心の底の闇に触れて。1



視線の先に、一番会いたくない人物がいて、
ラッシュはうつむいた。
今すぐ逃げたしたいのに、足が動かない。かれはどんどん自分に近づいてきて、
このままでは、避けることすらできないではないか!
緊張に、口の中が乾いた。
なにを、しゃべればいい?
もう、いつものように、彼と能天気な会話を交わすこともできない。

「ラッシュ。どうした、こんな所で」

逃げ腰のラッシュに対して、
会議室から出てきたらしいダヴィッドは、いつものように笑顔を見せて声をかけてきた。
背後には、トルガルとエミーもいて、
これでは、演技でも自分もいつものように振る舞わなければならない。
ラッシュは引き攣ったように口の端を持ち上げた。

「お、おう。今から、イリーナと2人で、黒鋼石を取りに行く予定なんだ。」
「そうか。うらやましいな。私も用事がなければ共に行くのだが」

予定がなくてよかった、とラッシュは胸を撫で下ろした。
今の自分は、ダヴィッドの名を聞いただけで身体がこわばる程なのだ、
彼の傍にいるとあっては、何もできないだろうから。

「ジーベンビュールにいくの?気をつけてね。最近、ヘンなモンスターが多いから」
「イリーナ嬢は少しはしゃぎすぎる所がある。ラッシュ、しっかり守るのだぞ」
「ああ!ありがとう、エミー、トルガル」

ダヴィッドの視線を感じながらも、背後の2人には明るい笑みを向ける。
彼らに、気付かれたくはなかった。
自分が、ダヴィッドに脅えていることも、その理由も。
そんなラッシュに、ダヴィッドは1歩、彼に近づいた。

「・・・・・・ラッシュ」
「な、なんだよ、ダヴィッド」

努めて恐怖を表さないよう、必死に顔を強張らせた。
背後の2人は気づいていないだろう。
今、ダヴィッドがどんな顔をしているのか。
まるで、獲物を追い詰めるような。唇は笑っていても、瞳はひどく鋭くて、
気圧される。
ラッシュは息を呑んだ。
手が延ばされ、肩を掴まれる。そのまま、強く引かれ唇を寄せられる。
耳に彼の吐息がかかり、嫌でも心臓が高鳴った。
親友だと思っていた頃はなんでもなかった、ただの耳打ちのはずが、
今では恐怖以外の何ものでもない。

「・・・戻ったら」
「っ・・・」

俺の部屋に来い。
声はなく、吐息だけで、耳に吹き込まれる。
ぞくりと何かが背筋を這いあがるのに、身体が震えた。
それは、快楽などではない。
純粋な、―――恐怖。

「いくぞ」
「は」

2人を連れて、ダヴィッドはラッシュに背を向けた。
ラッシュは、唇を噛み締めた。
ダヴィッドのそれが掠めた際に濡れた頬を、掌で拭う。

「・・・なんなんだよ、あいつ・・・」

軽く頬を染めたまま、
小さくなる背中に小声で悪態をついたが、
当然、当人には気づかない。















ダヴィッドのことを避けるようになったのは、
あの一件からだ。
あの一件―――ダヴィッドに初めて唇を奪われた、あの瞬間から。
あんな恐ろしい出来事が自分の身に降りかかったのは、数日前。
ダヴィッドは、浚われたイリーナを助けるために手助けしてくれた男で、
ラッシュ自身、彼に本当に感謝していたし、
なぜか意気投合し、親友と言ってもいいほどの仲だった。
笑い合い、時には慰め合い、
抱き合って喜びを分かち合ったこともある。
だが、友だと思っていたのは、間違いだったのか。

―――まだ、わからないのか?

