花屋の2人。vol.1



「まいどーっ!またお越しくださいませーっ!」

威勢のいい声が通りに響いて、それを耳にした者たちは、皆口元を綻ばせた。
最近、イーストシティの商店街の一角にできた花屋は、金髪の見目麗しい青年2人が切り盛りしていた。
1人は人当たりがよく素直で、
何か困ったことがあればすぐに手伝ってくれるような気が効く青年。
もう1人は、片方ほど気さくなわけではなかったが、
いろいろと手際がよく、時には役に立つ薀蓄を披露してくれたりとなかなかに世話になっていた。
年の頃は20代後半あたりだろうか。
ほとんど中高年齢者が店を構える商店街で彼らの店は一際目立つものだったが、
店を開いてからすぐに周囲で人気者となった2人は、
商店街の中でそれほど浮くこともなく、上手い具合に溶け込んでいた。

「やぁ」

声をかけられ顔をあげると、店先に黒髪の男が立っていた。
年齢は青年たちとそれほど大差ない。
ついでに言えば、こちらも勝るとも劣らない見目の持ち主だ。
漆黒の髪の下に理知的な黒瞳。それは、街の者が信頼を寄せるに十分な光を放っている。
ロイ・マスタング。
当時26という若さで大佐の地位を得、今は東方司令部の司令官に納まる軍人である。

「あ・・・ロイ!」
「今日は早いな」

奥から顔を出した人物に、ロイはああ、と言葉を返した。

「どうしたんだ?」
「久しぶりに折角の早上がりだからね。どこかいかないかい?ほら、例えば」
「店?じゃあ、もしかして、あの店いける?」
「はは、そうだね。君が行きたいなら、少々遠いが、行こうか」
「よっしゃー!そうこなくっちゃな!」

ぱっと明るくなる金髪の青年に、ロイもまた口元を綻ばせた。
なかなかに素直な彼は、今ロイが一番目をかけている人物の1人である。

「そうだな・・・だったら、とりあえずこの作業だけは終わらせてから店を閉めるぞ」

手伝え、と花と花鋏みを渡され、
ロイはしょうがないな、とそれを受け取り適当に腰を下ろした。
ぱちり、ぱちりと花の枝を斜めに切り落としていく男の姿は、なかなか手際がいい。
昔は花屋なんてできるか、と言っていた彼を思い出す。
それが、3月もたてばここまで慣れてしまうのだ、おもしろいものだな、とロイは含み笑いを洩らした。

「・・・なかなか、板についてきたね」
「嫌でもそうなるさ。全く、まさかこんな仕事をさせられることになるとはな」
「いいじゃん。なかなか似合ってると思うぜ?俺」
「君もね。・・・よく似合ってるよ、その格好」

ははは、と笑われ微かに言われた当人の頬が朱に染まった。
シンプルなカットシャツにスラックス。その上の、膝下までの長いエプロン。
暑さのためかズボンの裾を捲り上げた姿は、なかなかに可愛らしい。
さりげなくもう1人のからかうような視線までを受けて、青年はムッとした表情を作った。

「ったく、早く作業しろよ、もう。店混んじまうだろっ!!」

怒ったような口調でそう叫び、それから隣店の店主と雑談をしつつ閉店の準備。
残った2人は一瞬顔を見合わせると、そんなフラガに吹き出すように笑った。

「ああまったく。可愛いね」
「見とれてないで、ちゃんと持っててくれ。余計な時間を食ってしまう」
「ああ、すまない。ま、急がずともいいんだがね。ちゃんと場所は確保してるよ」

余裕の笑みを浮かべるロイに、男は作業を続けながらちらりと彼の方を見た。
相変わらず用意周到な男だと思う。約束もしていないのに、もし自分達が断ったらどうしていただろう。
それだけ、強引な男だということか。他人の都合も考えず、与えたいものをただ与える。
だが、まぁ別に、自分にとって迷惑というほどではないのだからそれもいいだろう。
そもそも、世話になっているという自覚はある。

2人は、なんの因果か半年ちかく前からロイの家に居候していた。
波がかったくせのある金髪を肩まで伸ばした彼をラウ・ル・クルーゼ、
ぱたぱたとサンダルを鳴らして片付けをしている、
これまたくせのある金の髪を短く刈り揃えた青年をムウ・ラ・フラガという。
当時越してきたばかりだった1人暮らしの家が、彼らの訪れのせいで急ににぎやかになったのを、
ロイはよく覚えている。
本当は、その原因の一端はロイ自身にあったのだが、
当人はあまり自覚していないようだった。

