Light & Darkness 01



嫌な音が、捨て置かれ廃墟と化した倉庫内に響いていた。
もはや、抵抗する気力もなかった。
両腕を拘束するために巻かれた麻縄が、逃げようとする度に食い込んでゆく。
朦朧とした頭の中、竜崎は己の足元をぼんやりと見つめた。

―――血。

数え切れないほどの殺人現場を目にしてきた彼にとって、
その色は見慣れた物であると同時に、すぐに"死"という結果に直結してしまう色。
己の身体からあふれ出したそれに、
竜崎は漠然と己の死を意識し始めていた。

「・・・おい、まだ寝るにはハヤいぜ?」
「・・・っ・・・」

バシャ、と音がして、次の瞬間、全身に広がる冷気。
頬をつけていたコンクリートの床が水に濡れ、血の赤が流されていくのを目にして、
初めて竜崎はバケツの水を浴びせられたのだと悟る。
眠りの中に逃げ込もうとしていた意識を無理矢理引き戻されて、
竜崎は苦痛の呻きを上げた。乱暴な手が、自分の髪を鷲掴みにし、持ち上げる。

「ぐうっ・・・」
「おら、口開けろっつってんだろ」

ぐっ、と喉を掴まれれば、襲い来る嘔気が耐えられない。
引き結んでいたはずの口内に男の醜い欲望を挿し入れられ、竜崎は苦しげに眉を寄せる。
両腕は背に縛られ、両膝だけを支えにしたこの状態はひどく不安定で、
今にも崩れ落ちそうだ。
だが、彼を犯している暴漢どもがそれを許すはずもなく、
男の手に髪を吊られた状態で竜崎は奉仕をさせられていた。

「あぐ・・・っ・・・!」

双丘を引き千切られる程に掴まれ、内部から溢れ出る真っ赤な液体。
慣らされることもなく、代わる代わる知らない男たちに嬲られた箇所だ。けれど、
痛々しいそこに、奴らが同情を示すことはない。
再び、激痛を伴うそこに、信じられないほどの質量の熱が突き立てられた。

「っあああ―――・・・っ!!」

耳も塞ぎたくなるような、絶叫。
決して快楽からくるものではない、ただ苦痛だけを訴えるその声音に、
けれど男だちは卑しく口元を歪めるだけ。

「・・・もうっ・・・や、め・・・」
「ああ?・・・テメェ、いい度胸だな」
「っく・・・!」

きらり、と視界の端に映ったのは光り物だった。
首筋に当てられた冷徹な感触に身も凍る。それは、純粋な死への恐怖。
つー、と流れてくるのは生温かな己の血液。
あとわずかでも深く食い込まれれば、きっと動脈まで達してしまうだろう。
恐ろしかった。
血の付着したナイフを、目の前の魔物は悦に入ったような表情でそれを舐め上げた。

「おい」
「ああ。」

竜崎の口内を嬲っていた男が、顎をしゃくる。
次の瞬間、引き千切るような勢いで髪を引っ張られ、竜崎は仰け反った。
先ほどまで散々殴る蹴るの暴行を受けていた身体が軋む。

「・・・っあう・・・!!」

全身を貫くような、痛み。
くだらない劣情を隠そうともしない卑しい男の手が、むき出しの竜崎の雄を握りこんできた。
だが、愛撫どころではない強烈な力で締め付けられたそれに、
意識すら遠のく。ぐったりと力を失う竜崎に降り注ぐ、狂った色の目。
どうしてこんな事になってしまったのか―――。
だが、もはや男共の玩具と化した己に、何を思うこともなかった。
止むことのない苦痛に苛まされながら、竜崎はただ心の片隅に存在する1人の男の姿を思い描いていた。

夜神、月。
大量殺人犯、キラと疑い敢えて接触した、頭脳明晰なあの少年を―――。




















それは、今の季節にしてはひどく暑い午後のことだ。
火口を捕らえ、キラの裁きもなくなったその日、竜崎は気晴らしに、と月に連れられて街に出ていた。
もちろん、ノートが今現在こちらの手にある1冊以外にも、
少なくとももう1冊は存在していると推測できる以上、
キラ事件か解決をみたとは言えない。
火口が手を下した以外にも、それに紛れて殺されている者もいるかもしれない。
だが、実際にまた今後キラに動きがなければ、その存在を追うこともできないと言える。
今の状態で、捜査本部に篭る意味は特になかった。
竜崎が月の言葉に従い、外に出たのはそんな理由でしかなかった。

「・・・暑いですね・・・」
「そうだな。もう10月なのに・・・大丈夫か?」

フラフラと足元が覚束無い竜崎に、
月は慌ててそれを支えてやった。夏真っ盛りでもないというのに、
日差しにでもやられたのだろうか。
出会ったばかりの頃は、大学でテニスの勝負などをしたくらいだから、
それほど日の下に出たくないタイプではないと思っていたのだが、
ここ最近ずっと室内にいたからだろうか。
運が悪くもこんな暑い日に竜崎を連れ出してしまったことに、月は内心後悔していた。

