に砂糖攻撃をし始めた。
さすがに、学食に角砂糖といった洒落たものは置いていない。
変わりに、スプーン10杯を超える量の砂糖を投入する。
月は閉口した。
何故、ケーキなどという甘いものと一緒に摂るはずの紅茶にそこまで砂糖を入れる必要があるのか、
一度聞いてみたいくらいだ。

「夜神くん、午後は予定あります?」
「・・・授業だろう。また琉河はサボる気か?」

呆れたように見やる月に、琉河は目を丸くした。

「・・・すっかり忘れてました」

そうして、ぼりぼりと頭を掻く。ポケットにかろうじて入れてあった紙を探ると、
授業の時間割が漸く出てきた。確かに、そこには授業の予定が記されている。
文献購読。名前だけは格好つけているが、
つまりは英語の授業だ。当然のごとく、つい先日まで外国に身を置いていた彼にはつまらない授業だろう。
無論、琉河ほどではなくとも英語の得意な月にも、あまり興味の湧かないものではあるのだが、

「―――文献講読。こんなもの、夜神くんにとっては朝飯前でしょう」

だからサボってくれ、と言わんばかりの琉河が、気に食わない。
確かに、琉河の誘いは基本的にキラ捜査の件に関するものだったから、
多少の危険はあれど、捜査状況を把握するためにも月にはありがたいものではある。
だがしかし、最近、そのせいでサボり気味であったため、
あまり教授の印象を悪くするのも得策ではないとも思うのだ。
ましてや、この科目は先週も休んでいる。
琉河の誘いに乗るか乗らないか、月はひどく悩んでしまった。

「できれば、休みたくないな。夜は駄目なのか?」
「警察本部も含めた会議が午後なので、・・・やはり、休んでください」
「悩むな・・・」

どうせ、その場に出席していなくとも、本部の情報は得ることができる月にとって、
下手にその場で何か不用意な発言でもしてしまうほうが心配事である。
それに、琉河早樹が午後をサボるということは、
それだけ拘束されない自由時間もそれなりに作れる、ということでもある。
尾行はあるかもしれないが、琉河よりは厄介ではないだろう。
これは、最近ほとんどと言ってもいいくらい琉河に付きまとわれていた月にとってひどく魅力的であった。

「確かに捜査の協力はしたいし、キラ事件についての真実にも興味はある。だけど、所詮僕は一介の学生だ。授業に出る義務もある。」
「では、来てくれたら私分のデザートを1つ譲ります」
「・・・いらない」

そんなもので釣れると本気で思っているのだろうか?
相変わらずの琉河に、月はため息をつきつつも、内心は笑ってしまっていた。
確かに自分はケーキ1つくらいで心を揺らされることはないが、
琉河にとってはそれは大きなことなのだろう。
つまり、それだけ自分の存在を欲しているということではないか。
全く、それならばそうで、もう少ししっかりと頼んでもらいたいものだ。

「・・・なら、どうすれば来てくれるんですか」
「そうだな・・・」

月は顎に指を当てて少し考えた後、滑らかな指先で琉河を指し、口を開いた。

「琉河自身。」
「っ」

まさか、こんな場所で言われるとは露とも思っていなかったらしい。
途端顔を歪めた琉河に、月はにやり、と口の端を持ち上げた。

「ケーキ1個より簡単だろ?勿論、解散が何時になるかわからないから、先に払ってもらうけど」
「・・・・・・夜神くん・・・」
「何?」

月はいぶかしげに琉河を見た。
琉河はさも気色悪げに、大きな目を眇めて月を睨んでくる。
彼の頬には、微かな赤み。

「夜神くんは、そうやっていつも女性を誑かしてるんですね・・・」

呆れたような、軽蔑したような表情に、月は心外だ、と睨み返した。

「これは琉河限定だ。・・・で、どうする?」

いとも簡単に主導権を握られてしまい、琉河は唸った。
自分が誘っただけに、確かにここで引くわけにもいかない。つまらないことで逃げるのは嫌だった。
何より、今回の会議には、この夜神月を出席させることに大きな意義がある。
彼がキラであるか見極めるためにも、必ず。

「・・・・・・わかりました。でも、ここのケーキを片付けるまでは譲りません」
「わかってるよ」

注文した数々のケーキを腕で囲い込むようにして、ひと睨み。
月は笑った。そのくらい、可愛いものだ。
再びコーヒーを口にしながら、
月は竜崎の機用な食べ方をじっと眺めていたのだった。




















