Missing...



堅いベッドに身を寄せて、どれくらいが過ぎたろう。
両手両足を拘束され、ほとんど動くこともできないでいる月は、
体力の落ちた己の身体をベッドに預けたまま、ぼんやりと思考を巡らせた。

暗い牢にたった1つある天井ライト、そして己を映す監視カメラ。視線と声は感じられるものの、
3回の簡素な食事が運ばれてくる意外は、全くといっていいほど人気のない孤独な世界。
無実の自分に対し、それでもまだ疑いを解かず、こうして気が遠くなる程長く拘束を続けている竜崎に、
月は見えないところで拳を握り締めた。

(―――・・・くそっ・・・)

自分が拘束されてから既に30日が過ぎている。
だがその間、"キラ"による犯罪者裁きはぱったりと無くなっているという。
確かにこれでは、自分がキラと断定されてもおかしくはないだろう。
自分が竜崎でも、いや、おそらく誰もがそう考えるはずだ。
だが、―――自分がキラであるはずがない。
そもそも、本当に身に覚えがないのだ。もし無自覚にキラとして動いていたのなら、
あの竜崎が仕掛けた監視網に引っかからぬはずがないのだから。
犯人は、別にいる。
己に罪を擦り付け、キラとして始末した上で再び犯罪者裁きを行う、そんな卑劣な奴が必ず―――。
だから尚更、月は悔しさに唇を噛み締めた。
早く此処から出て、己が手でキラを捕まえたかった。
身の潔白を証明するためにも、どうしても。
だが現実には、キラによる犯罪者裁きは全く見られず、
己への疑いは深まるばかりなのだ。

(・・・竜崎・・・)

月は少しだけ身を起こし、己を見つめているであろう男に訴えるように、カメラを見上げた。

―――竜崎、お前は間違っている。これでは、本物のキラの思う壷だ―――・・・

だがその時、ひたひたと人の近づく気配を感じた。
月は咄嗟に身構えたものの、どうせ両腕も両脚も拘束されている状態では何の抵抗もできないことを思い出し、
諦めたように瞳を閉じる。
まさか、今頃食事でもあるまい。
だとすれば、自分にこうして直接会いに来れるのは、彼しかいないだろう。
竜崎―――否、L。己をキラと疑い、拘束し、自白を求めようとするあの―――。
だが、月にとって、竜崎はいまや大切な存在だった。
たとえ、彼が己を疑い、探るために自分に近づいただけだとわかっていても、それでも。

月は息を殺し、彼の気配を追った。

「・・・月くん」

スピーカー越しでない、久しぶりの竜崎の"本当"の声音。
たったひと月聞いていなかっただけで、今の月にはひどく懐かしく耳に響いてくる。
だが、それでも。
きっと、今でもまだ、彼にとって自分は"キラ"なのだ。
心の底からの叫びが彼に届かない悲しみに、
月は身を浸した。




















わざわざ監視カメラの最電源まで消し、ここまで来てしまったのは竜崎の独断だった。
深夜2時。普段は、夜神月の眠るこんな時間にも必ず交代で2名、監視役を置いているのだが、
最近は本部内で彼を拘束することに反対の者が増え、
今日は竜崎1人だけが監視に当たっていた。
竜崎は"彼"の元に向かいながら、彼にしては珍しく深いため息をついた。

夜神月がキラであることは、竜崎の中で99%確定的な事実だった。
実際、彼を拘束してから14日間は、ぱったりとキラの裁きがなくなった。誰が見てもそれは、
即ち現に拘束されている夜神月が犯人だということを示している。
だが―――。
キラはまた現れた。容疑者を捕らえ、事件解決も近いかと思った我々をあざ笑うかのように。
夜神月を拘束してる間に、次々と犯罪者殺しを行っている者がいて、
しかも、そもそも夜神月がキラであるという確定的な証拠すらない以上、
このまま彼を拘束し続けていられるのも時間の問題だろう。
この20日間、夜神月にはキラの再出現を一言も言わずに来た。
それは彼の自白を促すためのひとつの手段ではあったが、それを卑怯だと非難する者も当然いるのだ。
この状況で、竜崎が何の根拠もなく長く月を拘束していられるはずもない。

「・・・月くん」

月の居る牢の前で足を止めた竜崎は、
そっと彼の名を呟いた。
当然、彼は眠りについていた。それもそのはずだろう。
30日以上も両手両足を拘束され、自由のない生活を強いられてきたのだから。
だが、そもそもこうなったのは夜神月、彼自身の自首とも言える提案からなのだから仕方がない。
そう、自分は。
まだ彼を解放するわけにはいかないのだ。
自分が確実に彼を"白"と認めるまで、絶対に解放しない、と約束したのだから。

