「おいで」
「何?」

手を引かれて連れて来られた場所は、薄暗い。
ロイの家に地下室なんてあったとはいささか驚かされた。

「すごいだろう?」
「ああ。・・・すげーな」

反発もせずに素直に頷く。広い部屋だろうに、埋め尽くされた書棚。本の山。すべてが人体錬成関連のものだ。
今となってはロイにとっては苦しい思い出のひとつでしかない。入ることもない。『罪』が眠る場所でもあるからだ。

「これ、全部見てもいい?」
「ああ。存分に」

許可を与えるロイの声音はひどく優しい。少年には、彼の微笑みの奥にある翳りは気付けなかった。
そのまま、うーんと悩んで書棚の1冊を取り、そうなればもう少年には何の声も聞こえない。
くすりと笑う青年は、そのまま地下室を後にした。

ぎぃ、と立て付けの悪い扉を閉じれば。
あとはもう、おしまい。
誰も近寄ることのなくなった、放置されたままのその場所。
何年も足を踏み入れなかったそこに少年を置いてきたことすら忘れ。
あとは身の澱となっている過去を忘れるだけ。




















エドワードは、行方不明のままだった。
とはいえ、かれがそう簡単に誘拐されるはずもなければ、一人で迷子になっているとかそんな子供でもない。
しかし弟アルフォンスは心配して、ロイが手配させた捜索員と共にエドワードを探し、
けれど簡単に見つけることなどできなかった。
当たり前だ。
エドワードは、いない。
ロイはわかっているが、知らないふりをする。
いや、実際忘れていたかもしれない。
ロイの態度は、普段と何一つ変わりがなかった。
エドワードがいないとなれば、まったく、と言いながら部下に捜索を当たらせ。
アルフォンスにはそう心配するな、といたわりの声をかける。
確信犯のロイの笑みには誰も気付かず、その日司令部はバタバタと過ぎていった。
そして、結局見つからなかった夜。
ロイは家に戻り、それから、少し悩んで地下に足を踏み入れる。
忘れるつもりなら、足など運ばねばよいだろうに、なぜか動くそれを止められなかった。
少年は、読書に疲れて眠っていた。

「・・・―――鋼の」

髪に手で触れて。
少年の規則正しい寝息は、こちらも思わず顔を綻ばさせられる。
半日中放置されていた彼は、だというのに昼も食べることなく、ロイの本を読んでいた。
外の、喧騒も知らずに。
黙々と、自分の目的を探し求めてひたすら本を読む。
疲れ果てて眠った少年をロイは抱き上げると、地下室のかび臭いベッドに横たえた。
埃を被ったシーツは取り替える。
少年の睡眠を妨げることはなかった。それほどぐっすりと眠っていた。
真っ白なシーツの上で丸くなって眠る少年は、まるで猫だ。
金の髪を解き、そのままゆっくりと梳いてやりながら、ロイは少年に唇を寄せた。

「・・・可愛いね」

面と向かって言ったなら多分怒られるであろう台詞を。
ロイは呟く。
自分の前で無防備に寝こける少年を、ロイは知らない。
行為の後の寝顔は幾度となく見てきたが、それ以外にこうした少年を見たことがなかった。
外では、エドワードは行方が知れないまま。
ロイは少しだけ優越感を覚える。
このまま、少年さえここを出なければ。
少年はずっと自分のものなのだ。
眠ったままの少年を見ながら、ロイは昏い感情に身を浸した。
ロイが少年を自分のものにしたいと思ったことは今までに一度もない。
多くの女性と付き合い、女好きと散々言われてきたが、それでも他人を所有しようなどと、考えたことすらなかった。
なのに、最近よく思う。
原因はわかりきっている。
親しい者を唐突に失う恐怖を知った。今更だが、それがとにかく怖い。
特に、この少年は自分の目の届かないところで飛び回っているのだ。目の見える範囲にいれば、安心する。
自分だけの世界に彼を捕らえていられるなら、それでよかった。
そして、この地下室はその恰好の場所。
誰も、もう知るものはない。―――自分以外の、誰一人。
もう、外の世界にエドワードはいらない。このまま、自分の世界で溺れてしまえばいい。
そんなこと、許されないとわかっていながら、ロイは自分の中のバカな欲望を拭い去れない。
目の前には、眠るエドワード。かれを前に正気でいられないことを、今更ながらにロイは知った。
好きだとか、傍にいたいとか、そんな全ての感情を置いてきた自分が。
・・・反吐が出る。
いっそ、この細い腕を鎖で繋いでしまって。
このままこの地下室に閉じ込めたままでいたらどうだろう。
そうして、彼の存在を忘れるのだ。
けれど、少年を鎖などという下らないもので繋ぎ止めておくことはできるはずもなく、
無論物理的にも彼の前では無意味な金属片に変わる。
どうすれば、君をここに閉じ込めておけるだろうな?
そんなことを考えながら、ロイは今だに眠り続けるエドワードに口付けた。

「・・・エドワード」

普段呼ばない彼の名は、ロイの口から発されればそれは一つの睦言。
耳元で囁けば、んっ・・・と声が洩れて少年は眠りから現実に引き戻された。
薄っすらと目が開けば、琥珀色の瞳の輝き。いつみても綺麗だと思う。

「・・・たい、っさ・・・?」

まだ寝ぼけているらしい。その年相応の表情はロイを嬉しくさせてくれる。
そのまま、深く吐息を奪って。互いの熱がぐっと上がる。抱くつもりもなければ、抱かれるつもりもなかった2人。
寝ぼけたままの動かない思考でロイの背に手を回すエドワードと、確信犯でエドワードの背に腕を回すロイ。
ああ、そうだ。
このまま、自分が彼の鎖になれば。
このまま、かれを絡め取るモノになればいい。
手足の自由を奪い、その心も、身体も、全て自分が所有すればいい。
けれど、そんな望みが叶わぬことを、ロイはわかっていた。

