Foolish Obstinacy



「・・・っ・・・」

暗い暗い、闇の中。
明かりを完全に落とした部屋に響く、抑え切れない声音。
室内には、たった1人しかいない。
くちゅりと淫らな音を自ら立てるかれは、
熱に浮かされたような表情を暗がりに隠し、
口元から思わず漏れる艶やかな声を噛み締めては、
吐息と共に断片的に零していた。

竜崎。

それが、周囲に呼ばれている、彼の通り名である。

「・・・っあ、あ、・・・っ」

まっさらなシーツに身を預け、自身の雄を利き腕で握り締める彼の手は、
既に穢れたような白濁で濡れている。
何度目かの、行為。
だというのに、青年はまだ足りないとばかりに、
切なそうに唇に歯を立て、
そうしてより一層手のひらの動きを早めている。
淫らな姿を晒す青年は、
しかし羞恥すら忘れたように、
片膝を立てたままの足を更にM字に開かせた。

一体、何をしているのだろう、と。
辛うじて脳の片隅にある理性をかき集めては、竜崎は己の愚かさを自覚する。
誰もいない部屋、すべての明かりを落とし、誰にも知られない場所で。
自分の欲望の全てを曝け出し、そうして己自身で慰める。
あの日から、幾度となく続けられたそれは、
いつだって竜崎の身体を満たすことはなかったが、
それでも青年はそれを止めることができずにいた。
もちろん、理由は、ある。

「・・・っ―――、あ、ああっ・・・!」

ひときわ高い嬌声が漏れ聞こえると同時に、
べとりと手の中に放たれたモノ。
それは、男の、欲望の証。散々穢れた竜崎の手を、
またもや新たな精が汚していく。
はぁはぁと、熱い吐息を断続的に零す竜崎は、
そのまま更に足を拡げ、そうして下肢のそのまた奥への指を這わせ始めていた。
まだ、足りない―――。
彷徨う指は、さらなる快楽を求めて淫らな動きを見せる。
眉を寄せ、激しい収縮を繰り返すそこを指先で軽く撫でたその後、
竜崎は大きく息を吐き、
そうして濡れた指先を奥へと呑み込ませていった。
―――痛い。
けれど、先に訪れる快感を思えば、そう苦痛でもないものだ。

「・・・・ん、んっ・・・ぁ、あっ・・・」

前だけの刺激で物足りないと嘆いていたそこは、
指先という侵入者を得て、悦ぶかのようにそれを締め付け始める。
指に食い込むようなそれに、更に内壁を押すようにしてやれば、
訪れる、ぞくりとした刺激。
それは、快感。
それをより強く感じたいと願う竜崎は、
目を伏せて、さらに指の動きを大きくしていった。
ぐちゅぐちゅと鳴る卑猥な音が、彼の動きに合わせて更に大きく響いてくる。
指1本などでは足りないのか、
竜崎のそこは2本、3本とすぐに飲み込むまでに広がってしまった。
指を曲げるようにすると、中指にあたるのは
男の快楽の根源。
執拗にそこを刺激してやれば、竜崎の目の裏が色を失くすくらいにまで熱が高まった。
もう、一押しすれば、またすぐに精を放ってしまえるくらいに。

「あ、あっ・・・は、んっ・・・」

既に、指を押し込ませた内部は真っ赤に熟れ、
押し込んだそれもまた淫らに濡れている。
部屋に響く水音は、耳を塞ぎたくなるくらいに羞恥を煽るのに、
けれど、達けない。
もう片方の手で、前をも刺激した。
当然、直接的で強い刺激が、下肢から脳天までを直撃していた。
けれど、これでは、先ほどと同じだ。
ただ、肉体的な快楽。
男ならば誰だって感じることのできる、至って即物的な、物理的な快感だ。
何度やっても満たされない、ただ形だけの行為。

だが、竜崎が本当に求めているのは、そんなものではない。

「っあ、・・・ぃあ、・・・っ」

無意識のうちに、何かに縋るように、腕が伸ばされる。
もちろん、たった1人だけの部屋。
それを受け止めてくれる者は、ない。
けれど、

「ぃ、あっ・・・ラ、イ・・・っっ」

思わず、口に出てしまう、言葉。
それは、絶対に口にしないと自分で誓っていたはずの言葉で、
漏れてしまったそれに、竜崎は慌てて己の口元を押さえる。
だが、もう、今更。
つい、この間まで傍にいた男の幻影が、
熱に浮かされた竜崎の瞳に、鮮やかに蘇った。

