Dream or Nightmare



顔に当たる日差しの眩しさに、竜崎は目を覚ました。
ほのかに明るい部屋の中、カーテンの合わせ目から差し込む光。
朝だ。
竜崎は寝ぼけ眼で、素肌に触れる綿毛布の心地良さに寝返りを打った。
ぼんやりとした視界には、男の姿。
己の左手と彼の右手を鎖で繋いでいるせいで、嫌が応にも寝食を共にしなければならない相手だが、
竜崎本人としては、それについて文句は言えない。
意図はどうあれ、自分が望んだことなのだ。こうして、幾度となく不本意な状況に陥れられ、
素裸のままなし崩し的に眠ってしまうことなど日常茶飯事。

「・・・仕方ない、ですよね・・・」

全ては、彼を油断させ、キラの真実を暴くことこそが目的なのだ。
竜崎は彼を起こさぬよう、そっと己の右腕を上げてみた。チャリ、と微かな音を立てて、視界に入る鎖―――。
・・・の、はずだったのだが。

「・・・・・・?」

鎖が、ない。
己の右手に繋がれているはずの鎖が、ない。
まさか、鎖を外されてしまったのか?
いや、それはない。隣には、確かに男の存在。ざっくばらんな黒髪を更に乱し、
軽く開いたままの口元をこちらに向けて、安らかな寝息を立ててい・・・
・・・・・・黒髪?
竜崎は焦ったように、がばっとベッドから飛び起きた。
今度こそ、チャリ、と金属の擦れる音。鎖は、確かに繋がっていた。己の、左手に。

「・・・な、んで?」

だが、本当の衝撃は、こんなものではなかった。
竜崎は隣を見やった。

「・・・・・・ちょ、な、なんですか、これ!?」

目の前にいたのは、なんと、自分。
ぼさぼさの髪と、目を閉じていてもわかる、くっきりとついたクマ。間違いない。こんな男、自分以外にはそうそういない。
ならば、自分は・・・?
竜崎はおそるおそる、鏡を見た。まさか、と思っていたことが、現実になっていた。
映っていたのは、夜神月。
あまりの出来事に動転し、開いた口が塞がらないでいる、夜神月、そのもの――――。

「――――――っ!!」
「・・・朝っぱらから、元気だな・・・竜崎・・・。」

背後から聞こえてくるのは、"自分の"、声。
こんなこと、在り得ない。大半の人間が、こんな気分を味わうことなどあるまい。
男は、眠そうに目を擦り、そうして身を起こした。視線が、絡み合う。絶句。もはや、何も言葉が出ない。

「・・・りゅ、・・・・・・夜神、月?」

このあまりに不可思議な状況に、
やはり男も首を傾げた。





「・・・で、どうする?」
「っどうもこうもありませんよ!!全く、なんでこんな事に・・・」

はぁ、と大きく溜息をついて、竜崎は肩を落とした。もちろん、その姿は、夜神月その人だ。
あまりに理解の範疇を超えた出来事に、ヤケになって菓子を食べ続けている。
月は見ていられず、顔を背けた。
自分の身体で、とめどなく菓子を頬張る上、例の座り方でソファに乗っているのだ。
自分の、夜神月としてのイメージが台無しだ。
一方、竜崎の身体に入れ替わってしまった月はというと、
腹立たしいことに、普段自分がしていた格好が、辛い。背筋が凝り固まったように伸ばせないうえ、
昨晩の行為のせいでズキズキと痛む腰。
もちろん、前者はともかく、後者について文句を言うことは月にはできない。
なぜならこの苦痛は、日頃自分が竜崎に強いているものだからだ。
月は何も言わず、ただ溜息をついた。全く、本当に、どうしてこんな事になったのか。

「・・・ま、今日はここで大人しくしてるほかないな。2人でいる限りは、とりあえず生活に支障はないし」
「月くんの身体、不便ですよ・・・身体固くて、足抱えるのが大変です」
「それはこっちの台詞だよ!そもそもお前が異常な格好してるから悪いんだ」
「・・・月くん・・・私の身体、糖分不足にしないでくださいね・・・」
「お前こそ、僕を糖尿にする気か!全く・・・まずは戻る方法を考えないと・・・」

もはや、キラ捜査どころではない。
仕方なく、月は対策室に電話を入れた。部屋で調べたいことがありますので、と竜崎の真似をしてそれだけ告げる。
普段も、日が高くなってから対策室に出向くことも多く、
誰も何も言わないが、明らかに関係が疑われているのを月も竜崎も知っている。
それだけに、竜崎はこの引き篭り案にも抵抗を示したが、
正直にこの状況を打ち明けるのも、お互いに相手の演技をするのも無理だと自覚して、
竜崎はしぶしぶと同意したのだった。
とにかく、まずはこの状況を打破することが先決だ。

