Egoist Valentine.



アスラム城には総じてミーハーな侍女が多い。
というわけで、その日は朝っぱらから城内は騒々しいことこの上なかった。
廊下をぱたぱたとせわしなく走る者や、
どこからか嬌声が聞こえてきたり怒号が聞こえてきたり、
とにかくラッシュが朝早くに目が覚めてしまうほどの騒音ぶりで。

「うるっせぇ・・・なんだよ・・・」
「バレンタインデーだって。お兄ちゃん」

ラッシュにしてはいつもより早い朝食。
一緒にイリーナがテーブルに座って、何やらゴソゴソと小箱を包んでいる。
キラキラと光るラメの入ったビニールを何枚も器用に重ねて、
まるで花が咲いているようだ。

「バレンタイン?」
「なんかね、女の子が男の人にチョコレートを贈る日なんだって。」
「ふぅん」

ああ、それで城の女性達が湧いているのか。
ラッシュは悟ると同時に、ひどく面白くない様子で唇を尖らせた。
聞かなくともわかる。
あの歓声は、この国の領主であるダヴィッド・ナッサウに向けられたものだ。
現在、彼には噂のお相手がいない。
いや、もちろん真実はそうではないのだが・・・とにかく、
城の中では勿論のこと、領民すらダヴィッドの心を射止める女性は誰か、と
こういったイベントでは女性達が熱い火花を散らすのであった。

「・・・で、主役の領主様はどこだよ?」
「ダヴィッド様なら、定例視察で城下街に行ってらっしゃるわよ」
「・・・ああ、そう」

城下などにおりたら、たちまち女共に囲まれて大変な騒ぎになるだろうに。
まったく、人騒がせな領主様だと思う。
これでは、護衛の者も気が気ではないだろう。
それより、おそらくもらうチョコの数は半端ではないから、
チョコ係の者も連れているかもしれない。
他人のチョコレートを抱えて歩くアスラム兵の悲しさといったら!
ラッシュはいろいろと妄想して、不機嫌な顔を更に歪めた。

「ちくしょう、ダヴィッドの奴・・・」
「お兄ちゃんの分もあるのよ。ハイ」

そういってイリーナが差し出したのはちんまりとしたチョコレート。
今彼女が包んでいる豪華なもの−−−おそらく彼女もダヴィッドに渡したいのだろう−−−と比べて、
かなり控えめな・・・もとい気合いのはいってなさそうなチョコだった。

「・・・あ、お兄ちゃん、今つまらなそうな顔したでしょ!」
「い、いやべつに」
「これはね!手作りなんだからね!エミーさんと私が頑張ったんだから!」
「エミーが?」

あの男勝りな彼女もバレンタインには胸をときめかせてチョコを作るんだなと。
エミーが聞いていたら怒るようなことを考えながら、
チョコを受け取り、小さな飴玉のようなそれを開けてみる。
パクリと一口。

「・・美味い」

確かに甘いものが大好物なラッシュにはチョコレートは嬉しいものだったが、
くれた相手というのが妹なのだから大して感動も湧かない。
・・・いや、まてよ?

「エミーからのチョコってことでいいんだよな?」
「勘違いしないでもらいたいわね。それは義・理・チョ・コ!」
「げ」

室内に入ってきたのは、これまた豪華に飾られたバレンタインチョコ。
しかもリボンが幾重にも絡まっていてチョコより包装のほうがかさばっているのではないだろうか。

「イリーナちゃんがチョコを作りたいっていうから、手伝ってあげたのよ。それは残り!」
「なんだよそれ!」

ぶぅぶぅと唇を尖らせて不満を漏らすラッシュをひとしきり楽しんで、
エミーは手のなかのチョコを手渡した。
かなり凝った作りのそれを渡されて、今度はラッシュも驚いた。

「・・・え?これ・・・を俺に?」
「私から君にあげるチョコじゃないわよ。これは君が、好きな人に渡す分!」
「は・・・?えぇぇえええ!?」

なんだそれ!
驚いたようにエミーを見上げると。
彼女は至極真面目な振りをして・・・いたが、その目は笑っていた。
まさか・・・いや、そのまさかだろう。
彼女は知っていた。
ラッシュが誰を好きで、そしてそれがあまり公言できない種類の愛情だということを。
無論、その相手というのはダヴィッドのことなのだが・・・
だ、だからって男の自分が!
なぜあれほど女たちに囲まれているダヴィッドなんかにあげなきゃいけないのか!

