The Outlaw vol.2



ガイアス達がギルドを出て行ってから半時間後。
彼のターゲットになったであろう黒髪の少年と、ガイアス達について口々に噂し合っていた傭兵たちは、
突然ガタリと入ってきた存在に一斉に口を閉ざし、視線を向けた。
ただでさえアスラム兵に目を付けられているギルドだ、
抜き打ち的に兵がやってくることもしばしば。
だが、今回はいってきたのは、
裾の長い、暗い色のローブに身を包み、フードを目深に被ったミトラだった。
見るからに怪しい。傭兵たちが、一斉に身構えるが、
男はそれに一瞥もくれることなく、カウンターに歩んだ。

「おい」
「なんだぁ?テメェ」

怪しい衣を纏い、更に礼を欠いた態度を取られ、
受付の青年は軽く凄んだ。
勿論、ここはギルドだ。荒くれ者も粗雑な者も多くやってくるが、
態度が大きいのは、それだけ自分に自信があるのだ。
今回のように陰気な気配は感じたことがなかった。

「人を探している。肌は白く、黒髪で、どちらかというと痩せ型の二十歳前の少年。ここへ来なかったか?」

皆、慌てたように視線を逸らした。
それはまさに、今皆で話題にしていた少年のことだと思いいたったからである。
動揺する気配を目ざとく感じて、男は図星か、と呟いた。
フードの影の奥で、男は視線をきらりと光らせる。

「答えろ。アスラムの者とは思えない顔立ちをしているから目立っていたはずだ。知らないとは言わせん」
「けっ・・・あんちゃん、ここはギルドだぜ?せめて金くらい寄越すのが筋ってモンじゃ・・・イテェ!!!!!」

ピン、と音がして、突然男の手から金属質の光が飛んだ。
硬いそれは、青年の顔を直撃し、そのまま床に転がっていく。
見ていた傭兵たちは、一様に息を呑んだ。
―――金貨。これ1枚で、今のアスラムで雇えない傭兵はいないだろう。
普通の庶民では、なかなか見ることのできない高額貨幣だ。

「・・・へっへ・・・そのガキなら、ガイアスさんが連れて行ったぜ。」
「ガイアス・・・」
「知ってるか?ここの奴らなら、知らぬ者はいない、豪腕の傭兵だ。あんたも、下手に手を出したら痛い目に遭うぜ」

知ってるも何も、アスラムでは有名な男だ。
ギルドに名を連ねる傭兵の中でも最強を誇る腕を持ち、だからこそ驕り昂った結果、裏では法に触れることも多くしているという噂だ。
だが、今まで幾度となく警備兵たちがその罪を問おうとしても、彼自身が捕まったことは一度たりともなかった。
身代わりを立てたり、ギルド全体で隠し通していたりと、その方法はさまざまだが、
結局彼自身が罪であるという決定的な証拠もあげられずに、
今の今まで悪をのさばらせてしまっている。
そんな男に、あの少年が囚われた、ということらしい。

「・・・・・・奴のアジトはどこだ」
「さぁ?どっちにしろ、あんたが行ったところで、助けられるわけがねぇ。一足遅かった自分を呪うこった・・・っ!??」

突然、グイ、と胸元を掴まれ、受付の男は目を見開いた。
カウンター越しから腕が伸びてきて、今までフードの影になっていた顔が間近に迫る。

「ア、アンタは・・・」
「おい、テメェ!!何しやがるっ・・・!!」

傭兵の1人が、凶行をやめさせようと飛びかかる。
だが、男は胸元を掴んだ手をまったく緩めず、一瞥をくれただけで男の腹を足で蹴り飛ばした。
近くの壁に叩きつけられ、蹲る男に、
驚いたように皆が目を見開く。
まさか、こんな状況を兵に見つかったら、ただではすまないというのに。
だが、男は周囲になど目をくれず、再度受付の男を覗き込んだ。

「もう一度訊く。・・・ガイアスのアジトは何処だ」
「・・・っク、クラージェ区、6番通りの3区画、その角の奥に・・・っ」
「っな・・・」

周囲の傭兵達は耳を疑った。
いままで傭兵仲間がひた隠ししてきたガイアスの秘密を、
彼がいとも簡単に口にしてしまったことも、
その声がひどく怯えたように震えていたことも。
彼は、何を見たのか。
男は、いったい何者なのか。

ガイアスの居場所を聞き出した男は、漸く胸元を掴んでいた手を手放した。
苦しげに喘ぐ青年は、そのまま床に倒れ込む。
床に手をつき、懺悔でもするかのように恐怖にたえていた。
彼が見たもの。それは・・・

