タガタメニ星ハ降ル



リゼンブール駅から戻ってきたロイに、
しかしエドワードはいつもどおりの顔を見せることができなかった。
もちろん、その理由はわかりきっている。
彼の友人であるあの男が死んだ事実を今までずっと隠されていたことへの怒り、
親友でありながらその仇を討とうともせず、彼自身の昇進のために生きていたことへの反発、
なにより、そんな事実を飄々とした顔の下で受け入れていることへの抵抗感。
自分ならば、決してそんな冷静になどいられない。
大人?
友を殺されたことへの怒りよりも、生前に交わした約束のほうが大事だから、
彼の死を省みずただ前を向く生き方が、大人?
冗談じゃない。
考えれば考えるほど、ロイ・マスタングという男の生き方が許せない。
やっぱり。
やっぱり、あんな奴・・・嫌いだ。










リゼンブールは、田舎だった。
見渡すかぎりの広い草原や畑の中に、点々と建つ家。
セントラルやイーストシティで見たような高い建物などなにもない、
夜は外灯すらない場所。
だが、その変わりに、本当に星がキレイだった。
それだけが魅力であるかのように、数え切れないほどの星が瞬き、そしてときおり流れていく。
エドワードは、眠れないままそんな星空の下に足を運んだ。
もう、日も回った遅い時間。
部屋を宛がわれた者達はとっくにその灯りを消し、
テントを張る者も寝静まった夜。
ただ星明かりを頼りに、エドワードは1人になれる場所を探す。
家の裏手にある丘を登ると、皆の眠る家はすぐに見えなくなる。
適当な場所で腰を下ろそうと周囲を見渡したエドワードは、
その時意外な人物の存在に目を見ひらいた。
鮮やかな青い軍服の背、めったに吸わない煙草の煙を燻らせて。
見上げる先は、自分と同じ、星の瞬く夜空。
時が止まるような、・・・胸が詰まるような瞬間。
なぜこんなところにいるんだとか、疑問が頭を過ぎり、そして消えていく。
嫌いで仕方ないというのに、それでいて想わずにはいられない男の存在に、
エドワードはしばらく声すら出せずにいた。
ロイ・マスタング。
明日になれば、彼と彼の部下たちはセントラルへ戻るという。
自分なりに見極めてくるといった男の顔は、確かに信頼するに足るものだったけれど。
けれど、今のエドワードは、それを素直に感謝できる心ではない。
ヒューズ中佐のことも相まって、胸が痛む。
エドワードは唇を噛んだ。
胸に燻る思いをぶつけたかった。
彼の胸倉を掴んで、その真意を問い質したかった。
そう、一度殴ってやらなければ気がすまないくらいに。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大佐」





低い声で紡いだ彼の肩書きは、まともな声にならなかった。
彼の鼓膜どころか、空気さえ震わせられなかったかもしれない。そんな小さな小さな声音。
だが、ロイは気付いた。
ゆっくりと振り向く。驚いた風もない、いつもと変わらない読めない表情。
かすかに流れる風がロイの漆黒の髪を揺らす。
夜の闇に溶けるようなそれが、星明りに照らされいつも以上に美しい気がして、
エドワードは自覚もなくそれに見とれた。
2人の距離は、まだ遠い。
静かな夜が、また一段と静けさを増した。
本当に、時が止まったように。

「・・・エドワード」

静かな沈黙を破るように、ロイは声をかけた。
軽く笑みを返され、エドワードの鼓動が跳ね上がる。
だが、今のエドワードはそんな心に素直になれない。ぐっと拳に力が篭る。
エドワードはしばし悩み、それから意を決したようにまっすぐにロイを見据えた。

