Panic House vol.1



「・・・・・・は?」

ロイは、言われた言葉が理解できず、間の抜けた声を上げた。
目の前にはこの国で一番エライ御方。
軍人であるロイにとって、彼の前でそんな態度は許されたことではないのだが。

「・・・いま何と?」
「え、だから、東方視察期間中君の家に居候させてもらおうかと」
「・・・・・・」

――――――悪夢だ。
ロイがそう思った理由は、まぁ追々わかってくるだろう。
とにかく、ロイは青褪めた。

「・・・冗談ですか?」
「本気だが?」

書類片手に、とんでもないことを事も無げに告げるキング・ブラッドレイに、
もはやロイは固まるしかない。
どうやってご辞退願おうか、そんな事ばかりがぐるぐると頭を回る。
雲ひとつない、夏の午後。
窓の外から、虫の声が絶えることなく聞こえている。





その日、ブラッドレイ大総統ら上層部の突然の訪問に、
アメストリス国東部を管轄する東方軍司令部はてんやわんやだった。
まずは、すぐに泊まることができる宿の手配。無論、彼らに見合った豪奢な部屋だ。
そして、視察にあたり問題視されそうな地域の取締強化。
とりあえず、マイナスポイントだけはつけたくない現司令官である。
そういう部分は抜かりないのだが、彼にはもう一つ、悩みの種があった。
彼の・・、とも言える、キング・ブラッドレイの存在である。

「〜〜〜っ閣下!私めなどの私宅より、よほど軍所有の別荘のほうが設備も警備も見張りも万全です!!何かあったらどうなさるのですか!?」

ロイはどうあっても自分の私宅に彼を連れて行きたくなかった。
勿論、理由は言わずもがなである。
彼の家には、約2名ほど既に居候者がいる。もう1人増えたらはっきりいって手に負えない。
それになにより・・・いや、よそう。考えただけでも恐ろしい。

「なに、君がいれば問題ない。それに、1人より4人のほうが楽しいではないか」

ちゃっかり2人の数まで数えているブラッドレイに、ロイは頭を抱えた。
ああ、悪夢だ、悪夢。
彼をつれて帰ったら、絶対クルーゼに何か言われる。賭けてもいい。

「あ、あの、閣下・・・」
「さぁ、そうと決まれば早速帰り支度だ。・・・だれか、車を用意せい」

デスクに積まれた書類を放置するつもりか、とブラッドレイを見やれば、
この歩く法律は自分ににぃっ、と笑いかけてくる。
手を伸ばされ、腰を取られ、一瞬後ロイはブラッドレイの腕に囚われてしまっていた。
いつもそうだ。この男は、誤魔化すときにきまって自分をその腕に捕らえる。
もう子供の頃とは違うのだといってやりたい。
咎めるように彼を見上げると、まったく悪びれない男の顔。
ブラッドレイは、ロイの耳に唇を近づけると、甘く甘く囁いた。

「家では、パパと呼んでくれたまえ」
「・・・・・・―――――できませんっ!!!」(どきっぱり)





はぁ、先が思いやられる。
結局、ロイはブラッドレイを連れ、私宅に帰ってきていた。
大総統付きの者は既にいなくなっている。
イシュヴァール戦で名を馳せた英雄、ロイ・マスタングがついているのである。
彼を信用できない者はともかく、
実力に関してはそこらのボディガードよりも余程信頼できる。
というわけで、たった2人きりの家路にため息をつきつつ、ロイは屋敷の門をくぐった。
実を言うと、私宅に大総統を連れてきたことはないこともない。
ただ、押しかけか、今回のように公式かは別だ。
ドアが開かれ、ちりん、とつけていた鈴が鳴った。
ぱたぱたと走ってくる音。
キッチンのほうからロイの家の居候人の1人、ムウ・ラ・フラガが迎えにでてきた。

「おかえり、ロイ!!!・・・あ、れ?お客様だ」

ロイが客を連れ帰るなんて珍しい、という顔をするフラガに、
ロイはいたって真面目に―――何事も最初が肝心である―――連れの紹介をしようとひとつ咳払いをした。
内心顔を顰めてはいるのだが、まぁ気付かれなければそれでいい。

「いろいろ事情があってね。当分、うちで過ごしていただくことになった。この御方は―――、・・・?!!」

しかし、ロイの言葉は尻切れトンボになってしまっていた。
説明が終わる前に、ずい、とブラッドレイが玄関先に上がってきたのだ。
なんとまぁ、勝手知ったるなんとやらだ。
しかも、まじまじとフラガを見やる男に、ロイはまたもや青褪めた。

「閣・・・」
「ああ、君があれかね。最近マスタングが娶ったという噂の」
「は・・・・・・?」

フラガが戸惑いを瞳に浮かべてブラッドレイを見上げた。
当たり前だ。後ろのロイなど今にも石化しそうだ。

「え・・・いえ、オレは・・・」
「ふむ、噂通り美しい。マスタングには勿体無いくらいだ」
「――――――??!!!」

なんと、ブラッドレイは目の前のフラガを抱き締め、その顔を覗き込み、
そしてさらに彼の唇を奪ってきた。
あまりのことに、フラガは何が起きたのか理解していない。
ロイは呆然とそれを眺めている。
さすが、手の早さではナンバー1。まるで国の全てのものは自分のものだと言わんばかりに。
理解不能の出来事にこちらも頭が真っ白になっているロイの頭を、
その時強烈な衝撃が襲った。