「言っておくが・・・」

男は、バサリとローブを翻し、もう用はない、とばかりに背を向けた。
そのまま、周囲を一瞥し、振り向きもせずに口を開く。
その声は、狭い室内であるというのに、朗々と響き渡り、
傭兵達の心に染み入った。
ぞくりと、背筋に恐怖が走った。

「この件は他言無用だ。もし一言でも漏らせば、ガイアスと共に犯罪幇助の罪で捕える。心しておけ」
「は、はい・・・」

バタリと扉が閉じられ、恐怖は去った。

「っおい・・・!大丈夫か!?」
「なんなんだ、あいつはよ・・・?」
「けどいいのかよ、これがガイアスさんに知れたら・・・」

今だ床でうずくまる青年に、傭兵達は慌てて駆け寄った。
幸い、怪我はなかった。壁に叩き付けられた男も、多少背中は打ちつけたものの、大した怪我ではない。
だが、そのどちらも、あの時抗えない何かの力を感じたのだ。
今だ震えの収まらない身体で、青年は皆に支えられながら必死に立ち上がった。

「・・・スラム侯だ」
「え?」
「アスラム侯が直接やってきたんだ!・・・ガイアスさんも、もう逃げ通せねぇ・・・下手したら俺達まで巻き込まれる・・・」
「ま、まさか・・・」

まさか、こんな底辺のギルドに領主ともあろう者がやってくるなど考えられず、
傭兵達は顔を見合わせた。
だが、もし、本当に彼―――あの少年が侯のお気に入りであるならば、
彼を捜しているというのも頷ける。
とりあえず、今、確実に言えることは、
侯にガイアスのアジトがバレてしまった以上、彼はもはや逃げ伸びることはできないということ。
下手に関われば、同罪と思われ、ギルドごと潰されてしまうかもしれない。
それだけは、絶対に避けねばならなかった。

「・・・と、とにかく、この件は忘れよう。ぜってー口にだすんじゃねぇ!」
「わ、わかってるさ・・・」

傭兵たちは、至極真面目な顔で互いに頷き合った。
そうしてこの後、二度とガイアスを見た者はいなかったのである。













「んっ・・・く、かはっ・・・」

もはや全身の力が入らない状態で、ラッシュは男達のいいようにされていた。
既に、意識は半ば飛びかけている。与えられる衝撃は、ただただ一方的な欲望に満ちていて、嫌悪と苦痛しか齎さない。
忘れたかった。こんな、まさか、自分がこんな対象にされるなど、考えたこともない。
頭が、理解するのを拒否していた。
いっそ、このまま死んでしまいたいとすら思う。
ダヴィッドの元を離れて数日。
彼の好意を振り払って、それで自分は何ができたというのだろう?
一人で渓谷を渡る力もなく、焦ってばかりで空回りしていた馬鹿みたいな自分。
挙句の果てに、こんな男にいいようにされて。
例え、運良くこの場から逃れられたとしても、
行き場などなかった。
ましてやダヴィッドになど、合わせる顔がなかった。

「はぁっ・・・あっ、も・・・殺せ・・・!」
「へへ・・・誰が殺すかよ・・・もったいねぇ。どうせ、行き場所なんかねぇんだ。可愛がってやるぜ?」
「やっ・・・やだ・・・」

するり、と指先を己自身に絡められて、
ラッシュは弱弱しく首を振った。
初めて与えられる、己の雄への刺激。だが、まさか快楽と思えるはずもない。
男の欲のためだけに与えられる一方的な衝撃は、
不快感しかもたらさなかった。
放心したように、ラッシュは顔を背けた。
もう、どうなったっていい。
このまま、本当に殺されても構わない。無理矢理イかされて、更なる屈辱を与えられるよりも、
己の身体が根を上げて、事切れてしまったほうがマシというものだ。
だから、今のラッシュは。
全身の力を抜き、瞳に抵抗の意思すら浮かべることなく、
男がもたらす苦痛を甘んじて受け入れていた。
濁った瞳。
もはや、なにも写していなかった。
すべての感覚器官が、その機能を拒否したように、
ラッシュの心になにも齎さなかった。
だから、

―――ギィ。

男達に下肢を犯されたまま、ふと瞳を揺らしたとき、
自分が先ほど入ってきた方向から、裸電球とは異質の、柔らかな光が射し込んでいるのに、
ラッシュが気づくことはなかった。

