Accept one's Fate... vol.1



広い部屋に、熱い吐息だけが充満していた。
中央にあるのは、部屋に比例するような広いベッド。キングサイズのそれの上では、2人の男が愛を交わしている。
金髪碧眼、さらに美しい肢体を持つ彼らは、
しかしそのどちらもがこの部屋の主ではない。
それどころか、彼らが住まうこの家すら、彼らのものではなかった。
ここは、アメストリス国東部、イーストシティの一角。
東方軍司令部司令官、ロイ・マスタング大佐の私宅である。

「あ・・・―――っ、うんっ・・・」

相変わらず甘い声しか洩れてこないこの場所に、しかし彼の姿はない。
司令官として多忙を極めるロイは、その立場が理由からかあまり家に帰ってくることがないからだ。
そして、その代わりといったように、彼の屋敷に住まう者が2人。
2人には一応個々の部屋が宛がわれているのだが、なぜロイの寝室で寝ているのかといえば。
・・・まぁ、それは追々、わかってくることだろう。
2人はロイ・マスタングの家の居候人。
1人は連れ込まれ、1人は押し掛けて来てその上居座っている、といったところだろうか。
だが無論、互いの熱を与え合っている今の彼らの頭に、そんな意識はない。
ただ、目の前の男だけを、その瞳に映して。
熱い舌を絡ませ、互いを貪り合う。
たった2人だけの部屋。
そこには、男同士という背徳的な行為に対し後ろめたさを覚えさせるものは何もない。
それどころか、彼らを私宅に住まわせている家主すらそれを認めているのだから、
もはや彼らを止めるものなど何もなかった。
止まらない、というほうが正しいかもしれないが。

「んんっ・・・、や・・・!」

ずぷっ、と音がして、抱かれる側の男―ムウ・ラ・フラガの奥に怒張した男の雄が突き立てられた。
容赦なく内部を拡げていくその熱い塊に、しかしフラガは歓喜をもってそれを受け入れる。
愛する男が自分の中に"在る"。
それは、何ものにも代えがたい幸福をフラガに与えてくれ、
また逆に、彼に自分を受け入れさせた男も同じように至上の幸福を得ていた。
快感が、ぞくりと2人の背筋を走る。
たまらなくなって、ラウ・ル・クルーゼは自分が組み敷いた男の肢体を抱き締めた。

「・・・ムウ。目を・・・」
「ん・・・」

快楽に耐えるように閉じられていた瞳を、
クルーゼは彼の顎を掴み、半ば強引に自分の方に向けさせた。
熱に浮かされたまま、フラガは目を開ける。目の前には、見るものをはっとさせるような美貌。
見慣れていても、ふとそう思わせてしまう端整な顔は、
なぜか不機嫌そうに軽く眉が顰められ、喘ぐフラガを見下ろしていた。

「な、んだよ・・・」

荒い息の中、フラガは目の前の男に問いかけたが、
クルーゼは何も言わず、ただフラガの奥深くを突き上げる。
そのたびに身体を揺らし、嬌声を上げるフラガは、男に流されたまま、与えられる快感に酔っていた。

「あ・・・んっ・・・」
「いいか・・・?」
「・・・・・・はぁ・・・?」

真面目な顔で尋いてくる男に、フラガはあっけに取られた。
わざわざ聞かなくとも、抑えのきかない喘ぎ声や、
男を決して離そうとしないかのようにきつく絡みつく自分の内部を考えればわかるだろうに。

「・・・見りゃわかるだろ」

上気した頬を朱に染め、フラガは軽く視線を逸らす。
下肢を突き上げられ、甘い声が洩れる。

「そうじゃない。私がいいたいのは・・・・・・」

微かに怒気を孕ませて。
耳元で囁く男は、開かせていたフラガの足に手をかけ、よりきつく彼の身体を折り曲げる。
自分の繋がる箇所が視界の先に見え、フラガは羞恥に頬を染めた。
男のそれが抜き差しされる度に、液体の弾ける卑猥な音が聞こえてくる。

「んっ・・・何・・・」
「・・・いや」

しかし、クルーゼは少し考えた後、結局言葉を濁してしまった。
言いかけてやめるなど、この男には珍しいことで、
フラガはまじまじと男を見上げる。
微かに寄せられた眉と、少しだけ居心地が悪そうに視線を泳がせるクルーゼに、
今度はフラガが不機嫌に顔を歪ませた。

