領主様の恋路。



会議が終わり、廊下を歩いていたダヴィッドは、
とある少年とはち合わせた。
ラッシュ・サイクス。
かつて、ヤマーン平原の地下洞窟で出会い、
彼の妹探しに手を貸してから、かなりの時が過ぎた。
そして、今では自分の片思いの相手となっている。

だが。

そのラッシュは、ダヴィッドを見たとたん、
幽霊でも見たかのように青ざめ、そして避けようとした。
まったく、可愛くない男である。
とりあえず、逃げようと必死の彼に耳打ちをして、
そうしてダヴィッドは踵を返したのだが、
それからしばらくした後。
トルガルは前を歩いているダヴィッドに問い掛けた。

「・・・ダヴィッド様、今度はラッシュに何をしたんですか」
「別に、ただ好きだと言ってキスをしただけだ」

は?!キス?!
トルガルは顔を歪めた。
同性に好きと言われるだけですら結構衝撃だと思うのだが、
更にキスとは!
あのラッシュの怯えようからして、
おそらく同意も得ず無理矢理に、なのだろう。
はぁ、とトルガルはため息をついた。

「・・・彼は、長く島国で生きてきた故、色事には疎い様子。性急に事を運ぶのは難しいかと・・・」
「わかっているさ!だからお前たちの助言通り、交換日記から始めた。手紙だってこまめに送ったし、花だってプレゼントだって山ほど!だがラッシュは・・」

苦しげに訴えるダヴィッドだが、
さすがに同性相手だ、それも当然だろうとトルガルは思う。
ただ、ダヴィッドの前でそれを言うのは彼を傷つける気がして口には出さなかったのだが、

「確かに。ラッシュも一応男だもの。男に好きだと思われること自体想像にないでしょうね」

エミーが普通にそう口にしたので、
正直焦った。
案の定ダヴィッドは傷ついたのか涙ぐんでいる。

「・・・やはり、私には魅力がないのだろうか」
「ダヴィッド様・・・」

違う!問題はそこじゃない!
と、トルガルは内心叫んだが、ダヴィッドは更に暴走を続けている。

「・・・やはり、ラッシュも私が好きだと確信して強引に唇を奪ってしまったのがまずかったのか・・・」

まずいに決まってるだろう!
主君の発言に何度もツッコミを入れそうになりながら、
トルガルは、さて、この状況をどうアドバイスすべきか考えていた。
ラッシュの状況から、このまま強引に彼の答えを求めるべきではないだろう。
まずはあの怯えをどうにか消してやらねば。

「・・・ダヴィッド様、とりあえず、今のところは・・・」
「ここはとりあえずダヴィッド様が下手に出るべきですね。つまり女性として彼に接するのです」

は!?
何を言っているのだエミー!
トルガルは呆れたようにエミーを見遣ったが、
当の本人はどうやら大まじめらしい。

「ふむ・・・女性として、か」
「きっと、彼は、ダヴィッド様が自分をそんな女々しい男だと思われていることが嫌なんでしょう」

・・・どうもそうとは思えないのだが・・・
トルガルは顔をしかめるが、
勿論ダヴィッドはエミーの助言をふんふんとうなづいて聞いている。

「確かに・・・そうかもしれないな。今まで、大切だから、と何かと守ってやったり過剰に心配してしまったりしていた。無意識のうちに、女性相手のような気持ちで接していたかもしれない」
「ですから、ダヴィッド様が敢えて女性の立場を演じ、彼の保護本能をくすぐれば・・・」
「ラッシュも私のことを放っておけなくなる。そういう寸法だな」

一理あるな、とうなづいて、
さてではどう接して彼の保護本能を引き出そうか、と考えはじめるダヴィッドに、
もうダメだとトルガルは肩を落とした。
ああ、一体ダヴィッドの気持ちはどうすればラッシュに伝わるのだろう?

「・・・で、トルガル。お前はどう思う?」
「っわ、私ですか!」

唐突に話を振られ、トルガルは焦った。

「お前なら、いい案を考えてくれるかと思ってな。」

いい案などあるわけないだろう!
そもそもなんだ?ダヴィッドが女性の立場に立ってラッシュを誘惑?
はたまたか弱い女性を演じて、守りたいと思わせるのか?
どちらも、大して意味がないどころか、逆効果に思えるのだが・・・。
だが、トルガルはもう思い悩むのはやめた。
ダヴィッドの恋路は応援したいが、既に意味不明な流れに走ってしまっているこの状況を、
自分から直したいとも思わない。
というか面倒くさい。
ミトラ共はどうしてこう、愛や恋に面倒な種なのだろう!

