Please don't tell me...



もし、この記憶がなかったなら。
キラではなく、Lでもなく、2人で何かを築けただろうか。
現実には、敵同士。愛し合っていても、頭の片隅から決して抜けることのない、
互いへの不審の感情。
失くしたい、忘れたい、と明確に思ったわけではなかった。
ただ、気づけば、
雨の降る視界の悪い道路へと立ち尽くしていた。

激しい光。耳を劈くようなブレーキ音と共に、
世界が反転する。
視界が真っ暗になった。
そうして、すべてが途切れた。

―――愛シタ者ハ、イッタイ誰ダッタノ?









Please don't tell me...










月の煎れて来たカップの氷が、カラリと鳴った。
白い壁と、白いカーテン。どこを見ても真っ白な世界―――病院。
そこに、竜崎はいた。
もちろん、一般人の入れるような俗な場所ではない。
政治家が―――訳アリの政治家が諸々の理由で『入院』するような、そんな場所。
幸い、怪我自体はたいしたことがなかった。
だが、問題は精神的な部分のほうだ、と医者が言っていたのを
月は知っている。
精神的とはいえ、別段、竜崎に変わったところはない。
元々変わったところが多い彼だっただけに、
お菓子を食べ続けるのは相変わらずだし、
頭の回転の速さも、言葉だっていつもどおり。生活するうえでの知識の欠損は、
まぁ、一般より劣るとはいえ、彼自身としてはなにもない。
では、なにが問題なのか。

「・・・貴方になら、いいかもしれません」
「何が?」

ぼんやりと呟く竜崎に、月は彼の髪にゆっくりと触れた。
柔らかなそれに、指を滑らせる。髪を掻きあげてやれば、静かに瞳を閉じる素直な青年。
在り得ない。どこか、間違っていると思う。
月の知っている竜崎は、あのとき死んでしまった。
目の前にいるのは、別のイキモノ。

「抱かれても、イイかなって」
「どうして?」

軽く、こめかみに唇を落とす。
くすぐったそうに、けれど竜崎は嫌がることなく、
それどころかゆっくりと瞳を落とした。
噛み締めるように。

「・・・あなたは、とても優しいから」

唇に、触れる。指先の腹で、ゆっくりとなぞっていく。
まだ、唇は重ねていなかった。
身体の弱った竜崎を気遣って、ではない。
できなかったのだ。
自分を見ているようで、自分を見ていない竜崎が、苦しくて。

「それは、嬉しいね」

優しい?どこが?
月は心の中で自嘲しては、苦く笑う。
自分は、人殺しだ。
どんな建前があれど、直接手を下さなくとも、罪深い咎人。
それどころか、優しいと言っていた当人を、何度殺そうと思ったことか。
月は、見えないところで唇を噛み締めた。
そう、何度も何度も。
ノートを手放し、所有権を手放し、そうしてまで竜崎を殺す機会を作ろうとした自分。
晴れて記憶を取り戻し、いつでもノートに名前を書ける状況になって、
そんな矢先、この事故は起きた。
なぜ、あんな土砂降りの日、普段外にでることなどない竜崎が、
あれほど危険な場所にいたのか、
それは結局、誰にもわからずじまいだった。
なぜか?
その理由は、
本人すら、当時の記憶がすっかり飛んでしまっているからだ。

「・・・―――怖い?」
「・・・いいえ」

小さく首を振って、目を伏せる。
頬に兆す、朱。夜神月は目を紬める。在り得ない。こんな事。
自分か知っている竜崎は、
素直でなくて、抵抗ばかりで、
視線は常に探るような色。当たり前だ。
純粋に、愛し合った仲などではない。
竜崎が近づいてきたのは、自分のことを探るため。
それだけだ。
決して、好意からではない。
ましてや、愛など。
あるわけがない。あるはずがない。
そうしてそれは、自分だとて同じことのはずだ。

