飛ンデ火ニ入ル夏ノ、



「でもさ、琉河、」
「はい?」

キャンパスからの帰り道、肩を並べて歩きながら、
夜神月は思わずくすりと笑ってしまった。
隣にいるのは、世界的名探偵、L。本来ならば、自分などが目の当たりにできるはずもない相手。
もちろん、自分がキラとなり追われる立場になった今では、
大して奇跡的なこととも思えないのだが、
それでも、こうして彼が隣にいるのはなんとも奇妙な気がする。

「・・・なんですか」
「琉河はさ、僕のことをキラと疑ってるんだったよな?」
「はい。あくまで1%程度ですが」

1%。
上手い言い方だと思う。どうせ、99%近く疑っているくせに。
でなければ、L自ら自分に接触などしてくるわけがない。
大して情報もないはずの今、
それでも危険を圧してまでここに来たのは、
間合いを少しでも詰め、証拠と共に一気に片をつけたいからに他ならない。
だが、だからといって、まさかここまで張り付いてくるとは、
正直思わなかった。

「けど、だったらL自ら僕に接触してくるのは、危険だとは思わなかったのか?」

あの入学式は、確かに"キラ"にとって大きな打撃だった。
予測もしていなかった。
やはりLは、噂通り侮れない。
だが、だからといって、わざわざ自分と友達のような関係を演じ、
キャンパスライフを送る必要がどこにあるのか。

「危険は危険ですが、現場に出ることも情報を得るには大切ですから」
「だからといって、24時間張り付けられるわけでもないのに」

大学で、L―――琉河早樹が友達顔で夜神月に近づけるのはわかるが、
大学以外での時間は全て監視できるわけもない。
せめて、こうして大学帰りに街に寄る際、付いて来れる程度。
だが、だからといってそれ以外の時間に他の尾行がついているかというとそうでもなく、
家に監視カメラを置いている形跡もない。
これでは、Lが監視できない死角など、いくらでもあるではないか。

「こんなことより、どうせなら徹底的に監視するなりして僕がキラであるのかないのか確かめる、とかのほうがよかったんじゃないのか?」
「・・・そうなんですけどね」

それをやってみても駄目だったから此処まで来たのだとは、
当然、琉河は口に出さない。
そう、夜神月の室内だけで64個。死角などなかった。
夜神月を尾行していたレイ・ペンバーは、問題なしと報告していた。
外でも、家でもなにも不審な点は見られなかった彼。
キラでない―――そう考えるのが、普通だろう。

「でも、直接会ってみないとわからないモノ、って、あるじゃないですか」
「ふうん。で、ここ2週間で、僕についてわかったコトは?」

そう問われ、琉河は今一度、隣の夜神月をちらりと見やった。
正直、大した収穫はなかったといっていいだろう。
自分の監視カメラ網を掻い潜った時点で、そう簡単に尻尾を掴める相手でないことは、
重々承知だったが。
入学式には多少動揺を誘うことに成功したものの、
次の日には相手はポーカーフェイスを貫き通していたし、
当然、不審な動きも見られなかった。
反対に、危険を賭して自分が得られたものといえば、

「・・・月くんは、女遊びが激しい、ということぐらいですかね・・・」
「聞き捨てならないな。僕がいつ遊びで付き合ったって?」
「一度に4人の女性とお付き合いしているそうじゃないですか」
「別に付き合ってるわけじゃない。友達、ってだけだよ」
「・・・まぁ、いいんですけど」

別に、そんなことで問い詰めたいわけでもない。
大して情報もない中、彼の真実を引き出すための話題が少ないだけだ。
丁度、目に入った先にクレープ屋が見えた。
釘付けになっている視線を追った夜神月が、呆れたように肩を竦めながらも、
アイスとバナナとチョコとカスタードをごちゃごちゃにしたような、
少々値の張るそれを買ってやると、
琉河は感謝の言葉もそこそこに手の中のそれに夢中になっていた。

どうも、調子が狂う。
この男といると、疑われているという緊張感が長く続かない。

誰も知らない、正体不明の探偵、というからには、
たった一人で、誰にも頼らず、誰に心を開くこともなく生きてきたのかと思えば、
社会性など皆無に等しい態度。生活力などかけらも見当たらない。
これでは、誰かが世話をせねば
生きていくことすらできないのではないか。
案の定、たった一人で自分に張り付いているこの青年は、
度々非常識な行動をとっては、
それに耐え兼ねた夜神月にたしなめられていた。