「ほら、もっと口、開けて」
「っふ・・・ん、んぐ・・・!」

ぐい、と髪を掴まれて、竜崎は苦しげに眉を寄せた。
人気のない裏庭の更に奥。久しく使われていないらしい野ざらしのトイレの個室で、
琉河は男のいいようにされていた。相手の雄を呑み込み、必死に奉仕を続けている。
己自身にむしゃぶりつき、熱を高めようと舌を使って舐めている琉河に、
月は熱い吐息を漏らした。
授業をサボり、琉河―――Lと共に捜査に協力する代わりに、
月が求めた代価。それは、琉河自身。
そうである以上、琉河に選択の余地はない。
拒否すれば、確かに月は己を解放してくれるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
己の身体くらい、何だというのだ。手段を選ばないのは、Lとしての自分の信念でもあったはず。
だが、どれほど理由をつけてみても、
理性を失った己の身体は既に暴走を始めていて、こうなった理由すら忘れてしまいそうだ。
執拗に奉仕を求められ、舌先に感じるこの世のものとは思えない程の不味さに、
琉河は今にも涙を零してしまいそうだった。
普段甘いものしか受け付けない彼の口であるから、なおさらである。

「さすがに下手だな?・・・ま、初めてだし、仕方ないか」
「・・・っ・・・ん、ふっ・・・!」

月の意地の悪い言葉に、琉河の中の負けず嫌いの心が疼く。
苦しさに耐え、喉の奥まで深く受け入れた琉河は、頭を振って強く男のそれを扱き始めた。
下肢を襲う快楽に、月の口の端が持ち上がる。
普段あれほど飄々としている男を、これほど乱させられる存在が自分であることに、
月はひどく優越感を覚えた。
心の奥底では、敵であるから尚更。殺意に近い欲望が、身体の底から這い上がってくる。

「顔、あげて」

月は唐突に琉河を立たせ、壁に背を押し付けた。
息苦しさから突然解放されて、琉河の口元から熱い息が発せられる。
口の端から漏れる体液を舌で舐め取ってやると、月は性急に琉河のジーンズをずり下げ、
そうして己自身を彼の秘孔に宛がった。
慣らしてもいないそこに、濡れた熱い感触。

「っちょ・・・!・・・本気ですか・・・?無理ですよ、それは・・・」
「優しくするよ」
「・・・、夜神くん・・・」

この状況で、繋がる行為に移ろうとすること自体、全く優しいとは思えないのだが、
それを自分が訴えたところで、何が変わるわけでもない。
琉河は閉口した。そもそも、SEXの時の月は驚くほど身勝手だと、琉河は既に知っている。
強引に腕を押さえつけ、身動きひとつ出来ない状態で犯されたこともあるのだ。
とにかく自分のしたい事は譲らない男なのだと、
肌身で感じてわかっている。
琉河は諦めたようにため息をつくと、せめて少しでも痛みを感じないよう、
全身の力を抜き、月の肩にしがみ付いた。
強く抱き締められると、少しだけ、恐怖が薄れた。

「・・・っ・・・っあ、あ・・・っ」
「琉河・・・」

灼熱の塊が、琉河の下肢を犯し始めた。
月の指先によって侵入を助けられた楔は、狭い場所を擦るようにして内部へと呑み込まれていく。
痛みに耐える琉河の身体が、震える。やはり、慣らされないままのそこは悲鳴を上げているようだった。
だが、弱音ははかない。相手が月でなくとも、琉河はそうしただろう。
幼い頃から、1人で生きてきたが故に。
だが、そんな健気さも、月の熱を煽るものに他ならない。
内部で大きさを増したそれに、激しい圧迫感を感じた琉河は、
抗議するかのように月の胸を叩いた。

「っ・・・、苦しっ・・・」

引き剥がすように力を込められる腕。華奢なくせに強く胸を押され、
月もまたますます抱き締める力を強めていく。
壁を背にしたまま逃げ場のない琉河は、貫かれる苦痛の中に、次第に高まる熱を感じ、
無意識に洩れる声音を止められずにいた。

「・・・っ・・・あ、んっ・・・」
「普段の君からは、想像つかないな?琉河」
「っ・・夜神、くんの、せいですよ・・・・・・」

真っ赤に腫らした瞳で、キツい視線を投げ掛けてくる姿すら、
月にはひどく幼く見えた。敵でありながら、ひどく愛しいものであると錯覚させられる程に。
それとも、これは琉河―――L、の作戦なのだろうか。
自分はLの術中に嵌ってしまったのか。
月は琉河の身を起こさせ、その漆黒の瞳を覗き込む。
だが、気丈にも見つめ返される瞳。
何も、見えなかった。今、快楽に浮かされていること以外、なにも。

遠くで微かに、鐘の音が聞こえた。
キャンパスの方だ。もう、午後の授業が始まってしまったのか。
だが―――、と、月は琉河の腰を抱え直し、再び強く彼の奥を擦り始めた。
今にも崩れてしまいそうな足を支えようと、琉河の腕が肩に縋る。
触れ合う箇所から溶け出しそうな感覚すら覚えて、
月は目を細めた。

「・・・今、何時ですか・・・」

弱弱しい、声音。折角高まったムードに水を差すような内容の琉河のそれに、
月は少しだけ顔を顰めた。
先ほど鐘が鳴ったばかりだから、13時45分あたりか。
そう応じてやると、琉河はますます顔を顰める。

