『雨の日は無能』と呼ばれて久しい。
実際、焔を扱おうにも自然の摂理で火花が起こらないのだから、もともとないものを作り出す仕事は錬金術師の仕事ではない。
けれど、人間兵器としての国家錬金術師であるロイにしてみれば、
普段どおりの錬金術が使えない雨の日は無能と扱われていた。
だが無論、根は努力家なロイが無能と呼ばれてそれを甘んじて受け入れているはずもなく、
今では、雨の日でも焔を扱える手段は持ち合わせている。
ただ、そう簡単に錬金術師が自分の手の内を明かす訳にはいかない。
それに、雨の日は無能、という噂が流れれば流れるほど、敵はそれを自分の弱点として扱ってくるのだろう。
無能と呼ばれることは、自分の気分を置いておけばロイにとってそれほど無益でもなかった。
そして―――。有益なことがもう一つ。

「ヤだよなー雨って。なんか憂鬱」

窓際でレースのカーテンを開いて外を見ながら、少年が呟いた。
この少年は『石』を求めて旅をしている。一所に留まらない根無し草の彼にとって、雨は当然のごとく憂鬱だった。

「・・・―――そうだな」

どうせなら、青い空の下、希望を感じさせる日の光の元で足を進めたいだろうに。
少年はふと振り返ると、ベッドに腰掛けかれを見つめる男のほうを見やった。

「そういやあんた、雨の日は無能だもんなぁ。雨なんかだいっ嫌いだろ」

無能、のところを強調して発音され。
からかわれているのはわかったが、今それに付き合ってやる気分でもなかったロイはただ笑う。
そう、雨の日は嫌いだった。
以前までは。
けれど、本当は今は違う。
錬金術が使えないということは、人間兵器としての意味を成さないということだ。
それが無能であるということなのだが、
罪のない人々を自分の手で数え切れないほど失わせてきたロイにしてみれば、この力は忌むべきものでもある。
使えなくとも、むしろそれがかえって自分の中で安らぎに感じた。
また、人を殺さなくてすむ、と。
自分のからかいに取り合わないロイの反応にムッとした少年は、ずかずかとロイのほうに歩みよった。

「なんだよ。嫌いなんだろ?」
「・・・いや。それほどでもない」
「なんで?」

てっきり嫌で嫌でたまらないと思っていたのに。予想外の反応に、少年は目を丸くした。
ロイはくすりと笑って傍に来た少年の小柄な身体を抱き寄せる。
突然のロイの行動に少年は驚いたが、そのまま男の腕の中におさまると不満そうな声を上げた。

「・・・オイ」
「雨の日は・・・落ち着くんだ」
「落ち着く?」

ますますわけのわからないロイの言葉に少年は眉を寄せた。
自分にしてみればこうして足止めされているとそわそわして落ち着かない。
刻々と過ぎていく時間。こうしていればこうしているほど、自分と弟が元に戻れる日も遠くなってしまうからだ。

「オレは、全然落ち着かないけどな」
「進むことしか考えてないからだよ。たまには、こうしてゆっくり時間を過ごすのも悪くないだろう?」
「・・・・・・っ」

唇が降って来て、そのままベッドに倒されて。
ロイに流されることはわかっているのだが、それでもこの瞬間は緊張の一瞬だ。
少年は指にあたる真っ白なシーツを握り締めた。
男に抱かれることは嫌でも、そもそもこんなことをするために少年はこの男の部屋にいたのだから仕方がない。
目の前の男が好きかと問われれば、少年はすぐに答えを見つけられないだろう。
流し、流されるような関係だ。
どうしてこんな風になったのか、今でも少年はわからない。

「・・・っ、大佐」
「鋼の。」

何か言おうとした少年を、ロイは遮った。
そのまま、羽織っていた少年には大きめのローブを肌蹴させて。
くちづける。
ひくりと震える身体は、少年が男のモノである証。
外はしとしとと雨が降り続けている。
カーテンの隙間から外を見ながら。少年はまだ見ぬ土地に想いを馳せた。
男に抱かれているというのに別に意識を向ける少年は、ロイにとっては相変わらずのことだ。
構わず、少年を抱く。お互い、束縛されるのが大嫌いな2人だ。好き勝手に行動し、それを2人は容認している。
それでも、自分の与える愛撫に反応を返してくるこの少年は、掛け替えのない存在だった。

「あー・・・雨ってやだなぁー・・・」
「私は嬉しいよ。君がこうして傍にいてくれる。」
「・・・けっ。あんた、危なっかしいからなー。こないだだってオレがいなかったらどうなっていたことか。」

この間、とは街を歩いていた時のことだ。
同じく雨降りの時。
視察と称して周辺を歩いていたのだが、丁度護衛にあたる部下がいなくなったのを狙って、
とあるテロリストにロイは襲われた。
無論、いくら雨で焔が出せないからといってロイを殺せるわけもなかったが、
その時傍にいた少年は、とっさに鋼の手を伸ばし、彼を庇った。
ロイが雨の日は無能だと知っているからだ。
そもそも雨の日に外を出歩くなど、と常日頃から歯の衣を着せない補佐官に言われ、
少年にはあぶなっかしくて見てられない、と怒られ、
ロイは苦笑する。
なんだかんだと文句を言いながら、その時以来こうやって雨の日は傍にいてくれる少年が、ロイは好きだった。
もちろん、雨が降れば必ず来てくれるというわけでもないが。
自分の元に戻ってくるときは、なぜか必ず雨が降っていた。
そうして、足止めを食う少年は、こうして自分の腕の中におさまる。
ずっと、傍にいるわけではないから。
だから、会えた時は必ずロイは一度は腕に抱いた。
少年のその感触を確かめたかった。

「・・・雨の日は、何もできないから好きなんだ」
「仕事しろよ、サボり魔」

はぁ、とため息をつく少年にもう一度くちづけて。
反抗的な言葉を紡ぐそれを塞ぐと、ロイは彼の身体を貪った。











明るい日差しの中、ロイは街を歩いていた。
周りには、2人の部下がいる。護衛のためについてはいるのだが、まぁからりと晴れ渡った日にロイを襲うバカもそうはいない。
その容姿と気さくな態度から、ロイは軍将校でありながら市民にはあまり嫌われてはいない。
むしろ、好かれていると言っていいだろう。
今もまた、お疲れ様です、頑張ってください、などと掛けられる声に手を振って返して、ロイは書類を手に視察を続けていた。
空は高く、ひどく青い。
けれど、はるか彼方に広がるような雲を見つけて、ロイは目を細めた。

「これは、ひと雨来るな・・・」

目に見える雨雲は、まだ遠い。
けれど、春の強い風に押されて、すぐにやってくる気がした。
雨は、ロイにとって特別だ。
自身の無能さを自覚し、そして少年を思い出す。
今夜、もし雨が降ったら。
今はどこにいるとも知れぬ少年が、戻ってきてくれるだろうか。
そんなことを考え、ロイはバカだな、と自嘲する。
眩しい光を放つ太陽を見上げて。
少年の行く先が、ずっと輝いていればそれでいいのだと自分に言い聞かせた。

「・・・マスタング大佐?」
「いや。・・・自分のバカさ加減に笑っていただけだよ」

上司の明るい笑い声に、部下は首を傾げた。






end.






Update:2004/03/30/TUE by BLUE

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