「・・・好き、だったんですよね?」
「ん?」
「貴方のこと。」

「私。・・・私たちは、とても愛し合っていたと―――、聞きました」
「ああ、そうだよ。僕たちは、いつも傍にいて、そして」

互いを睨み、牽制し合っていた。
腹の探り合いは、日常茶飯事。何気ないやり取りでも、セックスの時ですら、
油断すれば、隙を突かれる。
それは、Lにとっても、キラにとっても、負けに等しかった。

「・・・そして?」

小首を傾げる竜崎に、軽く目を細めて。
頬を辿り、口角にキス。抵抗はなかった。ついに触れ合う、柔らかな肉。
甘い。相変わらず、竜崎の唇は甘すぎる。
目が眩むようだった。

「・・・竜崎・・・」
「・・・・・・すみません」
「え?」

唐突な台詞に戸惑う月は、
唇を離し、竜崎を覗き込んだ。うつむき加減の視線を、あげさせる。
と、腕が伸びてきて、首に絡められる。
しがみついた竜崎の腕は、
少しだけ、震えていた。

「どうした、竜崎?」
「・・・辛いでしょう?愛していた相手に、自分を忘れられるなんて・・・」

辛いものか。むしろ、有り難いとすら思っている。
己が世界一の名探偵であることすら忘れてしまった竜崎は、
もはや夜神月がキラだと疑うことはなかった。
そして、今。
思い出す前に、刷り込んだ。
自分こそが、竜崎の愛していた存在だったのだと。
何の蟠りもない、純然たる恋人同士だったのだと、
月は竜崎に伝えた。
実感がなくとも、今の竜崎にはそれを否定する術はない。
すべて、忘れてしまったのだ。
己の名、立場、敵であったはずの男の名、どこで、何をしていたのか。
だから、月は。
この空白に漬け込んだ。
対策本部の皆と話し合って、
竜崎が回復するまでは、彼の立場について言及しないこと。
回復するまでに記憶が戻らないようであれば、
それはその時考えることにする。
そう、決めたのだ。

もう、なんの不安要素もない。
竜崎は自分の手の内だ。この先たとえ記憶が戻ろうと、
キラの脅威にはなり得ないだろう。
だからこそ、気兼ねなく愛せるようになったのだと、
もちろん竜崎にはわからない。
だが、それでいい。

「―――確かに、竜崎の記憶から僕がいなくなってしまったのは、悲しいよ。でも、今の竜崎だって、一生懸命僕を受け入れようとしてくれているだろう?それだけで、十分だよ」
「・・・っら、イトく・・・」

口付ける。柔らかな髪に指を差し入れて、
頭を抱えて。
竜崎は一瞬脅えたように目を見開いたが、すぐに身体の力を抜き、
月の腕に身を預けた。

「震えてる。」
「・・・そんなこと、ないです」

そういいつつも、緊張のためか冷え切った指先を、
絡ませる。
まるで処女を扱うように丁寧にベッドに横たわらせ、月は微笑んだ。

「気遣わなくていいよ。力抜いてくれてればいいから」
「・・・・・・はい」

シャツを、ゆっくりと脱がせた。
忘れてしまったとはいえ、その身体は男との関係を色濃く残していて、
月は少しだけ安心する。刻まれた、己の面影。
肩口に紅を落としたのは自分。
胸元の心臓の上には、いつか殺してやると誓ったその証。
やはり、"コレ"は己の愛した竜崎なのだ。
もう一度同じ場所に、刻み込んだ。
更に、深く所有印を刻んだ。

「んっ・・・、ぁ・・・」
「感じる?」

胸元の飾りを強く吸い上げれば、
濃く色づく竜崎のそれ。
慣れ切ったはずの2人だが、今の竜崎には記憶がない。例え相手が月であろうと、
嫌が応にも緊張してしまう。
けれど、それでも竜崎は、月を気遣って極力自然に振舞うよう、
努めていた。
男の首に回した腕に、力が篭った。

