契約者は旦那様。



「愛している。お前のすべてが欲しい」

いつになく真摯に写るダヴィッドの瞳が、本気なのだと言っていた。
ラッシュは焦った。
自分もまたダヴィッドが好きで、だからこそ今まで
彼の為に力を貸してきた。
だが、今彼が求めているのは・・・

「ま、まてよっ!オレは、男で・・・!」

迫るダヴィッドに、ごくごく当然の抵抗をしてみせる。
困ったことになった。
自分の正体を、ダヴィッドは知らないのだ。
出会ったときから人間として扱われて、当然のごとく親友になった。
彼と共に過ごした幸福な時間。
気づいた時には、失いたくないと感じてしまった。
だが、レムナントにとって、それは一種のタブー。
個人の人間にイレ込み、情を抱くなど。契約者との関係すら、儀礼的であり機械的なものであるのが正しい在り方だ。
だから、特に情を覚えやすい人型レムナントは、力の発動に制約があった。

「ラッシュ、お前の答えが聞きたい」
「こ、答えって言われても・・・」

ダヴィッドはラッシュの逃げを許さず、手首を掴んだ。
見つめている琥珀色のそれは、ひどく美しくて。
ラッシュは唇を噛んだ。
ああ、もし、自分がただの人間であったなら。
何のためらいもなく、口にしただろうに。
おれもお前が好きだったと。あんたが欲しい、と。
けれど、現実には、自分はレムナントで、
まさか彼の求めを受けるわけにはいかない。人間ではないのだから。
だから、ラッシュは沈黙した。
否定はできなかった。けれど、イエスと答えることもできない、
この自分の気持ちを見逃してくれれば、と。

「沈黙・・・それがお前の答えか」

目を伏せて、苦しげに言葉を紡ぐ。
ラッシュは胸が痛んだ。自分が、傍にいたいと思い、彼を傷つけてしまったのだ。
これほど後悔をしたことはなかった。
だが。

「・・・お前がそのつもりなら、身体に聞くまでだ」
「・・・・・・へ?」

ダヴィッドから漏れた思いがけない言葉に、
ラッシュは耳を疑った。
どこに聞くって?

「ダ、ダヴィッド・・・!?ちょ、やめ・・・!」

ドシン、と音がして、
世界が回った。ダヴィッドが背後のベッドにラッシュを押し倒したのだ。
これはまずかった。下手をすれば、正体がばれてしまうではないか!

「ラッシュ・・・俺はお前が好きだ。お前は・・・違うのか・・・?」

衣服の胸元に手をかけられ、ラッシュはパニック状態だった。
これまで2人で過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を走る。涙があふれそうになった。
必死に抵抗を試みるが、男の全体重を預けられては、手足をばたつかせることしか出来ず。
ビリリと乱暴に服を破られれば、滑らかな肌がダヴィッドの目の前に晒された。

「嫌だ・・・ダヴィッド!俺は、こんなっ・・・!」
「ラッシュ・・・お前が欲しいんだ・・・でないと、俺は・・・!」

切羽詰まった男の声音が、ひどく恐怖を誘った。
だが、逃げ出せることも出来ず、かといって今は深夜、しかも与えられた自室。
たとえ自分が泣いて喚こうが、誰も聞こえないだろう。
助けを求めるなど不可能だった。
ダヴィッドの唇が肌に触れた。ラッシュは息を詰める。そのまま、男の手が下肢を撫でていく。

「ぁ、や、めっ・・・!ダヴィッド・・・!!」

下肢を弄るそれが、ボトムのベルトを緩める。
ラッシュは絶望に身を浸した。このままでは、本当に、バレてしまう。
自分の秘密。彼が知ったら、もう今までのようにはいられない。
皆を欺いていたこと知られ、ダヴィッドをだましていたことを知られ、
自分はどうすればいいのだろう!?