「・・・―――なんだよ。言いかけておいて、失礼だろ」
「―――別に。なんでもない」

フラガを誤魔化すように、キスをする。
絡む舌に眉を寄せながらも、素直にそれを受け入れるフラガは、
次のクルーゼの動きにあれ、とある事に気付いた。
クルーゼは、普段あまり上半身への愛撫に執着することがない。
だというのに、今回ばかりは自分の胸に顔を埋めると、執拗にその部分を愛撫していた。
身体を掴む両の指で突起を押しつぶすように与えられる刺激。
そのいつにない彼の仕草に、フラガは眉根を寄せた。
胸への―――と言えば、思い出す男が1人いる。
自他共に認める遊び人。
職場にあっては203通というラブレターの枚数を記録し現在進行形で記録更新を続けている男だ。
女の扱いに慣れているだけあってか、
自分のような男相手でも胸元にばかり固執し、
しかし本来ならばさして感じないようなそんな場所まで性感帯にさせられてしまうという、
なかなかにやっかいなその男。
そうか、とようやく合点がいったフラガは、思わず声をあげて笑ってしまった。
余談だが、その男は下肢の奥を指で犯すのが非常に巧い。
後ろだけでもイカされそうなほどのそのテクは、やはり女相手が多い故に身についたモノであろうか。
フラガの笑い声に、クルーゼはムッとした顔で男を睨んだ。

「・・・なんだ」
「いや、・・・ははっ。でも・・・、」

フラガは一度言葉を切って、目の前の男を見上げた。

「・・・あんたでも嫉妬するんだなぁ〜・・・」

おもしろがるような口調に、ますます眉間に皺を寄せる。
どうやら図星だったらしい。渋い顔をするクルーゼに、フラガは珍しくにやにやと口の端を持ち上げた。
だがもちろん、そんなフラガの指摘に頷くはずもないクルーゼは、
うるさい、とばかりに彼の唇を塞ぎ、抱え上げた腰を揺らす。
自身を呑み込むその部分の熱さは、クルーゼの理性を奪うには十分で。
一瞬でもくだらないことを考えてしまった自分に首を振って、フラガの奥を深く貪る。
と、不意に自分の背に両腕が回され、ぎゅっとしがみつかれる。
あまり自分からこんな行為をしてくる男ではないだけに、クルーゼはフラガの顔をまじまじと覗き込んでしまった。

「あんたも案外、可愛いトコあるな」
「・・・・・・」

組み敷いている存在にからかいの言葉を投げかけられ、一瞬憎悪めいた感覚を覚えた。
そもそも、そういう感情を抱かせているのはフラガ自身なのだ。
さて、どうやって責任を取ってもらおうか、とさえ考えてしまう。
しかし、他人をからかうことはあっても、からかわれることには慣れていないクルーゼは、
結局憮然とした顔でフラガを睨むしかなかった。

「黙れ」
「へいへい。
 ・・・でも、意外だなー。あんただって、アイツのコト好きだろ?」
「・・・なに?」

なんの脈絡もないフラガの言葉に、クルーゼはいぶかしげに眉を寄せる。

「なんの話だ?」
「だから!あんただって、好きだろ?ロイのこと!」

唐突に出てきた同居人の名に、クルーゼはますます眉間の皺を増やしていく。
フラガが口にした彼は、今は姿が見えないが、一応はこの部屋の住人だ。
今日もまた例のごとく司令部詰めらしいが、
もしかしなくとも彼のことだ、どこぞの女とお楽しみ中かもしれない。
だが、今の問題はそんなことではない。
・・・誰が、誰を好きだって?

「なんでそうなる」
「だってさ・・・・・・」

目を閉じて、思い当たる節を探そうとするフラガに、バカバカしい、と一蹴する。
確かにそれもそうだ。
男2人、こんなに深く互いを感じ合っていながら、
考えるのは他の男のこと、なんてどれほどバカげているだろう。

「っ―――・・・なんだよ・・・。素直じゃないなぁ」
「うるさい」

不満そうに唇を尖らせるフラガを、強引に黙らせて。
なおも文句を言おうとする彼の思考を根こそぎ奪うかのように、クルーゼは中断していた行為を再開した。
あっ、あっと洩れる声音に、先ほどの余裕の色はない。
そんなフラガの様子に薄く笑い、彼の耳元で囁く。

「つまらんことを口にした罰だ。今日は一晩離してやらん」
「は・・・?!おいっ!!やめ・・・っう―――・・・」

繋がったままの腰を緩く揺らして。
焦らすような動きで自分を翻弄する男に、フラガは濡れた瞳を見せる。
非難の色を乗せながらも既に何も言い返せないのをいいことに、
クルーゼは夜を徹して終わりの見えない行為を続けていたのだった。