「・・・あ・・・、おねがっ・・・!」

タブーを簡単に破った悪い唇は、
更に罪を重ねていく。幻影となり都合よく微笑む男に、
縋るように伸ばされる手。縋るように投げ掛けられる声音。
下肢の奥に押し込んだ指の動きが、激しくなる。
今下肢に押し込んでいる竜崎の何本もの指は、あの男の楔の代わりだ。
届かないはずの奥を、それでも届いた風に。
ずぷりと押し込んでは、ぐるりと周囲を刺激し、
そうしてぎりぎりまで引き抜く。
それは、当然、質量も熱も全く比べ物にならないほどだったが、
それでも竜崎は、目を伏せて、
"男"の熱を追う。
幻想の中の、愛しかった男は、息も絶え絶えな竜崎の頬に触れ、
そうして唇を重ねてくれていた。
限界が、もう目の前だった。
目の前の男が、囁いた。それは、竜崎にとって幸福とも苦痛ともとれる言葉。

―――愛し、てる。・・・

「くっ・・・ぁ、あ、あああっ・・・!!」

耳の奥で、リフレインする男の声音と共に、
下肢の奥が弾けた。何度目かの精は、さすがに濃度を落としていたが、
それでも手を汚すには十分だ。
濡れたシーツも、乾いてはまた濡らされ、
ひどく皺を寄せていた。
はぁはぁと息をする以外は、漸く静寂が訪れた。





あの男―――夜神月が死んでから、
何日が経っただろう。
キラ事件は、解決を見た。世界は、やがていつもどおりに戻るだろう。
キラの真実は世間に明かされなかったから、
彼の信者はいつまでも待ち続けるかもしれないが―――。
それでも、すべては、終わった。
竜崎もまた、いつもどおりだった。
ワタリが死んでしまった今、当面の潜伏先は日本の捜査本部にあったが、
それでも、Lとしての活動は変わらなかったし、
難事件のために頭を使い、いつものように糖分を取ることも変わらなかった。
強いてあげれば、摂取する糖の量が増えたことぐらいだった。
だが―――。
それは、表面上のことで、
彼の真実の姿まで変わらなかったかというと、そうではなかった。
何も変わらない中、夜、眠る時間が長くなった。
そうして、意味のない快楽を求めては、自分自身を蔑む―――そんな日々が続いていた。
気力がなくなったわけでは、決してない。
ただ、胸のうちにぽっかりと空いた穴から、すきま風が吹いているようだった。

「・・・っ、・・・」

腕が伸ばされ、サイドボードに備え付けのスタンドが点される。
何度も続けた行為で、さすがに体力を消耗したのか、
ぼんやりとした明かりの中、青ざめたような表情。少しだけ、こけた頬。
サイドボードには、たった1つ、竜崎が置いたデジタルカウンター。
1秒、1秒と刻んでいくそれは、
竜崎の、命の残り時間。
残り、7日。
明確なそれは、竜崎の目にはひどく残酷に映った。

辛い、わけではない。
どうせ、あのままでは死ぬ運命だった。
キラ―――夜神月とあの死神が、理由はどうあれ協力していた時点で、
竜崎は確信していた。
本来デスノートを自在に扱うことのできる死神には自分を殺すことなど造作もないことなのだ。
ならば、自分が殺されるのは、時間の問題。
みすみす、殺されるわけにはいかないと思った。
死ぬのなら、せめてこの事件を解決させてからだ―――、と、
心に誓った。元々、その覚悟の上で姿を晒したのだ。
そうして、自分の望みどおり、
夜神月は、追い詰められ、死んだ。・・・いや、正確には、"殺された"。
死刑台に送ることはできなかったが、
それでも、事件は終わった。
竜崎の仕事は終わったのだ。あとは、ただ待つだけだ。

