カミサマ。



「もし神様が優しかったら。」


きっと、俺たちはとっくに死んでいただろうよ。
なぁ、そう思わないか、セフィロス。


死んだほうがマシだと何度思ったか分からない
愛する者を手にかける苦痛は、きっとどんな痛みよりつらいだろう
けれど、運命は2人を対峙させ、逃げ出すこともできない
足が、―――足が動かないんだ。
剣が、―――手から離れないんだ。
こんな武器さえ持っていなければ、あの時あんたを両腕で抱き締められたかもしれないのに。

けれど、どうせ。
あんたは、正気になんて戻ってくれなかっただろうな。
俺を映さない、ガラスのような碧の宝玉。
とっくに破綻していた俺の恋心は、それを認めるつもりなんかハナからなかった。
なぁ、セフィロス。
俺はその時、始めてわかった気がしたんだ。
俺は、ただあんたを殺したかったから、そこに立っていたんだよね。










自分が組み敷いた男の身体は、数え切れないほどの傷痕を残していた。
クラウドの脳裏に残る彼の肌は、
白く、染みはおろか、数多の戦場を潜り抜けてきたにも関わらず傷ひとつなく、
大切に大切にされてきた機械人形のようだった。
けれど、今は、
治り切らない傷は赤く色づき、治ったものもそのひどさを物語る。
クラウドはそれを見下ろして、軽く目を細めた。

「・・・セフィロス」

別に、何の感情も湧かないわけではない。
傷のすべては自分があの時つけたものだ。優越感すら湧き起こる。
正気を失い、暴走した彼に"自分"を刻み込んだ。
その結果が、こうして壊れ果てた精神のままに自分を求めるセフィロスだというのだから、
運命とはなんと皮肉なものか。
そう、殺すつもりで、相手は死なずにこうしてなお生き続けていた。
いや、死んだも同然かもしれない。
その心はもはや残っていないのだから。
だというのに、あの瓦礫の岩穴から死にかけを拾ってきたクラウドは、
壊れたままのセフィロスを愛し、そして世話をし続けた。

今のクラウドにとって、セフィロスという存在は純粋な愛の対象ではなかった。
ただ、自分すら崩れていきそうな"今"を保つ楔のようなものか。
もともと、精神的に強いはずもなかった。
簡単にジェノバに付け込まれ、その意識を奪われた過去すらあるのだ、
愛する者を失えば、きっと壊れてしまう。
だから、
クラウドはあの時、自ら手にかけた男を連れ帰った。
愛されたいとも、愛したいと思ったわけでもない。ただ傍に置くことでなんとか理性を保つことができでいた。
そう、今更。
普通の愛し、愛される関係に戻れるわけもないのだから。
胸にわだかまる感情は、愛しさと、憎しみを持て余し、どうしていいかもわからない。
もし目の前の男の意思が残っていたなら、きっとまた同じように苦痛を与えたかもしれない。
歪んだ感情。
バラバラにして、壊して、めちゃくちゃにして。
そう、物言わぬただの人形にしたかった。これ以上彼の暴走を見ていたくなかった。
だから、殺した。
セフィロスが生き返るたびに、きっと自分はまた手にかけるだろう。
そして、壊れた人形の流す体液に塗れて、哂うのだ。

「セフィ」

男の名を呼ぶ。
応えが返ってきたなら、傍らのナイフで喉を切り裂くつもりだった。
だって、この目の前の存在は死人だ。
死人が生き返るなんて間違ってる。
何度か呼ぶと、うっすらと瞳が開かれた。
キレイな色のそれは、初めて会ったときからクラウドを魅了してやまない。
まともな意識などもっていない男は、
ただ目の前の金髪の青年の姿を写し、そして微笑んだ。
クラウドは息を呑む。
自分を誘う男の姿に、捕らわれる。
きつく肩を掴んで男の身体をシーツに押し付けると、セフィロスは熱い吐息を洩らした。

「・・・ク」

掠れた声。なにかを紡ごうとした男の唇を、クラウドは強引に塞いだ。
聞きたくない。聞きたくない。
今更、殺した男の言葉など。
美しくない。人形に言葉なんていらない。
ただ自分のために微笑んで、そして"存在"していればいいのだ。
力ないセフィロスの舌を絡め取りながら、クラウドは強引に事を進めていった。
前への刺激もおざなりに、奥を探る。
当然だ。目の前の男を愛するために、こんな行為をしているわけではない。
"人形"に対する歪んだ欲望の捌け口。
愚かしいと言われれば、否定できない劣情を満たすために、
クラウドはセフィロスを抱いた。
指を内部に挿し入れる。やすやすと呑み込むその部分を強く刺激してやれば、
切なく眉根を寄せるセフィロスは膝を立てるようにしてクラウドの身体を挟み込んだ。
誘うようなその仕草にたまらなくなり、
膝裏に手を宛て、其の部分を目の前に晒す。
赤く熟れたような色を見せる其の部分に目を細めて、腰を持ち上げ、張り詰めた自身を宛がう。
興奮に乾いた唇を舌で舐め濡らし、強く腰を差し出すと、
堪え切れぬ嬌声がセフィロスの唇を割った。