「よし、出来たぞ」
「上手いな」

クルーゼの手には、センスよくまとめられた花束があった。
黄色の花を基調に、可愛らしい花々が下手に個々を主張することなく綺麗に収まっている。

「人はどこに適性があるかわからんものだな」

しみじみとうなづくロイに構わず、クルーゼは包装紙とビニールでそれを包むと、
レジの足下にあるバケツに立てかけた。
明日、朝一番で取りに来る客がいる。一晩くらいなら、花ももってくれることだろう。
よし、と立ち上がると、丁度そのときフラガが戻ってきた。

「こっちは終わったぜ。お、そっちも終わったようだなっ」
「窓の戸締りも確認したか?」
「勿論。」
「じゃ、いこうか」

店のシャッターを下ろして、鍵をかける。
「お疲れさまー!」というフラガの声音が往来に響き、周囲からも口々に声が投げかけられた。
こんな明るさが、本来の異端の空気を払拭しているのだろう。
ロイは満足げに笑った。

「なかなかの人気だな、君たちは。知ってるかい?地元誌で、この店が取り上げられてたよ」
「へぇ。そりゃ嬉しいな」
「婦人方にもえらい人気のようだからね。まったく妬けてしまうよ」

そう評した時、すれ違いの女性に手を振られ、ロイは丁寧に手を振り返した。
元々、ロイはとくに女性に人気が高い。
だが、彼1人で十分に目を引くのに、プラスこれまた見目よい金髪の若者が2人がついているのだ、
最近では彼ら3人の歩く姿はこの通りの一つの名物にまでなっていた。
事実、周囲の女性からは誰ともなしに視線を感じる。
フラガは肩を竦めた。

「なに言ってんだよ。あんただって、よっぽどモテてるだろ?」
「確かにね。でも幾分かは君達に取られた気がするよ。ああ、切ない。世の女性たちは私のものなのに」
「で、世の女性の敵もまたお前、と言うわけだな。まったく、可哀想なものだ」

頬に手を当て、心底残念そうにため息をつくロイに、呆れたようにクルーゼは冷めた声を洩らす。
それからしばらく不毛な争いを続けていた2人+1人は、
気付けば目的地に到着していた。
以前、雑誌か何かで紹介していた。フラガが行ってみたいと騒いでいた店だ。
3人が足を踏み入れると、すぐさまボーイがテーブルへと案内する。
やはり直接予約を入れたロイの地位の高さからか、確保されていた席はなかなかの上等席だ。
暗く落とされた照明に浮かび上がる淡い光景に、フラガはすぐさま歓声をあげた。

「うわー、すげぇ!!見ろよ、あれ!!七色に光ってる!!」
「そう騒ぐな。みっともない」
「まぁいいじゃないか。せっかく来たんだ」

フラガが周囲に見惚れている間に、ロイは適当にめぼしい品を注文していった。
淡いライトの下、時折ぱしゃりと聞こえる水音。
普通のレストランにはあまり考えられないそれは、
実はこの店には円形の室内の壁に面してテーブル席の周囲に置かれていた。
これこそが、フラガが興味をもった理由であった。
この店は、メニューこそ普通のシーフードレストランではあったが、その特徴が珍しいことで有名だった。
というのも、室内には水族館とも言うべき大きな水槽が置いてあるからである。
もちろん、部屋全体を覆う巨大な水槽の中には、
姿や色が美しい観賞魚から、国内ではまず見ることのできない珍しい魚まで、多種が生息している。
それらの優美な光景に気取られながら、
味わい深いアルコールと新鮮な食材のディナーを満喫できる、なかなかオツな場所であった。

「それにしても、見事だな」

ワインを片手に改めて周囲を見渡して、クルーゼは感嘆の声を上げた。
そもそもあまり魚という生き物を見る機会がないだけに、それはひときわ珍しいもののように視界に映る。
ロイはああ、と頷くと、手元のグラスを傾けた。

「ここは元々、水族館だったらしいね。
結局、古くなって閉館したけれど、それなりに歴史のあった場所だから、全く何もかもを失くすのは惜しい。
で、一部を改装してこうなったわけだ。・・・この国は、海のない国だからね。」
「海かー。こっちは島国だったから嫌っつーほど見たぜ。でも、魚の鑑賞、なんて考えたこともなかった!
こんなに種類があるんだなぁ・・・」