「っあ・・・」

少年の日に焼けない肌を指先で辿る。敏感なそれは軽く触れるだけでひくりと反応を返す。
今はまだ抵抗の薄い少年の身体を押し開いて、ロイは白い肌に鮮やかな所有印を刻んだ。
気付けば、少年の肌を覆うものはほとんどなくなっていた。
上半身はといえば、黒いシャツがお情け程度に腕に絡み付いている程度で、下半身はといえばもはや何も着けていないようなものだ。
地下のひんやりとした空気に、エドワードは身を震わせる。
いよいよ目が覚め、頭が動き出した頃にはもはやエドワードに逃れる術はなく、
男の体重に圧し掛かられたまま甘い悲鳴を上げさせられた。

「っ・・・、大佐、やめ・・・!」

経験の浅いエドワード。身体を繋げる行為は、彼にとっていつまでも慣れないものだ。
そして、恐怖を煽るモノ。
やめろといったりはやくといったり、自分自身どうしていいか分からない状態なのだろう。
下肢に埋まる黒髪に指を絡め、エドワードはロイの髪を引っ張った。
催促しているような、逃れたいというような。
震える身体がひどく幼い子供のようで、抱き締めたくなる。
達かせるより前に唇を離し、ロイは彼を腕で抱き寄せて。
そのままの体勢で、片方の手を伸ばし少年の前を弄んだ。

「ひっ・・・あぁ、大佐っ・・・!」

幾度も押し寄せてくる波に、流されてしまいそうで。
その度にしがみつく腕に力が篭る。
こんなに自分を必要としているのに、普段見せる素っ気無い態度といったらどうだろう。
そもそも、私がいなければ君は絶望のまま短い一生を終えていただろうに。
どうして、私を欲しない。
私は君を、こんなにも―――・・・

「っ、あああ・・・!」

一際大きく響く声音に、ロイは深遠での思考を途切れさせた。
びくん、と大きく震えた身体は次の瞬間男の手のひらに白濁を放つ。溢れ出す体液に現実に引き戻される。
そう、今は腕には少年が。
ぎゅっとシャツの胸元を握られ、ロイは少しだけ口元を綻ばせた。
強情で、甘えることを知らない少年をこの腕に抱ける事実は、確かにロイを安堵させた。
愛する者が生きていると実感できる行為は、いくら続けてもまだ足りない。
体液に濡れた手を、そのまま少年の背後へと滑らせる。形のよい双丘の奥にあるその部分に白濁を塗り込めるようにして指でなぞると、途端きゅっと締まるそこも可愛らしかった。
少年は、怯える様子を隠しもしない。
いや、極力隠しているのだろう、噛んで歯型のついた唇が痛々しい。
けれど、ロイ相手ではすぐにわかってしまう。

「切れてしまうよ」

優しく、極力優しく。ロイは声をかけ、そして舌でそこをなぞる。
そのまま、歯列を割って、舌を絡めて。
意識をキスに捕らわせながら、下肢にある指は侵入を続けた。
狭い内部を、強引に。1本、2本、3本と徐々に指を増やして、濡れた音と共に掻き回す。
始め痛みばかりを表情に表していたエドワードは、しかしなれてくるにつれ苦痛の色は薄くなり、かわりに快楽をしめす上気した表情がロイの目の前に浮かんだ。

「・・・―――エド」

息を呑む。少年の、中性的な色香に囚われる。
性急に、前を外して。余裕がないといったようにエドワードを抱き上げ、そのまま身体を落とす。
内部の狭さに比べて大きすぎるロイのそれは、それでもロイが指先でじっくりと慣らしていくと次第に呑み込んで行った。

「きっつー・・・」
「痛い?」
「・・・痛い」

涙に目元を赤く染めて。
咎めるように上目遣いに見られれば、もうお手上げ。
関を切ったように溢れ出す感情。傍にいたい、いてほしい、欲しい、好きだとか、なんとか。
ロイのエドワードを抱き締める腕に力が篭る。腹に当たるエドワードのそれは、痛みにも関わらず感じている様を示すように立ち上がり、ロイのシャツを濡らす。
指先で先端を弄んでやれば、一瞬身体を震わせ、それからはロイから受ける快楽に溺れていた。
――――――快楽なら、少年を繋ぎとめておける?

「っあ、大佐・・・ぁ」
「なんだい」
「っ、今日、なんだか・・・っあ!・・・」

エドワードは言葉を紡ごうとする。けれど、今は聞きたくない。どうせ、わかりきってること。
下らない感情に支配された自分は、ただ愚かなだけ。
わかっているよ。だけど、少しくらい浸らせてくれたっていいだろう?
激しい突き上げに、少年の意識が遠のくのを、肌で感じた。
力もなく、少年はただロイの胸に身を預ける。耳元で聞こえる、熱い吐息。それにさらに煽られ、少年の圧迫感はまた大きくなる。

「っああ、もう、だ、めだっ・・・!」
「エド・・・」

腰を抱いて、一層繋がりを深めて。
その衝撃かエドワードは達し、ぐったりとロイにもたれた。
また、眠りの世界に逆戻りした少年を腕に、ロイは呆然と部屋を見渡す。
自らの、過去の遺物。
自分に苦痛を強いたそれは、今は暖かい?
いや、暖かいのは少年だけ。この部屋で、少年の熱、ただ、それだけ。
震えるような寒気をふと覚えて、ロイは腕の力を強めた。













「君を鎖に繋いでおけたらいいのにな?」

そうすれば、少しは。
この胸の痛みもおさまるだろうか。





end.




Update:2005/04/02/FRI by BLUE

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