「エド?」
「・・・聞いたぜ。ヒューズ中佐のこと」

ロイは一瞬だけ驚いたように眉を跳ね上げ、それから苦笑うように目を細めた。

「そうか」

いつまでも隠し切れるとは思っていなかったのか、
たったそれだけ言ってまた自分に背を向けるロイに、
エドワードはまた何も言えなくなって同じように沈黙した。
親友に先立たれ、傷を負ったはずのロイは、しかしそれを見せようとはしない。
変わらない瞳の色と輝きと、そして態度。
すぐに怒りが表面に出る自分とは全く違う。
これが、子供と大人の差だろうか。
だが、エドワードはそれは違うと思った。
この男だからこそ、だ。
ロイは相も変わらず、指先に挟んだ煙草を吹かしている。
その心は読めない。
男のそんな部分が、エドワードは嫌いだった。
いつもいつも、心を読まれるのは自分ばかり。
エドワードには、男がよかれと思い見せてくれる感情しか分かり得ない。
彼の隠している心を読めるほど、人生経験に長けているわけでもないのだから。
そう、一番嫌だったのは、
彼の生き方に対してでも、自分をないがしろにする態度でもなんでもなかった。
彼の心の半分も読ませてくれない彼が、嫌で。

「なぁ、あんた」

その場に立ち尽くしたまま、エドワードはロイに声をかけた。
この感情をぶつけるなら、多分、今しかないのだ。
明日になれば、ロイはここを離れてしまう。
そうなれば、また彼と真っ向から向き合える時なんてきっと来ないと思った。

「あんたは・・・、それでいいのかよ」

具体的なことは口にできなかった。
沢山の言葉が頭を過ぎるのに、そのどれもを紡げない。
そして、脳裏に浮かぶヒューズの顔。
自分たちのせいで彼を死なせてしまった―――・・・。それを考えただけで、体が竦むようだ。
ロイは、何も言わなかった。
伝わったのか、伝わらなかったのかすらもはや危うい。
ただ、エドワードはロイの背を見据える。
自らの信念を貫き通す男の背を。
ロイはしばらく同じように紫煙を立ち昇らせていたが、やがてため息をつくように肩の力を抜くと、ポケットから発火布を取り出した。
ジッ、と音がして、一瞬炎が宙を舞う。
夜の闇を一瞬だけ照らしたその火が消えると、ロイの手の中の煙草は跡形もなく燃え尽きてしまっていた。

「・・・おいで。エドワード」

すっと伸ばされた手に、エドワードは戸惑った。
男の顔を見れば、いつもの不敵な笑みでも、からかうような笑みでもなく。
どこか弱弱しい、そんな表情。
伸ばしたままの手を下ろそうとしないロイに、最終的に折れたのはエドワードだった。
ゆっくりと草を踏み、男のほうへと近づく。
手が触れる距離までくると、ぐっと腕を掴まれる。
気付いたときには、エドワードはロイの胸の中に収められてしまっていた。

「っ・・・」

唐突なそれに、さすがにエドワードはロイの腕から逃れようとするが、
男は強く彼の背を抱き、離さない。
肩に腕を突っ張ってみたものの、びくともしないロイの力に、エドワードはあきらめて体の力を抜いた。
すると、先ほど以上に強い力を腕に込められてしまう。

「ちょ・・・、大佐、苦しっ・・・」

胸の苦しさを訴えるが、ロイは聞く耳を持たない。
強く抱き締められ続け、エドワードの身体が熱くなる。
少し肌寒い秋の風が、抱き合う2人を静かに撫でていく。
不意に、ロイはエドワードの耳元でくすりと笑った。

「・・・ああ、まったく。これでは、ヒューズに叱られてしまう」
「・・・・・・ヒューズ中佐・・・」

表情を曇らせるエドワードの顔を上げさせ、ロイはその唇に口付ける。
乱暴、というには程遠い、ただ触れるだけのような、優しいキス。
たまらなくなったのは、エドワードのほうだ。
肩にしがみつくように、腕を回して。
自分から口を開ける。小さな舌を、ロイの口内に差し入れる。
まるで誘うようなエドワードの動きに、ロイは笑みを浮かべてそれを受け入れた。
およそ、好きとは言えない男だというのに。
どうして、こうも自分は弱いのだろうか。大嫌いだと言って置きながら、男の優しい腕やキスに心が蕩けてしまう。
冷静になってみれば、この男の優しさがすべて本心だとはいいがたいというのに。
騙されてばかりなのに、それすら心地いいなんて、
きっと自分はどこかおかしいのだろう。
嫌いで、嫌いで、大嫌いなくせに、頭に上ることといえばこの目の前の男のことばかり。
強引に腕に収められ、唇を塞がれても、抵抗どころかもっと、もっとと求めてしまうなんて。
男の口内で絡み合う舌は、次第に深く、互いを貪るような動きを見せていく。
ロイはキスを続けたまま、エドワードを抱え直した。
腰を抱かれ、エドワードは息を呑む。
けれど、抵抗することはなかった。ただ、頬を染め、咎めるような表情を見せた。