「・・・なにか、冷たいものでも買って来るよ」

自分を気遣う月に大丈夫です、と言おうにも、
どうにも身体がついていかない。自分自身さえこんなになるとは思わなかっただけに、
竜崎は仕方なく近くのベンチに腰掛けた。さすがに都会では、木陰を探すほうが難しい。
だるい頭を傾けると、
己のために月が向かったらしい道路を挟んで向かいの店が視界に入り、
それがアイスクリーム屋だとわかると竜崎は少しだけ機嫌を取り戻した。
そう、この男は水より何より糖分を求めているのだ。
月は料金を支払うと、商品を待つ間、気にかけるように竜崎のほうを見やった。
たったそれだけのことだったが、
なんだかそれが申し訳なく思えて、竜崎は月の元に行こうと椅子から降りる。
だが、目の前の横断歩道を渡ろうと足を踏み出したその時―――

キキッ、と車が竜崎の前で急停車した。
驚く間もなく、数人が彼の周囲を囲む。咄嗟に身構えた竜崎は、
しかし唐突に背後から口元を押さえられ、鼻につく特異臭にしまった、と青褪めた。
クロロホルムだった。気付いた時には、もう遅かった。
喉の奥に、甘い味を感じた。

「・・・っ琉河―――!!!」

遠くから、月の叫び声が響いてくる。
だが、急速に失われていく意識に耐えられず、竜崎はとうとう瞳を閉じる。
車の中に連れ込まれ、誘拐されたのだとぼんやりと思考を巡らせていた竜崎は、
そのまま、深い眠りの中に落ちていった。
目が覚めたのは、つい先まで自分がいた場所とは程遠い、
捨て置かれ、廃墟と化した冷え切った倉庫の中だった。
ところどころ洩れる光はあるものの、
その熱は自分の居るところまでは届かない。寝かされていたコンクリートの床が、冷たい。
腕に痛みを感じて確認してみると、
両腕が縛られていた。肘から手首までを背で完全に固定されている。
金属製の鎖でないのだからあわよくば引き千切ることができるかもしれない、と力を込めてみたが、
すぐに無駄な努力とわかった。外そうと腕を動かす度に、
荒縄が己の皮膚へと食い込んでいく。既に擦り切れて、血すら滲んでいた。

何が、どうしてこうなったのか、わからない。
正体もなにも捜査本部の者以外には顔も名前も知れていない以上、
己個人がターゲットになったとは考えにくい。
ならば、ただの無差別誘拐か。
そんな、巻き込まれる可能性など皆無に等しい事件に、自分は巻き込まれたというのか。
たった1日、いや、たった数時間の外出で。

―――在り得ない。

だが、現実に己は有無を言わさず車内に連れ込まれ、
そうして、こんな場所にいる。
頭が、ズキズキと痛んだ。まだ、あの薬物の後遺症が残っているのか。

「っ・・・」

縛られた腕は、壁にかかった鉄製の鎖に繋がれていた。
こちらは、尚更人間の手で外せるものではない。竜崎は諦めたように顔を背けた。
しばらくして、倉庫内に誰かが入ってくる気配を感じた。
ひと目見て、わかった。
こいつらは、普通の人間ではない。
麻薬をやっているかのように虚ろな色の瞳。それが、理性という箍を外されたように
目の前の存在に欲望を抱いている。
手には凶器。にやついた口元。歪んだ顔つき。
他人に暴行を加え、それを至高の悦びとする、不快極まりない人種。
おそらくは既に犯罪者。何人も手にかけて置きながら、法の目を掻い潜って逃げ延びて来た―――・・・

「おい、見ろよ。脅えてるぜ」
「・・・・・・」

自分を囲んだ者達を睨み上げると、ひときわ体の大きいが鼻で笑う。
それに共鳴したように、倉庫内に響く笑い声。
前触れもなく鳩尾に蹴りを入れられ、竜崎は血を吐いた。強烈だった。今まで感じたこともなかった。
息ができない程に、苦しい。けれど、男達に容赦のかけらもない。
なおも抵抗を続ける竜崎の視線が気に食わない彼らは、
4人がかりで暴行を加えていった。1人は木刀を振り上げ、1人は自慢の足技で、1人は竜崎に乗り上げ、拳を振るう。
薬のせいでふらつく上に、両腕が縛られ転がされた状態では、
自身の体術にそれなりの自信があった竜崎でもなす術もない。一方的な暴力を受け、
至る所から流れる血が壁や床を汚す。
なぜ自分がこんな目にあわねばならないのか、
だが、苦痛に支配された頭ではそんな疑問も言葉に紡ぐことができない。
汗と血と涙に汚れた竜崎の顔を、男は覗き込んだ。
パチリ、と音がして、目の前に現れたのは折りたたみナイフ。
血と泥で汚れたシャツを、男はそれで引き裂いていった。胸元に痛みが走り、赤く筋が滲んだ。