「・・・・・・昨晩、なにかしたか?」
「・・・別に、何も。月くんがいやにサカってましたけど」
「竜崎だって、かなり乱れてただろ。僕がなかなかお前を手放せなかったのは、お前が誘ってばかりいたからだろう」
「っ人のせいにしないでください!」
「全く、お前のソコが全然僕を離さないものだから、抜かずに何発やったと思ってるんだ?絶対お前のせいだ。」
「っ私の顔で、それ以上恥ずかしいコト言わないで下さい・・・」
「竜崎こそ、僕の顔でそんな表情しないでくれよ。気色悪・・・」
「っああもう!何でこんなことに・・・」

どう考えてみても、身体が入れ替わるきっかけなど思いつかない。
だが、それも当然といえば当然だろう。
そもそも、こんな非現実的な状況が起こっていること自体、間違っているのだ。わからなくて当たり前だ。
今だって夢なんじゃないかと思えるくらい。

「・・・・・・また、眠れば元に戻るかもしれませんよ・・・」
「やってみるか?でも、最近はいつも一緒に寝てるし、"今日"に限ってこうなった理由にはならない。きっと無駄だと思うよ」
「そうはいいますけどね・・・」
「あ」
「・・・?」
「・・・・・・まさか、ね」
「なんですか」

何か思い当たることがあったらしい月を、竜崎は睨み付けた。
その視線は、特にその姿が夜神月であるからかやけに鋭く感じる。
はじめ、言いにくそうにしていた月は、
けれどこんな状況では埒が明かない、と溜息をついてしぶしぶ口を開いた。

「・・・昨日、通販で買った生活用品、届いたろ」
「ああ、ありましたね。・・・それが何か?」
「ついでに、面白いモノを買ってさ。竜崎にこっそり飲ませようと思って、昨日・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、まさか・・・」
「ただの媚薬だよ。・・・ちょっと胡散臭いけど」
「っただの、って何ですか!!だから昨日、あれほど・・・っ!」
「ふぅん?いつも以上に感じてるって自覚あったんだ?」
「っ・・・」
「でも、まさかこんなことになるとは思わなかったけどな・・・・・・。」
「・・・・・・」

竜崎は再度、ますます恨みを込めて、月―――今は竜崎の顔で澄ましている男を睨んだ。
全く悪びれないその表情は、
自分の顔だというのにますます怒りを増長させられる。
気に入らない。

「・・・で、その薬はどこにあるんですか・・・」
「これだよ」

月が持ってきたのは、見るからに胡散臭い液体の入った小瓶。
漢方薬なのかなんなのか、読めない文字でなにやら説明らしきものが書いてあった。
いかな竜崎でも、解読はできない。
とにかく、これは、媚薬でありであると同時に、
おそらくはこの不可解な現象を引き起こした、元凶なのだろう。

「・・・また、飲んでみる?」
「・・・・・・」

これくらいしか原因が思い当たらない以上、
もう一度飲めば元に戻る、としか思えないし、何よりそう思いたい。
だが―――。

「・・・どうしたんだよ」
「飲みたく、ないです・・・」

竜崎は苦虫を噛み潰したような顔で、そう言った。
昨晩は、本当にひどかったのだ。
部屋に戻り、例のごとく月の淹れた紅茶を口にして、ものの数分と経たないうちに、
まず、指先が震え、力が入らなくなった。そうして、身体の奥からせり上がるように訪れた、衝撃。
熱くて、どうしようもなかった。気付けば、傍にいる月にすがり付いていた。
それからはもう、よく覚えていない。
ただただ、どうしようもなく疼く身体を満たして欲しくて。
何度も何度も貫かれては、渇望した。砂漠で水を求めるように、満たしても満たしても足りなかった。
脳髄が融けてしまいそうな快楽に、言葉一つ紡げず、
文字通り、理性が破壊されたようだった。それは、快感を通り越して、苦痛だった。
またこの薬を飲めば、十中八九同じような現象が起こるだろう。
あれをまた、味わわねばならないというのか。

「・・・なにを悩んでいるんだ?」
「・・・・・・月くんには、わかりませんよ・・・」

乱される側の葛藤なんて。
ぼそりとそう呟いて、竜崎は深く溜息をついた。
気を落ち着かせようと、角砂糖を3つ、一気に頬張る。

「わかったよ、竜崎。僕が飲もう」
「っえ!?」

予想だにしない月の言葉に、竜崎は目を見開いた。
プライドの高い彼が、まさか自分から受け側に回るとは思ってもいなかったからである。

「元々、昨日だってお前が一番量を飲んだんだ、今回だって同じ条件にしたほうがいい。」
「・・・それは、そうですけど・・・」
「それに、いい機会じゃないか?お前だって下ばっかりは嫌だろ?」
「・・・まぁ、。」

竜崎は、再び考え込んだ。
確かにこれは、チャンスだ。薬によって乱される男を組み伏せられる機会なんて、そうそうあるものではない。
ただでさえ、男には毎日毎日屈辱的な乱され方をしているのだ、
これは、日々の恨み辛みを晴らすいい機会かもしれない。
だが―――。