こんな、世間知らずの子供のような男と歩いていれば、
緊張感などなくなって当然だ。
ましてや、相手は口では疑っているといいながら、そんなそぶりは一切見せないのだから。
こうして、たまに確認しなければ、
それすら忘れてしまいそうになってしまう。

月はちらりと、いまだに何も言わず食べ続ける琉河早樹の横顔を見やった。
心なしか、不満そうな顔をしている。
月は首を傾げた。先ほどのつまらない話題にせよ、
いつもの彼らしくない。

「なんだ、琉河。妬いてたのか?」
「なんで私が貴方に妬く必要があるんですか」

普段、何か夢中になって食べている時には
声を掛けても反応が曖昧なだけに、
打てば響くように返ってきた琉河の声音が面白かった。

「昨日、先約があって琉河の誘いを断ったからね。図星だろ?」
「残念ながら、ただの自意識過剰ですよ」
「ふうん?」

こういう時、素直でないのは本当に彼らしい。
琉河のきつい一言も、全く意に介すことのない月は、
方眉を軽く上げただけで、
琉河のほうを見やった。

「じゃあ、"友達"らしく、うちに寄って行けよ。」
「は?」

意味がわからない、という表情をする琉河に、
今日は夜まで家に誰もいないんだ、と意味深に笑う夜神月。
背後では、先ほどまで久しぶりの家族の留守中にゲームができる、と喜んでいた死神が
不満を訴えたが、
当然月は気にしない。

「何がじゃあ、なんですか・・・」
「僕をキラかどうか見極めたいんだろ?プライベートに踏み込んだほうがよりわかりやすいんじゃないかと思ってね」

夜神月の部屋など、もう見飽きている。
何せ、24時間、5日にわたって監視を続けたのだから。
ましてや、敵が自ら門戸を開いている場所に足を踏み入れるなど、
わざわざ罠に嵌りにいくようなものだ。
まったく、馬鹿げている。

「・・・自分から踏み込ませること自体、怪しいでしょう」
「僕は疑いを晴らしたい一心なんだ。そのためなら、僕の全てを見せたって構わないよ」

はは、と笑い声を上げる、いかにも演技のようなその態度。
琉河は顔を顰めた。
何やら雲行きが怪しくなってきた会話と共に、
近づくのは夜神月の住む家。
初めてではない。
初めてではないが、果たして彼の部屋に足を踏み入れることで
自分に何の益があるのか。
彼の何がわかるわけでもない。
だが、かといって極力彼の監視をしていたいはずの琉河がここで夜神月と別れるのは、
逃げのようにも思えた。容易に予想できる先の行為に、
脅えているとでも言わんばかりの態度。
夜神月は、ただ笑うばかり。
どうする?とからかうような瞳で自分を覗き込んでくる男に、
琉河は意地のように睨み返した。

心の奥底では、愛されたいと願っている。
いや、愛されたいという表現はおかしい。他人を見ているのが嫌だ、といえば正確だろうか。
己がキラと疑った男。彼の本心が読めるほどに、
真正面から向き合っていたい。
そうして、彼にもまた、自分を見ていて欲しいのだ。
何故かなんてわからない。
自分の本心がここまで理解のできないものだと知ったのは
つい最近だ。
夜神月。敵であるはずのこの男といると、
調子が狂う自分がいる。
そうして、それを何故か不快に思わない自分もまた。

「さ、入れよ。」

目の前には、夜神月のテリトリー。
逃げたいと思った。
心の底に足を踏み入れたいと思う自分がいたから、尚更。
前にも、後ろにも、足が動かなかった。こんな自分を、琉河は知らない。
ここから去る理由を、必死に探した。
嫌だと一言言えればいいものを。なぜ、それができない。

「琉河、」
「・・・・・・っっ」

一瞬の躊躇が命取りになることぐらい、
わからない琉河ではない。
ぐい、と手首を引かれ、月の家の玄関に引き入れられた時点で、
もはや琉河の負けは確実なものになっていた。
背後のドアが、音を立てて閉められた。
バランスを崩した彼の身体を、
月は腕に抱き締める。すぐに腰に絡みついてくるそれは、
離す気などないのだという強い意志を伝えてくる。
この男こそ、なぜ自分などに興味を示すのだろう?
もし本当にキラでないのなら、己を疑う自分に憤慨しこそすれ、
そんな男を傍に置こうなど思わないはずだ。
自分を傍に置きたいと思うのは、彼自身がキラだからに他ならない。
ならば、自分は?
こうして、彼の思う壺に嵌ることが、
この先キラを追い詰めることに繋がるとでもいうのか。

