My name is...



「・・・一つだけ、本当のことを教えてください」
「ん?」

闇に染まった部屋に、ただ月明かりだけが差し込む夜。
何度か続けられた行為のせいで指1本動かすのも億劫な身体を、
竜崎は男の腕に預けたまま、囁いた。
ちらりと見上げた彼は、けれど動揺などない、いつもの余裕を湛えた表情。
背を抱いていた腕がすっと上がり、そうして竜崎の髪を撫でた。
言わずともそれは、許可の証。

「何?」
「・・・・・・月くん。貴方は、」

キラなんじゃないですか?、と。
その時だけは、真っ直ぐに彼を見据え、そうして尋ねる。
男の顔は、それでも動じなかった。
逆に真っ直ぐ見据えられた。口元には、柔らかな笑み。
いつものようにはぐらかされると思った。
唇が、楽しげな動きを見せた。

「竜崎。・・・そうだよ。僕が、キラだ。」

月明かりに照らされ、くっきりと陰影を見せた顔立ちが、嗤う。
己の身体が、微かに震えた気がした。










夜神月がキラ―――。
それは、竜崎が日本警察の周辺、そしてFBIの不審死を知った時点で、
ずっと疑っていたことだった。
もちろん、憶測でしかない。状況証拠にもならない。
キラは巧妙だ。しっぽすら誰にも掴ませず、そうして相変わらず裁きを下していた。
けれど。
ひょんな事から真実を知ってしまった竜崎は、
捜査などやる気すら起きず、ただつまらなさそうに溜息をつき、
そうしてぬるくなったコーヒーを口にする。
声が、聞こえていた。
真摯で、耳に響く声音だった。夜神月。大量殺人犯、キラ。それが、
今、このキラ対策本部で、キラを捕まえようと奔走する自分たちに協力している。

「・・・月くん、そろそろ休みませんか」

まだ、時刻は9時になるかならないか。子供すらまだ眠る時間ではないというのに、
竜崎はあえて月を誘ってみる。
真実の顔を隠した男は、相変わらずのポーカーフェイスで本部の面子の輪に入っていたが、
竜崎のわがままに付き合ってやるよ、と作業を切り上げた。
たった2人だけの、空間。
それは、深い関係である間柄の彼らにとって、甘く響く言葉ではあるのだが、
実際は少し違う。
竜崎にとって、月との2人きりの時間は、キラへの尋問の時間だ。

「じゃ、父さん、後はよろしく」
「ああ。おやすみ、ライト」

最近、キラの動きは大人しかった。
週に1人2人、いるかいないか。新たな犯罪者も少ないから、当然なのかもしれないが。
右手と左手、24時間、いつ何時も鎖に繋がれて、
この男が未だに裁きを行っているなんて、馬鹿げてる。
室内に入り、重厚な扉が閉められると、
後は真実しか存在しない世界が2人を包んだ。

「・・・なんだか、一層やる気がなくなったみたいだな。」

くすり、と笑われる。
竜崎はふてくされたような顔で、ソファの上にしゃがみ込んだ。
部屋に入ると、決まって月は竜崎のために甘い紅茶を煎れてやっていた。それが日課だった。
テーブルには切らすことのない菓子が所狭しと並べられていた。

「・・・やる気なんて、出るわけがないでしょう」
「何故。僕がキラでないと嫌だ、と言ったのは君のほうだろう?」

だから、折角本当のことを教えてやったのに、とは性格の悪い男の声。
湯気の上るティーカップを目の前に置かれ、竜崎は更に角砂糖を足していく。
最近、入れる砂糖の量が増えている気がする。
そう思った月は、しかしこれだけは竜崎の好きにさせ、
彼の隣に腰を下ろした。
何気なくTVをつければ、他愛のないバラエティー。
ニュースなどやっている時間でもない。大して音量も上げず、
月もまたなんとなくテーブルの山を崩し始めた。

「・・・何か、言いたいことがあって誘ったんじゃなかったのか?」

対策室で、ずっと僕の事を見ていたろ?とからかわれ、
気づかれていた事に軽い羞恥を覚えつつも、
竜崎は何も言わずに、菓子の袋を噛み破る。
月もそれ以上は催促の言葉を紡ぐことはなく、その代わりに、腕を伸ばした。
竜崎の肩を抱き、そうして引き寄せる。ソファの上にしゃがみこんだ形で、月の肩に寄りかからせて。
当然、抵抗されるだろうと思っていた月は、
けれど意外にも大人しく腕の中にいる竜崎に驚き、
それでもなお、ポリポリとチョコレート菓子を食べ続けている彼に笑ってしまった。

「・・・お前は、本当に面白いね」
「なんでですか」

くっくっと肩を震わせる月に、少しだけムッとする。
それでも、竜崎は月の腕の中から動くことはなかった。手を伸ばしては、菓子を口に運ぶ。
チョコに飽きたのか、今度はゼリービーンズ。カラフルな色合いとその甘さは、いかにも人工物のような気がして、
月はどうにも好きになれないのだが、
竜崎はもちろん、そんな事を気にすることなく口に放る。
指まで舐め取るその仕草が、妙に淫らだった。

