雨に沁みる。



―――ああ、しくじったなァと、朦朧とした頭の中でだけ呟いた。



南池袋の、裏通り。
人々が多く行き来する池袋の中でも、そこは建設中に大元会社が潰れ、
放置された工事中のビルや、人が寄り付かないような空気を纏った場所だ。
そんな場所の物陰、壁際に追い詰められた折原臨也は、
大した抵抗も出来ずに数人の男たちに犯されていた。
己の営む情報屋稼業の一環で向かった取引先。懇意である粟楠会の下請けだと聞いていたから、
少し油断していたかもしれない。
飲まされたのは、麻薬だ。しかも、
媚薬を盛られて屈辱的にイかされたという可愛げのあるものではない、
ただ、純粋に、体内で感じる刺激を増幅するクスリ。
快感ならば耐えがたい程の熱情に狂わされ、苦痛ならば普段感じたこともない激痛に悶える羽目になる、
最低最悪のシロモノだ。
きっと、情報を盾に、脅しめいた挑発をしたことに逆上したのだろう。
・・・あれは、ただ、懲らしめるためなどではなく、おそらく本気で殺すつもりだった。
案の定、快感を与えようなどという意思はどこにもなく、
臨也のそれは冷たい外気に晒されたまま、
目隠しをされ、両腕を拘束され、ただ屈辱的に、脚が折れる寸前まで無理矢理に開かされ、
そうして、突っ込まれた。
吐き気に襲われ、喘ぎ悶える口許も、煩いとさるぐつわを咥えさせられ、
慣らしもしていない内部に男の暴力的な欲望が乱入する。
引き裂かれるような激痛は、臨也の脳を灼き、
生理的な涙が零れた。もはや既に意識はまともに機能していない。
ただ、自分がゴミのようだと思った。
意思など関係ない、ただの性欲処理の玩具。彼らにとって、壊れれば捨てて次を探すだけの、
そんな、大した価値のない存在。
そうして、意識すら霞む強烈な痛みの中、ぼんやりと肌に感じた、冷たい雫。

あ、め?

ぱたぱたと、頬を、背を、脚を濡らすそれは、
重ったらしく低い位置にある曇り空が、憐れな慰み物にくれた贈り物だったのかもしれない。
次第に激しくなる雨に打たれながら、下肢の奥に受け入れた穢れた男のそれは、
シャワーの様な冷たい雫のお陰で、それほど嫌悪は覚えなかった。
頬を打つ冷えた雨。
男たちの穢れた欲望も、己の血でどろどろになった肌も、すべてを清めていくそれに、
臨也は安堵したように目を閉じた。
動けない。
男たちが忌々しげに舌打ちをして去っても、
臨也は死んだように動かなかった。
剥ぎ取られた下肢はそのままで、力が抜け、憔悴しきった表情で投げ出す身体。
傍目から見れば、完全に死体のようにすら見えただろう。

しばらくは、何も考えたくなかった。
まだ体内に燻ぶる強い刺激を求める熱だとか、全て忘れてしまいたい。
どうせ、こんな雨の中だ、誰も来るはずなんかない。
だからといって、今の時期は冷え切った冬ではないから、このまま眠ってしまっても
凍死することはないだろう。
どうせなら、このまま一眠りしてしまって、
クスリの効果を散らしてしまったほうが動きやすいだろう、と、
臨也は犯され、投げ捨てられた体勢のまま、コンクリートの冷たさに頬を寄せる。