竜崎は手にしていたマスターキーをジャラリと鳴らし、錠を外した。
静寂の中、響く金属音。
だが、これは誰も知らない。竜崎と、そして夜神月、彼らだけの秘事。
キィ、と音を立てて部屋へと足を踏み入れた竜崎は、
ベッドの上で疲れ切ったように横たわる月の傍に腰をかけた。
片足を、ベッドの端に引っ掛けて。

「・・・だから、こんな方法は意味がないと思ったんです」

ぽつり、ぽつり、と呟く竜崎に、
しかし月は静かな寝息を立てているだけだ。
構わず、竜崎は続けた。聞かせたい台詞でもなかった。だからこれは、ただの独り言。

「貴方を監視しようが拘束しようが、事件は解決しない。
 ・・・ましてや今回は、貴方自身の案だ。自分でも馬鹿だったと思います・・・」

容疑をかけられている者からの提案を呑むなどナンセンスだと、
自分自身で言ったというのに。
月の拘束をあのまま決めてしまったことで、今度は己自身の推理の矛盾を突きつけられている今の状況に、
竜崎は唇を噛み締める。勿論、月は気付いていない。
月のこけた顔にかかる前髪を払ってやると、微かに開かれる唇。
不健康に青ざめているそれに衝動的に触れた竜崎は、
そのまま身体を傾け、己の唇を重ねていった。

「・・・っん・・・」

苦しげに寄せられる眉。触れ合った感触に、竜崎は己の身体の奥に熱を感じる。
それは、たとえ探り合いであれ騙し合いであれ、共に過ごし、身体を繋げ合った過去の記憶。
本心であれ演技であれ、互いの熱を奪い合ったあの瞬間。
だが、それは今では非現実のことのようで、
己を抱き締めたはずの彼の腕は拘束され、身動きすらままならない姿で目の前に転がっている。
キラとして、自分―――Lに、命を預けたまま。
ゆっくりと月の目が開かれた。
ひとつの曇りもない、まっすぐで真摯な黒瞳。

「―――・・・竜崎」

名を呼ばれ、しかし竜崎は彼に乗り上げたまま動かなかった。
1ヶ月ぶりに触れ合った熱が、懐かしかった。
だが、相手はキラ。馬鹿げたことだ。竜崎は無言で身を起こす。

「竜崎・・・」
「もう、戻ります」
「竜崎!!」
「・・・・・・っ・・・」

背を向けようとした竜崎を、渾身の力で押し倒して。
両腕も両足も自由にならない月は、
それでもバランスを崩し背後の壁に背を打ち付けるようにして倒れこんだ男の上に乗り上げると、
頭を壁に押し付けるようにそのまま唇を重ねた。
乱暴で、しかし意識すら奪われてしまいそうな激しいキス。
だが、手足を拘束された状態で、そんな行為が長く続けられるはずもなく、
ぐらりと月は倒れ込んでしまう。
冷たい床、そこに頬を押し付けて。

「・・・月くん」
「―――辛いんだ、竜崎」
「・・・・・・」

力のない声音。散々無実をカメラに向かい訴えてきた彼の声は、
彼のものではないかのように掠れ、
それを直接耳にする竜崎の心に直接訴えかけてくる。

「―――このまま、お前にキラと断定されてしまうことがだ。この身の潔白を証明出来ないまま、キラとして死刑台に上らされることがだ。僕は、竜崎、お前を―――・・・」

愛して、いたいのに。

「・・・っ」

それは、ひどく悲痛な声音。
余程のことがなければ動じないはずの竜崎の心すら揺らすもので、
竜崎は耳を塞いだ。騙されてはいけない、これは罠だ。

「・・・あなたが拘束されてから、事実、誰も裁きを受けていません。私は、貴方を解放するわけにはいかない」

――――――嘘だ。
自分の、虚言を弄してまで自白を得ようとする手段に、
反吐が出そうだった。
初めてだ。
こんな、自己嫌悪を感じるのは。

「・・・・・・竜崎・・・」

唇を噛んで耐える月に、
しかし、今の竜崎には信じることができないでいた。
すなわち己を否定することに繋がる故に。
竜崎は月に背を向けると、彼の視線から逃げるように牢から出、そうして再び頑丈に錠をかけた。
たった1枚の鉄格子。2人を隔てるそれが、ひどく残酷に月の目に映る。

「・・・なら、せめて約束してくれ」

足早に歩み去ろうとした竜崎の足が止まった。

「僕が、またお前をこの腕で抱き締めるために。僕の身の潔白を、僕の代わりに証明してくれ・・・」
「・・・・・・」

頭が混乱するような彼の言葉。
どうして、彼のその台詞はこれほどまでに己の心を揺らすものなのか。
聞いてはいけない。聞けば惑わされる。
まるで、悪魔の囁きのように。

竜崎はそれを振り払うように、再び足を速めた。





end.





Update:2006/07/02/SUN by BLUE

PAGE TOP