「―――本当に、・・・ね。」
「なんです」
「僕は、キラだよ?」

何気なく、紡がれる言葉。わかっているのに、一瞬だけ身体が震える。
こんな男に抱かれている自分も自分だが、軽々しく己の正体をバラす男も男だ。
もちろん、それを望んだのは自分ではあるのだが、
それでも、言うべきことではないだろうに。

「・・・・・・知ってます」
「ふうん。じゃ、お前は、僕が敵であることを知っていながら、そんな男に足を開くんだ?」
「・・・っ・・・」

胸元の指先が、下りてくる。竜崎は身を縮こませたが、
それ以上の抵抗はない。シャツの裾に、男の大きな手が思わせぶりに滑り込む。
竜崎は、菓子を食べ続けた。現実逃避でもするかのように。
甘い香りが、周囲に充満していた。

「キラは、お前を殺したいんだぞ?怖くないのか?」
「・・・っ、ぁ・・・」

素肌を辿り、胸元を這い上る。淡い色の飾りに触れて、鎖骨に触れて。
そうして、喉元へ。ひくりと震えるそれを、愛おしむように撫で、そうして唇を落とす。
項から、音を立てて肌を吸われれば、鮮やかな色が周囲に散った。血色の悪い肌が、淡い紅に染まる瞬間。
はぁはぁと浅い息を洩らす竜崎は、
それでもなお、口に菓子を運んでいた。指を、音を立てて舐めていた。

「・・・竜崎。」
「・・・・・・、怖い、ですよ」

掠れた、声で。
竜崎は、あがる息を極力抑え、そう告げる。
男の言葉に、月は満足したようだ。歯を立てるようにしてつけていた痕を、
今度は舌で舐め上げる。
始め、月の好きなようにさせていた竜崎は、
けれど、さすがにそろそろマイペースを保てなくなったのか、
テーブルに手を伸ばすことも儘ならず、己の爪を噛み始める。
小さく丸まる彼は、己を殺すであろう男の腕の中で、その恐怖に震えていた。
・・・だが。

「・・・でも、本当は、あまり怖くは、ないです」
「へぇ?」

シャツをたくし上げられ、胸板に埋められる彼の頭。柔らかな唇が、肌を這う。
ただただ甘く、優しかった。己の死を意識させられる相手でありながら、
ひどく、甘美な。惑乱されそうに、なる。
どうして、自分はこんな男の腕の中にいるのか、
何度も反芻したはずの、疑問。そのたびに、けれど答えは見つからない。

「キラは、負けず嫌いです」
「そうだろうね」

竜崎の言葉にも、夜神月は顔を上げない。

「―――キラなら、私を殺したい。けれどその前に、自分の力を誇示したい。殺すのなら、キラがLに勝った、というアピールのできる殺し方でなければ、キラの気は収まらないでしょう」
「―――いい線いってるね、竜崎」

だから、安心してよ、と囁かれ、目を閉じた。心地、いい。
こんな性格の悪い男の腕の中で、
どうしてこれほど安らげるのか自分が聞きたいくらい。
自分の気持ちが、わからなかった。
この男に出会ってからというもの、自分は、
戸惑ってばかりの日々だ。

「僕はね、竜崎。―――君を殺したいとは思っていないよ」
「嘘でしょう?」

即答。
月は苦笑して、「本当だよ、」と囁く。
胡散臭い男の、胡散臭い言葉。信じられるわけがない。
警戒の眼差しで、月を見やる。

「出来れば、今の状態がずっと続けばいいと思ってるよ。犯罪件数が7割減少し、キラも今はあまり仕事がない。まさに、世界は僕の理想に近づきつつある」
「・・・っぁあ、・・・」

湧き起こる、快楽。そうだ、確かに今は、犯罪も減っている。
Lが解決すべき難事件も、目を見張るほど少なくなった。月に1件、あるかないか。
犯罪者に脅えずに生きられる、優しい世界。
静かだった。安らげる時というのなら、竜崎にとっても今がそれだ。

「でも、ね。誰かがキラに敵意を持って近づくなら、僕はそいつを殺さなきゃならなくなる。キラだって、自分の身は可愛いからね。それがお前なら―――・・・、僕は、Lを殺す。」

喉元に、ひやり、と冷たい感触。
テーブルの上の、銀のバターナイフだ。
首筋を、まっすぐに下りてくる。竜崎は、息を呑んだ。月は恍惚に満ちた表情で、
うっとりとナイフを滑らせる。