「な、何馬鹿なこといってんだよ!エミー!」
「別に変じゃないわよ」
「そうそう。それにね、お兄ちゃん。今、流行ってるんだって!逆チョコ!」
「はぁ?!」

なんだそれは・・・
名前から察するに、通常女性から男性へとチョコを渡す習慣のバレンタインで、
逆の男性からもチョコを渡そう、という話なのだろうが・・・
バレンタイン初心者であるラッシュにはすべてが初めてのことばかりで、
若い女性達の心理には到底ついていけないのだった。










(あげるったってさ・・・)

手元のチョコを見ながら、ラッシュは俯いた。
いま彼が立っている場所は、城内への入口。・・・の、ホールの端の柱の陰。
時間は、定例視察も終了しダヴィッドが戻ってくる頃。
というわけで、
ホール内は我先にと並ぶ侍女たちの蟠りができていた。
こんな状況で、自分がダヴィッドに声をかけられるわけもなく、
けれど無視することもできずにこんなところに来ているわけだった。

「さすがに集まってるわね。相変わらず」
「すごーーい・・・」

柱の表には、エミーとイリーナ。勿論目的はダヴィッドだ。
こちらは別に後ろめたくもなにもないので、
皆の前に立っている。

「・・・これってさ、城に仕えるものとしてあるまじき状況じゃない?」
「まぁねぇ。でも、ダヴィッド様が成人を迎えてから、毎年こんな感じだからなぁ。」
「毎年!?」

ラッシュは呆れたように声をあげた。
エミーによると、確かにバレンタインデーで誰にチョコをあげるかは自由だし、
その相手が領主だろうが将軍だろうが国の方針として禁止していない。
だが、やはり1日中付き纏われたり突然のアタックをされても政務に痞えてしまう。
というわけで、
定例視察という名のパレードや、帰ってきたこの瞬間だけは
無礼講、ということで領民や侍女たちが集まっているのだという。

「あ、来たわ!」

エミーが叫ぶと同時に、
わぁっ、と辺りがざわめいた。
重い城門が開かれ、部下たちを引き連れた領主ダヴィッド・ナッサウが戻ってきたのだ。
相変わらず、いつ見ても綺麗だと思う。
太陽の光を反射して煌めく金髪、長い睫毛、男らしいきりりとした顔立ち。
薄い唇が、ふわりと微笑むと周囲の女性たちの歓声があがる。

(ダヴィッド・・・)

始め、柱の影から遠目で見ていたラッシュだったが、
すぐに女性たちの群がりに埋もれるダヴィッドにまたしても唇を尖らせ、横を向いた。
まったく、見ていられるものではない。
何せ、普段自分だけに見せてくれると思っていたあの奇跡にも思えるほどに素晴らしい笑顔を、
チョコを渡す1人1人に言葉付きで惜しげもなく見せているのだから!
そして、そうされた相手は、
嬌声をあげたり感激で涙を流したりどさくさに紛れてダヴィッドの手を握ってみたり
しまいには失神する者もでる始末で。
なんて罪な男だろう。
そして、
あんな笑顔を見せて手を振ったり声をかけたりしているダヴィッドの頭には、
自分の存在などこれっぽっちもないのだろう。
そう考えると、
こんなところで自分はなにをやっているのだろうと思った。
どうせ、あんな女性たちの中に、
自分がいるなどとダヴィッドが思うはずもないではないか!
恥ずかしかった。
もう、逃げ出したいと思った。
イリーナやエミーには悪いが、足が勝手に動いた。