「・・・・・・ん、っ・・・気持ち、いい、です・・・」

頬を赤らめながら、必死に言葉を紡ぐ、竜崎の唇。
不意に、なんとも言えない感情が胸に痞えて、文字通り言葉が出なくなった。
あえて表現するならば、罪悪感。
目の前の従順な男に対する、後ろめたさだ。
あれほど意地を張っては、抵抗ばかりしていたハズの彼。
それが見たくて、わざと羞恥を煽る言葉を紡いだのに、
そんな言葉にすら素直に応じるなんて。信じられない。何かの間違いだ。
かつて、強制してもギリギリまで口にすることなどなかった竜崎は、
今なら簡単に"あの言葉"を言ってくれそうだ。

「っあ、ライ・・・」
「隠すなよ。僕を受け入れる、って言ってくれただろ?」
「っそ、そうですけど・・・」

下肢を覆う衣服に手をかける。一瞬の攻防。背を抱くようにして、
竜崎の身体を持ち上げた。
不安定な重心。両腕で支えていないとどこか不安で。
結局、月の手を阻んでいたはずの竜崎の腕は、
その一瞬の間に月の侵入を許してしまっていた。眉を潜める。布1枚隔てて、
もどかしい刺激。身体の中心に、熱が集まってくる。
見られるのには勇気がいるが、
このままもどかしさを与えられるのもキツイ。
横腹のくびれの部分に口付けられ、強く吸いつかれて、
竜崎は思わず、といった風に声を上げさせられていた。

「・・・月、く・・・、もっ・・・」

もう既に、耐えられないと身を捩る竜崎は本当に素直で、
かつての彼とは同一人物とは思えない。
同一人物?
いや、違う。
これは、別人だ。
あれほど執着していた自分のことも忘れた。キラを追うことすら忘れている。
月は竜崎から見えない場所で、唇を噛み締めた。
この青年は、『L』じゃない。
あれほど自分が憎み、敵対し、そして執着した者じゃない。
そして何より。
そうでも思わなければ、
辛い。

「・・・っラ、イト、くん?」
「・・・・・・ああ。」

それでも、己の身体が竜崎を求めているのは事実で、
全てを奪ってしまいたいと思う。
もう、彼のほとんどを自分が奪ってしまったも同然だというのに、
まだ、足りない。
月の身体が、自身の脳裏に飢えているのだと訴える。
頭では、こんな竜崎に抵抗を覚えている。
この矛盾はなんなのだろう?
相反する感情。
馬鹿なことだと思う。冷静に考えれば、素晴らしいことなのに。
本当に、馬鹿げている。
こんな感情、知られたくなどない。
知られてはならない。
そう、このまま、キラが新世界の神となるためには、
彼には、絶対に気づかれてはならないのだ。

「愛してるよ、竜崎・・・」

だから月は。

再び、偽りの真実を口にする。
かつて同じ言葉を竜崎の耳元に囁いた時、
それは竜崎を騙し落とす為の口実だと思っていた。
何度か繰り返すうちに、自然とその言葉を口にしていたことに気づいて、
それでも、嘘をついているのだと信じていた。
最大の敵を、愛せるはずもないのだから。
そして今。
今度こそ、何の制約もなく、彼を愛せる環境におかれて、
初めて気づく。
今の言葉は、本物の、ニセモノ。

「っあ、わ、私も・・・」

かれの言葉にすら、息を呑む。
私も?なんだというのだ。
あれほど、強制してもなかなか言ってくれなかったくせに。
今頃になって、記憶を全て飛ばした後になって、
どうしてそんな言葉が言える?