「・・・っんぁ!?誰だ、テメェ!!」

ラッシュの腰を捕えたまま、ガイアスが扉を睨み付けるのと、
ガタン、と蹴るように木製のそれが破壊されて開け放たれるのはほぼ同時だった。
まさか。
今、誰かが入ってくるはずはない。
この部屋の入り口には、門番がいるはずだ。
ガイアスの秘密、もといギルドの秘密を守るために傭兵たちが仕立て上げた兵士たち。
彼らがギルドの界隈にいることで、ずっと正規の警備兵を欺いてきた。

「お楽しみ最中の訪問者とはいただけねぇな。上の奴らはどうした!」

ガイアスの威圧的な台詞に、黒フードの男は何も言わず、
軽く手を振る。
どさりと重いものが無造作に床に放り投げられ、皆一様に息を呑んだ。
―――アスラム兵だった。
上の、扉を守っていたはずの者たち。

「・・・コレは私の部下ではないな。見目だけを真似して、我らの目を欺けるとでも思ったか」
「貴様・・・誰だか知らねぇが・・・、やっちまえ!」

ガイアスの言葉と同時に、少年を押さえつけていた男たちが侵入者の前に立ちはだかった。
見るからに素人が2人、ある程度の手錬が2人。
けれど、今の彼には大した敵ではない。
無言で剣を抜く。次の瞬間、武器を構えたまま立ち尽くす男共の懐に飛び込み、剣を振るう。一閃の煌めきも、
彼らの目には捉えられなかった。血飛沫が男の顔を汚す。
男の攻撃にひとつの容赦もなかった。
男の中に渦巻く昏い感情。例えここで彼らを殺してしまおうと、構わなかった。
この現状を、彼らの口から暴露されてしまうよりは、
このまま口を封じてしまうほうがいい。
きっと、少年もそれを望むだろう。

「ぐはっ・・・!」
「っ・・・てめぇ・・・殺すぞ!」
「ほう」

呟いて、男が無造作に剣を返すだけで、簡単に血飛沫があがった。
剣を上段に構えて迫っていた男の手から、剣が金属音を立てて床に零れ落ちる。
手首の腱を切られ、男は息を呑んだ。

「ぐああああっ!!!!」
「どうやって?」

地面に倒れ込み、のた打ち回る男たちには目もくれず、
ガイアスに近づいた。
ちっ、使えねぇ奴らだ、と口の中で呟いて、
床にうつ伏せに押し付けていたラッシュの髪をぐっと掴み、引き上げる。喉元に、小型のナイフを当てて。
ぐったりとした半裸の少年に、男は少しだけ眉を顰めたが、
きつい瞳でガイアスを睨みつけた。

「・・・脅しのつもりか?」
「っ・・・そうだ、大人しく武器を捨てねぇと・・・コイツがどうなるかわからねぇぜ」

ガイアスが最後まで言わないうちに、男は無言で剣を捨てた。
にやりとガイアスの表情が歪む。
相手がどんな大物かわからないが、このまま、この場で殺してしまえばいい。
自分の実力には自信を持っている。強者が集まるアスラムの傭兵の中でも最強だと自負していた。
相手が如何に手練であろうと、こちらの手には切り札もある。
負ける要素はなにもないはずだった。

「・・・汚らわしいな」
「何・・・ィ?!」
「貴様のその穢らわしい身体が、一瞬でもラッシュの肌に触れたなど、考えただけでも虫酸が走る。―――貴様の罪は重い。さぁ、償ってもらおうか」

次の瞬間、目の前の男が消えたことに、ガイアスはハッと顔を上げた。
―――いない。
ただでさえ薄暗い室内、焦ったように周囲を見回すが、
男の気配は一切しなかった。
ただ、ぞくり、と不安が背筋に広がる。
得体の知れない恐怖感。それが脂汗となって額に滲み出た時、

「っな、・・・!」

突然、手首に衝撃が走った。
それが、背後から回された男の手のせいだということに気づいたのは、
内部で骨が折れる鈍い音と共に、激痛が走った瞬間だった。

「―――ぐあああああ!!!!」

カラン、と小振りのナイフが足元に落ちる。あまりの痛みに腕をかばう男を尻目に、
ラッシュを腕に取り戻した男は、己のローブで彼の身体を包む。
虚ろな瞳に、大丈夫か、と囁けば、
ラッシュは何か言いたげに唇を震わせ、そうして力なく男の衣服にしがみつく。
そんな弱弱しい彼を片腕で抱きしめて、
改めてガイアスを見下ろした。
初めて露わになったその姿に、ガイアスは驚いたように目を見開く。 