「―――・・・ラッシュ?」

その背に、落ち着いた男の声が投げかけられた。
ダヴィッドが1人の存在に意識を向けたことで、周囲からブーイングの声があがったりもしたが、
また違う歓声も沸き起こる。
ラッシュの身体が石化でもさせられたように固まった。
背後の男は、ひどく優しげな声音を投げかけてきて、拒めない。

「早起きだな」
「・・・・・・まぁ、ね」
「確かに、これでは寝ていられる状況ではないしな。」

くっくっと笑うダヴィッドに、少しだけほっとした。
いつも通りだ。いつも通り、自分と親しげに話をしてくれる彼ならば、
今、ここでこの手の中にあるものを渡しても馬鹿になどされないだろう。
そうだ、いつもの調子で、軽いノリで、
渡せばいい。
きっと、自分から渡してくるなんて、考えてもいないだろう。
いつも、驚かされてばかりなのだから、
こういう時くらい、彼が驚く姿を見てみたい。
だから、ラッシュは、おずおずと手を差し出した。

「あのさ、これ・・・」
「ん?まさかお前もチョコか?・・・ああ、エミーの仕業だな」
「っ!」

一気に顔が赤く染まった。
羞恥もあったが、それ以上に、あっさりとエミーの差し金だと見抜かれたことが悔しかった。

「ち、違・・・」
「無理しなくていい。私だって、まさかこんなところでお前から貰いたいとは思ってないよ。
 ・・・エミー、ラッシュをからかわないでやってくれ」
「別に、からかったつもりはないんですよ、ダヴィッド様。ただ、ラッシュが淋しそうにしてたから・・・」
「っ・・・!!」

ダヴィッドとエミーの会話にいたたまれなくなり、ラッシュは思わず駆け出していた。
2人の会話は、あまりに軽すぎて、自分がこれほどヤキモキしながらチョコを渡そうとしていたなど馬鹿みたいだ!
更に、ただからかわれるだけで終わったなどと、
恥ずかしい以前に、情けなかった。

「ほら、逃げ出してしまった。」
「すみません、ダヴィッド様。でも、ラッシュも悪いと思いますよ。あんなに純情なコなんて、そうそういないですからね」
「まぁな。」

ラッシュで遊んでいるらしいダヴィッドとエミーに、
イリーナはというと、

「まったく、お兄ちゃんも情けない!あれほど、ダヴィッド様やエミーさんに愛されているのに、
 全然気づかないなんて!」

・・・こちらも全く兄に同情しない妹であった。










「ったく、ひでぇよ!あんたも、エミーもさ!」
「すまない、お前があんまり可愛かったからな。つい」
「つい、じゃねーよ、ついじゃ!」

ラッシュは自室で、ぷんぷんと怒りをぶつけていた。
結局、あのまま部屋に逃げてきたものの、そもそも、ここはダヴィッドの城だ。
引きこもりなどできるはずもなく、
簡単に男の侵入を許してしまっていたのだ。

「俺はさ!本気で、あんたにチョコを渡そうとしたんだよ!なのに、貰う気はないとかなんとか・・・」
「悪かった。お前は、本当に純情で、素直な奴だよ。」
「ん・・・」

お詫びに、といった風に唇を重ねられて、
その濡れた感触にラッシュは瞳を閉じた。柔らかなキス。自然と、歯列が緩む。
けれど、侵入してきた舌は、ひどく甘かった。
チョコレートの味。
そう理解した途端、ラッシュの眉間に皺が寄った。
やはり、嫉妬してしまう。
これほど愛されて、抱きしめられて、二人きりで過ごす時間も多いのに、
たくさんの女性からチョコレートを貰っては笑顔を向けていた姿を見てしまうと、
どうにも悔しくて仕方がなかった。

「・・・なんか、ヤダ。」
「我儘を言わないでくれ。それに、俺の気持ちだって、少しはわかってもらいたいものだ」
「なんだよ、それ」

再び唇を尖らせるラッシュに、軽いキス。
そうして、ゆっくりとベッドの淵に座らせ、両手首を取り上げる。
唇を舌でなぞるようにすると、抵抗を忘れたラッシュの身体が男のなすがままに倒れ込んだ。
今だ捕えられたままの両手首に、なにかしゅるりと音がしたが、
ぼんやりした頭では既に何も考えられなくなっている。