「・・・まずいです」
「何が」
「・・・・・・1時半に、迎えを寄越していました」

ああ、あのメルセデス・ベンツ。
月は一気に気分をそがれ、琉河を睨んだ。
琉河はというと、せめて一言連絡を入れようと、携帯を弄り始めている。
だが、つまらないことで事を中断された月が、黙っているはずもなかった。

「・・・琉河。今頃そんな事を言うなんて、野暮だな」
「っ・・・」

左手に持っていた携帯を叩き落とされ、今度は琉河が月を睨む。
だが、その前に唇を重ねられて、琉河は苦しげに眉を寄せた。
不意打ちで塞がれたそれは、激しく口内を貪り、嫌でも思考を散らばらせてしまう。
引き剥がそうと琉河は肩口の衣服を引っ張ったが、
月の肩はびくともしなかった。

「・・・どうせ、あと少しだ。待たせればいいだろ」
「・・・っ、か、勝手な・・・!」

そもそも、どこが「あと少し」なのだろう。
たとえ、今すぐ行為をやめたとしても、高められた熱はそう簡単には収まらない。
こんな、全身を朱に染めたような格好で、どうやって戻れるというのか。
ましてや、無理矢理に犯された下肢が、悲鳴をあげるのは必至。
だからせめて、遅れると連絡を入れておきたかったのに―――・・・

「琉河・・・覚悟しろよ?」

耳元で囁かれ、息を呑む。
その次の瞬間、先ほどとは全く違った勢いと強さで下肢を貫かれ、
琉河は頭が真っ白になるかのような感覚を覚えた。
片足を抱え上げられ、目一杯に開かされた肛内からは、ぐちゅぐちゅと卑猥な音。
硬い陶製のタイルの壁に頭を押し付けて、
琉河は己を襲う快感と羞恥に喘いだ。
仰け反らせた白磁の喉に、歯を立てる。
まるで吸血鬼のように頚動脈を辿ってやると、琉河の身がぞくりと震え、
そうして耐えられない、と振られる髪。
汗に濡れたそれが天からの光によって輝く様を、
月は満足げに見やり、そうしてこちらもまた、高められた情欲と共に息を吐いた。
互いの腹の間で涙を零す琉河の雄を、慰めるように撫でてやり、
そのまま唇を重ねる。
琉河の内部が、これ以上ない程に熱く、締め付けてくる。

「・・・っ、ああ・・・っ!・・・っく、ん・・・―――!!」

シャツにしがみつく力から限界を感じ取り、深く深く貫いてやれば、
その瞬間、互いの肌を濡らす白濁。びくびくと痙攣しながらそれを吐き出す琉河に、
月もまたそう変わらない時間に己の欲を解き放った。
霞んだ意識の中、自分の携帯の音が鳴っている。
けれど、それを取る気力もないまま、琉河はだらり、と脱力した身体を月に預けていた。
耳元でふっと笑われ、湧き上がる羞恥から目を背けるように瞳を閉じる。
ふらり、と遠のく意識と共に、
琉河は月の熱を感じていたのだった。





「・・・ん・・・」

目を覚ました琉河は、やけに揺れる感覚に、不思議そうに身を起こした。
ワタリが寄越してくれた車の中で、眠ってしまったのだろうか。
確かに、昨晩はほとんど眠る間もなく捜査を続け、そのまま朝早くからの大学に出ていたため、
それも仕方がないか―――・・・と思おうとして、

「目が覚めた?」
「!?」

すぐ近くに聞き覚えのある声を感じ、琉河は驚いたように身を跳ね上がらせた。

「・・・や、夜神くん」
「大丈夫か?あのまま眠ってしまったから、仕方なく父さんに電話して、で、今本部に向かってるトコだよ」
「・・・あ、あのまま・・・?」

琉河は、すっかり忘れていた事実を思い出させられ、
一気に顔を赤らめ、そして青褪めた。あわてて時計を見やれば、
・・・もう既に、会議の始まる時間。

「・・・どうしてくれるんですか・・・」
「仕方ないんじゃないか?授業、ということで話をつけておいたし、大丈夫だよ」
「・・・・・・」

結局、午後の授業が終わってしまう程の時間まで眠りこけてしまった琉河は、
己のあまりの不甲斐なさにいまだ表情を固めている。
月は、はは、と笑った。
諸悪の根源である月を睨みつける。だが、月は全く意に介さない。
琉河はため息をついた。

「・・・ここまでめちゃくちゃにされたお詫びに、今夜は遅くまで付き合ってもらいますよ・・・」
「ああ、わかったよ」

笑って、琉河の部屋でならな、と告げる月に、
さすがの琉河も呆れてしまう。
まったく、と口の中でぼやいた青年は、
窓の外を見、再び大きくため息をついたのだった。





end.




[月×Lさんに8のお題] by 真月(まき) 様
Update:2006/06/17/SAT by BLUE

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