「いいか。今からてめぇは俺達に犯される。助けは呼んだって来ねぇ。だが、俺達を悦ばせられたら、解放してやらんこともないぜ」
「ぐっ・・・」

抵抗すれば死。いや、きっとどんなことをしたって最終的には殺されるだろう。
彼らが今まで警察などから逃げ延びて来れたのは、おそらくすべて被害者を殺してきたからだ。
そういえば最近、若者ばかりが数人、行方不明になっていた。
その犯人が、こいつらだとでも言うのだろうか。

「ほら・・・どうする?ま、どのみち、てめぇに選択肢なんかやらんがな」
「へっへ・・・最初は俺様が相手だぜ」

全身に殴打を受けた状態で、何が出来るというのか。
壁に凭れたまま動けずにいる竜崎の鼻先で己のジッパーをこれ見よがしに下ろした男は、
そのまま己の雄を彼の顔に押し付けた。顎を掴み、無理矢理開けさせた口内に大きさを増した己を押し込む。
竜崎は顔を顰め、口内に入り込んできた無礼なそれを噛み切ろうとした。
歯を立て、力をこめる。
だが、その瞬間、喉をぐっと両腕で締められた。
意識が霞んだ。このまま、窒息して死ぬのではないかと思うほどに、辛い。

「馬鹿なこと考えるんじゃねーよ。てめぇ、わかってんのか!?」
「・・・がっ・・・!」

腹に渾身の一撃を喰らい、竜崎は文字通り床に崩れ落ちた。
その拍子に口内のものが失われ、咳き込んだ。息が、うまく出来ない。浅い息を、水から揚げられた魚のように小刻みに吐く。
だが、休んでいる暇など与えられるはずもなく、
竜崎は今度は四つん這いに床に這わされる。
体を引き摺られ、傷ついた胸元に更に細かい傷が刻まれた。もはや、竜崎は成すがままだ。
ジーンズも引き裂くように脱がされれば、あとは何が目的かなど考える必要もなく、
背後に回った男はげへへ、と低俗な声をあげて、
竜崎の尻を掴み、その中心部に己の雄を宛がった。
竜崎は目を見開いた。
突然の行為に、身体がついていけるはずもない。

「いっ―――・・・!ぃやめ・・・っ!!!!」

竜崎は、己のそこが裂ける音を聞いた気がした。
どろりと溢れ出る生温かな体液。裂かれた肉を更に引き裂かれるような激痛。
真っ赤なそれは竜崎の脚を汚し、床を汚した。何度も抽挿を繰り返す度に溢れ出すそれが、
男たちの目を悦ばせる。

「楽しそうだ。俺もやらせろよ」
「へっ・・・処女みたいじゃねーか。こいつ、イイ顔してるぜ?」
「次はオレだぜ」

もはや、意識すら揺らせない。
頭の上で狂った欲望が飛び交っている。
この苦痛から、どうすれば逃れられるだろう。
竜崎は必死に、現実から逃避しようと瞳を閉じ、己の記憶を辿った。
全身を襲う苦痛。体内に放たれる熱い欲望。現実へと引き戻すために行われる数々の暴力。
顔にも口内にもべっとりと張り付く男の精。もはや、汚らわしいと感じるレベルではなかった。
欲望のはけ口にされた自分自身すら、
この世の中にいらない醜いゴミのように思えて。
―――死にたい。
これ以上、辱めを受けるのは耐えられなかった。
いっそ、ひと思いに殺してくれれば。
竜崎は渾身の力で、右足を振り上げた。目の前の大柄な男が、
不意打ちに対応できずに一撃を喰らう。

「・・・っ!!き、キサマぁあーーーー!!!」
「ぐぅっ・・・!!!」

その瞬間、あまりの衝撃に意識が飛びかけた。
息が詰まるような苦痛。傷ついた内臓が悲鳴をあげた。竜崎の口元から、大量の血が吐き出される。
指先が痙攣し、唇が震えた。暗転した視界は、ほとんど死に近い。
壊れた頭の中で、竜崎は笑った。
早く解放されたかった。死でも、なんでもいい。この地獄から抜け出せるならば―――・・・