「それに、普段お前がどれほど魅惑的か、見せてやれるしな。面白そうだ」
「・・・・・・う・・・」

そうなのだ。
なんでもないようにそんなことを言う男は、今、自分の姿をしているのだ。
竜崎にとって、自分が男によって乱されているのを自覚するのは拷問に近い。
この性格の悪い男は、竜崎の乱れた痴態をことあるごとに彼自身に見せ付けては、
羞恥に悶える彼を楽しんでいる節があった。
普段使用していない監視カメラを使って、盗撮すらしていたような男だ。
それに、昨晩の自分は、本当にひどかった。
中身が自分でないとはいえ、自分の姿で、それも己の声音で喘がれるなんて、
聞いているこちらのほうが耐えられないだろう。
ましてやその身体を、抱けるわけがない。

「・・・じゃ、飲むぞ」
「っちょ、ちょっと待ってください!!」

竜崎はあわてて、飲もうとする月の手を押さえた。

「・・・やっぱり、私が飲みます」
「いいけどお前、わかってるのか?今はそれ、僕の身体だぞ。かなり痛い思いすることになると思うけどな」
「・・・・・・う」

そうだ。忘れていた。これは自分の身体ではないのだ。
自分でも認めたくないことではあるが、散々月に抱かれてきた己の身体は、
彼を受け入れることが苦痛でないくらいには、慣らされている。
だからこそ、あの灼かれるような苦悶の中、
快楽に溺れることもできたのだ。
だが、今回はそもそも、何が起こるかわからない。昨晩のあれでさえ地獄だったのだ、
慣れない身体で、また初めて犯された時のような苦痛まで味わうなど、
狂気の沙汰だ。絶対に嫌だった。

「う・・・、く・・・」
「だから、僕が飲んでやるって言ってんだろ。ほら、貸して」
「っあ・・・!!」

ぐい、と一気飲み。
小瓶に入っていた液体は、今度こそ止める間もなく月・・・否、竜崎の身体の中へと吸収されていく。
竜崎は、再び顔を顰めた。本当にそれでいいのか夜神月。
だが、後戻りはできない。口の端を汚した液体を指で掬い、それを舐め取る様子は
やけに淫らだった。自分の姿を見て、そんな感想を抱くなんて。
情けない。

「さ、準備、準備、と・・・」
「な、何をする気ですか・・・!?」

ニッと笑って、月が用意しているものは、なんとビデオカメラ。
竜崎は文字通り飛び上がった。何をするつもりだ、この男は。

「竜崎にやらせようとしても、やってくれないからね。折角竜崎の格好をしているんだから、ハメ撮りさせてもらおうかと」
「っなに考えてんですかーー!!!」

あのしれっとした表情で何を言っているのだろう。
あまりの衝撃に文字通り飛び上がる竜崎をよそに、月は着々と準備を進めていく。
ベッドルームに、撮影セット一式。
なんだこれは。なんでこんなことになってしまったのか。

「っ月くん・・・、来てください・・・、てオイ、早く来いよ、竜崎!」
「・・・っう・・・気持ち悪っ・・・!」

引き腰の竜崎を、無理矢理ベッドルームへと引っ張ってきた月は、
面倒臭い、と嫌がる彼の下肢の前を無理矢理開かせた。
中身は竜崎だが、所詮身体は己のモノ。自分が気持ちいいと感じる場所くらい、自分が一番よくわかっている。
どうせ自分を犯すなら、感じるのも自分であるのが一番いいのだが、
まぁ、仕方ない。

「っちょ、やめ・・・!」
「ああ、月くん・・・もっと私に、貴方のすべてを舐めさせてください・・・!」
「・・・っもう嫌ぁぁぁあああああ!!!!!」
「っおい・・・!」

竜崎は耐えられなかった。
引きこもりを宣言していたことも忘れ、外へと飛び出す。
自分だけは勝手に手錠を外し、月を部屋に閉じ込めて逃げてしまった竜崎に、
はぁ、と月は溜息をついた。

「・・・ちっ。面白くないヤツ・・・」

先ほどの薬を飲んで、既に15分。
本来ならもう効果は現れてもいいはずの竜崎の身体は、
けれど一向にその気配すら見せない。
月は肩を竦めると、ベッドルームを出た。テーブルの上には、あの例の小瓶。
中には、透明な液体。どうみても、ただの水だ。

「・・・さて、どうしようか」

月は楽しげに声を弾ませた。
先ほどは竜崎に嘘をついてしまったが、
この小瓶の中身は、もう既に昨晩使い果たしてしまっていた。
まさか本当に、こんなもので夢・・・いや、悪夢が見られるとは思ってもみなかった。
胡散臭いホームページの、紹介文に書いていた文章通りのことが起こってしまったのだ、これ驚くしかないだろう。
だが、今日はともかく、昨晩の竜崎を思い出して、
月は笑う。
本当に、面白い代物だ。
あの紹介文によると、この効果は飲んでから24時間以内らしい。
信じるならば、あと残りは14時間。
折角竜崎の身体を自由に扱えるのだ、どうせなら、楽しいことをしたほうがいいに決まっている。
幸い、今は抵抗を示す竜崎本人すらいないのだ。
となれば、することはひとつしかない。

「竜崎、覚悟しろよ・・・?」

月は、鏡に映る男の姿に向かって、にやりと口元を歪ませたのだった。





end.





Update:2006/12/01/FRI by BLUE

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