「・・・そうやって、あんたは俺をはぐらかしてばかりなんだよな」

自分の真実もまともに告げず、ただ愛してると、ただ欲しいと、そう言って。
流されてしまえばまたこちらもそれだけしか考えられなくなってしまう自分にエドワードは顔を顰めた。
そして、今も、また。
自分が先ほどぶつけた問いも、はぐらかされ、こうして腕に捕らわれて。
また、同じように、快楽だけを与えられ、一時の熱に浮かされて。
肝心なことは何一つ聞けないまま、また朝を迎えるのか。

「はぐらかす?そのつもりは全くないのだがな、鋼の」
「・・・嘘吐きめ」

現にこうして、行為の続きをしようと服を肌蹴にかかるロイに、
エドワードは毒づいた。
だが、だからといって彼の腕を振り払える心の強さを、エドワードは持っていない。
つくづく自分は子供だと自覚する。

「エドワード」

彼が紡ぐ自分の名を聞くだけで、身体の奥が疼いてしまうのだから。

「たい、さ・・・」
「好きだよ、エドワード」
「あ、んっ!・・・」

首筋にいきなり噛み付かれ、エドワードは細身のその身体を仰け反らせた。
慣れたからだが、ロイの愛撫に過剰なほどの反応を示す。
それは、彼を抱く男にとっては、この上なく熱を煽るものだったが、
当の本人にしてみればたまったものではない。
同性に捕らわれ、それで悦を覚える自身に嫌悪すら覚えてしまう。
ましてやこんな、精神的に絶対に受け入れられないような存在。
だというのに、好きだと告げられ、胸が一杯になる。
エドワードはロイの首に手を回すと、ぎゅっとしがみついた。

「ん、あっ・・・」
「好きだ。君は信じてくれないかもしれないが・・・」

・・・当たり前だ。
こんな、誰彼構わず同じような愛の言葉を紡いでいる男の言葉など、信じられるか。

「君だけ」
「やっ・・・」

舌が胸元を滑り、濡れた感触を残していった。
突起を嬲られ、押しつぶすように愛撫されるだけで、ぞくりと背筋が震える。

「君だけを、愛している。他に何もいらないくらいに」
「あ、んた・・・何、言って・・・」

いつになく愛の言葉を繰り返す男がどこかおかしくて、
エドワードは男の髪を指で掴んだ。
顔を上げた男の瞳は、こんな暗い場所だというのに真摯な色がはっきりと浮かんでいて、
あわてて顔を離す。
吸い込まれそうな色に戸惑うエドワードは、
どうしていいかわからない、とばかりに視線を彷徨わせた。

「やめろ・・・」
「どうして?私の真実-ほんとう-の心が知りたいんだろう?」
「あ・・・!」

するり、とズボンの中に手を差し入れられ、あわてて下肢に手を伸ばす。
その手ごと、ロイは掴んだ。

「好きだ、エドワード」
「や・・・」
「もう、君しか見えなくなってしまったよ」

どこか哀しく、ロイはエドワードに告げた。
熱に浮かされたエドワードは、ぼんやりとロイを見上げる。
再度重ねられたくちづけは、先ほどの弱々しいものとは違い、彼の意志をはっきりと表す激しさをもち、エドワードはその情熱的なキスに翻弄された。
強められる腕の力に、自分もまた抱き締め返す。食い込むほどに力を込め、男を抱き締めた。

「たい・・・、ロイ・・・」

くちゅり、と下肢から卑猥な音が洩れた。
既に先端を濡らしていた少年のそれを、彼の手ごと包み込んだロイの指が絡みつく。
エドワードは自分自身の反応に頬を赤く染めたが、
それでもロイの動かすままに身を任せ、そして荒い息を吐いた。

「あ・・・はっ・・・」
「・・・エド。エドワード」

甘く切ない声音に顔をあげる。
少し情けないような顔をした男は、それでも笑みを浮かべていた。
どうして、笑っていられるのだろう。熱を帯びた頭で、エドワードはぼんやりと考える。
親友を殺されて。
それを顧みないと他人に罵られ。
それとも、それ以上に大切なものがあるというのか。
誰に恨まれようと、誤解されようと、大事なものがあると?

