Black Rule 03



Rule 03

The god of death must not fall in love with human. Then, the god of death dies when he use the DEATH NOTE because of it.

『死神は人間に恋をしてはならない。また、それを理由にデスノートを行使した場合、その死神は死ぬ。』






























長く捜査本部に留まらなければならない時は、辛かった。
キラが動いた時、学校が長期休暇の時、他に難事件が発生した時。
大学生でありながら、名探偵"L"を演じ続ける夜神月は、
まさに世界中で一番といっていい程多忙な男だろう。
日本で最高、と謳われる大学で、最難関と言われる司法試験を目指し。
学年で最優秀の成績を修め、それでいて数多の難事件を背負わされる"L"の任を負う。
だが、この頃になると、キラの力が浸透していたから、
実際はそれほどの難事件が起こっていたわけではなかった。
キラ、そしてLに挑戦しようとする無謀な奴ら―――彼らがたまに不完全な犯罪を犯す、そんな程度だった。
だが、そんな時代でも、
完全に世界がキラを認めたわけではない。
アメリカでは秘密裏にキラ対策本部が設立され、
日本では相変わらずのいたちごっこ。
ましてや、日本の捜査本部にとっては、"本当のL"の仇なのだ。
いかな月でも、それを諦めさせることは不可能だったし、諦める演技も出来なかった。
本部の人間を、脅しのように1人1人殺していくほど、
残忍な男でもなかった。

「―――キラは、竜崎の仇だ。僕がなんとしてでも、捕まえてみせる」

寒々しい言葉。それに対し、本部の者たちが疑いもなく頷いているのだから、
さらにそのパフォーマンスは滑稽だ。
自分をこんな風にしたのは、他でもない、この夜神月という男なのに。
本部の者達の必死そうな、けれど進展の全くない捜査に、
月の背後でエルは苦笑した。

『人間ってのは、本当に飽きないモンだな。自分を殺した男に愛されてるってどんな気分だ?』

耳に残るそれは、弥海砂の帰り際、死神リュークが残していったものだ。
どんな気分か―――。それは、実を言うとエル本人ですらわからない。
敵だった。憎かった。犯罪者に同情の余地などないと思っていた。
ましてやキラ。
手前勝手な正義感で悪を行使し、犯罪者を裁く幼稚な咎人。
許せるはずもない、これは悪なのだ。
しかも、相手は確信犯。人を殺しておいて悪とも思わないかれに、
どうして自分が心惹かれなければならないのだろう。
そう、嫌悪を覚える理由など、いくらでもあった。

「―――どう思う?」

テーブルに並べられた数々の資料。それを囲んで額を合わせる、捜査本部の面子。
月の言葉に、皆はそろって頭を悩ませているが、
エルにはわかる。
これは、自分にこそ向けられた言葉だ。

「そうですねぇ・・・」

ばさばさっと羽音を立てて、月の肩から下りたエルは、
皆の視線の集まるど真ん中へと降り立ち、いつもの格好で推理し始めた。



・・・甘いものが、食べられないのが辛かった。





「お前のおかげで、助かったよ」

捜査本部―――月のマンションから皆が出て行った後、
月は頭の上の死神に声をかけた。
礼より糖分が欲しいです、とぐったりと青ざめたような表情を見せる彼に、
はは、と笑って菓子を与えてやる。
大量のそれを、エルは許可も待たずに食べ始めた。
それを見ながら、何かと散らかっていた部屋を片付け始める月。
これでは、本当に同棲気分だ。
いちばん気の休まる、そんな瞬間。
だが、そんな安らぎは、多忙な月には無縁に等しく、
今もまた神経をすり減らす時間が始まる。
外のチャイムが鳴った。捜査本部と入れ替わるように入ってきたのは、ミサだった。
当然、月が彼女に対して嫌な顔はできない。
捜査は終わったのだ。満面の笑みで抱きつく彼女に、見えないところで不機嫌な表情を浮かべながらも抱きすくめる月の腕。
エルの存在を認知できないでいるミサにとって、
自分に憑くリュークさえいなければ念願の2人きりの時間なのだ。
無碍にも扱えず思考を巡らせる月。ククッと楽しそうに見下ろすリューク。もう、十分だった。