「アイ、して、」
「竜崎。・・・無理に言わなくても、いいんだ」

頭を抱えるようにして、抱き締める。
記憶、戻ってないんだろう?
記憶のない人間にまで、無理に言わせるつもりはない。第一、竜崎ならそんなこと、言わない。
無理にでも合わそうとしてくれるキミの気持ちは有り難いケド、
いいよ。もう、十分。
僕の腕から逃げ出そうとしないだけで、十分、

「っ・・・。すい、ません」
「いや、謝らなくてもいいけど」

口元に手を当てて顔を伏せる。
いいよ、気にしなくて。別に、大して気分を害したわけでもない。
キスをしてやると、首にしがみつく腕がより一層強さを増す。
そうして、肩口に顔を埋めて。
もしかして、震えてる?
正直、扱いに困ってしまう。以前の竜崎とは正反対だから、尚更。

「・・・・・・でも、言いたい、んです」
「・・・竜崎?」

一体、何を言おうとしているのか、
月にはわからない。わかるはずもない。
表面には出さなくとも、こんなに従順で素直な竜崎の前で戸惑うばかりで、
正直、手に負えない。
相手の気持ちなど、理解できるほどの余裕もなかった。

「・・・なんとなく、わかるんです」
「なにが?」
「以前の私が、貴方をどれほど好きで、愛していたか」
「・・・・・・」

違う。それは、なにかの間違いだ。
嘘だよ。愛し合っていたなんて、全くの嘘だ。ただの出任せ。
自分の保身のために、そう言うのが都合よかっただけだ。
竜崎は、僕を愛してなどいなかった。
これは、紛れもない、事実。

「だって、月君が触れるたびに、信じられないほど感じている自分がいるんです。―――怖いくらいに」

確かに、竜崎の身体はひどく敏感で、
それは、別に今特別に、というわけでもない。
事実、明らかに不審人物である自分にさえ、結局身体を開いていたのだ、
相手が誰であろうと、大して変わらないのだろう。
あの薄い皮膚に己を刻み付ける瞬間の、
甘い啼き声を月はよく覚えている。
同じからだをもつかれならば、錯覚してもおかしくはないだろう。
だが、事実、それは錯覚なのだ。
月は顔を伏せた。
取り繕うことが出来ない自分がそこにいた。

「有難う、竜崎。―――でも、」
「・・・でも?」

聞きたくない、と思った。
記憶をなくした、ニセモノの竜崎の口からは。

「・・・その言葉は、取って置いてくれないか。記憶が戻る、その時までね。」
「・・・ですが・・・」
「一生、記憶が戻らないわけじゃないだろ。全て思い出して、本当に実感してから、またお前の口から聞きたいんだ」

記憶が戻ったその時には、
二度と言わない男に戻ってしまっているだろうけど。
そう、これでいい。
かつては強制してでも言わせてみたい言葉だったけれど、今は違う。
懇願してでも、聞きたくない言葉。
竜崎は、なぜか不満そうな表情をしたが、
やがて小さく頷いた。

「・・・・・・わかりました。」
「すまない、竜崎。でも、僕自身は、前も今も、そしてこれからも、愛してるよ」
「はい・・・」

浮かなそうな唇に、キス。
余計なことを言われる前に、と月は唇を塞いだまま、
今度こそ竜崎の下肢に手をかけた。緊張に身体を固くする青年を、抱き締める。
ボトムを脱がせると、白く清潔そうなブリーフが覗く。
けれど、その前は既に小さく染みを作っていて、
月はくすりと笑った。
その部分を撫でるように刺激してやれば、
思わず漏れそうになる声音を抑えようとして唇を噛み締めるかれ。
だがそれは、かつてのように、意地からきている行動ではない。
言葉にするならば、純粋な羞恥心。
愛する者に己の総てを見られる―――そんな状況下に置かれた戸惑い故の仕草だ。

