衝動。



「・・・いってぇ・・・」

12時もとっくに回った深夜。
ベッドの上で呻き声をあげた少年は、
隣で、涼しそうな顔をしてヘッドボードに寄り掛かる男を恨めしそうに見上げた。

「あんたさぁ、絶対俺のこと考えてないだろ」
「そうか?散々善がってたと思うが」
「よ、よがっ・・・!馬鹿!オレはオレで、大変なんだよ!これでどうやってあの怪物と戦えってんだよ・・・イテテ」

腰を押さえながら、再度ベッドに沈むラッシュに、
ダヴィッドはひどく冷静だ。
怪物、というのは、メルフィナでは有名な白沢というドラゴンのことだ。
クローキグ湿原に度々出現しては、来訪者を困らせているらしく、
昨晩、宿屋で討伐を依頼されていた。

・・・という状況で、コレである。

「そもそも、明日は早くから討伐に出るんだろ!?なんでこんなコトしてんだよ」
「俺の部屋は個室だ。誘ったのはお前のほうだろう?自分から来たのだから」
「・・・オレは明日の討伐について話したかっただけだっての!」

ふぅん?という顔で見下ろされて、
ラッシュは唸った。
確かに、部屋に足を踏み入れたのは自分だ。けれど、
まさか、まさか聡明なアスラム候の居る部屋が狼の檻だとは誰も思うまい。
もちろん、それはラッシュだからこそそう感じるだけなのだが。

「ま、仕方がないな。辛いのなら、明日は休んでいるといい。俺は構わないよ」
「・・・今日こんなにピンピンしてたのにどうやって皆を騙せるって言うんだよ。何?苛め?」
「単にお前のためを言っただけだが」

口数の減らないラッシュに、ダヴィッドは少しだけ溜息をついた。
なんだかんだで、大した抵抗もなく抱かれていたのは他でもない、ラッシュ自身なのだ。
今更、照れ隠しか知らないが責められても困る、というのが本音で。
ダヴィッドはとりあえず、
曖昧な返事を返したまま視線を手元の本に落としていた。
まぁ、正直なところを言えば、
毎回、情事の後、ラッシュがどれほど苦労しつつ戦場に立っているのかを知っているだけに、
昨晩の激しさは謝るべきなのかもしれない。
だが、やはり自分を誘うラッシュも同罪だと思うのだ。

「俺を責めても、その腰は回復しないぞ。諦めて、休養に務めることだな」
「・・・ムカつく」
「そう言うな。ほら、肩が出ている」

素裸の肩口が毛布からはみ出していて、ダヴィッドは彼の顔までそれを引き上げてやった。
ラッシュはいまだにう〜と唇を尖らせていたが、
彼が抱き締めるようにして毛布を羽織らせてくれたから、
その温もりに諦めたように大人しく丸くなった。



静かな空間に、時を刻む時計の針の音だけが響く。
そうして、時折、ぱらりと紙を捲る音。

「・・・あんた、なにやってんの?」

そういえば、隣の男が何をしているのかすっかり忘れていた。
自分を寝かしつけて、意識が遠のいている間に、
ダヴィッドはガウンを羽織って、何やら分厚い本を数冊、ベッドサイドに持ってきていた。
クッションに背を凭れて、時折顎やらを摘まみながら読んでいる姿は、
悔しいがとても様になっている。

「・・・魔、片の、調合、書?」
「この間、お前が新しい技に挑戦したほうがいいと言ってくれたろう。それだよ」
「・・・・・・あー」

そんなこと、言ったっけ?
ラッシュはぼんやりとした頭で考えるものの、全く思い当たらない。
だが、それもそのはず。
皆に助言を求められるラッシュではあるが、
その実、まったくといいほど大したことは考えていなかった。
その場のノリで答えている、といったほうが正しい。
だから、先日のダヴィッドの問いにも、
上の空で答えてしまっていたのである。
これでは、覚えていないのも当たり前だろう。

「魔片の特徴は、アイテムの調合のみで術法と同等の効果を得られるところにある。・・・白沢とやらを倒すのに、いい手段だと思わないか?」
「うーん」

真面目な顔で、戦略談義を始めるダヴィッドに、正直焦った。
確かに、先ほど自分は「明日の討伐の話をしに来た」と口にした。
だが!
基本的に、戦術や戦略などとは無縁のラッシュである。
戦闘でも、当たって砕けろ!的なところがあり、何も考えずぶつかっていくこともしばしば。
一体どうして、あの賢明なサイクス夫妻の息子であるはずのラッシュが、
これほど頭を使うことに関して疎いのか、と
ダヴィッドが考えてしまうほど、
ラッシュは何も考えていない天然だった。