「あ、アンタは・・・」

アスラム侯、ダヴィッド・ナッサウ。
思いもよらなかった、この国で一番偉い男がまさか自分などの目の前に現れるなど。
そうして、驚きと共に、激しい後悔を覚え、自分の迂闊さを呪った。
あろうことか、暴行の現場を抑えられるとは。しかも、アスラム侯本人に!
―――逃れられない。
ダヴィッドの視線は、それほど冷徹なものだった。

「・・・遊びが過ぎたようだな、ガイアス・レイフォード。いくら子爵殿の従弟とはいえ、こうなった以上、見逃すつもりはない。今すぐ私がこの手で殺してやりたいところだが、今回はあの馬鹿にも非がある。大人しく連行されることだ」
「っくそ・・・」

ダヴィッドが指を鳴らすと、開け放たれた扉から、大勢の正規アスラム兵が現れた。
首だけで男をきつく拘束させ、倒れたままのガイアスの取り巻き達もすべて拘束し、連れていく。
ダヴィッドはそんな愚か者たちには目もくれず、
腕に抱いたちっぽけな存在を抱え、忌々しい地下室を後にした。

「・・・ラッシュ・・・」

けれど、このまま城に抱えて戻るわけにもいかない。
そもそも、城を出たラッシュを探しに来たのは、すべて自分の独断なのだ。
勿論、アスラム兵を引き連れて来てしまったからいずれは知られることではあるが、
それでもこんな状態のラッシュを連れていくわけにはいかない。
だから、ダヴィッドは、クラージェ区の更に奥、裏路地のそのまた奥の小さな酒場に、ラッシュを運んだ。
ダヴィッドが領主になる前、まだ領主の息子という立場に反発していた頃。
城を抜け出しては、度々世話になっていた安宿でもある。
まさか人の大勢集まる酒場に正面切って訪れるわけにもいかず、
一見してわからない位置にある裏口へと回る。
何の連絡もない突然のダヴィッドの訪問に、顔なじみの女店主は驚き、
それでもすぐに店に上げ、給仕の者を呼び部屋を用意させた。

「ダヴィッド様・・・!どうしたんだい、まさかお忍びで?」
「―――ああ、少し急用があってね。・・・風呂のある部屋を借りられるか?」
「そりゃあ、例え誰が泊まってようと追い出すさね。けど・・・、・・・怪我してるのかい?」

中年の女店主は、ダヴィッドの腕に抱えている少年を見やり、首を傾げた。
確かに、それほど見た目に傷はなかったものの、恐らく無理矢理に開かされた箇所は切れているだろう。
屈辱的な行為を強いられて、大人しくしていられるラッシュではない。

「ああ・・・そうだな。消毒薬と軟膏を用意してくれるか?あと、軽い食事も頼む」
「あいよ。―――いつもの、奥の部屋だよ」
「ありがとう」

ダヴィッドは部屋に入ると、すぐにラッシュを寝台に横たえた。
風呂に湯を張り、その間にぐったりと力の抜けた彼の身体を隅々まで確認していく。
あんな汚い所でひどい扱いを受けていたのだ、
案の定、少年の身体は全身が泥や擦り傷でボロボロだった。
更には、考えたくもない男たちの精が乾いてこびり付いているのだから、
すぐに風呂に入れてやれないのがひどくもどかしい。
やはり、この手で殺してやればよかった、とギリリと唇を噛んで、
ダヴィッドは怒りに煮えたぎる腹の内を抑え、蒸しタオルでゆっくりと彼の身体をぬぐってやった。

「んっ・・・熱・・・ぃ・・・」

頬に熱を感じたのか、うっすらとラッシュの瞳が開いた。
まだ、濁ったような瞳には自分の姿を捉えていない。それでも、
ダヴィッドはラッシュを抱きしめるようにしてゆっくりと身体を清めていく。
少し、ラッシュは熱があるようだった。
額が熱い。

「もう、大丈夫だ。全くあんな奴の甘言に引っかかるとは、馬鹿な奴だな」
「ダヴィ・・・ッド・・・?」

朦朧とした意識の中で、ラッシュはぼんやりと自分を抱きしめる男のことを考える。
あの気の遠くなるような屈辱の時間から、一体どれくらいたったのか。
放心したまま誰かに抱きしめられたような温かさが自分を包み、
それから意識がなかった。
だから、今、誰か傍にいてくれるのかぼんやりと理解して、
けれどラッシュは頭の奥でまさか、と呟いた。