運ばれてくる食事もそぞろに、フラガは子供のように目をキラキラさせていた。
はしゃいで乾く喉を潤そうと早いペースでグラスを煽る。
気付けば、皆でかなりの量を飲み干していた。
これがどれほど飲もうが全く酔わないクルーゼや、
まぁ多少羽目を外して飲んでも顔や態度にはほとんど出ないロイならばまだいい。
けれど、酒に関しては、フラガはてんでダメだった。
本人はそれをよく自覚しているし、基本的に強いものは口にしない。
それをわかっている周囲もフラガに勧めることはなかったし、クルーゼもロイも普段はかなり気をつけていたのだ。
だが、こうして外に出たときこそ気をつけねばならないのに、
今日に限ってはしゃぐフラガに意識を取られ、彼の手がグラスに伸びるのを阻止できなかった。
もっと正確に言えば、給仕が注ぐ手を止めるのを忘れていた。
結局、喉の渇いたフラガが目の前に置かれたグラスを傾けるのは必至であり、
そして、・・・その結果が、これだった。

「・・・・・・」
「・・・・・・予想通りの展開だな」

フラガは、テーブルに突っ伏して眠っていた。
食事も中途のまま、先ほどのはしゃぎようはどこへやら。
ここまで来ると、もう才能としかいいようがない。

「・・・どうする」
「どうするも何も、このまま連れ帰るしかないだろう」

悪酔いしておかしくなってもらうよりはマシだよ、と肩を竦めて。
仕方ないな、とロイは車を回してもらおうと席を立った。
相変わらず酔ってしまえばお荷物なフラガである。
普段フラガがアルコールに気をつけている理由は、
ただ酔ってフラフラになるだけならまだしも、酔えばこうして他人の手を借りなければ何も出来ない点にある。
はぁ、とクルーゼはため息をつくと、ぺちぺちとフラガの頬を叩いた。

「おい、ムウ。帰るぞ」
「・・・、ん〜・・・・・・」

ぴくり、と眉を動かすフラガは、何事か呻いた後、なんとクルーゼの首に手を回してきた。
さすがにクルーゼも驚く。ちょっと待て、人前だぞ、お前。
自分が人前でするのは別に問題なくとも、いつも嫌がる側からこんなことをされるとあまり気分がよくない。
いや、ある意味嬉しいのだが・・・なんとも複雑な気分を味わいつつ、
クルーゼは結局フラガを抱えて立ち上がると、
そのときロイが戻ってきた。

「車は5分ほどで着くそうだから、外に出て待っていよう」
「そうだな・・・」

フラガはクルーゼに引き摺られるようにして外に出た。
夜風は涼しく、多少の酔いは醒ましてくれそうだったが、勿論フラガに効果はない。
相変わらず寝こけたままのフラガに、ロイはくっくっと笑った。

「それにしても、そんなに強かったかな」
「こいつが弱いだけだろう」

はぁ、のため息をついてもう一度フラガを抱え直す。
それにロイも手を貸して、2人で1人を支えていると、やがてキッ、と車が店の前に止まった。
眠るフラガを真ん中に押し込んで、次にクルーゼとロイが乗り込む。
運転手に2、3道の指示を与えると、ロイははぁ、と背にもたれた。

「まったく、世話を焼かせてくれる。まぁ、それでこそ・・・と言ったところかな」
「そうだな・・・。困った奴だ、まったく」

さらり、とクルーゼの指がフラガの頬を撫でていく。
顔にかかる前髪を払ってやると、フラガは微かに身じろぎして、また眠りについた。
この時代の車は結構な振動を起こすが、それでも彼は目を覚ます気配もない。
大人しく、クルーゼとロイの間に収まり、そして眠っている。
ロイはくすりと笑った。
初めて彼を見たとき・・・否、抱いてしまった時のことを思い出す。
あの時も、彼は同じように頬に朱を吐き、こうして目を伏せていた。
朦朧とした意識の中で扇情的に震える睫毛に、理性も何もかもが崩されたことを覚えている。
またもや笑いが止まらなくなって、ロイは口元に手をあてて声を抑えた。

「何を考えてる?」
「ん?まぁ・・・多分、君と同じだよ」

ロイの言葉に、クルーゼはふん、と鼻を鳴らした。
そっぽを向くあたり、恐らくは図星だったのだろう。ロイはまた肩を震わせて笑った。
これで、今夜の予定は決定だ。
明日は早いと言っていたが、まぁフラガには少々頑張ってもらおう。
無防備に自分達の目の前で寝こけているのが悪いのだ。
こんな自分勝手な男2人に囲まれて、しかしフラガはそれでもまだ幸せそうに惰眠を貪っていたのだった。





花屋の2人。vol.2




Update:2004/07/04/SUN by BLUE

小説リスト

PAGE TOP