「可愛い。」
「・・・っそ、んな・・・コト、」

染みの部分に口付けて、口の端を意地悪く歪ませる。
舌で舐めるように刺激しながら、
竜崎の最後の砦に指をかけた。滑らかな双丘を包み込むようにしてゆっくりと脱がせていく。
恥かしさから、無意識に前を隠そうとする手を、
月はシーツに縫い止めた。
半端に脱がされたまま、足下に引っかかっている布地が淫らだと思う。
けれど、膝を割らせるには少々邪魔なので、
片足だけは外してしまうと、
それから月は恥ずかしげに閉じようとする足を有無を言わさず押し開かせた。
無論、竜崎の頬は、紅い。見ていられずに、横を向いて瞳すら閉じている。
何をされようとしているのかも目撃できないまま、
竜崎は太股に濡れた感触が走るのを感じた。
瞬間、無意識に逃げようとするが、当然、逃げられるわけもない。
徐々に、範囲を広げていくその感覚に、
竜崎は閉じた瞼を震わせている。
必死に、羞恥に耐えようとしているその仕草が、
どうしようもなく月の心を疼かせた。
確かに、これは、もはや自分が愛した竜崎ではなくて、
瞳には自分が好んだきつい光もない。
けれど、そろそろ、慣れてきた。素直な竜崎、というものに。
今まで、強制して己の下に跪かせてきた。
それはそれで、欲望を満たすものではあったが、
いまの状況も悪くない。
漸く、己を騙すことに成功した月は、
更に膝を割るように開かせ、その隠された場所に顔を埋めていった。

「っ・・・や、あっ・・・」
「恥ずかしい?」
「っあ、たり、前・・・っぁ・・・!」

そう言いながらも、触れてほしい場所を主張するように、
彼の雄が震えている。
熱を帯びて、先端を期待に濡らす竜崎自身に、
月はくすりと笑った。

「大丈夫だよ。もうとっくに知ってるから。―――竜崎。お前のすべてを―――・・・」  
「・・・ん・・・っ」

尻を抱え上げるようにして、奥を外気に晒していく。
隠されていた場所を男の目の前に露わにされて、もちろん竜崎は耐え難い羞恥を覚えたが、
それを意識するその前に、
月の想像もできない行為に文字通り竜崎は飛び上がった。

「っひ・・・!!」
「力、抜いて・・・・」

刺激を求め、疼いている竜崎自身には何も与えず、
月は竜崎の中心に顔を埋める。
熱く濡れた舌が、脅えたようにひくひくと収縮するそこに触れる。
当然、竜崎は身を竦ませた。
やめてほしいと、必死に首を振って訴える。
どれほど慣れていようと竜崎にとってはニガテなこの行為は、
記憶を失くしたかれには更に苦痛かもしれない。
震える竜崎の腕が、月の髪に差し入れられた。
引き剥がそうと引っ張るそれは、しかし力が入らず弱々しくて、
月は苦笑した。
そう。嫌なわけではないのだ。
確実に、感じているのだ。
ただ、彼の今の心がそれについていけないだけ。

「あっ・・・やめ、オネガィっ・・・。」
「もっと、僕にすべてを明け渡してみてよ。今は、お前より僕のほうがよっぽどお前を知ってるんだからさ」
「っ・・・でも・・・」

戸惑いと羞恥を同時に表情に乗せる竜崎に、
月は目を細める。
可愛くて仕方がないと思うのに、心の片隅で冷静に蔑視している自分がいる。
蔑視?それは誰に対しての感情なのか。
すべてを忘れ、敵であるはずの男の手で抵抗なく啼いている竜崎に対してなのか、
それとも、竜崎の記憶がないのをいいことに、
卑怯な手段で敵を手中に収めた、己に対してなのか。
多分、どちらもだろう。
だから、月は竜崎を素直に愛せない。
己の感情も偽り、竜崎の態度だって偽り。こんな状態で、
一体何が紡げるというのか。