「痛っ・・・!誰・・・、!」

正気に戻って後ろを振り向くと、剣呑な表情のクルーゼが立っていた。
さりげなく片手にフライパンを持っている。どうやらそれで殴られたらしい。
やばい。この状況、どうやって言い逃れできるだろうか。

「あ・・・や、やぁ・・・(汗」
「貴様・・・フラガを娶ったなどと・・・・・・」

かなりドスが入っている。
本気で殺されかねない空気に、さりげなくロイはポケットの発火布に手を伸ばした。

「や、それは完全なる誤解だよ、クルーゼ」

事実誤解である。
女付き合いの荒いロイが、自分から嫁をもらうなどという類の話を持ち出すはずがない。
ロイの言葉に、だがクルーゼはまだ疑っているようだった。
しかし、その話は切り上げて、今だブラッドレイの腕に捕らわれたままのフラガを見やる。

「・・・・・・なんだ、アレは」
「・・・知るか、私が」

ロイはそっぽを向いている。責任は彼にあるといったばかりに。

「・・・お前の持ち物だろう」

ぼそり、と呟いて。
クルーゼはブラッドレイに近づいた。

「これはこれは。こんなところでお会いできるなんて光栄です、キング・ブラッドレイ大総統殿」

・・・きた。
クルーゼの慇懃無礼攻撃である。
軍人ではないから過剰の敬意は払わなくてよいものの、
一応大総統といえばこの国で一番エラいのである。なにせ軍事国家なのだから。
ああ、トラブらないでくれ・・・というロイの内心がクルーゼにわかっているのかいないのか、
クルーゼはフラガにキスを続けるブラッドレイに手を差し出した。
ブラッドレイは唇を離すと、クルーゼを見やり、にっと笑った。

「・・・おお、そして君が彼の保護者君か。」

・・・・・・は?
保護者?
クルーゼはさりげなくロイに視線をやった。
こいつ、職場で自分らのことをどんな紹介してるんだ。
しかし、ロイにしてみれば大変な災難である。
そもそもフラガを嫁だとか、クルーゼが嫁の父親だとか言ったことすらないのだから。

「いや、こちらも噂通り美しい。やはり見目がよいというのはいいものだな。これから過ごす3週間が楽しみだ」
「ありがとうございます」

3週間も?!!と愕然とするロイにかまわず、
クルーゼはブラッドレイと笑みを交わし部屋を回り始める。
何気に気が合うのか、この2人は?!
ロイはとりあえず、へなへなと床に座り込んだままのフラガを見やった。
覗き込むと、放心したようなフラガの顔。

「・・・大丈夫かい?」
「・・・・・・・・・だ」
「?」

やばい。どこかおかしくなってしまっただろうか。

「ムウ・・・?」
「・・・っ誰だよアイツーーーーーーーーーーーー!!!!!」

いきなり唇を押さえて、叫ぶフラガに、ロイは苦笑した。
それも無理はない。
いきなりやってきたわけのわからないオッサンにキスをされてしまったのである。しかも舌入れ。(爆)
うわ。自分なら再起不能だ。

「あー・・・すまない。あの方はキング・ブラッドレイ大総統閣下。軍事最高責任者にして、一応この国では最高権力者なんだが」
「なんでそんなエライ人がこの家にいるんだよ?!!」

むしろこっちが聞きたい。

「あー・・・成り行き、かな・・・」

いつになく歯切れの悪いロイであった。
本当に本当に、3週間もこの4人で過ごすのか。・・・恐ろしすぎる。

「ま、まぁとにかく・・・。これからしばらく4人住まいだから、仲良くしてくれたまえよ」
「・・・・・・」

恨めしそうに睨まれるが、今更ロイとしてもどうしようもない。
そもそも、軍人であるロイがブラッドレイに逆らえるはずもないのだから。

「さ、ディナーの用意の最中だったんだろう?手伝ってあげるよ」

へたりこむフラガの肩を抱くようにして、ロイはキッチンへと向かった。
こういうときは、やはりなにか動いていたほうが悩まなくてすむ、というものである。
先ほどクルーゼが部屋の案内をしているから、当分は彼の相手をしなくていいはずだ。
ああ、でも本当にどうしよう。
部屋・・・・・・・・・・空部屋あったっけ・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)

「お、遅いぞ。キミ達」
「―――?!!」

キッチンに足を踏み入れると、なんと既にクルーゼとブラッドレイが料理支度をしていた。
いや、正確にはクルーゼが、だが。
それを見たロイは、焦ったように叫んだ。

「・・・だ、大総統閣下!!そんな似合わないことはおやめくださいっ!!」

いや、ホントに。
大総統が台所に立っているなんていくらなんでも想像がつかない。
しかし、ブラッドレイははっはっはっはっと笑うと、鍋の中身をお玉でかき回した。

「たまには料理も一興ではないか。どれ、お味はどうかな?」
「ぎゃーーー!!」(←誰の叫び?)