「―――んんっ・・・う・・・」

眉を寄せる。片腕で腰を引き寄せられ、
もう片方の手は己の顎を掴む。すぐに影が落ち、唇が触れ合った。
ジーンズの上から、指が食い込むような強さでそこを掴まれ、
そうして、口内はすぐに舌に蹂躙されるのだからどうしようもない。
琉河は形だけ、抗った。
月の胸に、腕を突っ張って。もちろん、月は動じない。
本来の琉河ならば、蹴り飛ばしてでも逃げ出すことができると、自分も相手もわかっているだけに、
そんな弱々しい抵抗は、
ただ男の欲を煽るだけだった。

「琉河、・・・」

唇が一旦離され、興奮を隠し切れない声音が目の前の男の名を呼んだ。
いつまでも抱えたままの格好ではいられない。
抵抗を抑え込むように、
月は琉河の身体を背後の壁に押し付ける。
隙があればすぐにでも逃げられそうな相手だ、
月にも余裕はなかった。
己の熱を煽ろうと性急に事を進めようとする男の淫らな手に、
琉河は顔を歪ませた。
靴を履いたまま、石畳の玄関で衣服を乱されている状態。
月は夜まで誰もいない、と言い切ったが、
万一誰が帰ってこないとも限らない。
こんな場所でこれ以上素肌を晒すのは、と、さすがに琉河の理性が邪魔をした。
その間にも、シャツの裾からは男の手。
息が上がるのを、抑えられない。

「っ・・・ぁ、ラ、月く、っ・・・ここでは・・・!」

こんな関係を容認しているような自分の発言は気に入らないが、
今はそんなことを考えている暇はない。
前を緩めようとと蠢く手を、必死に押さえつける。
その間にも、深まるキスは口の端を汚していた。
含み切れない体液が、溢れる。
筋を作るそれを、月の舌が舐め上げる。

「っや、め・・・、待っ・・・」
「待てない」

けれど、月の手は止まらない。
ジーンズのジッパーが下ろされ、内部に入り込むそれに、
ますます琉河の眉が寄る。
それと同時に、己の身体もまた同じように興奮していることに気付かされ、
琉河は必死になって月を引き剥がそうとした。
二の腕を掴み、彼の動きを牽制する。
自分のプライドにかけて、このまま彼のいいように犯されるのだけは避けたかった。

「・・・っ、せめて、部屋に・・・!」
「部屋?」

耳元で、くすりと笑われる。
琉河の顔が、一気に朱に染まった。なんという失言をしてしまったのだろう。

「部屋でなら、じっくり楽しんでもいいってことか?琉河?」
「・・・・・・っ・・・!」

相手が夜神月ならば、こう返されるのは自明の理で、
そうわかっていながら馬鹿なことを口走ってしまったのは自分のミスだ。
―――部屋でなら愛されても?
本当にそう思っているのか?この己の本心は?
誰にも見つかりさえしなければ、彼に抱かれたいとでも言うのか。

「っち、違いま・・・」
「言いたいことがあるならちゃんと言えよ?琉河。この口でさ・・・」

顎に指をかけられる。親指の腹で紅色に染まる唇をゆっくりと撫でられ、
ぞくりと背筋を這い上がる感覚が琉河を襲った。
どうにかしてこの状況を打開したいが、
まさか自分から誘うような言葉を口にするわけにもいかず、
琉河は唇を噛み締める。
だが、そんな躊躇をしている間にも、
月の手は先へ先へと動きを早めていた。
首筋に舌を這わせながら、手はジーンズのボタンを外し、
そうして焦らすように衣服の上から琉河自身をなぞっていく。
形を確かめるように、指1本で丁寧に刺激され、
そのもどかしさに琉河は首を振った。
もはや、瞳には涙が浮かんでいる。
快楽に身を委ねたい己と、それを屈辱と思う己との葛藤故だ。
琉河は掴んでいた月の肌に爪を立てた。

「琉河。」
「っ・・・ぁ、・・・っ・・・」

月の声音は、常に自分の理性を崩していく。
意地を張っていても、結局は彼の思い通りになってしまう―――。
そうはわかっていたが、それでも抵抗してしまう自分が、
不意に琉河はおかしくなった。
本当に、馬鹿だと思う。
己の足で、ここに来たくせに。
彼のテリトリーに足を踏み入れた時点で、
もう、こうなることは予想していただろうに。