「今のままが、ずっと続くことを、願ってるよ」
「・・・ラ、イ・・・っ」

重ねられる、唇。甘い。蕩けてしまいそうな程に。
堕ちていく。Lとしてのプライドも忘れ、Lであることすら忘れ、ただの、ちっぽけな人間へ。
小さく丸まったままの竜崎に、くすりと笑い。
月は、それを抱えた。両腕で大切そうに抱え、そうして2人のベッドへ。
やわらかに沈むスプリングに、いよいよ抜け出せなくなった竜崎は、
そのまま月の首にしがみついた。恐怖を、押し隠すように。
キラ捜査なんて、意味がない。手段も、殺し方も突き止める手立てがない。
犯人は、すぐ目の前。だが、一切不審な行動など見せない相手に、一体どうしろというのか。
敵が既に内輪にいるのに、外部を漁る必要性など覚えなかった。
やる気がないのは、そんな理由。
・・・もう少し、ヒントを与えてくれるのなら、
少しくらいやる気も出るだろうに。

「・・・月くん、もう1つだけ、教えて下さい」
「ダーメ。1つだけ、って約束だろ?」
「・・・っ・・・」

今度こそ、はぐらかすようにキス。衣服が脱がされ、ひんやりとした空気が素肌を包む。
全てを晒した自分ばかりが見下ろされるのは癪で、月の衣服にも手を伸ばせば、
ものの数秒で絡み合う、一糸纏わぬ互いの身体。
いつまで経っても慣れない竜崎は、
やはり今日もシーツを指先で噛み締めていて、
そんな可愛い仕草を見せるそれに、月は唇を近づけた。

「・・・君は、本当に可愛いね」

耳元で囁かれる声音は、常に甘くて、
腰の奥が、疼くよう。その気がなくとも、その気にさせる魔力。
どうせ、することなんてない。
何より、自分の真実をも隠そうとしない月との空間は、きっとそれだけの価値があるのだ。
見下ろす黒瞳を見つめながら、竜崎は考えた。
どうすれば、キラを暴けるのか。
どうしたら、この男がキラであると信じさせられるのか。
なぜなら、それが出来なければ。
殺されなくとも、一生、Lの負けだ。

「・・・ぁ・・・」
「ね、竜崎。」

脳すら融かすような音色が、耳に吹き込まれた。
そうして、晒した下肢は、月の支配下へ。膝裏から、内股へするりと撫で上げられれば、
勝手に濡れてしまうふしだらな身体。
きっと、完全に冒されている。
今、彼が口にすることならば、どんな言葉であろうと頷いてしまうくらい。

「な、に・・・」
「お前も、祈ってくれよ。この安らぎが、永遠に続くように」

心の底まで染み渡る、その言葉。
溺れてはいけないことぐらいわかっているのに、優しい声音は理性すらも消し去ってしまう。
幸せだと思った。間違っていると思った。幸せだと感じる自分が嫌いだった。安らぎを甘んじて享受している自分が情けなかった。
―――けれど。

「・・・嫌、です」
「はは。素直じゃないね」
「・・・・・・」

せめて、口だけぐらい、言わせて欲しい。
抗えないのは、己の心。こんな甘い時間ばかりを求めているのに、
理性は己を縛れない。だからせめて、形にする。
自分はLで、キラの敵で、命を取るか取られるかの瀬戸際だと、噛み締める。
抵抗し続けること。それが、自分がLであり続けるための、
唯一の手段。

「私は、貴方が大嫌いです。」
「それは、悲しいね」

大して悲しいそぶりも見せず、抱き締めてくる男の腕。
嘘つきな男の、嘘つきな唇は、
今は真実しか紡がない、胡散臭い男のキスによって塞がれていった。










「・・・じゃあさ、」

真実を知った、あの日の夜。
自分がキラだと告げたその口で、夜神月は言葉を紡いだ。
男の腕の中、動くこともできずに、竜崎は耳を傾ける。

「僕が本当の事を言った代わりに、君も名前、教えてよ」
「・・・・・・嫌です」
「どうして」

折角、1つだけ真実を教えてやったのに、と月は言う。けれど、
当たり前だ。
キラに、名前を教える?
Lでなくとも、誰がキラに名を告げるものか。
そんなことも、この男はわからないというのか?

「私はまだ、死ねませんから」
「馬鹿だな。僕がお前を殺せるはずがないだろう?」

こんなに愛しているのに、とは胡散臭い男の、胡散臭い言葉。
そんな手垢のついた言葉で、自分を騙せるとでも思うのだろうか?

「じゃあ、いつなら教えてくれる?」

いつ、だと?
出来ることなら一生、言いたくなんかない。
けれど、少しだけ考えて、竜崎は告げる。

「・・・あなたが捕まった、その時に」
「楽しみにしてるよ、L」

くすくすと笑う男、なにが楽しい?なにが可笑しい?
それとも、お前はもう既に、私を殺す術を手にしていて、手の上でただ泳がせているだけだとでもいうのか?
わからない。男の心は、いつだってその底までは読めなかった。
ただ、暖かかった。男の腕は、優しかった。

「おやすみ、竜崎」

心地よい声音に導かれるように、竜崎は瞳を閉じた。




end.





Update:2006/11/24/FRI by BLUE

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