「嫌な、ものですね・・・」

時計を摘まみ、そうしてぽつりと。
刻々と近づく死の瞬間を思うと、やはり怖い。
死に方も、よくわかっている。
すべて、自分が記したのだから。

心臓麻痺。

他のキラの犠牲者と同じ、それが、竜崎の死因。

文字通り、月にすべてを捧げる形になってしまったこの結末を、
しかし、竜崎自身はあまり苦に思っていない。
キラ事件を解決を見るためには、キラである夜神月の死が不可欠だ。
だが、果たして、そうなったところで、
自分は耐えられるだろうか?
いつも、自分と共にあった夜神月の存在。
失えない程に、いつのまにか依存していたのだと、今になって気づかされる。
ぽっかりと空いた穴は、彼の存在故だ。
夜、思い出したくないと思いながら脳裏に浮かぶのは、
月明かりに照らされた男の顔立ち。

馬鹿げたことだとは、思う。

「・・・どうせなら、今、死んでしまってもいいんですけど。」

死の訪れを待つだけの、7日間なんて意味がない。
どうせ7日で死んでしまうのに、生きることに価値などない。
もっと頭を使えば、きっと有意義な1週間を送れるのかもしれないが―――。
もう、忘れてしまった。
自分が、なぜ探偵をしていたのか。
その、純粋な心を忘れてしまった。もう、使命感を感じられない。

「月くんの、せいですよ・・・?」

いない、男に呟いてみる。
自分が追い詰め、死なせてしまった男。
自分を殺し、そして神になると言った傲慢な男。
彼を捕らえるために、すべてを懸けた。
だから、彼がいなくなってしまえば、もう、自分の存在意義がない。
けれど、かといって、
自分で死ねるほど、勇気もない。

「・・・・・・眠い」

時刻は、既に朝。もう、起き出してもおかしくはないはずの、時間。
けれど、竜崎はベッドの布団に潜り込み、
そうして、瞳を閉じる。
かつての自分には、在り得ないような態度。
けれど、もう、どうしようもなかった。
深い眠りは、少しだけ竜崎の心を慰めてくれていた。

・・・かれの夢を、みた気がした。























「竜崎ほどの男なら、わかるだろ?キラのやっていることは、決して悪なんかじゃない。」

夜神月の言葉は、いつだって真摯に聞こえていた。
キラにせよ、キラでないにせよ、
演技にしろ、演技でないにしろ、
その声音は自分の心を揺さぶった。
ベッドの中、力強い腕に抱かれて甘く優しい快楽を享受する、そんな瞬間。

「独り善がりの正義ほど、たちの悪いものはありません。
 ―――月くんは、キラのやっていることが本当に認められるものだと思っているのですか?」
「・・・竜崎。本当は、わかっているんだろう?」

証拠が上げられないことに勝利を確信している夜神月は、
もはや己がキラの思想と共通していることを隠しもしない。
それどころか、
今度は敵である男の心すら、懐柔しにかかっていた。
殺さずに済むのなら、それが一番いいのだと言わんばかりに。

「何百、何千と凶悪犯罪を解決してきたお前なら―――。
 何故、思わない?いや、思うはずだ。今の法律では、本当に裁かれるべき者が裁かれないまま、放置されているんだ。
 お前が苦労して牢にブチ込んだ人間も、だ。間違っていると思うだろう?」

「・・・っ・・・」

声音は、常に力強く、自信に満ちていて、
竜崎はそれを振り払うように、瞳を閉じる。
反論できないでいるのだと勘違いした月は、そのまま勝ち誇ったように
再び竜崎を責め始めた。繋がる下肢。襲い来る、背徳的な快楽。

ああ、本当は。
月の言葉に、自分もそうだと頷きたいのだと、
竜崎はぼんやりとそんなことを考える。
今まで、何も考えていなかった。
自分が捕らえた犯罪者達の、その末など。考える余裕もなかった。
竜崎の前には、時間も足りないほど難解事件が積み上がっていたのだから。
物心ついた頃からいつの間にかやっていたパズルを解くように、
ただ、事件の謎を解いてきた。
もちろん、もう目の前に与えられたことだけをする子供ではない。
それなりに、自分の存在の重さをわかっている。
自分がしていることが、世界にどういう影響を及ぼすかもわかっているつもりだ。
けれど、それでも。
星の数ほどある事件の中で、
その行く末を気にかけた犯罪者など、あったろうか。
なかった、わけではない。だが、少なかったことも事実だ。
裁判で結局罪を逃れ、のうのうと時を生きている者がいることなど、知らなかった。
法で裁けない、者達。
確かに、憎い。殺してやりたいと、思うこともあるかもしれない。