「・・・月く、ん・・・」
「ん?」

耳に、吐息が吹きかけられた。
熱い。たったそれだけで、腰の奥が疼くよう。
もう後戻りなどできない己の身体に、
琉河は心の中で呆れたように溜息をついていた。

「・・・部屋で、・・・・・・」
「部屋で?」

わかっているくせに、次を促す男が恨めしい。
琉河は縋るように肩に腕を回した。爪を立てて、責めるような視線を向ける。
だが、勿論月は動じない。
それどころか、そんな琉河の反応を面白がっているようだった。
何度目かのキスが、琉河の頬に触れた。
やれやれ、と目を閉じる。
我侭な男だ。
仕方なく、琉河は口を開いた。

「・・・するなら、部屋でしてください・・・」
「はは。まぁ、僕も邪魔が入るのはゴメンだしね。わかったよ」

琉河のその言葉に満足したのか、
壁に彼を押さえつけていた月の腕の力が少しだけ緩んだ。
中途半端に脱がされていた衣服を、琉河は再び身に着けようと手を伸ばしたが、
その瞬間、

「―――っ・・・!」

ふわり、と身体を抱え上げられ、琉河は目を見開いた。
いきなり足場が失われ、無意識に安定を求めて琉河の腕が月の肩にしがみつく。
月はというと、そのまま玄関の横の階段を上り始めていた。
確かに部屋で、とはいったが、
まさか抱えて運ばれるとは思っていなかった。
琉河はうんざりと顔を歪めた。

「・・・何やってるんですか・・・」
「少しでも手放したら、逃げ出すんじゃないかと思ってね。」
「・・・・・・」

ばたり、と背後の部屋が閉じられた。
そうして、カチャリと、鍵のかかる音。
これでもう、万一誰が来たとしても、力づくで開けるような人間はいない。
琉河は安心すると同時に、これで自分が、夜神月から逃げられなくなってしまったことも
強く感じていた。
誰も、見ていない、たった2人だけの部屋。
キラとしてではなく、もしも物理的な殺し方をされたら?
体術には多少の自信があるものの、
刃物でも出されれば、自分は、終わりだ。

「琉河・・・」
「・・・っライ、・・・」

どさり、とベッドに放り投げられて、
すぐさま男が圧し掛かる。
今度こそ、抵抗など無意味だろう。諦めたように、琉河は身体の力を抜く。
すると、目の前の男の口の端がすっと上がった。
目を細める。
自信過剰な男のその表情は、
癪に触って仕方なかった。けれど。

「口、開けて・・・」
「・・・・・・んっ・・・ふ・・・」

先ほどにも増して、深く深くを探ってくる長い舌。
無論、ここまでくれば琉河に逃げの姿勢はない。
絡められるそれに、琉河は負けじと己の舌を巻きつけた。
不意打ちに、空回りしたそれらは、
それでもすぐにねっとりと体液を共有し合う。
楽しげに笑う月の気配を感じた。
・・・気に入らない。
せめて一泡でも彼に吹かせてやらねば気がすまない。

「いっ・・・、」

ぐい、と強くシャツの襟を引っ張られた月は、
深く絡めていた唇を外してしまった。
それも仕方がないことだろう。琉河が目一杯力を込めて引っ張ったそこは、
ビリ、と布のちぎれる音まで上げていたのだから。
大して手入れのされていない爪に引き裂かれたかのように
無残なそれを確認しようとして、
少しだけ、月の意識が琉河から逸れる。
その瞬間を、琉河は見逃さなかった。

「っ・・・琉・・・、!」

己に覆いかぶさっていたはずの肩を、強く掴み、
そうして、身体を反転させるように勢いよくベッドに押し付ける。
一瞬のうちに、琉河と月の立場が逆転してしまっていた。
圧し掛かった琉河の、下には、夜神月。
予想だにしていなかったであろう反撃に、
目を見開いて自分を見上げる、
生意気な少年が。

「・・・調子に乗るのも、大概にしてくださいよ・・・」
「何?今日はお前がやってくれるんだ?」

だが、押し倒された側のはずの月は、それでも楽しげに口の端を歪めるばかり。
怯むどころか、右腕を伸ばし、目の前の青年の髪に指を絡めた。
漆黒のそれを楽しげに弄び、そうして、引き寄せる。
何度目かのキス。けれど、今回は先ほどまでのような深いものではなく、
軽く、優しいものだった。唇を触れ合わせ、
そのまま琉河の衣服を脱がせていく。
ジーンズを緩め、素肌と下着の間に手を這わせてくる男に、
琉河は負けじと襟元を解き、そうして唇を這わせる。
ズバ抜けた頭脳を持つ男でありながら、スポーツも万能な彼の身体は、
痩せこけたような自分よりはよほど逞しく思えて、
そんな微妙なところですら琉河はコンプレックスを覚えていた。
とにかく、何もかもが完璧すぎるのだ、彼の場合は。
均整の取れた胸板に、琉河は顔を埋めた。
だが、それは愛撫のためではない。下肢を襲う、もどかしげな感覚に耐えるためだ。

