硝子の破片



事が終われば、ぬくもりはすぐに過ぎ去ってしまう。
互いが交わった証の、シーツに散った熱も温かさも、あと数分もすれば、冷たく乾いていくのだろう。
そんなことをを考えながら、セフィロスはシーツに顔を埋めていた。
傍には、誰もいない。
つい先ほどまで愛を交わしていたはずの存在は、既に寝台に立ち、シャワー室へと消えている。
ザァザァと鳴る水の音が、彼の存在を告げていた。

クラウドは、行為が終わるとすぐにシャワー室へと消えてしまう。
それは、他の女の時でもそうなのか、自分だからそうなのかよくわからない。
けれど、やはり、
終わった後も少しは余韻に浸っていたい、というのが本音なわけで。
すぐに去られると・・・・・・、やはり寂しいのだ。
もう乾き始めたシーツをぎゅっと握り締め、セフィロスはそらんじるように瞳を閉じた。
あと数時間もすれば、夜明けと共に始まる現実。
クラウドは、遠征部隊の一員として、片道3週間もかかる遠い所へと行ってしまうのだ。
1ヶ月どころか2ヶ月近くは会えないであろう彼が、けれどいつものように平然と自分を抱き、そして離れていく様が、無性に哀しかった。
自他共に認める遊び人である彼が、自分に向ける想いなど皆無なのかもしれない、とふと思う。
例え、事実そうであっても、せめてあからさまにそういう態度を見せて欲しくなかった。

「・・・何?あんた、まだ寝てなかったの?」

気付けば、ビール片手に風呂上がりのクラウドが、自分を見下ろしていた。
・・・眠れるはずもない。
あと数時間足らずしかない共にいる時間を、どうして夢の中で過ごせるだろう。
けれど、セフィロスのそんな想いは、口に出せるはずもなく碧の瞳からこぼれる雫と共に、シーツへと染込んでいった。
「・・・なんで、泣いてんの?」
意外そうに問う声と、自分の顔を覗き込む彼の姿。
クラウドに言われて、セフィロスは初めて自分が泣いていることに気付いた。
泣くなど、女子供のすることだと思っていた。
ましてや、好きな男の前で泣いてる女なんか、最低だと思っていたというのに。
それなのに、考えれば考えるほど涙が止め処なく溢れてくるのは何故だろう?
セフィロスは覗き込むクラウドの顔を見つめたまま、身動きすら出来なかった。
「・・・SEXの後になく奴なんか、初めて見た。―――――嬉しいの?」
「―――――っ!」
無責任はクラウドの言葉に、怒りさえ覚える。
何も、嬉し泣きする要素など一つもないというのに。
悲しくて、悲しくて、哀しくて、
それが溢れて涙がこぼれたというのに、
ちっともクラウドは気付かない。気付かないふりばかり。
咎めるような視線を向けると、クラウドは肩を竦めた。
「じゃあ、何?折角明日から遠征だってときにわざわざきてやってんのによ。・・・気分悪い」
吐き捨てるクラウドに、何も言い返せず押し黙る。彼の言葉は、反論も抵抗も失わせる力を持っていた。
言いたいことは山ほどあるのに、結局は何も言えずに、心の澱となるだけ。
そうして、自分と彼との心の溝を実感するのだ。
何も言わないセフィロスに大げさにため息を吐いて、クラウドは腰を上げた。
ソファに無造作にかけていた上着を羽織る。
「俺、帰るぜ。邪魔したな」
固まるセフィロスに一瞥をくれて、クラウドの手はドアノブに伸ばされる。
それに力が込められた時、セフィロスは思わず声を上げていた。
「まて・・・!」
なんとか搾り出した声が、クラウドの背を打つ。
ゆっくりと振り向く無表情に促され、セフィロスは自分から心を白状しなければならないことを悟った。
知らないうちに、声が震える。
「・・・・・・てくれ」
「何?」
「俺が・・・起きてる間は・・・ここに・・・・・・っ!」
つかつかと歩み寄ったクラウドが、青年の頬を包み込む。
うつむき加減の顔を上げさせられ、セフィロスは顔を顰めた。
「あんた・・・・・・寂しいの?」
静かな声が、暖かな手と共に降ってくる。
気まぐれに掛けられる優しげな声音は、セフィロスの心を麻痺させるのには充分だった。
自分に対して何らかの感情をぶつけられるのが嫌いだといっていた彼。
わかっていたはずなのに、セフィロスは手を伸ばす。
クラウドの背に到達すると、セフィロスは力のままにクラウドを引き寄せて寝台へと倒れこんだ。
「・・・珍しいじゃん。あんたから誘ってくんのはさ」
からかうように笑って、近づいた唇に、頬に、ついばむようなキスを寄せる。
ぴったりと密着する体が、互いの鼓動を伝えていた。
「さっきので、足りなかった?」
「・・・っ」
羞恥に顔を染めながらも、セフィロスは必死に手を伸ばす。
たとえ勘違いされてもいいから、軽蔑されてもいいから、
せめて今だけは彼の存在を繋ぎとめておきたかった。
自分からクラウドが離れていくなど、考えられない。・・・考えたくない。
だから、せめて自分の寝ている間に行って欲しかった。
「クラウド・・・」
名を呼び、今だ彼の肩を覆っていた上着を震える手で取り去る。
されるがままのクラウドが、耳元でくすりと笑った気がした。
「・・・今度は、あんたがしてくれるんだよね?」
人懐っこい表情だというのに、あからさまに冷めた青の瞳が胸に突き刺さる。
どんなことをしても、彼にとって自分はなんの地位も示さないのか。
セフィロスは唇を噛み締めながら、それでもクラウドへの愛撫を続けた。
胸の痛みを、感じまいと目を逸らしながら。




そうして1ヵ月後のセフィロスの手に渡された報告書。
目を疑うような衝撃に、彼は言葉を失った。




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