ブラッドレイは鍋の中に人差し指を突っ込んだ。
というか、熱くないのか、大総統よ。
呆然とするフラガとロイの目の前で、ブラッドレイは何食わぬ顔で指を舐める。
その頃クルーゼはというとまったく関わらずサラダを作っていた。
ちなみに、今夜の夕食はビーフシチューである。

「んん、美味いな。さすがだ、フラガ君」
「あ・・・・・・あ、りがとうございます」

一応、褒められて礼が口につくフラガは、照れたように頭を掻いた。
なにか、久々にはっきりとした目上の人間と接して、多少戸惑いもあるのだろう。
ブラッドレイはにいっと笑って言った。

「なに、敬語は無用だぞ。君と私の仲ではないか」

どんな仲だよ?!!
という内心の突っ込みは、もちろんブラッドレイには届かない。

「おい、キッチンに4人もいらん。飽和状態だ。皿でも並べてくれ」
「そうかね。では、私はテーブルの用意をしてこよう。さぁフラガ君、行こうか」
「え・・・(汗)」
「あ・・・」

フラガを抱えてキッチンを出るブラッドレイ。
呆然と見送るロイとクルーゼ。

「・・・・・・おい」
「あ・・・、・・・なんだ」
「手伝え」

まったく、とため息をつかれ、しかしロイは何も言えず鍋をかき回した。
フラガのことを助けてやりたいが、
相手が大総統ではロイは手が出せない。
かといって、なぜかクルーゼはフラガのことは放置プレイをしている。
この独占欲の強い男が。珍しい。

「・・・いいのか?あのままで」
「知らんな。そもそも、お前のせいだろうが」
「いや、それは、まぁ・・・そうだが」

気まずい沈黙が落ちる。
いや、しかし。
絶対自分のせいではないと思うロイである。
そもそも、ブラッドレイの行動が非常識なのがいけないのだ。
クルーゼにはむしろそちらに矛先を向けて欲しい。
出ていたガラス皿3つの他にもう一つ戸棚から皿を出すと、クルーゼは肩を竦めた。

「まぁ、3週くらいいいだろう。フラガも悦んでたみたいだしな」
「どこがだ?!!」

思わず大声をあげてしまう。
だが、その時、リビングから聞こえてくる大きな声に2人ははっと振り向いた。

「や、やめてくださいっ!!」
「おお、威勢がいいな。若い頃のマスタングそっくりだ」

さりげなく問題発言をしているブラッドレイだが、焦るフラガには聞こえていない。
ついでに、駆けつけた2人にも聞こえていなかったようだ。
ブラッドレイは、フラガを膝の上に乗せたか格好で寛いでいた。
フラガは顔を真っ赤にして抵抗しているようだが、
どうも振りほどけないままその腕の中に収まっている。
一回りもふた回りも大きいブラッドレイに、しかもこの歳差。
どう見ても父親と反抗的な子供にしか見えない、と思うクルーゼとロイであった。

「っ閣下!!お戯れもほどほどにとあれほど・・・!」
「はっはっはっ。いいではないか、そんなに嫉妬せずとも」
「・・・嫉妬してるのか?お前」
「バカを言うな!!」

職場でもブラッドレイを諌める立場であることや、
連れて来た責任感もあってかなんとかフラガへの手出しを止めようとするロイだが、
それが逆に嫉妬と取られてはたまらない。
たとえ、今フラガのいる位置が昔の自分の特等席だったとしても、
断じて嫉妬などしていない。誓ってもいい。
うう、と1人で葛藤(?)を続けるロイをよそに、
クルーゼは出来上がった料理を次々と並べていった。
フラガはブラッドレイに抱かれ、抵抗はしているものの、なんだか会話の流れからいつの間にか和気藹々と和んでいる気がする。
クルーゼの先ほどの言葉は満更適当ではないのかもしれない。
そもそも、フラガほどの男が、本気で嫌なことに対して甘んじているわけがない。
しかも、不意打ちまで食らった彼がまた男の腕に納まっている時点で、
結局これから3週間の同居人として受け入れているのかもしれない、と思う。
ああ、そうだ、3週間だった。
早く東方視察が終わってくれるか、セントラルで大事件でも起こってくれないものか。
そうでなくては、ずっと自分がペースを崩されてばかりだ。
職場でもプライベートでもかなりブラッドレイに振り回されているロイは、
深く深くため息をついた。
だが、現実は現実である。
目の前には、大総統と、フラガと、そして隣にクルーゼ。
しっかりテーブルに4人顔を合わせて座ってしまっている。

「うむ。では、乾杯といこうではないか」
「これから3週間、よろしく。」
「よろしくーー!!」(←誰?!)
「・・・・・・お手柔らかにお願いいたします・・・」

こうして、災厄が振ってきた夏の3週間が始まったのであった。





Panic House vol.2




Update:2004/07/19/MON by BLUE

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