「っく・・・、んっ・・・」
「どうした?続けてくれて一向に構わないよ」

既に、下肢はほとんど晒されていた。
下着もジーンズも、自らの意思とは関係なく、月の手足で足首まで下ろされている。
大きな手が、双丘を包み込むように撫で、そうして片方の手のひらは背筋へ。
骨の一つ一つをなぞるようにしながら、下へと降ろされれば、
嫌でもその先を考えずにはいられなかった。
尻の割れた部分を辿り、その奥へ。
だが、止めることなどできなかった。気づけば、
月の上から退くことができなくなっていた。
月の腕が、しっかりと彼を抱えていたからだ。

「・・・私にやってもらいたいなら、大人しくしてください」
「はは。そうしたいところだけど、お前に任せてばかりじゃ、もどかしくてしょうがないからね」
「っ・・・・・・」

ばさっと音がして、下肢の衣服がすべて剥ぎ取られ、
ベッドの下に落とされたのを知った。
それと同時に、上半身のシャツもまた、ぐい、と頭から外されてしまう。
相変わらず脱がしにくい服着てるな、とぼやかれ、
余計なお世話です、と言い返した。
月は笑った。
本当に、楽しげな声音。この男は、相手が誰だか本当にわかっているのだろうか?
だがそれは、自分自身にこそ訊きたい問い掛け。

「ほら、琉河。来いよ。」

月が示した先は、彼自身の下肢。
琉河は息を呑んだ。カチャリと音がして、ベルトが外される。
そうして、前を緩めれば、顔を覗かせるのは彼の雄。
知らないうちに、頬が染まる。
月の手の中で、それはみるみるうちに大きさを増していった。

「僕を愛してくれるんだろう?」
「っなこと・・・!」

言ってない、と言い返す間もなく、
月の手が琉河の頭を掴み、引き寄せた。
赤黒く腫れ上がり、淫らに先走りに濡れるそれを目の前にして、
琉河は眉を寄せた。
だが、このままこうしていても埒が明かない。
男は一向に引く気などないだろうし、確かに受け身だけでは気に入らないのも事実。
彼のいいように誘導されていることに顔を顰めながらも、
琉河はおそるおそる、月自身に触れる。
この味は、何度やってもそう慣れるものではない。
一瞬、気が遠くなった。
月の手が、強く琉河を引き寄せたからである。

「んっ―――ぅ・・・」
「もっと舌使って。それじゃあ僕をイかせられないよ?」

喉の奥まで目一杯含まされて、一体どうしろというのか。
こうやっている時は、毎回二度とやるものかと思うくらい苦しいのに、
どうして今、またこういう状況に陥っているのだろう。
彼を見返してやりたいだとか、そういう意地の前に、
まずこの苦しみから逃れることを考えた。
舌で、強く押し返すと、それが月にとっての快楽へと繋がった。
やはり、結局のところ、楽しむのは彼なのだ。

「琉河・・・、可愛いよ・・・」
「・・・んむっ・・・ふ、・・・っ・・・」

男のモノを口に含んだまま、顔を上げさせられ、
琉河は辛そうに表情を歪ませた。
けれど、そんな琉河の姿も男の熱をそそるのか、月の手が優しく頬を撫でる。
一段と質量を増した塊が、琉河の口内を更に圧迫した。
吐き気を覚えるのに、それすら耐えなければならない苦痛は、
しばらく終わりそうになかった。
琉河は震える手で、月の腕に爪を立てた。
今度こそ、素肌に食い込んだそれは、男の肌に傷をつけてしまっていた。

「っ・・・、酷いな」
「・・・・・・っだ、誰がっ・・・!」

月が顔を顰めた隙に、漸く異物を口から吐き出して、
琉河はきつい視線を目の前の少年に向けた。
だが、相手は夜神月。
皮膚を引っ掻かれ血の滲むそれを舌で軽く舐めた後、
月はいやに嬉しそうな表情を琉河に向けた。
口の端が、まるで悪魔のような邪悪さをもって持ち上がる。
琉河は、脅えたように心持ち身を引いた。
だが、