「お願いだ・・・答えてくれ・・・ラッシュ・・・!」
「ダヴィッド・・・俺はっ・・・ぁあ!」
「っな!?」

ダヴィッドの指先が、ついにラッシュの雄に触れた。
途端、少年の身体がぼぅと淡い光に包まれる。
ラッシュは唇を噛んだ。横を向く。もう、彼を騙せなくなったことに、心の底では涙を流したまま。
碧き光は次第に強くなり、ダヴィッドは眩しさに目を細めた。
それは、人間には在り得ない、高貴な光。
そう、レムナントが、契約者を欲する時に現れる、発光現象―――。
ダヴィッドは息を呑み、ラッシュを見つめたまま唇を震わせた。




「―――・・・ルミナスだと・・・?!」










契約者は旦那様。










「ダヴィッド様、敵襲です!」
「場所は?」
「敵は、ダークフォレストに潜伏しているようです、あちらからクラージェ区に攻め入ろうとしている、という情報があります」
「ラッシュ」
「ああ!」

ダヴィッドの呼び掛けに軽く応えて、ラッシュは地面を蹴った。
一瞬後。ラッシュの姿はない。
ダヴィッドは足を組むと、改めて玉座に深く座り直した。
瞳をつむる。

「しばらく待とう。おそらく、ラッシュが何か掴んで来てくれるさ」
「イエス、マイロード!」

あくまで自信を崩さない主君の姿に、
状況を報告にきた下っ端のアスラム兵は改めて感嘆の声をあげたのだった。

さて、時代はディスク2。
マーシャルの力を使ってとりあえず覇王軍を退けたアスラム軍は、
実にトントン拍子に独立への道を歩んでいた。
というのも、領主ダヴィッド・ナッサウが、
ヴァレリアハート、ならびにゲイ・ボルグという巨大レムナントを2つも持ちながら、
更にそんなレムナントらの管理者であるレムナントまで味方につけてしまったからである。

上記の通り、当初、レムナントであることを隠し、
ダヴィッドと共に友人として過ごしていたレムナント管理者ラッシュは、
己がレムナントであることを知られ、絶望の淵に浸っていた。
だが、ダヴィッドの二言目は信じられないものだった。

「・・・っけ、契約してくれ!!!!」
「っは!?」

光を帯びたラッシュの両手を掴み、熱心に口説くものだから、どうしようもない。
訳が分からないまま、無理矢理契約のキスをさせられて、
つまり、ラッシュとダヴィッドはそういう関係になってしまった。
すなわち、契約者とレムナントの正しい在り方に収まってしまったのである。

こうなってしまえば、話はどんどん進む。
まず、アスラムに、第3の強大なレムナントがやってきたと大々的に公表され、
もちろん領民たちは大はしゃぎ。
他国は畏れを抱き反発するものもいれば、脅威を感じる前に、とアスラムを持ち上げる国も多数。
反対派の頭、セラパレスは、アスラムを黙らせようと攻め入ったものの、
ゲイ・ボルグの一撃であっさり撃沈。
かくして、アスラムによる天下統一(何)が達成されたのだ。

まぁ、もちろん、今でも反対派がいることはいるのだが・・・。



「うわ、随分と集まってんなー」

ラッシュはアスラム外縁部の平原で、感嘆の声を上げた。
レムナントとしての能力―時を操る力―を使い、すぐさま飛んできたラッシュだったが、
呆れる程の大軍に目を丸くする。

「こりゃ、ダヴィッドのゲイ・ボルグでも一掃はムズかしいかもなー。ま、俺は別だけど。」

ボリボリと頭を掻いてみたりする。
自分がレムナントだと知られてしまった今、ラッシュの瞳に迷いはない。
契約者を得て、その存在の為にできる限りの力を発揮する―――
それがレムナントの使命であり、存在意義だ。
だから、もちろん、今回も、ラッシュは戦う気満々だった。

「さー、お仕事お仕事!」

両手を広げて、力を集める。全身を淡い碧色に光らせ、
そうして小さく息を吸う。
小柄な身体から、強烈な一撃を放とうとして、

「!!!」

ラッシュは嫌な予感がして上を見上げた。
次の瞬間、

ドゴオッ!!!!!

足元の地面が、完全に裂けた。
被害を受けた場所の、その中央には、レムナント・ヴァレリアハート。
あの、アスラムの中央広場に突き刺さっているハズのアレである。

「あ、っぶねぇ!」
『お前が勝手な真似をするからだ・・・偵察だけ、と言ったはずだが』

頭の中に流れ込んできた声音は、ダヴィッドその人だった。
意思のあるレムナントなどそうそう居ないからあまり知られていないが、
契約者とレムナント間には離れがたい絆がある。
こうして、離れた場所でも会話できるほどに、密接なのだ。