「・・・全部、知ってるよ。この襞が、どれほど僕に強く絡みついてきてくれるか」
「んんっ・・・・・・!」

唾液で濡れそぼったソコに、指を突き立てる。

「初めはこんなに釣れないカラダのくせに、最後にはどれほど広がって僕を求めてくれるか」
「・・・っ痛・・・!」

指の根元まで、ぐちゃりと音がする程。
もちろん、こんな強引な行為ができるのは、すでに竜崎がそれなりのカラダだからだ。
案の定、多少の苦痛を訴えた竜崎は、それでもすでに快感を覚えているのか、
今では甘い声音ばかり洩らしていた。
己が「L」であるという呪縛から解き放たれた竜崎は、
これほど魅惑的で、誘惑されるものなのかと、
月は考える。
そろそろ、己の中で違和感よりも欲望のほうが増していることに、
月は気づいていた。
この、素直な竜崎でさえ、食い尽くしてしまいたいと思う。
そうして、このまま、かれのすべてを手中に収めてしまえたら―――・・・

「っ・・・ヒド、い、ですね・・・」
「そう?昔のお前なら、最高に悦んでると思うけどな」
「・・・・・・っえ・・・」

またもや、嘘をつく。
苦痛を強要させられて、屈辱に怒りを覚える竜崎のあの瞳の色は、
よく覚えている。
間違っても、悦んでいる瞳とは思えない、きつい色。
だが、月は知っている。
心とは裏腹に、彼の体だけは、快楽を覚えていたことを。
今でさえ、すぐに己の行為に慣れ、受け入れてしまうそのカラダ。
すべて、自分のモノだ。
ニガテなところも、弱い部分も、すべて知っている。

「・・・こんなことをされて悦ぶなんて、よほど変態だったんですね、私・・・」
「変態?それは違うよ、竜崎。それだけ、お前が僕を愛してくれていたってことだよ。」
「ん・・・」

ぱっくりと開かされた下肢に、宛がわれる月の雄。
濡れた先端を感じた途端、竜崎の下の唇が脅えたように窄められた。
だがもちろん、そんなことで怯む月ではない。
片膝を抱えて、ぐっと肌を近づける。覗き込むように間近に迫った月の顔に、
竜崎は一瞬戸惑ったように表情を揺らし、
そうして頬を更に紅に染める。
恥ずかしさに顔を逸らそうとして、ぐっと月の指が顎を掴む。
触れ合う、柔らかな肉。
優しく、甘いそれが、竜崎を酔わせていく。
ふっとかれの身体から緊張が抜けた瞬間、

「・・・―――っう・・・」

重い衝撃が、竜崎を襲った。
乱暴な行為ではなかった。引き裂かれるような鋭い痛みは確かになかった。
だが、明らかに違和感を覚えるこの行為。
息が詰まったような感覚に陥った。
例えるならば。身体の内部が、なにか質量のあるものに圧迫されたような。
だが、それは限りなく現実に近かった。
竜崎の下の口には、
赤黒く怒張した月の雄が押し込まれているのだから。

「っあ・・・、苦しっ・・・」
「・・・でも、感じてるんだろ?ほら」
「っん・・・」

苦しげに喘ぎながらも、いまだ竜崎の前の熱は治まらない。
月が指を絡めてやると、びくびくと身体を引きつらせ、切なそうな表情を相手に向けた。
苦痛が、快楽にすり替わる瞬間。
再び、衝撃が訪れた。
柔軟な内部を、男の凶器とも言えるそれが侵食していく。
自分の身体を他人にいいように荒らされて、
それは常識的に考えれば絶対に許せない領域のはずなのに、と
竜崎はぼんやりと考える。
何故か、嫌だ、とは思わなかった。
それどころか、自分の中の、どこかとらえどころのない場所で、
こんな状態を待ち望んでいた気がした。
・・・誰が?
――――――自分、が?