「あんなデカいドラゴンに直接対決するよりは、遠距離で攻撃するほうが利口だろう。だが、術法は詠唱に時間が掛かるから、体格のわりに俊敏なヤツラに先に攻撃されてしまう。つまり、魔片ならば、術法と同じ遠距離、高威力で先制できる・・・という理屈だ」

「???・・・ああ、そんな気がする、カモ」

最早、ラッシュは頭がチンプンカンプン。
ダヴィッドは、国を統べ、政治を行う立場にあるからか、かなり頭のキレがいい。
だから、そういう会話を彼と続けることは、
ラッシュには相当辛いのである。
下手な言い訳をしちまったぜ、とラッシュは先ほどの発言を後悔していた。

「さ、流石だな!ダヴィッド!俺もさ、そう言おうと思ってたんだよ!」

まったくというほど意味を理解していないが、
とりあえず同意しておく。
というより、早く話を切り上げてしまいかたかった。
そして・・・しかし、その後は全く考えていなかったのだが。

「よーし、明日の白沢戦はバッチリだな!ダヴィッド」
「・・・・・・ああ」

本人は気づいていないのだろうが、
あまりにあからさまに嫌がられると、笑いまで漏れてくるというものだ。
どうして、こう、この少年は。
飽くことなく、自分を楽しませてくれるのだろう?
分厚いそれをぱたりと閉じて。
技の勉強などよりも、お前が欲しくなった、と言ったらどれほど照れて、抵抗するだろう?
それすら押さえつけて、更に彼が許しを請うまで攻め立ててやるのも、
悪くない。
口の端が、自然と持ち上がる。
気持ちの悪い笑いを見せられたラッシュは、
身の危険を感じたのか、心持ち逃げの姿勢になった。

「ちょ・・・待て、待てよ?俺はもう、身も心もボロボロで・・・」
「再起不能にならないよう、善処しよう」
「善処する前に、やるな!てか、おい!触るな!鬼!悪魔!」
「悪魔はお前だろう?何度肌を重ねても毎回違う魅力を見せる身体。俺をここまで深みに嵌めておきながら、更に誘惑し続けるその翡翠の瞳、薔薇の花弁のような唇、そして・・・」
「うわああああ!!!やめろっ!!恥ずかしい!!!」

ばさっと毛布から飛び起きて、両手のひらでダヴィッドの口元を押さえる。
ダヴィッドは可笑しくてたまらなくなっていた。
なんて素晴らしい状況だろう?
ラッシュが自分の上に乗り上げ、顔を真っ赤に染めたまま、
ひどく動揺している表情を見せているのだから。

―――まったく、本当に面白い男だな。

「ちょ・・・、んっ・・・!!」

いい加減、ラッシュを食べてしまいたい気持ちが強くなり、
ダヴィッドはそのまま彼の背を抱き締めた。
そうして、既に濡れた様相を見せる唇に、
更なる熱を与えてやる。

明日の戦闘は、さぞかし辛いものになるだろう。
だが、それも自業自得。
ラッシュが自分自身の魅力に気づいていない、
それが一番の敗因。










「・・・・・・・・・・・痛っっってぇ・・・・・・・・・!」
「大丈夫?お兄ちゃん」

次の朝。
最早足腰などまともに立たないラッシュは、
やはりベッドの上で呻いていた。
白沢の討伐は、とりあえず延期になった。
当然、理由は"主戦力の体調不良"。

「怪我なら、私が術法で治してあげるけど」
「・・・ハ、ハハ・・・大丈夫だよ、イリーナ。すぐ・・・治るから・・・多分」

語尾にいくにつれ、声が小さくなるラッシュである。
誰にも公表できない恥ずかしい理由でベッドから起き上がれないラッシュは、
原因をつくった張本人であるダヴィッドに心の底から悪態をついた。
ダヴィッドはというと、
次の白沢の出現するタイミングを計りに、
領民たちと湿原に行っている。

「・・・・・・チクショー、ダヴィッドの奴・・・!
 金輪際、あいつとはするもんか!謝ったって、許してやらないぞ!」
「ダヴィッド様が、どうかしたの?」
「あ、い、いや」

つい口走ってしまった台詞に、ラッシュは慌てて誤魔化す。
まさか、こんな純情な妹に、まさか真実を言えるはずもなく・・・。
だが、ダヴィッドのせいだとは言いたい。
あの男は、澄ました顔をした悪魔というか狼というか、もうとにかく最低なヤツだということを。

「・・・ムカつく・・・」
「・・・お兄ちゃん!ダヴィッド様は、お兄ちゃんが具合悪くて討伐に出れなくなったから、
 仕方なく延期してくれるように頼みに行ってくれたんだよ!
 感謝しなきゃダメでしょ!」
「感謝?!あいつに!?」

イリーナ、騙されちゃダメだ・・・!
ラッシュは心の底から、今はいない男へ悪態をついたのだった。





end.





Update:2009/04 by BLUE

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