ふ、と。

ときたま己を襲う負の感情が、ジワリと胸の内に広がってきた。
負の感情、それは、すなわち、こんな己の生き方を問う声。
ああ、本当に、反吐が出そうだ。
情報屋なんて、ホント腐り切った仕事だ。
仕事?まともな仕事とは到底思えないモノに首を突っ込んで、
こうして、犯し、犯され、敵を作り、恨みを買い、
一歩間違えればこうして蹂躙され、下手をすれば野たれ死ぬような馬鹿げた稼業。
他人を貶めて貶め抜いて得る金になど、一体どれほどの価値があるだろう?
くだらない、くだらない、くだらない。
汚らわしい、反吐が出る、
こんな、ピラミッドの底辺の底辺を這いずりまわる様な生活をして、
何を得た?何が喜びだった?
ああ、人間は大好きだよ、中身はみんなドロドロで、汚いモンばっか持ってるのに、
皆澄ました顔で、何食わぬ顔で、素知らぬ顔で生活してる、とか。
そんなギャップを見せつけられるたびに、いっそ哂えてくる。
そうだ、俺をいましがた犯してた奴らだって、
俺が挨拶に来たあたりの時は、かなりの紳士だったんだぜ。
人間の多面性、って、面白いよね。
俺にとっての永遠のテーマ。
表と裏の顔、多面性、沢山の仮面、ペルソナ。

それが多分、俺が人間を好きな理由。

・・・と、

「・・・・・・臨也、?」

カツカツと靴の音がした、と思った瞬間、
頭の上から、何やら男の声が降ってきた。
臨也は、目を閉じたまま、意識だけその声に傾けた。
体力は限界で、指一つ動かせず、見降ろす男の顔すら拝めない。
でも、気配だけは辿ってみる。
―――ああ、シズちゃん。
少しだけ、表情を緩めるつもりで、顔が引き攣れた。
やばい、やばいな。
さぁて、シズちゃんはこの状況、どうするだろう?

「死んでんのか?」

足を出して、横向きに蹲っていた臨也の肩を、軽く蹴り飛ばす。
ころんと倒れ込んだ臨也は、そのまま仰向けになり、けれど憔悴しきった表情を崩すことはなかった。
まるで、本当に死体のよう。微かに、ほんの微かに上下する胸を覗けば、
今の臨也の身体は、ほとんどの生体反応を受け付けなかっただろう。
さて、これからが見ものだ。
このまま、自分の息の根を止めるか?
それとも、勝手に野たれ死ね、とこのまま立ち去る?
はたまた、さすがに紳士なシズちゃん、見捨てるのも忍びなくて新羅でも呼んでくれるのか?
胸の内だけで、期待に疼く心を押さえながら、
けれど、臨也は相も変わらず、死体のように転がっていた。
深々と降ってきた冷たい雨。
静雄も、今日は傘をさしていない。
珍しい。彼が、弟のくれた服を汚す雨の中にいるなんて。
本当に突然の雨だったのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

静雄は、沈黙していたから、目も開けていない臨也には、
彼が何を考えているのか見当もつかなかった。
だから、次に彼が自分に触れてきた時、何をされるのかなんて考えられなかった。
欲情したのかもしれない、下肢を晒したまま、血や精液、泥に塗れた、屈辱的な姿の自分に。
それならそれで構わない、このまま犯してくれて構わなかった。
正直、あれほど穢れた男共に犯されるより、
静雄のほうがマシだった。
この世で一番大嫌いな男。そんな相手とのセックスのほうがいいなんて、
頭がおかしいとは思うけれど。頭がおかしいのは今更だ。
それに、静雄とは、もう6、7年の付き合い。
大嫌いな相手でも、腐れ縁で繋がっている分だけ、あんな男共よりは、少しだけ、心が許せた。
目を閉じたまま、気配を追う。
触れてきた掌は、存外優しかった。
なんだよ、シズちゃん。
別に、同情してくれなくていいんだよ?ていうか、気持ち悪いしさ。
いつものように、ざまぁ、って顔してさ、
いい機会だぜ、って言って、このまま踏みつけてくれていいのに。
優しく、するな。
そんなシズちゃんに似合わない事、