あの時、吹き込まれたダヴィッドの台詞が、耳に木霊する。
今まで、彼が見せる笑顔や優しさは、自分に対する好意だと思っていた。
男同士にしては過剰のスキンシップも、
度々贈られる花やプレゼントも、
すべて、彼の優しさや親切心からだとしか思わなかった。
けれど。

―――俺は、お前が好きだ。

好き、とはどういうことなのか。
自分が思っている“好き”と、彼の言うそれが違うことに気づいたのは
彼が乱暴に唇を寄せてきたそのあとで。
頭が、混乱していた。
壁に押しつけられ、逃げ場はない。
ただ、柔らかな唇が重なる初めての感覚と、その熱が、
頭の中を支配する。
そうして、衝動的に重なったそれが、
やがて丁寧に吸い付くような口づけに変わると、
漸くラッシュも理解した。
ダヴィッドは、そういう意味で、本気で自分が好きなのだ、と。

(・・・・・・好き、って言ったって)

初めてキスをされた場所は城の回廊の影で、
誰が目撃したっておかしくない場所。
案の定、トルガルがすぐにダヴィッドを呼びに来たため、
結局そのまま会話は途切れてしまったけれど、
とりあえず、伝わった。
ダヴィッドが最近、何に焦れていたのか。
だがまさか、同性である自分に想いを寄せていたなんて思いもしなかった。
好意を寄せてくれることは、純粋に嬉しいと思う。
自分もまた、ダヴィッドの側にいて楽しかったし、幸せだと思える。
けれど―――。

―――ラッシュ。答えをきかせてくれ

別れ際、投げ掛けられた言葉。
ラッシュは初めてのキスに濡れた唇を拭いながら、
困惑したように頬を染める。

(・・・俺は、)

ダヴィッドが嫌いなわけがない。
今思えば、領主ともあろう彼に対しあれほど傍若無人な態度をとってしまった自分を、
無礼者と称し見捨てることだってできたはずだ。
だが、彼はそうしなかった。
それどころか、あてのない自分を城に置き、
更には妹を取り戻すために尽力してくれた。
本当に感謝しているし、彼が望むなら彼のために出来るだけのことはしたいと思う。
だが、それとこれとは話が別だ。
今まで、彼をそんな対象としてみたことなどない。
相手は、同性なのだ。
彼の求愛に、イエスと答えるわけにはいかなかった。
けれど、ノーと答えたらどうなるだろう?!
ダヴィッドは自分から離れて行くだろう、振られた相手と共に過ごすなど、
自分だったら堪えられない。
そもそも、何故今でも自分は彼の傍にいるのだろう?
マーシャルの力を欲していた男は滅びたし、
今ならアスラムで匿ってもらう必要などないはずだ。
現に、イリーナや両親たちはユラム島に帰ることもあったし、母親など何度も行き来していた。
だというのに、自分は。
もちろん、ダヴィッドの領主としての仕事に付き合っていたからではあるが、
そもそもそれは、彼に強制されてのことではない。
訴えれば、ダヴィッドは自分を解放してくれただろう。
だが、それを自分はしなかった。
何故?
ーーー傍にいて、楽しかったからだ。
そんな彼が、自分から離れて行く、など。
考えたくもない。
嫌だ、と思った。
なんて、つらい選択だろう。
自分は、ただ。
友として、彼の傍にいたい、それだけなのに。

「・・・・・・」
「!!危ない!お兄ちゃん!!」

イリーナの悲鳴にはっと顔をあげれば、
ヌスクナッカーがいままさに飛び掛かろうとしているところだった。
防御が間に合わないーーー。
その瞬間、イリーナの放った術法が間一髪、ラッシュを救った。
怯んだモンスターを、漸くラッシュは切り伏せる。
まったく、周囲を意識していなかった。
自分の世界にはまりこんでいて。

「まったく、お兄ちゃんたら!危険だから、護衛にと思って誘ったのに、全然役に立たないじゃない!」
「ごめん、イリーナ。・・・ごめん」

まったく、情けない兄だと思う。
ダヴィッドに囁かれた一言のせいで、いつもの調子が出来なかった。
隠していても、わかる者にはわかるだろう。
自分の、この動揺し困惑した色の瞳に。

「・・・なぁに?またダヴィッド様と何かあったの?」

妹は、鋭い。
言わなくとも、心を読まれたように、
自分の心の困惑を的確に指摘してくるのだから。
ラッシュは何も言葉を返すことが出来ず、横を向いた。
それに対し、呆れたように腰に手を当てたのはイリーナである。