「竜崎・・・」
「ん、んんっ・・・ライ・・・!」

規則的な律動に、思考は考えるほどに白く塗り替えられていく。
一瞬、かつての自分が戻ってきたような気がしたのに、
今はもう、手が届かない。
現実を受け止めるだけで精一杯。
不安定な身体が怖くて腕を伸ばせば、
ぶつかる男の肩。夢中で、しがみつく。
食い込むほどにまで強く指先に力を入れれば、
それに呼応するように背を抱かれる。
汗に濡れた肌が吸い付くように触れ合い、ひとつに溶け合ってしまいそうな程。
竜崎は泣きそうな顔で目の前にある男のそれを見上げていた。

「っい・・・ぁ、あっ・・・!」
「っ・・・イイ、よ・・・」

吹き込まれる声音。嫌が応にも、反応してしまう悪魔のようなそれに、
竜崎は首を振る。耐えられない、と訴える。
そうして同時に、心の奥底から悦びが湧き上がってくるのを、竜崎は抑え切れなかった。
それは、今現在の自分でない、かつての自分。
記憶を失い、過去のことはほとんど覚えていないけれど、でも。
熱に浮かされたこの状態の中、
無意識に唇が動いた。

「っあ・・・あ、ライっ・・・!」
「竜崎・・・」
「あ、あっ・・・あい、して・・・・っ・・・」

一瞬だけ、時が止まったような気がした。





「・・・・・・っ・・・・・・」





痛い。竜崎の言葉が、突き刺さるように痛かった。
月は唇を噛んだ。どうして、こうなってしまったのか。
目の前にいるのは、あのLではないのに。
竜崎であっても、自分が執着したかれではないというのに、
かれは何も知らないくせに、愛している、などと洩らしてくれるのだ。
まったく、手に負えない。
これでは、いっそ、かつての関係のほうがよかったと、
そんなことを月は考えてしまいそうになる。
少なくともこんな、
後ろめたいようなやるせないような、
とらえどころのない感情に悩まされることはないだろう。
それどころか、常に向けられる突き刺さる視線にぞくぞくする自分がいたのだ。
月は、苦く笑みを零した。
我ながら、馬鹿な話だ。情に流されては失敗する、と
自分でよくわかっていたことではないか。
何を、戸惑うことがある。

「あ・・・っ、い、・・・んんっ・・・ふ、っ・・・」
「竜崎・・・・・・」

けれど、せめてその言葉だけは聞きたくなくて、
月は顔を近づけて、その唇を塞ぐ。
恋人同士が紡ぐような言葉さえ抜かせば、
苦しげに抵抗しつつもその一方できつくしがみついてくる姿などはかつての彼と同じで、
そのときだけは月は、
普段のかれに対してするように、乱暴とも言える激しい衝撃を
竜埼に与えた。
ますますかれの眉が苦しさに歪むが、
その一方で、過剰な刺激にこそ反応し、更に締め付けをきつくするかれの身体。
この身体だけは、本当の"夜神月"を知っていることに、
複雑な思いで竜崎を見下ろした。
だが。

「っく・・・、ぁ、もう・・・っ・・・」

―――いや。
月はひとつ首を振り、今一度竜崎への愛撫の手を強めた。
考えては、いけない。
どうしようもない。今更。
己の保身のために、嘘をついた。
それは、キラが世界に認められる為に、またひとつ積み重ねた罪。
キラが本当の意味で神となるまで、
隠し通さねばならない真実。
もしくは―――、

「竜崎―――、僕は、だれ?」
「・・・・・・っ・・・ラ、イト、くん・・・?」

彼が己の本当を思い出す、その瞬間まで。

「あなた、は・・・」

朦朧とした頭で、恐らく、何を問いかけられたかもはっきりとは理解していまい。
だから、言える。
これは、彼の中、深く沈みこんでしまった、"かれ"への言葉だ。
そうして、返されるはずもない声音を待つのだ。