「いいじゃん、俺が戦えば一発だぜ?」
『この馬鹿!万一何かあったらどうするんだ!』

ダヴィッドは至極真面目に言っているらしいが、ラッシュはうんざりと顔を歪めた。
万一、と言うが、果たしてどういう状況のことを言うのだろう?
そもそも自分はレムナントであり、
レムナントが人の力で消滅することなど万に一も在り得ないのだ。
危険など、全くないというのに。

「ていうか、むしろアンタの武神の一撃のほうが怖いよ俺・・・」
『お仕置きだ。とにかく、俺が行くまで必ず待っていろよ。下手なことをしたら許さんからな』
「へぇへぇ」

我侭な契約者に、ラッシュははぁ、と溜息をついた。
だが、実際、レムナントは契約者の意思を反映してしか力を制御できない。
だからこそ、契約者を失ったブランク・レムナントは、
その力の矛先を失い、コラプスという暴走を起こしてしまうのだ。

とりあえず、その場所の時間を凍りつかせると、
ラッシュはダヴィッドが来るであろう方向がよく見える丘で腰を下ろした。

(ダヴィッド・・・)

自分がレムナントだと知られて、何が変わったかといえば、
正直、ほとんど何も変わらなかった。
ダヴィッドと契約を結んだ今でも、ダヴィッドは自分をごくごく普通の人間として扱うし、
皆と共に肩を並べて戦うときもあれば、食事も同じテーブルで食べる。
変わったことといえば、
「ラッシュ様」と呼ばれることが多くなったくらいか。
どうやら、アスラムの中でも、ラッシュ自身がレムナントだという事実は周知されていないらしく、
代わりにいつも傍にいる自分が「領主の妻」という立場に見えるらしい。
少し照れくさくはあったが、公認の仲というものは嬉しかった。
堂々と、彼の傍にいられるから。

(でも、本当は)

契約者とされる側の関係。それはひどく近くて、魂すら共有しあう程のものだ。
だが、ラッシュは、本当はそんな形を望んでいなかった。
ダヴィッドは、既に2つものレムナントと契約している。
特に巨大レムナントとの契約は、その者の命を削るものなのだ。
だから、自分までそんな関係になれば、
更に彼の命は縮まることになる。
だから、拒んだというのに。

―――そんなもの、些細なことだ。お前が欲しいという、その想いの前には

ダヴィッドは、躊躇わずキスをくれた。
後戻りはできない、契約の儀式。ラッシュは瞳を閉じた。
思い出して、あの時のように男の背中に腕を伸ばす。彼にしがみ付いて、
男の腕の力強さを、その意思の強さを、
その全てを感じた。
彼が自分を欲しいといってくれたように、自分もまた。
欲しい。
甘いキスに舌を絡めて、自分から貪った。

「ぁ、ダヴィ・・・もっと・・・」
「・・・お前、何を寝ぼけているんだ?状況をわかってるのか!?」
「んあ・・・、ダヴィッド。・・・って、あ、やべ。」

目の前に、想像していた彼と寸分たがわぬ男がいた。
かなり早い気がするが、もうアスラム軍が出撃してきていたのだ。
まったく気づかなかった。しかも、尚悪いことに、
ダヴィッドに浮かれていて、どうやら術式から意識離れていたらしい。
ダヴィッド達アスラム軍と、自分の周囲には、
あの気が遠くなる程の大軍。

「まったく・・・早く倒すぞ。愛の営みはそれからだ。」
「わかってるって。とりあえず、ダヴィッド、ゲイ・ボルグよろしく!」
「他力本願だな・・・・・・呆れた奴だ」
「俺が戦うと危険だろ?」

先ほどまでとは正反対の言葉をダヴィッドに告げ、ウィンク。
お茶目なこの少年に呆れつつも、
そんな彼に惚れまくってしまったダヴィッドは軽く溜息をついただけで許してしまった。

(惚れた弱味、というやつだな)

ケレンドウロスを構えたまま、ちらりとラッシュを見やれば。
少し離れたところで、「がんばれーダヴィッドー!」などとレムナントとは思えない無責任発言を口にしていて。
ダヴィッドは口元を緩めた。
愛している。親友という枠では満足できない程に、
彼が欲しいのだと、心の底から叫んでいる。

「見ていろよ・・・ラッシュ」

こんなつまらない戦闘など早く終わらせて、
彼と2人切りになりたくて。
ダヴィッドは熱の上がる自分自身を深呼吸で収め、
敵陣の中央に照準を合わせたのだった。





end.




Update:2009/04 by BLUE

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