「・・・っ・・・!」

ばさり。月にしか認知できない黒い羽根が、男の足元に落ちる。
動揺したように、月の身体が微かに震えた。
エルの姿は、もう既にない。

「・・・リューク」
「はいよ。」

月の呼びかけは、ただ出て行ってくれという意味ではなかった。
それくらい、リュークにだって理解できる。
普段、自分の気まぐれでしか動かないその死神は、
珍しく彼の指示通り外へと飛び立った。
彼の背で、ミサがうっとりと頬を染め、しがみ付く腕の力を強めていた。

長い、長い夜。
心とは裏腹の、苦痛の夜が始まろうとしていた。





例えば、あの女を殺したら。
死神の目を失ったキラは、どうなるだろう。
顔と名を知られればアウトだということは、今では世界中の誰もが知っている。
顔はともかく、本名を隠すぐらいなら誰にだってできる。
キラの裁きには、多大な打撃だろう。
だが、もしそうなったとて、月は自ら目を持とうとは思わないだろうし、
今の時代、キラのために命を削る者くらい平気な信者など何人もいるだろう。
月の篭絡にかかればなおさらだ。
結局―――、誰があの立場になろうと、一緒だった。
今、ミサを殺したとて、何の意味があるだろう。
その時、月明かりだけの世界に、ぽっかりと穴が開いたような闇が浮かび、
そうして羽音が聞こえた。

「こんなとこにいたのか」

どこかのんきな声音。考えなくともわかる、これは死神リュークの声だ。
生前は見えたことがなかったが、話を聞くと初めに月についたのがこの死神らしい。
諸悪の根源―――。
だが、当人はあまりどころか、全く気にしていないようだ。

「ん?お前、ミサを殺す気か?」

ばさばさと翼を肩にしまい、エルの隣に腰を下ろしたリュークは、
エルの手にしているデスノートを見てそう言った。その口調は、どこか楽しげだ。
自分の憑いている人間が殺されそうになっていても、よく平気なものだ―――エルは一瞬そう思ったが、
この気まぐれな死神にとっては、ミサどころか、月ですら本当はどうでもいいのだ。
退屈だから、人間界に来ただけ。
ミサが死んだとて、次にノートを手にするのが99%月である以上、
彼にとっての問題はないのだ。

「・・・・・・・・・いいえ」
「ククッ。まぁ、それが正解だ。ミサを殺したら、お前もただでは済まないしな」

ただでは済まない―――。
そうなのだ。諭される形になったエルは、デスノートをしまうと膝を抱えて眼下を見つめた。
死神にとって、人間への恋愛感情はご法度だ。
ましてや、それを理由にデスノートを行使すれば―――。
死どころではない、その先は"無"だ。
たかが嫉妬ごときでデスノートを使うのは、自殺行為といえた。

「・・・別に、罰則一級なんて怖くないんですけどね」
「ほう?じゃあ、なんでだ?」

あんなに憎らしいんだろ?とは、感情を煽る彼なりのからかい方。
確かに、殺してやりたい。だが、死にたくないわけではなくとも、月とは離れたくない。
・・・とは、さすがにこの死神には言えない。

「・・・・・・」

何も言えず、ただ黙って夜景を見つめる。
隣からは、シャクシャクと瑞々しいリンゴが砕かれる音。
急に、腹が減った気がした。
だが、まさか菓子を取りに部屋に戻るわけにもいかない。