「あ、んん、あっ・・・」
「好きだ・・・」

何度も囁かれ、頭がおかしくなりそうだ。

「ロ、イ・・・っ」
「・・・ああ、もうイきたい?」

こくこくと頷くエドワードに、ロイは唇を落とす。
張り詰めたそれを、強く擦る。少年はひときわ高い嬌声をあげ、あっけなく精を放った。
崩れ落ちるエドワードの身体を、ロイは地面へと押し付けた。
ちくちくと素肌に草があたり、エドワードはかすかに顔を顰めた。

「―――痛い?」
「・・・別に・・・」

羞恥と期待がないまぜになった複雑な気持ちのまま、エドワードはロイを見上げた。
美しい人だと思った。その顔立ちも、濡れたような漆黒の髪も、夜の帳のような色の瞳も。
もう、ずっと前から。
出会って4年。愛を確かめ合ってから2年と経っていなかったが、ずっと彼を想う気持ちだけは同じだったとおもう。
ただ、気付かなかっただけで。

「大佐・・・」
「・・・エドワード」

すっと頬に唇を落とされ、エドワードは瞳を閉じた。
もう、何もかも、どうでもよかった。
立て続けの衝撃的な事実に、心身ともに疲れていたのかもしれない。
ただ、男の熱の心地よさだけを感じていたかった。
この先に何が待つかなど、後で考えればいいのだ。
それに男は言ってくれたではないか。
『君しか見えない』と。
ならば、目の前の男しか見えない自分も、同じ。
今は、今だけは、目の前の男だけを感じていたい。
彼の本当の心が自分だけにあることをただ信じて、少年はロイの首にしがみついた。
ロイの肩越しに見える夜空を見上げながら、
エドワードはひたすらに与えられる快楽に溺れていたのだった。









少し涼しいくらいの秋の風が、熱の余韻が収まらない肌に心地よかった。
もはや、何度繋がったかなどわからない。
わだかまる下肢の痛みは、朝、起きて目を覚ましたときにはかなりつらいことになるであろうことを予想させたが、それは半分自分のせいなのだ。エドワードは苦笑した。
愛し合った男は、同じように隣で草原の上に寝転んでいた。
彼の肌に身を寄せ、エドワードは軽く息をつく。
思考がやっと少し戻ってきて、少年はゆっくりと昨日までのことを思い返した。
(・・・ヒューズ中佐)
死んでしまったものは帰らない。
それを嫌というほどわかっているから、なおさらに切なかった。
ましてや、彼の死は自分たちのせいなのだ。
誰が違うといおうと、気にするなと言われてもどうしようもない。事実は事実なのだから。
それを考えると、今更のように胸が痛んだ。

「・・・エド」

少し掠れた声に顔をあげると、ほら、とロイの腕が夜空を指差した。
その先を見つめる。輝く星の海だ。美しさに目を細める。

「見えるかい、エドワード。あそこにヒューズがいる」
「は・・・?」

そんなバカなことあるか、と言い返そうとして、ロイの顔がいつになく真摯なことに気付いた。
そうだ、彼は男の一番の親友だった。
エドワードは黙り込み、彼の指さす場所を見上げる。
ロイは不意に笑い出した。
予想もつかない男の反応に、エドワードはついていけない。

「ああ、また怖い顔をしている。エド、あいつはな、死んでからずっとああなんだ。私が少しでも心を揺るがすと、ああして怒ってくる。お前バカかってな」
「・・・大佐・・・」

彼の目には、本物のヒューズが映っているのかもしれない。
それほど、穏やかな瞳の色をしていた。

「・・・そんなことをしていてどうする。お前は一番偉くなって、この国を変えていく人間だろう。もっと大義に目を向けろ・・・。生前のヤツにも何度も言われたよ。私は弱い人間だからね」
「・・・・・・」

ロイが、ヒューズとの約束を貫くために、彼の死を顧みないことは知っていた。
だが、今のロイは、顧みないどころか、いつも彼の存在を瞳に映しているように見えた。
もしかしたら、普段からずっとそうだったのだろうか。