「・・・お兄ちゃんは、素直じゃないから」

苦笑して、溜息をつく。
はしゃぐドリルの頭を撫でてやりながら、イリーナは告げた。

「嫌なら嫌、好きなら好きってきちんと言えば、ダヴィッド様にもわかってもらえると思うけど。」
「・・・・・・イリーナ、知ってたのか?」
「何を?」

あくまでいつもの調子を崩さないイリーナに、
ラッシュは感謝した。
とはいえ、現状は変わっていない。
採掘から戻れば、ダヴィッドの部屋に行かねばならない。
無視してすっぽかすべきなのか、それともノーと言うために意を決して行くべきなのか、
ラッシュは決めかねていた。




















「・・・遅かったな」

ダヴィッドはドアの前に佇む少年に声をかけた。
今は、ディナーもとうに終わり、皆が部屋に戻るような時間。
ダヴィッドもまた、部屋で書類を片づけていたのだが、
想像していなかった少年の来訪に、唇を持ち上げた。
いや、想像していなかった、というのはおかしい。
正確にいえば、無視されると思っていたのだ。
昼、自分がラッシュに告げたのは「狩りから戻ってきたら自分の部屋へ来い」という言葉だ。
だが、あれほど動揺の色を見せていた彼が、
果たして当面恐怖の対象である自分のテリトリーになど来るだろうか?
案の定、彼が夕時前に来ることはなく、
ディナーでは顔を合わせたものの、相変わらずのこわばった顔のままで。
まぁ、そんなものだろうとは諦めていたのだが。

(まさか、本当に来るとはね。)

ダヴィッドは楽しい気持ちになっていた。
ラッシュの心など、手に取るようにわかる。
何故来たのかも。彼が、何を望んでいるのかも、とうにわかっている。
だが、ダヴィッドはそれを敢えて壊す発言をしてしまった。
彼が、好きだと。
同性だとか異性だとか、関係がなかった。
ラッシュだから、好きになったのだ。
そうして、それを自覚した以上、この、生温い友人関係では耐えられなくなってしまった。
そう、ラッシュ・サイクスという男の全てが欲しい。
例え、拒まれたとしても。
何度も肩透かしをくらったダヴィッドは、想いをぶつけずにはいられなかったのだ。

「ダヴィッド、俺・・・」

ラッシュは必死に言葉を紡いだ。
たった一言を言うためだけに、この部屋に来たのだ。
早くそれを口にして、立ち去ってしまいたかった。こんな場所に長くいればいるほど、
自分がおかしくなりそうな気がして。
けれど、唇が震えるだけだった。
口の中が、乾いてしかたがなかった。言葉が、喉に痞えている。

「どうした・・・答えを聴かせてくれるんじゃなかったのか」

机から立ち上がって、佇むラッシュに歩み寄る。
ラッシュはうつむいたままだった。
それを、ダヴィッドは指先で顎を掴み、無理矢理あげさせる。
頬が染まった。
まぢかで少年の顔を見やり、ダヴィッドは喉の奥で笑う。
これほど可愛い表情を見せてくれるのだ、もっと彼を追い詰めたらどれほど楽しいだろう?

「っやめろ・・・!」

だが、ラッシュはもう、ダヴィッドの誘惑に乗らなかった。
決意と共にこの場所に来たのだ、どうしても、言わなくてはならない。

「何故?」
「やめてくれよ・・・。
 確かに、おれはあんたのことが好きだ。尊敬もしてる。
 でも、あんたの“好き”とは違う。あんたの傍にいたいけど、それはあくまで友人としてだ」
「友人として・・・ね」

キッと瞳を見開いて、意を決したようにそう告げるラッシュに、
ダヴィッドは苦笑した。
そんなこと、言われなくてもわかっている。
何度、彼の気を引こうと花やプレゼントを贈ったことか。料理で彼を釣ったりもした。
だが、ラッシュは、あの誰もを明るくするような笑顔を見せてくれるものの、
自分の意図など気付くはずもなく。
友としての心遣いだと、いつまでも勘違いしていた。
わかっている。
それが、本来は正しい形なのだろう。
けれど。