「なぁ。お前、本当に月が好きか?」

彼にしては、珍しく真面目な声に、
エルは改めて男のことを考え始めた。あんな性格の悪い奴が、とはリュークの声だ。

「・・・わかりません。8割方、キライですよ、今でも」

そう、嫌いだった。
まず、第一印象が悪すぎた。先入観でも、9割キラだと決め付けた時点で、
キラへ抱く憎しみは月への憎しみとなった。
何を考えているかわからない瞳の色も、気に食わなかった。
世界的名探偵"L"に対し、少しも臆せず相対したのが、気に入らなかった。
ポーカーフェイスで、周囲を騙し続ける悪質な男。
嫌いだった。だからこそ、疑いも晴れなかった。

「嫌いなのに、好き、なのか?」
「:・・・・・・・・ええ」
「・・・人間って、理解に苦しむぜ・・・」

当然だ。自分にもよくわからないのだ、人間を観察し始めてたった1、2年の死神にわかるわけがない。
いや、正確には、エルもまた死神なのだが・・・
とにかく、リュークは首を傾げた。

「月も、殺したいけど死なせたくない、とかなんとか言ってたしな。・・・人間って、ぜんぶそうなのか?」
「・・・違うと思いますよ」

本当、複雑だと思う。だがきっと、こんなわけのわからない感情を抱くのは、
自分達が普通の生活を送ってきていないからだ。
憎い。殺したい。その一方で、
傍にいたい、愛したい、愛されたい。
どうして、こんな矛盾した感情が持てるのだろう。
胸が、苦しかった。
死神のくせに、こんな痛みを感じることができるなんて。

「・・・一番なのは、私が月くんの目になれればいいんですけどね・・・」
「ククッ。やってみるか?これは三級だぜ」
「それは別に構いません。既に二級の罰を受けている身ですから」

知っているでしょう、と目をやれば、ククッとまた笑うだけ。
ああ、そうだ。この死神はきっと、いやおそらく、生前の自分と月の行為を目にしている。
そう考えた途端、顔が染まるほどの羞恥をエルは覚えた。
本当に、馬鹿なものだ。
誰も見ていないから、と口にする月に、まんまと騙された。
騙され続けて、羞恥も忘れて全てを晒してしまった。

「・・・・・・」
「ん?どうした?」
「・・・いえ、なんでも・・・」

ますます、顔を俯かせて。
極力、赤面してしまった己の顔に、気づかれたくなかった。
幸い、リュークはそれを気にかけるほど繊細な死神でもなかった。
ただ、リンゴを芯まで飲み込む音だけが聞こえていた。
月明かりと、そして眼下のネオンサイン。
気を紛らわせるように、エルはそちらに意識を傾けた。

「・・・んお、もうこんな時間かぁ」
「リューク?」

ふいに何かに気づいたように顔をあげ、
それからのっそりと立ち上がるその死神に、
エルは思わず声をかけた。
もう、行ってしまうのか―――。
つい、そんな言葉が出そうになって、そんな自分をエルは笑う。
孤独など、慣れていた。
たった1人で、一抹の哀しみに浸ろうと思っていたのに、
この死神が来てしまったおかげで、
かれがいなくなるのが少しだけ寂しい気がした。
たとえ会話が弾まなくとも、
傍にいるだけで伝わるものもある。相手が人ではなく、こんな死神でも、だ。
相変わらず、何を考えているのかもわからない、
そんな存在だったけれど。

「生憎と、俺はたとえ五級でも罰は受けたくないんでな。」

ニィ、と笑い、ばさりと広げられる翼。
そうなのだ。人に憑くことで人間界にいることを許されている彼は、
当然その人間から離れて長くはいられない。
そういう規則なのだ。
だから、ここでエルがどんなに引きとめようとしても、
無駄なのだった。
気まぐれな死神は、
やはり気まぐれに自分の心をかき回し、そして去っていった。

まったく、たちの悪い死神だ。

「・・・リューク、・・・」

思わず伸ばした手は、当然かれに届くはずもなく、
さっさと階下に降りていったリュークを
エルは再び1人で見下ろす。
胸に去来するのは、何かがぽっかりと空いたような虚無感。
きっと、こんな気持ちなのだろう、と思った。
もし、あの男が死んで、そして自分だけが永遠の命を生き永らえたとしたら。
生きる意味なんて、見つからない。
生きている価値すら、わからない。
だから、そんな退屈な生を生きるよりは、
エルは2級という罰をこそ喜んだ。彼と生き、そして共に死ぬ。
それが、哀れな自分に与えられた、最後の慈悲。