「・・・っ、」

不意に、身体がふわりと浮くのを感じた。
持ち上げられている。それも、軽々と。広い肩に乗せられて、そうして尻を抱えられる。
待て、ちょっと待てよ。
ジタバタと暴れたかった。だが、今は、タヌキ寝入りの真っ最中。
ていうか、身体ひとつ動かすのも億劫だったから、
抵抗する気力なんてこれっぽっちもない。
静雄は、一体どういうつもりなのだろう?
警察に引き渡す?
それとも、俺の事務所に帰してくれんの?
それとも、・・・それとも、

「ったく・・・見苦しいカラダ晒してんじゃねーよ・・・環境破壊だろ」

ああ、めんどくせぇ、と呟きながら、静雄はゆったりと坂を歩んだ。
臨也はちらりと目を開けて、静雄の歩む方向を見やった。・・・向かう先は、明らかに静雄の家。
冷たい雨で冷え切っていた身体に、沁みわたる静雄の背の熱さといったら。
やだなぁ、最低。
感じてしまった。まだ、クスリの効果、残ってンのかも。最悪。
けれど、止まらない。
一瞬だけでも、静雄の熱を心地いいと思ってしまった、それがすべての罪の始まり。
そして、それが、脳髄の灼き切るほどの悦楽のハジマリだ。

少しだけ、身体が震えた。
彼に気づかれないように、そっとシャツの皺にしがみついた。
ホント、最悪。

「・・・・・・タヌキ寝入りしてんじゃねぇ、このノミ蟲野郎」
「あ・・・ッハ、ハハ。ばれた?」

イライラと口にする静雄の口調から、最初からバレてたと遭えなく発覚。
ああ、ちくしょう。
シズちゃん、責任取ってよね。
今日は、もう絶対に離さない。俺のクスリが抜けるまで、とことん付き合ってもらうから。
覚悟してよね?

「目ェ覚めたなら、さっさと降りろ!ノミ蟲!」
「嫌だね」

べとりと、冷たい雨にぬれたシャツにしがみついたまま。
その奥の、彼の熱をひたすらに辿る。
ああ、熱い。コーフンするよ、シズちゃん。

「っ!臨也、テメェ!!」

だから、無理矢理身体を投げ飛ばそうとする静雄に、
臨也はお仕置き、とばかりに己の靴で彼の股間を蹴りあげた。
無論、びくともしなかったが、静雄の雄に強い刺激を与えることには成功した。
ぐりぐりと、泥と雨に汚れた靴裏で刺激してやれば、辛うじてズボンの下で収まっていた静雄の凶器が、
むくりと目を覚ます。
ああ、楽しい。この男は、本当に欲のコントロールが効かなくて。
楽しすぎる。

「・・・テメェ・・・弟にもらった大切な服を・・・」
「シてよ」
「殺す!」
「だからさぁ。ヤり殺してよ?」

それなら、本望でしょ?と甘く耳元で囁いてやれば、
びくりと身体を震わせる静雄。ハハ、可愛いよ、シズちゃん。
俺が挑発すれば、簡単に血が上る。行動パターンも読める。単細胞で、馬鹿で、単純。
ほら、馬鹿とハサミは使いよう、っていうじゃない?
だからさぁ、シズちゃんは、やっぱり俺の玩具じゃなくちゃ。

「ふふ。可愛いよ、シズちゃん」
「キメェ!」

どさりと壁に押し付けて、もはや我慢できないとばかりに己自身を取り出す静雄に、
フフ、と笑みを浮かべて。
こちらも、大して余裕のある態度をとれない臨也は、
静雄に顔を見られないよう肩口に顔を埋め、
彼の雄を両手で包み込んだ。





end.





臨也は強姦が似合います。
シズちゃんは見かけたら、なんだかんだで助けてくれると思います。
ああ、紳士だなぁ。でも、素直になれないシズイザでしたw

ていうか・・・ただヤり捨てられて、
雨が降ってきて、ボロ雑巾のようになってる臨也が書きたかっただけなんです。
この脳内イメージ、誰か絵にしてください!!!
お願いします。






Update:2010/05/06/WED by BLUE

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