「そんなつまらないことを言うために、わざわざ真夜中を狙ってきたのか?・・・冗談が過ぎるな」
「っん・・・!!!!!」

有無を言わさず、唇が重ねられる。
ラッシュは眉を寄せ、必死に抵抗した。彼の胸元を、腕で叩いたが、
びくともしない。
更に強く抱き竦められて、ぞくりと背筋が震える。
それは、恐怖。
快楽などではない、これから身に起こるであろう恐ろしい出来事への不安からくる震えだ。
ラッシュは、男を引きはがそうとして力を込めたが、
すべて徒労に終わった。
それどころか、キスは唇を重ねるだけでは終わらなかった。
容赦のない、濡れた舌。
それが、無理矢理にラッシュの歯列を割り、逃げようとする彼の舌を絡め取る。

「んっふ・・・ぅ・・・!」

ほとんどまともに息ができない苦しさに、ラッシュは首を振る。
だが、それすら追いかけるようにして唇を重ねてきたダヴィッドは、
酷薄そうに目を細めて、そのまま少年の頭を押さえた。
逃げ場を失い、ラッシュは絶望的な気持ちだった。

(ダヴィッド・・・なんで、こんな・・・)

いつもの彼とは思えないほどに、乱暴で、ひどく身勝手な行為。
あれほど優しかったはずのかれが、目の前で恐怖の対象に変わる。
それは、男を大切に思っていたラッシュにとって、
ひどく残酷な事実だった。

「っは・・・、やめろ・・・!」
「・・・本当に嫌なら、逃げればいい。お前なら、できるだろう?」

頬に唇を触れさせたまま、ダヴィッドが囁く。
そうして、降りてきた指先が襟元を緩め、そして素肌を晒す。
ラッシュは息を詰めた。
ダヴィッドの指先は、彼が常に身につけている、タリスマンを捕える。

「・・・この力を使えば、俺の腕など簡単にすりぬけられるはずだ」

再度、重ねられる唇。
ラッシュは混乱した頭のまま、とにかくこの危機的状況から逃れようとタリスマンに集中した。
だが、何度試みても、タリスマンは応えない。
ラッシュは青ざめた。
どうして、こういうときに限って力を貸してくれない!?

「・・・逃げないんだな?私に抱かれたかったんだろう?」
「違・・・っ!!」

嬉々としてそう告げた男は、ラッシュの反論も聞かず、
下肢に鎮座する男のそれに触れた。
こんな場所で壁際に追い詰められ、深い口づけまで与えられた。
そんな状況で、ラッシュの若いそれが反応を示さぬはずがない。
ましてや、相手はダヴィッド。
取り繕うこともできなかった。

「・・・反応しているな。お前のココとは違って、素直なものだ」

ココ、と言われる部分で、片方の指先に唇をなぞられ、
背筋がぞくりと震えた。
途端、ダヴィッドの笑みが更に深いものに変わる。
だがラッシュは、それを脅威に受け取った。

「・・・や、だぁ・・・っ!」
「今度からは、俺を想ってひとりでするといい」

熱い吐息が耳に吹き込まれる。
そして次の瞬間、ジッパーが容赦なく引き下ろされ、外気にラッシュ自身が晒された。

「!!」

まともに他人に自身を晒されたのは初めてで、
嫌が応にも羞恥心が沸き起こる。
身をよじり、逃げようとするもうまくいかず、
ラッシュはぎゅ、と瞳をとじた。

「ラッシュ」

囁かれる言葉はひどく甘い。
閉じた瞳にダヴィッドの唇が触れ、その優しさに縋り付きたくなった。
だが、下肢を捕らえる掌は、非情にもその男のものなのだ。
どうすればいいのだろう。
誰も、助けてなどくれない。ラッシュは暗澹たる気持ちになった。