「―――・・・・・・」

伸ばした手を、漸く引っ込めようとして、

「僕より、そんなヤツのほうがいいのか?」
「・・・・・・、ラ」

驚いた。
からかうような声音。別段怒っている風でもないそれは、
他でもない、夜神月という男のものだ。
もちろん、それはエルにとってひどく聞き慣れたものであるから、
疑う余地などないのだが、
それでもエルは自分の耳を疑った。
どうして、かれがここにいるのだろう。

「・・・どう、し、」
「もちろん、お前を迎えに来たに決まっているだろ」

迎えに?自分を?
だが、彼はあの時、確かに弥海砂と共にあったはずだ。
ああなれば、たとえ月の本意ではなくとも絡みついてくる彼女を振り払うのは困難で、
実際、そういう状況も少なくはなかったから、
だからこそ、今ここに彼がいるのが奇跡のようだ。
月明かりに浮かぶ彼の整った顔立ち。
いつだって、魅入られる。
静かに近づいた月は、す、と手を伸ばした。
他の女に触れた手のくせに、と振り払おうかとも考えた。
だが、そうするには彼を求めすぎていた。
簡単に月の腕の中に収まってしまうと、エルは深々と溜息をついた。
もちろん、月に対しても、そして自分に対しても、だ。

「・・・ミサさんは、いいんですか」
「ああ。平気さ。僕が、お前よりミサを選ぶわけがないだろう?」

ふっ、と笑いが込み上げた。
まったく、その言葉を上手く実行できたことなんて、そうそうないくせに。
いたって真面目にそれを耳元で紡ぐ月に、苦笑する。
本当に、困ったものだ。
大量殺人犯、キラ。気に入らない男。気に食わない男。
嫌いだった。そのはずなのに、惹かれていた。
気づけば、抜けられない関係になっていた。どこで間違って、こうなったのだろう?

「風邪ひくぞ。―――中に入ろう」
「・・・死神が病気になるわけないでしょう」

ボソリとそう言うものの、手を引く男の熱はにわかに離れがたい。
少しだけ繋がる指に力を篭めると、それ以上に強く握り返される手のひら。
離れられなかった。
突き放すことすらできなかった。
ただ、導かれるままに部屋に戻ってしまう自分がいた。

「・・・なんででしょうね・・・」
「ん?」

振り向く月を、エルは改めてまじまじと見つめる。
嫌いなくせに、好き。憎らしいくせに、離れられない。
我ながら、わけのわからない感情。
リュークの言う通り、人間は理解に苦しむ生き物だと思った。
自分で自分のことすら、理解していないのだから。

「・・・月くん」
「なに?」
「好き、って、言ってください」

唐突な、あまりに唐突な、注文。
けれど月は、少し驚いたような顔をするだけで、すぐにエルを胸に引き寄せた。
強く、抱きすくめられる背。そう、誰にするよりも、強い力。

「・・・好きだよ、エル。愛している」
「・・・ありがとうございます」

それは、死神エルをこの人間界に留まらせる唯一の言葉。
この言葉の為に、自分は全てを捨てた。
全てを捨てて、今、彼の傍にいる。
そうして、これからも。彼の心臓が鼓動を止める、その時まで。

・・・幸せなのか、それとも不幸せなのか、
自分でも、わからなかった。















「・・・幸せだろ?少なくとも、お前は、この状況を逃げ出したいとは思っていない」
「それこそが、不幸なんですよ。泥沼に溺れて、それで心地いいなんて」
「・・・・・・本当に、人間ってのはよくわからないな・・・」

まったくだ、と思う。
もう少し単純なら、これほど苦しまずに済んだのに―――。





end.





Update:2006/10/21/FRI by BLUE

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