「・・・っキ・・・」

息を呑む。

「スキ・・・です・・・」
「・・・・・・、僕もだよ、竜崎・・・」

嬉しくないはずもない言葉をかけられたというのに、
なぜ、自分はひどく落胆しているのだろう?
こんな場面で、記憶を戻されたら、どれだけ自分が取り繕うのに苦労するか。
そうだ、嘘を伝えたことを、どこまでも追及してくるに決まってる。
下手をすれば、その事実だけで自分をキラと断定してくるかもしれない。
そう、それほど、常識外れのメチャクチャな男だったのだ。
そんな読めない男を相手にするより、
今のほうかよほどラクだ。
それに、本当の意味で恋人が名探偵Lというのも、悪くない。

「月、く・・・!」
「ああ・・・」

細い腰を抱えて、彼の悦ぶ場所を幾度も擦ってやれば、
びくびくと全身を引き攣らせた後、
昂ぶるそれから勢いよく放たれる白濁した情交の証。
紅色に染まった肌を彩るそれが刺激的で、
月もまた、眉を寄せて絶頂の瞬間を待った。
再び唇を重ねてやれば、
積極的にも竜崎のほうから求めてくる貪欲な舌。
もちろん、それに応えてやりながら、
月は少しだけ目を細めた。










「・・・・・・エル、・・・」
「・・・え?」

あれから、幾度絡み合ったか、覚えていない。
ただ、気が付けば指1本動かせないほどのけだるさと共に、
男の腕に抱かれていた。
お互い、何も言わなかった。だから、ほとんど眠るようにうとうととしていたのに、

「エル、だよ。」
「?」
「エル。それが、お前の、本当の名前だよ」

唐突な月の言葉に、竜崎は首を傾げた。

「本当の、名前・・・?」

不思議に思い、そうして、気づいた。
そういえば、先ほどまで周囲の皆に竜崎と呼ばれ、
自分の名もそうだと伝えられたが、
下の名前は教えられていなかった。
エル?では、自分の名は「竜崎エル」とでも言うのだろうか?

「・・・竜崎・・・エル?どう書くんですか」
「ああ、ごめん。違うんだ。そうじゃなくて・・・」

くすりと笑って、抱き締める。誤魔化すようなそれに、ますます竜崎の眉が歪む。

「竜崎、ってのは偽名なんだ。お前がそう呼べと言ったから、僕たちはそう呼んでる。」
「・・・偽名?エルだって十分偽名っぽいですけど」
「まぁね。でも、仕方ない。ファミリーネームはわからないけど、きっとこれから思い出せるさ。」
「・・・ふぅん。わかりました。では、月くんの本名は?」

「っえ、?」

一瞬、動揺した。

「私の名前が偽名、なら月くんだって、偽名かもしれないでしょう。よくよく考えてみれば、月、をライト、って読ませるなんてヘンですし」
「・・・僕は、夜神月。住民登録だってされてる、本当の名前だよ。」
「本当に?」

疑い深い瞳と声音に、苦笑する。
本名とは、真実。
その者の本質を表す名前の事だ。
だから、
そう、エルは、彼の『真実』を的確に現している。だから、彼の本名は、『エル』。
なら、自分は?
あの時、あの瞬間から、夜神月はただの彼ではなくなった。
ただの人間『夜神月』ではなく、新世界の神、キラへの変貌を遂げた。
そう、己を本質を表すのが本名と言うのならば、
もはや『夜神月』という名は、
本名などではない。
そう、きっと、本名というならば、それを告げるのは間違いなのだろう。

「・・・知りたい?」
「ええ。」

真剣な瞳に、皆にはナイショだよ、と人差し指に唇を当てて。
月は、竜崎の耳元に唇を近づけた。
本当に、馬鹿だと思う。
敵に、己の真実を伝えることが、どれほど愚かなことか。
だがきっと、彼が驚きに表情を歪ませるのは、まだ先の話。
月は、言葉を吐息に乗せた。
静かに、だがはっきりと。

「・・・・・・キ、・・・」




end.








Update:2007/05/23/WED by BLUE

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