「ダヴィッド・・・!やめ、・・・」
「何故?ここはこんなに欲しがっているというのに・・・」

ダヴィッドもまた上気したように頬を染め、
首筋にキスをする。
それと同時に、ラッシュ自身を捕らえていた掌を動かしはじめた。
与えられる刺激に、下肢は悦び質量をましていくが、
未だ素直に快楽を受け入れられない少年は、
必死に堪えようと唇を噛み締めた。

「ぁ・・・!や、めっ・・・!」
「すごいな。こんなに濡れて・・・・・・」

ダヴィッドの指先が、少年の先走りに濡れる。
唇を持ち上げて、亀頭を中心に先端をゆるゆると刺激してやった。
それだけで、敏感な彼自身は昂り、
膝ががくがくと震える。全身の力が抜けるような感覚に、
無意識にダヴィッドの胸元にしがみ付く。
壁と男の身体に支えられて、かろうじて立ったまま愛撫を受け続ける少年は、
次第に朦朧としていく頭の中で、
確かにもっと欲しいと感じていた。
他人の手で引き出された快楽は、自分自身で与えるそれよりも
強く、背徳的で、そして堪え難いもので。
与えられる快楽を拒めない。それどころか、自らの意思に反して身体が暴走を始める。
決して、同意ではない関係。
勇気を出して訴えた自分の気持ちを無視し、
暴力ともいえる強引な愛撫を与えられて、何が快楽だというのか。
情けない。
ラッシュは悔しさに涙を流した。

「っあ・・・、やめ、ろっ・・・ィやだっ・・・」
「達きたいんだろう?構わない」
「っぁ・・・!」

男の掌に包まれ、激しく上下に擦られると、
必死に耐えていた下肢はあっけなく欲望を吐き出していた。
ラッシュは放心したように、遠くを見つめていた。
これが現実だなんて、信じられない。
ダヴィッドの手を汚す己の精が、
ひどく他人事のように見えた。




















親友だと信じていた男に、無理矢理身体を開かされた。
事実は、ひどく残酷で、そして非情だ。
誰にも相談など出来ない。誰にも告げられない、心の澱。
唯一味方だったはずの男は、
鬼畜な笑みで見下ろすばかり。

「・・・いちゃん、お兄ちゃん!・・・大丈夫?顔が真っ青よ」

意識が深い闇に沈もうとするのを、
イリーナの声が遮った。

「ぁ・・・イリーナ・・・」
「どうしたの?具合でも悪い?」
「へ、平気だよ。うん。ああ、今日も美味い飯だな!」

必死に取り繕ってみせて、朝食の皿をかき込む。
相変わらず、態度は悪い。だが、今のアスラム城に彼を咎める者は誰もいない。
もちろん、妹のイリーナは行儀が悪いと度々たしなめてはいるのだが。

「大丈夫だよ、イリーナ。心配かけてごめんな」
「・・・大丈夫という顔ではないな」
「っ・・・・・・!」

兄妹の会話に、口を挟んだのはダヴィッド・ナッサウ。
ラッシュの顔が、一気に羞恥とも怒りともつかぬ表情に変わった。
このアスラムで一番権力を持つ男。
そして、この、眩暈のするような具合の悪さの原因である張本人。

「具合が悪いのなら、部屋で休むといい。今日の予定は何もないからな」

昨晩、あれほど乱暴な行為を自分に強いたというのに、
いつもの、少年を案じる優しげな表情で、
何もなかったかのように澄ました顔でテーブルについている男に、
ふつふつと怒りが湧き上がる。
この場で、すべてをぶちまけてしまいたかった。
彼の、自分に強いた悪行の数々を、今、ここで。
だが、勇気はなかった。
例えここで真実を告げたところで、
ダヴィッドのその冷静な表情は崩せないだろう。
それどころか、
この場で開き直りでもされてしまったら!
ここには、ダヴィッドの味方しかいないのだ。
何を訴えたところで、無駄な気がした。

「ほっといてくれ・・・・・・」

ガタリ、と席を立ち、そのまま走り去るようにして部屋を飛び出すラッシュを、
ダヴィッドは無表情で見つめていた。





to be continued?





Update:2009/04 by BLUE

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