「・・・まったく、笑ってしまう。死んでなお、ああして目を光らせているんだぞ?困った奴だ」

はは、と笑うロイに、エドワードはうつむいた。

「・・・だからって・・・それでいいのかよ・・・、あんたは。俺だったら、きっと」

きっと。
例えば、一番大切なものが殺されたら?
それが血を分けた弟なら?愛する男だったら?・・・きっと、耐えられない。
何が何でも探し出し、償わせるだろう。そうしたって、大切な者が帰ってくるわけではないと知っていても、それでも。
きっと、復讐を誓ってしまう。
自分の心に唇を噛む。
ああ、これが、アルフォンスに言わせれば大人気ないというのだろうか?

「・・・エドワード」

沈黙を続けるエドワードに、ロイは声をかけた。
乱れ、結わえた紐も解けた髪に、指を絡ませ、それを梳く。

「君はそれでいいんだ。真っ直ぐで、素直で、優しい。私のようになる必要なんかない」
「大佐・・・」
「私は、ただあいつとの約束を果たしたい。それが、一番のあいつへの供養だと思うからだ。今までずっと、私を支えてくれた奴への、な」

目を細めて星を見上げるロイに、エドワードはもう何も言えなかった。
2人が築き上げてきた絆は、彼らだけのものなのだ。それを考えて、エドワードは不覚にも泣きそうになる。
ヒューズに嫉妬するつもりはなかった。ただ、羨ましいと思った。
そんな強い絆を作り上げていた彼ら2人を。
自分もいつか、そんな人間に出会えるだろうか。
エドワードはロイを見上げた。今は一番、自分の心を占めるこの男。
キスを強請ると、ロイは自分を抱き上げ、唇を重ねてきてくれた。
柔らかな感触。くすりと笑う気配。そのどれもが愛しくてたまらない。
今度こそ肩を震わせて男が笑う。エドワードはムッとしてロイを睨んだ。

「なんだよ」
「いや。これではヒューズに謝らなくては、とね」

そういうと、ロイはエドワードの指に自分のそれを絡めて、しっかりと握り締めた。
戸惑うエドワードに構わず、目の上、空高くにその手を掲げて。

「すまない、ヒューズ。今しばらく、この子のために生きさせてくれ。やっと見つけた、大切な子なんだ」
「・・・な、なんだよ、それっ・・・!」

ロイの言葉に真っ赤に染まるエドワードは必死に絡む指を振り解いた。
恥ずかしくて顔もあげられない。なんてことを平気な顔で紡ぐ男なのだ、まったく。

「言葉通りの意味だよ。今の私は、君しか見えないと言ったろう?」

・・・そう、確かにロイはそう言っていた。
ぎゅっと強く抱き締められる。男の暖かさが、染み入るようだった。

「・・・た、いさ」
「なにを捨てても構わない。君が大切だよ」





今まで沢山のものを犠牲にして得てきた、その地位も、立場も、信頼も、なにもかも。
この少年のためになるのなら、捨てたって構わないと、
あの時ロイは本気で思ったのだ。
あの時―――逃亡したエドワードを追っていた、あの時に。
彼の力になりたいと、本気で願った。だからこそ、少年を追ったのだ。
もう、その時点で真っ向な昇進の道は閉ざされてしまった。
自ら潰してしまったそのレールを見て、友はどう思うだろうか?
バカ野郎、と罵られるだろうか。昔のように、一発や二発頬に拳が飛んでくるだろうか?
でも、結局、許してもらえるだろう。
大切なものを守りたいと思う気持ちは、きっと何より強いはずだから。





「・・・あ、流れ星」
「綺麗だな」

腕の中の存在を抱き締める。大切な大切な、私の小さな錬金術師。





遠く地平線は、もう白み始めていた。





end.




・・・えへ。44話ネタでした。
ヒューズを想いながらその約束を違わぬよう一心に前を向くロイに敬意を表して。
だというのにエドワード達のために頭を下げたロイの決意に敬意を表して。
そして最後に、大嫌いなくせに占めるものは大佐っつー可愛いエドワードに万歳ってことで。




Update:2004/08/09/MON by BLUE

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