「自分の立場、わかってんのか、てめぇ!!」
「がっ・・・かはっ・・・」

腹を蹴り飛ばされれば、もはや竜崎は身動きひとつできない。
水を浴びせられた身体は冷え切り、放置されればきっとこのまま死んでしまうだろう。
全身が、苦痛を訴えていた。
もう、嫌だった。何もかもが、全て。
ふと、頭の片隅に、月の姿が浮かんだ。
自分が拉致されたその時も、手を伸ばして叫び声を上げてくれた彼。
―――好きだった。
彼を見たその時以来ずっと疑ってきた存在でありながら、
それでもなぜか惹かれ続けていた。彼に好きだといわれて嬉しいと、抱かれて幸せだと感じたことだって何度もあった。
竜崎は、目を閉じた。
せめて、記憶の中だけでも、最後は彼の腕に抱かれていたい―――・・・

「っぐあ・・・っ!!!!」
「!?どうし・・・っくぁ・・・っっ!!」

唐突に、苦しむ声を聞いた竜崎は咄嗟に目を開けた。
目の前には、顔を歪め、胸元を押さえる男たち。最初2人が苦しみ始めたと思えば、
すぐに残りの男たちも顔を歪める。
静寂は、すぐに訪れた。
しぶとく悶えていた最後の男の腕がばたりと床に落ちる。
身動きできない竜崎の目の前で4人すべてが倒れ―――否、死んでしまったことに、
竜崎は驚きを隠せなかった。
明らかに、心臓麻痺だった。連想できるものはひとつしかない。

「・・・・・・キラ・・・」

「危機一髪だったね」

聞き覚えのある声に振り向いた。瞬間、痛みすら忘れるほどの衝撃に襲われる。
夜神、月だった。
倉庫に積まれた荷物の影から現れた彼はどことなく異様な雰囲気で、
竜崎は心持ち身を引く。月は口の端を持ち上げる。
身も心もボロボロの彼を介抱しようと、月は彼に近づいた。愛しいものに触れるようにそっと、
月の手が竜崎の頬に触れる。
その瞬間、竜崎の中で何かが弾けた。

「っ触るな・・・!!キラ・・・!!!」
「琉河?」

竜崎は必死に身を起こし、背後の壁に背をつけた。
月は動じることもなく、琉河の顔を見返す。睨みつける視線にすら、笑みで返される。

「・・・やはり、キラ・・・なんですね。夜神月」
「まさか。僕がどうやってこいつらを心臓麻痺で殺せるっていうんだ?」

馬鹿にするように笑って、差し伸ばされる手。
だが、今さら竜崎がその腕を信頼して受け止められるはずがない。
目の前で、見た。
心臓麻痺で死ぬ瞬間を。
そうして、そのタイミングで図ったように現れた男。
これが偶然だとでも言うのだろうか?
夜神月は、キラだ。

「・・・私をこんな目に合わせたのも、貴方・・・ですね。彼らを操り・・・私を捕らえさせた」
「竜崎。休んだほうがいい。もし君のその推理が本当なら、なぜ僕が今更、君を助けようとするんだ?」
「っやめ・・・!!」

無理矢理両の頬を包み込まれ、嫌だ、と竜崎は首を振る。
月の唇が近づき、竜崎の口の端の血の跡を舐め上げた。そうして、重ねられる口づけ。絡む舌。
慣れたキスが、今はただ、嫌悪感しか齎さなかった。
己の愛撫に落ちない竜崎に、月はため息をついた。そうして、豹変する態度。
唇を離し、傷の残るそこを手のひらで打つ。
綺麗に舐め取られたはずの箇所が、またもや血の筋を作った。

「残念だよ、琉河」
「君はこの僕に・・・そう、神に選ばれた存在だったのに。君さえ僕に賛同してくれれば」
「ぐっ!・・・」

鳩尾を蹴られ、収まりかけていた苦痛が蘇る。
そう、もう既に、体力なんて指先1本も動かせないほど弱まっていたのだ。
気力だけで彼に抵抗していた竜崎は、
ぐったりと床に崩れ落ちる。
もう一度壁に叩き付けられるように腹を蹴られれば、
もはや意識を繋ぎとめる術などない。
竜崎は、そのまま意識を失った。
月は満足げに彼を腕に抱き上げた。
ひどい打撲と全身の細かな擦り傷からナイフや乱暴な行為でつけられた深い傷までを確認して、
さらに月は口の端を歪める。どうやら、骨折まではしていないようだ。

「さすがだな、デスノートは」

楽しげに笑い声を上げ、自分の乗ってきた車に竜崎を寝かせると、
月はエンジンをかけた。
行き先は、誰も知らない秘密の場所。

「―――L。愛してるよ」

もう、一生、お前は僕のものだ。
新世界の神となる、この僕の―――。
ミラー越しの竜崎の、憔悴しきったその表情に笑みを傾けて。
少々乱暴にアクセルを踏み、
月はその場を後にしたのだった。





...to be continued ?






Update:2006/08/19/SAT by BLUE

PAGE TOP