はぁ〜、とフラガは脱力したようなため息をついた。
結局、朝方近くまで散々に啼かされたフラガは、昼前に目が覚めたものの腹が減ったにも何を作る気力もなく、
クルーゼと共に家の近くのカフェに来ていた。
だるい身体が欲求するままに食物を運ぶ口にフラガの目の前では、
彼をそんな風にした当人であるクルーゼが飄々とした表情でコーヒーを口に運んでいる。
フラガが恨めしそうに男を上目遣いに見上げたが、
結局何も言えず顔を顰めるしかなかった。
言いたいことはいろいろあるが、言ったら最後、またどんな仕置きが待ち受けているかわからない。
昨夜から朝方まで。
散々に愛された、というより痛めつけられた身体は、はっきり言って限界を訴えている。
これ以上彼を刺激してはたまったものじゃない、と思いつつ、
フラガはさりげなくクルーゼの観察を続けていた。
フラガが、クルーゼがロイを好きだと思う理由はいくつかある。
そもそも、クルーゼという男は、その生い立ちからか人間というもの自体に関心が薄い。
誰とでも気さくな態度を見せるフラガとは対象的に、
彼が接するほとんど全ての人間に対して事務的な態度を崩すことはない。
だからこそ、かえって他人を近寄りがたくさせ、ますます他の人間との関わり合いを減らしていく。
クルーゼと知り合って長いフラガでさえ、
彼が誰かに心から信頼を寄せものを任せたり、
その硬い表情を揺るがせる者を見たことがなかった。
だというのに、クルーゼは、ロイに対してはそれなりに表情豊かな態度を見せていた。
少なくともフラガはそう見えた。
それは、元の世界にいた頃のように、
物理的や内面的な仮面で彼の素性を隠す必要がないから、というところもあったのかもしれないが、
それを抜きにしても気に入っている部分があるからそんな態度をとるのだとフラガは思う。
全く性格の違うように見える2人だが、どこかしら通じるところがあるのだろうか。
ただ、彼自身がそれを素直に認めているかどうかは甚だ疑問である。

(・・・ちぇ。人には素直になれって五月蝿いくせに)

内心文句をつけて、クルーゼを見上げると、瞬間彼と目が合ってしまい、
フラガは焦ったように目を逸らした。
誤魔化すように何か話題を探そうとして、周囲を見渡す。
明るいテラスから見える往来にはそれなりに人が出ていて、
何気なくそれを眺めていると。

「あ・・・ロイっ!」

視線の先に黒髪の知り合いを認めて、フラガは声を上げた。
クルーゼは心持ち視線を逸らした。理由は言わずもがなである。

「やぁ、君たち。こんな場所で、しかもランチかい?」
「ああ。あんたは?」

3人掛けの開いている席に腰を下ろすロイに、フラガが聞いた。
ああ、と頷くと、近くの給仕を呼びコーヒーを注文する。

「ちょっと、市政の情報収集にね」
「女を送った帰りじゃないのか」
「・・・・・・何を拗ねているんだ?」

珍しく突っかかる男が不思議で、ロイはまじまじとクルーゼを見やったが、
当の本人はふん、とだけ言って目を逸らす。
喧嘩でもしたのかい、とフラガに聞くと、別に?と肩を竦める。
ロイがいることで、どこか味方が増えたような気分になったフラガは、
クルーゼの機嫌を一層損ねることもすっかり忘れてロイににやにやと話をしだした。

「いやさー。クルーゼがロイのこと好きだって言うからさー。もー俺妬けちゃって妬けちゃって」
「・・・・・・・・・」

フラガの言葉は限りなく100%捏造に近い。
ほう、と興味深そうに聞き返してくるロイにも、何を考えているのかわからないフラガにも怒りを覚えるクルーゼは、
途端ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がる。
今ここでムキになって否定するほど馬鹿げていることなどない、とばかりに、
彼は2人を睨み据えた。

「・・・・・・明日の店の準備をしてくる。お前は家の買い物でもして帰ってろ」

約5割ほどフラガに対して眼光をきつくして睨み、そのまま背を向ける。
注文をしておいてそのまま帰るなど食い逃げも同然だが、そこはフラガかもしくはロイに押し付けるつもりなのだろう。
ロイとフラガは顔を見合わせてしまった。

「なかなか素直じゃないね」
「だろー?なぁ、ロイ。なんか素直にさせるモンなんかない?」
「そうだな・・・」

しばし顎に手を当てて考えて、ごそごそと懐を漁る。
ほどなく探し物を見つけて、ロイはにやりと笑みを浮かべた。
素直じゃない者を素直にさせるモノ―――それを言ったら、やはりこれしかないだろう。
しかし、さくっとこんなものを胸元に忍ばせている男も男だ。

「こんなのは・・・どうだい?」

わくわくとロイを見やるフラガの目の前に差し出された物は、白い包み。
2本指で挟まれたそれの正体を察したフラガは、ロイと同じように口の端を持ち上げたのだった。





Accept one's Fate... vol.2




Update:2004/07/09/FRI by BLUE

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