「やっぱり、お前には任せておけないな」
「っや・・・ぁっ・・・!!」

楽しげな声音と共に、琉河は今度はうつ伏せに組み敷かれた。
男の全体重をかけられて、当然、琉河に逃げ出す術はない。
背後から抱き締められ、不覚にもぞくりと甘い痺れが全身を奮わせた。
獣のような格好をさせられ、下肢に手が伸びる。
琉河の雄もまた、興奮を隠せずに先走りで濡れていた。
それを耳元で笑われ、羞恥心が込み上げた。
なぜこんな男ごときに、己の身体は反応を示してしまうのか、と。

「素直じゃないコには、お仕置きが必要だね」
「っ・・・やめ・・・!」

次の瞬間、己の雄が強く圧迫されるのを感じ、
琉河は咄嗟に下肢に目を向けた。
月の手が、自身を強く握り込んでいた。だが、それだけではない。
先ほど月が脱ぎ捨てたカッターシャツ。その腕の部分で、
琉河自身の根元がきつく結ばれていたのだ。

「っ・・・苦しっ・・・」
「このまま可愛く啼いてれば、すぐに外してやるよ。」
「っあ・・・ああっ・・・!」

すっ、と月の指が琉河の雄の先端を擦り、
手放される。熱のために腫れ上がったそれに、深く食い込んでくる布地は、
それだけで琉河を追い詰め始めていた。苦しい―――、痛い。
なぜ、白分かこんな目に合わなければならないのか。
だが、そんなことを考えている余裕はない。

「っは・・・!」
「痛い?」

ずぶりと音すら立てるように奥に突き立てられた月の指先。
引き裂かれるようなそれに、思わず琉河はぎゅ、と目を瞑ってしまった。
狭いそこは、ぎゅうぎゅうと指を締め付けてくる。
無意識の抵抗が、更に月の嗜潜心を煽った。

「力抜いてよ」
「いっ・・・ぁ、無理・・・!!」

月の強引な態度に、琉河は必死で首を横に振る。
情けないことではあるが、ついこの間までバージンだったのだ。そう簡単に慣れるものではない。
ましてや、大して濡れてもいないこの状態で。琉河は涙目で、それでも必死に訴えた。
月は肩を竦めた。確かに、
指1本でこれでは、この先琉河がひどい目に合うのは目に見えている。
特に、今回は自分のベッドの上。
下手に血でも流されては困る。
そうでなくとも、最近はいろいろと"友人"と称して連れ込んでは
家族に不審がられていたのだ。
つまらないことで追求されるのも面倒だった。

「わかったよ、琉河。そんなに脅えるなよ」
「っ・・・・・・」

指を一旦引き抜いて、脅えたように縮こまる琉河の頭を撫でてやる。
琉河は安堵に息をついていたが、勿論、下肢は締め上げられたままだ。
相変わらず、熱と苦しさが琉河の全身を渦巻いている。
こんな状態で、プライドもあったものではない。
琉河は強請るように月に目を向けた。
月は笑った。手を伸ばし、ベッドサイドの引き出しを探る。
その中から引っ張り出したのは、
チューブ入りの潤滑用ジェル。しかも、有効成分入りのスグレモノ、というヤツである。

「っつ・・・冷たっ・・・」
「これなら、痛くないだろ?」
「ぁ・・・」

たっぷりと手のひらに落としたそれを、
じっくりと丁寧に内部に塗り込めて行く。ぐちゅぐちゅと体内で幾度も鳴らされる卑猥な音に、
頭がおかしくなりそうだった。
ついでに、と縛られたままの前にも塗りたくられる。
これで、正気を保っていられるほうがおかしい。
ジェルのせいで、何本もの指を簡単に呑み込むようになってしまった己の下肢が憎らしかったが、
かといって逃げ出すわけにもいかない。
唇から洩れる吐息は、そろそろ限界を訴えていた。
解放したい、されたい。
早く、この苦しみから抜け出したい。だがそれには、月の許しが必要なのだ。

「っは・・・早くっ外し・・・、月く・・・!」
「欲しい?」
「っあ・・・ああっ・・・」

溢れるほどに濡らされたそこに、月の雄が触れる。
ぬめりに呑まれて、すぐにでも内部へと導かれてしまいそうなのを、
腰を支えてあえて入り口付近を刺激する。
もちろん、琉河を焦らすためだ。
だが、琉河にしてみれば、確かに下肢の奥が疼いているのももちろんだが、
入り口が未だ塞がれている以上、
これ以上に熱を取り込むのは、ただ苦痛にしかならないのだ。
琉河は、肩で身体を支えながら必死に手を伸ばし、
自らの力でそれを外そうと足掻いていた。
震える手が、漸く琉河自身を捕らえる。月はふっと笑った。
そうして、ぐっと腰を引き寄せる。
ずぶり、と月の熱が琉河の内部に押し込まれていった。