「ダヴィッド様。女性らしく・・・というのであれば、やはり第一に慎ましさが重要です」
「ほう、慎ましさ・・・ね」
「左様でございます。ダヴィッド様も、着物等を着て部屋でラッシュを待てばよろしいかと」
「着物か!やはり振袖だろうな。先ほどラッシュを部屋に呼んだところだから丁度いい!」

マジで部屋に呼んでいたのかこの野獣わ・・・。
きっと自分らが止めていなければ、このまま無理矢理喰うつもりだったのだろう。
恐ろしい男だ。

「ちょっと、着物って何よ!男を落とす絶好の衣装といったらやはり花嫁衣装でしょう!?」

トルガルとダヴィッドの間に、エミーが割って入る。
ますます話をややこしくする彼女に、トルガルは無言の圧力で黙っていろ!と訴えるが、
エミーはそれを鼻で一蹴した。

「トルガル、何もわかってないわね。ミトラの男は、女性の「貴方にすべてを捧げます!」というアピールに敏感なのよ。」

力説するエミーに、すっかり乗り気のダヴィッド。
もう、冗談すら通じない。
そもそも、どこから花嫁衣装を用意するというのだ!?

「花嫁・・・あの純白の衣装を私が・・・?ラッシュは、似合うと言ってくれるだろうか」
「もちろんです!あのラッシュなら、一目でイチコロですよ!」
「そうか・・・フフフ・・・」

なにか壊れ始めているダヴィッドに、
トルガルはまたしても不安になった。
本当に、このミトラたちは意味がわからない・・・。
だが、結局、トルガルはダヴィッドの為に急遽花嫁衣装を用意すべく奔走することになった。
それも、ラッシュが採掘から戻ってくるまでに用意しなければならないなんて!
ノリノリのダヴィッドの目の前に、
トルガルは憂鬱だった。











「・・・・・・来ない・・・」

そんなわけで、エミーの意味のわからない入れ知恵で、
花嫁衣裳でラッシュを待っていたダヴィッドだったが。
もうとっくに採掘など終わらせて帰ってくるころだというのに、
ラッシュが一向に来る気配はなかった。
それどころか、時計を見やれば、もう夕食の時間が迫っているではないか!!!!

「・・・・・・まさか、このままで行くわけにもいかんしな・・・さて、どうするか」
「若ぁ!!もうすぐ夕餉の時間です!」
「げ、ブロクター・・・」

ダヴィッドは正直焦った。
まさか、この格好で出ていくわけにもいかないし、
そもそも慎ましくラッシュを待つ、というのなら、
夕食に現れないダヴィッドを案じてラッシュが迎えに来てくれるまで
ここで待つのもまた面白いと思う。
だが、それよりもまず、ドアの前のブロクターを追い払うのが先決だ。
とりあえず、ダヴィッドは居留守を使うことに決めた。
息を殺して、ついでにカーテンに隠れてみる。
ブロクターは、たまにその巨大な体でもってドアを壊すことがよくあるからだ。

「若ぁ!返事してください!!うぉ、まさか・・・倒れてませんよねー!?」

その前に、返事がないならいないと思え馬鹿。
ダヴィッドはうんざりと顔を顰めた。
だが、何も言わず、ダンダン、と乱暴に叩かれる音に耳をふさぐ。
・・・やばい。あのままでは・・・
そして、最悪の事態がおこってしまった!

「大丈夫ですか!?若ぁぁあああ!!!!!」

バリバリッ!!!とものすごい音が聞こえた。
美しい金の文様が描かれた、けれど中身はただの木造の扉が、
ブロクターの剛の拳にいとも簡単に破壊されてしまっていた。

(あの馬鹿・・・)
「わ、若・・・?」

部屋は、一見もぬけの殻だった。
ダヴィッドはこのまま、隠れている自分に気付かず出ていくブロクターを期待したのだが、


「あ、見つけましたよ、若!」
(え!?)

のっしのっしと自分が隠れている場所に近づくブロクターに、
ダヴィッドは焦った。
何故だ!?なぜ気付かれる!?
だが、ダヴィッドはわかっていなかった。
ドレスの裾が、
カーテンの長さを超え、思いっきり違和感のあるはみ出し方をしていたことを。

「かくれんぼは終わりですよ!夕飯のお時間で・・・す?」

ザザッとカーテンを開け放ったブロクターは、隠れるためにしゃがみこんでいたダヴィッドを目撃した。
その姿は、もちろん、
あの、純白の花嫁姿、しかもケープ付き。

「・・・に、似合い、ます・・・ね?」
「首をかしげながら言うな!」

変な顔をして、とりあえず誉めようとするブロクターに、
ダヴィッドは声を荒げた。

その後、ドアの破壊音に驚いた城の者たちがわらわらと集まり始め、
さすがに恐怖を感じたダヴィッドは必死に逃げ出したが、
後日、廊下で花嫁姿の幽霊を見た、という噂が城中に流れたのは言うまでもない。





end.



Update:2009/04 by BLUE

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