「Lがどんなに事件を解決しようと、事件はなくならない。
 ―――だからこれは、抑止力だよ、竜崎。現に、今ではキラを恐れ、大した犯罪は起きていない。
 キラのおかげとしか言いようがないだろう?」

痛いところを突く、と竜崎は思う。
思えば、何百何千と事件を解決してきた自分よりよほど、
キラの方が犯罪の減少に貢献している。それは、誰がみてもわかる事実。
けれど、

「・・・たとえ、キラが正義だとしても、私の中の"正義"とは相容れない。――−無駄ですよ」
「・・・・・・ああ、そう」

特に、落胆というほどでもない無感動な声が聞こえて、
それきり、その話題は立ち消えになってしまった。
それでも竜崎は、熱に浮かされた頭の中で、ぼんやりと考えていた。

解決よりも、未然に。
当たり前のことだ。
犯罪など起こらない方がよいに決まっている。
実際、ありとあらゆる面において、
警察組織の対応の遅さは常々問題になっていた。
キラの方法は、冷徹で残酷であるからこそ、抑止力にもなる。

だが―――。

何を、今更。
襲いのだ。今更彼に、共感を覚えても意味がない。
後戻りは、もはや不可能。
"L"は、犯罪者を許さない。それが、どんな正義に基づいていようと、だ。

正義―――。

それは、捜査において常々心に留めていた言葉。
だから、キラが掲げる歪んだ正義に、ひどく抵抗を覚えたのだ。
綺麗事をいいながら、犯罪を犯す、そんな正義が、
どうしても、許せなかった。
キラは絶対に、倒さなくてはならない。
同じ"正義"を掲げて生きる者としての、そう、言うなればこれは、
意地の張り合いだ。



「・・・月くん。よく、わかりますよ。貴方の言っていることは」

情事も終わり、誰もが寝静まった夜。
ふっと目を覚ました竜崎は、
隣で静かに寝息を立てる男を見下ろし、彼に聞こえないくらいに、呟く。
ゆっくりと手を伸ばし、その頬に触れると、
男は少しだけ身じろぎをし、そうして再び深い眠りに落ちていった。
彼の真実を暴くために近づいて、
そうして、馬鹿みたいに溺れてしまった。
誰かを特別に思ったことなどないが、
ずっと傍にいたいと思う気持ちが"好き"ということなら、
きっとこれがそうなのだろう。
唇に触れる。
重ねられた柔らかな熱の感触は、今でも思い出せる。

「・・・でも、駄目なんです」

きっぱりと。
深い諦めと共に心に浮かぶのは、誰にも揺らがせることのできない、決意。
キラを、白日の下に晒し、そうして、捕らえる。
それが、たとえ特別な存在であっても。
自分はLとして、キラと戦う。これは、命懸けの戦いだ。
そこに、互いの感情が押し入る余地はない。

「必ず、貴方を捕まえに来ます。覚悟していてください」

そう、必ず。
世界的名探偵、Lの名にかけて。
どちらが正しいとか、間違っているとかなんてどうでもいい。
これは、互いの正義をかけた戦いだ。

竜崎は、静かにベッドを下りた。
昨夜、月に床に落とされたローブを素肌の上から羽織り、
そうして部屋のドアへと歩む。
ドアノブに手をかけて、もう一度、振り返った。
夜神、月。
一番愛していて、それでいて最大の敵。

「・・・さようなら、月くん」

部屋を出て、ぱたりとドアを閉めると、
室内には本当の静寂が訪れた。

向かうのは、捜査本部の、奥の奥。
自分にしか解除できない、デスノートの保管庫。
己が名前を、自らの手で書き記すため、
竜崎は廊下をただただ歩むのだった。





end.





Update:2006/10/23/MON by BLUE

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