「っあ、あ、ああ――・・・!!」
「琉河・・・」

先ほどの潤滑油のせいで、抵抗感なく男を受け入れる内部は、
けれど、融けそうなほどに熱く、月自身に絡みついてくる。
そうして、琉河もまた同じように、
己を内部から犯すそれの灼けそうなほどの熱に
自分を保てないでいた。
苦しい。
これほど強い快感を覚えるのに、息が詰まるようだ。
琉河の手ごと、月の手のひらがそれを包み込んできた。
先端を擦られれば、かえって苦痛が増した。
張り裂けんばかりの熱だ、
頭がおかしくなる。快感と苦痛で、思考のすべてが埋め尽くされるよう。
そんな状態で、背後からは互いの肌がぶつかり合う、乾いた音。
狭い肉襞が擦れる刺激も、
相変わらず琉河を責め、苛んでくる。

「いっ・・・ぁ、あっ・・・ん・・・!!」
「可愛いよ、琉河、・・・っ」

耳元で、囁く男の息が、あがっている。
舌で耳殻を舐められ、そうして甘噛みするように歯を立てられた。
そうして、耳の裏に落とされるキス。
酔わされる。止まらない。何もかも、わからなくなる。
自分が誰なのか。ここが、どこなのか。
なんのために、こうしていたのか。
ぜんぶ、すべてが。

「っあ・・・ライっ・・・!」

『お兄ちゃーん』
「・・・・・・・・・・・・・・」

その瞬間、
2人の身体が、一瞬にして強張った。
ドア越しから聞こえる声の主は、もちろん、月の妹、夜神粧裕。
琉河はとっさに□を押さえた。
先ほどまで、何も気づかずに喘いでいた白分か情けなかった。
もし、外に声が漏れてしまっていたとしたら?
・・・かなりの恥晒しだ。
月はというと、かなりイイところを邪魔され、不機嫌に眉を歪ませている。
だが、かといって無視もできない。
はぁ、と一息ついて、このままの格好で声をかけた。

「っさ、粧裕?・・・早いな、どうしたんだ」
『んー、部活が予定より早く終わっちゃったから、勉強教えてもらおうと思ったんだケド・・・、・・・もしかして、お取り込み中?』

お取り込み中、どころじゃない・・・。
月はうんざりと額を押さえた。
琉河は固まったまま、必死に息を抑えていた。
鍵はたしかかけていたはずだが、万が一、外から開けられでもしたら―――。
それを考えると、あまりの事に身動きができない。

「・・・ああ・・・。だから、悪いけど後にしてくれ・・・」
『アハ。ごめ−ん。じゃ、彼女さんとごゆっくりー』
「・・・・・・・・・」

ばたり、と隣の部屋のドアが閉まる音がするまで、
琉河も月も動くことができなかった。
とりあえずの危機は去ったが、
・・・心臓が止まるかと思った。
まったく、なんて嘘吐きなのだ、この男は。

「・・・・・・サイテーですね、貴方・・・」
「仕方ないだろ。別に嘘ついたわけじゃないぞ。運が悪かっただけだって」
「ですが・・・・・・っ、ちょ!」

いきなり、中断していた下肢を揺さ振られ、
突然の衝撃に琉河は顔を歪めた。
部外者の出現で萎えかけていた身体に、この刺激は耐え難い。
しかも、今となっては尚更、
月の与える快楽に琉河が素直に溺れられるはずもなかった。
なぜなら、

「さっきの続きだ、琉河。中断して悪かったな・・・」
「っやめ・・・!隣に、聞こえっ・・・!!」

部屋には2人だけといえど、壁一枚を隔てた先には人がいるのだ。
ましてや、兄にべったりなあの少女の性格では、
気になって聞き耳を立てているとも限らないではないか。
だが、

「っ・・・う―――・・・」
「お前か声を出さなければいいことだろ?」
「っ・・・だ・・・誰のせい、っ・・・」

いったい、この男は。
誰のせいで、自分がこんなことになっているのか、
誰のせいで、自分がこんな声をあげる羽目になっているのか、
わかっているのだろうか?
もちうん、それを認めるのは、琉河白身、屈辱、の一言に尽きるのだが。

「っあ、ああっ・・・ん・・・!」

するり、と根元を縛っていた布が取り去られた。
その瞬間、血液に乗って下肢に一気に流れ込んでくる熱い奔流。
琉河は枕に顔を埋め、布地に歯を立てた。
声を極力上げないように。
津波のように襲い来るそれに、押し流されないように。

