眠れる森



 自分が人間ではなくなってしまったことを改めて感じる。
 ・・・あれから、10年が経った。
 あの悪夢の日から、自分の周りも自分も本当に変わってしまったけれど、
 ふと鏡に映る自分自身を見て、クラウドは顔をしかめた。
 あの頃と変わらない、16の歳のままの自分の姿。
 当時から大人びていただけに10代に見られることはなかったが、クラウドは知っていた。
 自分の体が、時を刻んでいないことを。




 このことを考えると、クラウドは決まって恐怖心に襲われる。
 小さい頃は人と違うことをかっこいいと思える時期もあるものだが、
 クラウドはそのせいで迫害を受けてきた。
 考え方の違い、思想の違い、立場の違い。
 それだけで異端として扱われていた自分が、今人間と完全な隔たりを持つ―。
 恐怖でしかなかった。
 自分が知る者達―彼らが死ぬ時も、自分はこの姿でなお地上に留まるのか。
 それとも、想像もつかない死が自分を襲うのか。
 どちらにせよ、人間としての生から取り残されてしまったのは事実だった。
 人間は、年を重ねながら死に向かって歩いていく。
 それは一見恐ろしいことだが、結局、皆が皆そうなのだ。
 だからこそ、人間は脅えながらも、死を見据え、限りある命を全うしようとするのだろう。
 だが、自分は?
 かの科学者ガストが発見したジェノバ。
 それが仮死状態になっていた理由は何だ?
 星にさえ受け入れてもらえなかったその細胞は、今も自分の中に。
 流れていく時の中で止まったままの自分は、これからどうなっていくのだろうか。
 誰もいない荒野でただ1人立ち尽くすような気分になって、気付けばクラウドは自分の体を抱き締めていた。
 「おい。・・・めしだぞ」
 はっと声のした方に顔を向けると、後ろに結わえた銀の髪をさらりと揺らし、同居人が部屋に入って来ていた。
 「セフィ・・・・・・」
 そうだ。
 彼もまた、流れる時から取り残された1人だった。
 5年前のあの日、胸が引き裂かれる思いのまま剣で貫いたはずなのに、
 星に還ることもかなわずまたこの世界に舞い戻ってきてしまった白い羽根の天使。
 彼を見る度に思う。
 人間として育てられ、しかし人間とはあまりにかけ離れていた彼が、
 10年前、初めて自分が人間ではなかったことを知った時。
 彼もこんな、いや、これ以上の苦しみを味わっていたのだろうか。
 そして、誰もいない暗いあの部屋で、セフィロスは狂った―。
 当然のことだったのかもしれない。
 自分も、多分同じ状態になっていただろうから。
 クラウドは一瞬セフィロスを見上げると、手を伸ばし、彼の体を引き寄せた。
 突然の事に驚く体を抱き締め、肩口に顔を埋める。
 彼の鼓動と熱さが伝わってきて、クラウドは目を細めた。
 「・・・っ!クラウド、なにを・・・」
 「あんたが、」
 クラウドはそこで切ると、背に回した腕に力を込めた。
 いつになく強引なそれに、セフィロスは眉根を寄せる。
 「・・・欲しいんだ。今、すぐ」
 「なっ・・・・・・」
 セフィロスが驚いて目を見開く間に、背を伸ばして唇を重ねる。
 クラウドの突然のキスに始めは抵抗こそしたものの、ぎゅっと抱き締められる感覚と絡まる熱い舌に、セフィロスはだんだんと力を失っていった。
 傍らのソファに座り込み、互いに視線を絡みつかせながら、キスを交わす。
 離れては重ね、重ねては離れ、を繰り返す2人は、その度に深さを増していった。
 「ふ・・・っあ・・・」
 唇の合間から、甘い吐息がこぼれる。
 ゆっくりと離れた2人は、しばしの間互いを見つめ合った。
 「やれやれ・・・仕方のない奴だ」
 セフィロスは肩を竦めると、ソファを立った。
 「・・・鍋の火を止めてくる」
 「ああ。早く来いよな」
 クラウドはひらひらと手を振ると、窓の外を見やった。
 日はもう落ちかけていて、すぐに夜が来るのだろう。
 あと1ヶ月もすれば、今年も終わる。
 クラウドはカーテンをぴっちりと閉めると、ベッドサイドのランプを灯した。
 このまま、何もしないでも時は過ぎていく。
 その中で、取り残されるのが自分だけでなくて、本当に良かったと思う。
 彼が―セフィロスが、自分の傍にいてくれることに、クラウドは心から感謝した。
 死ねない体を持て余して1人で生きるのは、あまりにつらすぎるから。
 戻ってきたセフィロスの手を取り、クラウドはベッドの端に座らせた。
 かすかに頬を朱に染める様を見ながら、腕をセフィロスの頭に回す。
 もう一度口付けながら、手は髪を梳くようにして結わえていたゴムを外した。
 さらさらと流れる絹糸のような髪が、白いシーツの上に広がる。
 体を投げ出すようにしてベッドに横たえられたセフィロスは、クラウドをまっすぐに見据えていた。
 けれど、その碧の瞳は、心配そうに揺れて。
 「クラウド・・・どうしたんだ?」
 ゆっくりと腕を上げて、クラウドの頬に触れる。
 けれど、クラウドは首を振った。
 「ん・・・大丈夫。あんたが、いるから」
 セフィロスの温かな手に自分の手のひらを添え、そのまま指を絡める。
 彼の手を握ったまま片方の手で開いた胸元を撫でると、小さく息を詰める声が聞こえた。
 「ねぇ、セフィロス。俺が死ぬときまで・・・傍にいてくれる?」
 「な、にを・・・」
 驚いたセフィロスに、小さく笑いかける。
 「それだけ、心配なんだ。あんたも・・・俺も。いつ死ぬか・・・わかったもんじゃないから。だから、どうしても俺はあんたの傍にいたい。そう思うと・・・さ。あんたが欲しくなるんだ。・・・ごめん」
 クラウドは、肩口に顔を埋めた。
 その金髪を、セフィロスの手がゆっくりと憮でていく。
 「・・・謝らないでいい・・・オレも・・・欲しいから・・・」
 「セフィ・・・」
 セフィロスの体から、衣服が離れていく。
 クラウドの体を憮でていく手に息を弾ませながら、セフィロスもまたクラウドの来ていた服を脱がそうとした。
 おずおずと背に伸ばされる腕に、くすりと笑う。
 「・・・好きだよ、セフィ」
 言葉と共に、素肌の背が抱き締められる。
 クラウドの腕の中はいつになく暖かで、セフィロスは目を閉じた。
 いつかは、死が訪れる。
 それはいい。自然の摂理なのだから。
 けれど、願わくば―。
 こんな安らかな気持ちで逝けますように。
 そして死ぬまでは、ずっとこうしていられるように。
 互いに同じ想いを抱きながら、2人は秘めやかな行為に身を委ねたのだった。








***END***

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