「・・・あ、ああ・・・っ・・・」

壊れ果てていても、快楽は快楽なのか。熱い吐息を洩らすセフィロスを、クラウドは冷めたような感情で見下ろす。
だが、身体は熱く火照ったまま。
どうすればこの熱を止められるのか、クラウドですらわからない。
心は冷め切っているくせに、どうして男を求めてしまうのか、
それを考えるだけで頭が割れるようだ。
理性が一番冴えてくるのはこのときばかり。
壊れてしまった彼に対する自責の念や、過去のただ愛し合えた幸せな日々。
そんなものが頭を過ぎり、クラウドは眉根を寄せる。
今更考えても仕方ないそれらは、しかしすぐに繋がった箇所から立ち上る快楽に浮かされ、
クラウドは逆らわずそれに身を委ねた。

「・・・ん、あっ」
「セフィロス」

覗き込むと、ぱたり、と汗がしたり落ちる。
白い肌を濡らすそれに、自分が予想以上に熱くなっていることを知らされ、
軽く舌打つ。
こんな、・・・こんな、
自分を裏切り、殺そうとし、挙句の果てには利用した男に。
愛している?そんなんじゃない。
ただ、贖罪を求めているだけだ。身体を開いて、性欲の捌け口にして。
きつく腕を掴み、爪を立て、ときに赤い色で肌を濡らして。
苦痛を紡ぐ声音が、きっと何よりの快楽。
だというのに、セフィロスは苦痛どころか、もっと、と求めるようにその手足を伸ばしてくる。
どうすればいいというのだ。
散々敵対し、殺し合い、自分のすべてを奪ったくせに、
今頃になって自分を求めてくるセフィロスを、
許せばいいと?
その求めに応じて愛を紡ぎ、甘い言葉を囁いて大切に腕に抱けばいいと?
まったく、馬鹿げた感情に反吐が出る。

だが、
・・・一番そうしたいのは、他ならぬクラウド自身だった。





もう、終わりにしたかった。
憎しみ合うのも、殺し合うのも、愛することすら疲れてしまった。
今はただ、命が尽きる間際に、かれがいてくれればと。
いつ果てるともしれない魂で、そんなことを願うばかり。
ああ、天にまします我らが父よ。
いつになったら、この道化芝居が終わるのでしょう?
死にたくて、死ねない日々はただの苦痛でしかないのに。
お願いです、どうか。
二人で、その死を迎えられますように。
これ以上、我らの手が離れませんように。
そして、・・・これ以上、
苦しみませんように。










壊れた教会に、新しい神父が来る気配はどこにもなかった。
だが、こんな時代に祈りに来る人間がいるとも思わない。
今を生きる人間達は、日々の生活が手一杯だった。
メテオの襲来とホーリーの流出。星の崩壊は止められたにしろ、多大な影響を受けた地上。
別にそれを、クラウドは悔いていない。どうしようもないことだ。
破壊された屋根の隙間から、眩しい日差しが洩れていた。
クラウドは目を細めた。
こんな場所なんて、柄じゃないと思う。
神に祈るなど、今まで考えたこともなかった。信仰心すらひとかけらも持っていなかった自分が、
どうして今になってこんなところに来る気になったのか、
過去の仲間達が聞けばきっとバカにされるだろう。
毎日毎日、外に出るたびに足を運ぶ。
そうして、十字架に張り付けられた死にかけを見上げ、膝をつくのだ。

「天にまします我らが父よ」

言葉にできる祈りなんてなにもなかった。
心の中ですら危うい。
ただ、手を合わせ、祈る"ふり"をする。
そうすることで、自分の中の何かが落ち着きを取り戻す気がした。

「お兄ちゃん」

長い間そんなことを続けていた頃。
幼い子供の声が聞こえ、クラウドは顔をあげた。
まだ3、4歳くらいだろうか。手には白い花。その白さにクラウドはかすかに目を細める。
黙って立ち上がると、その子は自分に花を差し出してきた。

「お兄ちゃん、泣いてるの?」

・・・なんだって?
言われて、クラウドは初めて気付いた。
頬を伝う涙。泣いている自覚すらなかった。驚いたように子供を見やる。
差し出された花は、子供なりの慰めだろうか。
少しだけ笑みを浮かべて、それを受け取る。
小さな花は、節ばった自分の手の中で今にも手折れそうだった。

「・・・ありがとう。何かお礼をしなきゃだな」

ぽんぽんと頭に手を乗せてやる。
子供はくすぐったそうに身体を竦めると、またクラウドの顔を見上げた。
澄んだ色の瞳は、穢れを知らない者の証。濁ったような自分の目とは大違いだ。

「ねぇ、どうして泣いてたの?」
「・・・いや」

頬に残る涙を擦り、クラウドは顔を上げた。
悲しいことなんてないはずだった。
そんな感情すら、今のクラウドには凍りついたようなもので、
涙などとうに枯れ果てたと思っていたのに。
見上げた先には、十字にかけられたイエスの偶像。
神は、優しかった?
民の祈りを聞き、その手を差し伸べてくれたろうか。
いや、きっと。
それはお話しの中での物語。
クラウドは笑った。久しぶりに作ったその表情はぎこちなく、それでもどこか懐かしい気がした。




「神様が、残酷だからだよ」





end.




Update:2004/08/14/SAT by BLUE

小説リスト

PAGE TOP