「っく・・・ぁ、っ・・・」
「いいよ、琉河・・・もっと啼いて、僕に聞かせて・・・」
「っ馬鹿・・・っな・・・、こと・・・!」

自分で声をあげなければいい、と言って置きながら、
何を言っているのだろう、この男は。
だが、琉河の思考が辛うじて働いていたのもこの時まで。
何度も攻め立てられる後孔が、
ぐちゅぐちゅと耳を塞ぎたくなるほどの淫らな音を立てていることを意識した瞬間、
どうしようもない欲求が身体の奥底から湧き上がってきた。
つい、この間までは全く知らなかったその感覚。
けれど、一度知ってしまえば、
もはや抗う術はない。
これ以上ないほどにまで膨張した琉河のそれを、月の手が包み込んだ。
搾り出すように強く扱かれ、そうして先端を擦られれば、
視界が霞む。意識が・・・途切れそうになる。

「っく・・・ら、ライ・・・!」
「ああ、僕も、もう、限界だ・・・」

縋るように、シーツを握り締める琉河の手のひらに己のそれを重ねて。
もう片方は、腰を抱え直した。強く引き寄せれば、
先ほどよりも更に深く繋がる下肢。
月自身の先端が琉河の内部の、一番敏感な部分を擦った瞬間、
琉河はびくりと全身を奮わせた。
そうして、月もまた。

「琉河、・・・っ・・・」

熱い吐息を耳に吹き込まれ、自分と同じように、
月もまたその瞬間が近づいていることを知った。
琉河は目を閉じた。こうなってしまえば、波に呑まれるしかないのだ。
真っ白に染まる意識。
何も、見えなくなる―――。
だが、その時、何も考えられなくなったはずの脳に、
ぽっかりと一つの思考が浮かんだ。

「っちょ、ま・・・!中にっ、やめ・・・ぁ、あああっ・・・!!」
「んっ・・・琉河・・・!!」

焦ったように逃げ出そうとするも、もはや後の祭り。
がっちりと捕らえられた腰は、
離れるどころか更に深々と繋げられ、
そうして、内部にはどろりとした熱の感触。

「・・・・・・〜〜〜っ!!」

あまりの怒りに琉河の頭が沸騰した。
けれど、絶頂の瞬間を迎えているのは琉河とて同じ。
月の手の中だけには収まらず、
琉河の放った白濁は月の寝台のシーツさえ汚してしまっていた。
琉河はぐったりと、ベッドに身体をうつ伏せた。

「・・・また、中出し・・・」
「ごめんごめん。まぁ、でもいつもの事だろ?」

それに、僕を誘ったお前だって同罪だよ、と事も無げに告げる月を、
琉河はきつい視線で睨み付けた。
だが、こんな状態のままでは、凄みも何も感じられない。
泣き腫らしたように目を真っ赤に染め、
浅い息を何度も吐く琉河は、
一度精を放ったにも関わらず、
更なる欲を煽る程に魅力的だった。

「・・・他人事だと思って、最低ですね・・・。
 っ・・・こんな状態で、どうやって、帰れと言うんですか・・・」
「そうだな・・・そういえば、靴も玄関に置きっぱなしだな」
「・・・・・・っ!!」

更に自分を追い込むかのような月の発言。
琉河は怒りとも呆れともわからない感情を抱いた。
半ば強制的に他人を自室に連れ込んだ上、
家族に気づかれるわ、
ベッドは汚すわ、
更には、後のことは何も考えないと来ている。
これでは、すべてにおいて、琉河だけでなく月自身すら窮地に追い込む最悪の展開ではないか。
大馬鹿以外のなにものでもない。

「最悪ですね・・・」
「・・・じゃ、今日は、泊まってく?」
「っ冗談も、大概にしてください・・・・・・」

出来もしないことを口にして、
男は笑った。月の腕が琉河に伸ばされ、彼の身体を抱き締めた。
全く、本当に自分の事以外なにも考えていない。
呆れた男だと思う。
本当に、これからどうすればいいのだろう。

「まぁ、とりあえず休んでいけよ。後は僕がなんとかするからさ。」
「・・・・・・」

何の案もないくせに、口だけは安請け合いする月が、
ひどく癇に障った。だが、琉河とて、こんな状況では何もできない。
ましてや、腕1本動かすのに億劫な、この状態では。
月の手が、己の頭をあやすように撫でていた。
本当に、何を考えているのかわからない、
5も年下のこの男。

「・・・馬鹿・・・」

誤魔化すように触れ合わされるキスに眉を顰めながら、
琉河はほんの少しだけ瞳を閉じた。





end.





Update:2006/08/31/THU by BLUE

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