「知っているか、ラッシュ?バレンタインデーというのはな、元々、結婚の禁止されていた兵士らに愛を説き、秘密裏に婚姻させて処刑された、聖ヴァレンティヌスの名前から来ているんだ。」

首筋にキスをされ、ラッシュの背がのけ反った。
その隙に、ベッドと背の隙間に、するりと男の腕が入り込む。
上半身のシャツを除いて、いとも簡単に下肢を纏う衣服が取り去られると、
さすがに羞恥心が芽生えたのか、ラッシュは身を捩った。
けれど、それは逆効果となり、その隙にダヴィッドの身体がラッシュの足の間に滑り込む。
膝が割られ、男の目の前に中心部を晒す羽目になった。
そして、更に、微かな刺激としゅるしゅると絹が擦れるような音。

「だから、本来、女性から男性へチョコレートを贈るだとか、そんな形に意味はない。愛する者同士が愛を確かめ合う―――それが一番、重要なんだよ。」
「っ・・・」

耳に吹き込まれる言葉は、まるで魔力。
やはり、好きなのだ。愛している。ダヴィッドに抱かれて、
幸福だと叫ぶ自分がいる。
こんな感情をくれる男が愛しくて、すがりたくて腕を伸ばして背を抱きしめようとした。
だが、なぜか腕はびくともしなかった。
というより、何か抵抗があって動かなかったというのが正しい。
あれ、と、ようやくラッシュの頭に疑問形が湧いた。

「っえ・・何・!?」
「俺はな、ラッシュ。お前からチョコを貰うより、もっと甘いお前自身が欲しいんだ」
「んっ・・・ちょ、待て・・・!」
「待てない」

ダヴィッドの唇が、いきなり下肢に吸い付いてきたものだから、焦った。
慌ててダヴィッドの頭を掴もうとして、
今度こそはっきりと両腕が拘束されているのに気づいた。

「ぁっ・・・・や、ちょ、・・!」
「ああ、可愛いよ、ラッシュ・・・そうして、本当にお前は甘い・・・」
「待てってば・・・ああっ・・・!」

抵抗しようにも、腕を動かすほどに手首に食い込んでいくそれは、先ほどのエミーが作った包装用のリボンだった。
いつの間に、と思うほど、幾重にも巻かれていて、少し動いたくらいではびくともしない。
そして、更に恐ろしい現実がラッシュの目の前に晒された。

「あ、苦しっ・・・・!」

ダヴィッドの舌がラッシュの雄を這うたびに、
熱を増すラッシュ自身は、先ほどとは比べモノにならないほど大きさを増している。
そして、その砲身には、細いピンクのリボン。
そう、手首を拘束しているのと同じ、あのリボンがまたしても幾重にも巻かれていたのだ!
こんな状態では、ラッシュ自身が昂れば昂るほど、そのリボンは食い込み、
そして彼自身を締め付けるだろう。
現に、今の状態でも既に食い込みを見せ、ダヴィッドの舌が這うたびに辛そうに震えているではないか!

「や・・・!ダヴィッド。。。!」
「素晴らしいプレゼントをありがとう、ラッシュ」
「っ馬鹿・・・!ぁ、や、ああっ・・・!」

うっとりと指先で亀頭をなぞり、そしてリボンを伝うようにして指先を這わせる。
それだけで、堰き止められたままの彼の雄は暴走をはじめ、
ラッシュは涙目で必死にダヴィッドに訴えた。

―――本当に、可愛いものだ。

ダヴィッドは満足そうに目を細め、そうして更に彼をおぼれさせるべく愛撫を続けていた。
リボンをかけたラッシュは、本当にプレゼントのようで。
チョコレートなどよりも、よほど心を動かすものなのだなと、
ダヴィッドはまた改めて、
ラッシュへの愛を実感したのだった。










end.





Update:2009/04 by BLUE

PAGE TOP