まさか、ダヴィッドが、自分の傍にいてくれるはずがない。
彼の手を振り払い、城から飛び出してきたのは他でもない、自分なのだ。
たかが一個人、しかもあそこで偶然会っただけの存在に全面的に協力を申し出たというのに、
自分の気持ち一つでダヴィッドの心を拒否した自分を、
ダヴィッドは愚か者と貶しこそすれ、気に掛けるなどあるはずもない。
一人で捜すと宣言したのも自分、
愚かにも男の甘い言葉に釣られ、窮地に陥ったのもすべて自分の責任なのだ。
誰かに助けを求めるなど、出来るはずもなかったし、
助けられる立場などでもなかった。
だから、ラッシュは。
あの時、瞳に映ったダヴィッドが、妄想でしかないと思っていたし、
今、目の前にいる男も、ダヴィッドだとは信じられなかったのだ。
ゆっくりと頬を撫でられて、間近に迫るその顔が、
あの、見慣れた整った顔立ちであっても、
自分の傍にいる、など。
違う、何かの間違いだ。こんなこと、あっていいはずがない。あるはずがない。
もう、二度と、ダヴィッドになど頼らないと決めた。
だから、こんな所で、
彼の優しさに甘えるわけにはいかない。

だから、ラッシュは。

「・・・・・・ラッシュ?」
「・・・なんで、来たんだよ・・・・・・」

やっとのことで身を起こしたラッシュは、
今出せるありったけの力でダヴィッドを押し返し、そうして顔を背けた。
彼にとって大切なのがアスラムであることは当然のことで、
それを非難するつもりもない。だから、自分は一人を選んだのだ。
今更、彼に甘えて何になるというのだろう?

「・・・俺は、あんたの言う慎重論なんかクソ喰らえなんだよ。だから、一人でイリーナを探すと決めた。だからもう、あんたの協力なんかいらないんだ!なのに、なんで俺を、・・・」
「では、あのままお前を放っておけばよかったと?」

一瞬にして硬質さを増すダヴィッドの声音に、
ラッシュは恐怖を覚えた。けれど、これは自分の意地でもある。
これ以上、情けない自分になりたくない。
あんな馬鹿な誘いに引っかかって、あまつさえ自分から背を向けた男に尚助けられるなど、
絶対に認めたくなかったから。

「・・・助けてくれて、ありがとうよ。けど、もう構わないでくれよ・・・。
 あんたは、あんたの守りたいものを守ればいい。俺は、俺の大切なものを全力で守る。それでいいだろ」
「守る力もなくて、“全力で”、とは笑わせる」
「っ・・・」

ガッ、と肩を掴まれ、苦痛にラッシュは顔を顰めた。
ベッドに縫い止められるように見下ろされて、改めて全身が先ほどのせいで痛みを訴えていることを思い出す。
ひどく酷薄な表情のダヴィッドは、ラッシュが顔を歪ませるのにも構わず、
抵抗を押さえつけ、耳元に唇を近づける。
囁くように吹き込まれる声音が、ぞくりと背筋を震わせた。

「っぁ・・・」
「私がいなければ、お前はあの場で犯し殺されていただろうな。二度と日の目を見ることも出来ず、イリーナ嬢も助けることも叶わず。
 ―――情けない話だな?」
「・・・そうなってみなきゃ、わからないだろ・・・!」

ラッシュの思いもよらない発言に、ダヴィッドは胸を渦巻く怒りをいよいよ抑えられずにいた。
甘い言葉にのこのこついていって、暴力を働かれ、あれほど汚らわしい行為を強いられて、それでもなお、
あの男のどこを信じられるというのか。
つくづく、人を疑うということを知らない少年だと思う。

「もしかしたら、あの後、約束通りオレに協力してくれたかもしれない」
「まったく・・・救いようのない馬鹿だな」
「いっ・・・!」

胸元に幾つも点在する擦り傷に歯を立てて、ダヴィッドはラッシュを責め立てた。
ただでさえ血のにじんでいた箇所を、更に拡げるように。
歯を立て、濡れた舌で唾液を塗りつけては、唇で吸い上げる。
血の味と、痛みに震える身体が心地よかった。あまりの馬鹿さ加減を思い知らせてやりたかったから。

「もう少し、お前には・・・警戒、という単語を理解させておくべきだった」
「やっ・・・!」

ラッシュの身体を包んでいたローブを全て剥ぎ取り、ダヴィッドは彼の身体に乗り上げた。
自分がいなければ何もできなかったくせに、
あれほど醜い欲望に穢され、貶められ、屈辱を与えられてなお、
無に等しい可能性に縋り続け、
つまらない意地で自分の差し伸べる好意を振り払うラッシュが気に食わなかった。

「お前は私のモノだ。私の手を振り払い、更に穢らわしい男の甘言に乗り身体を開いたことを、嫌というほど後悔させてやる・・・」
「っん・・・!!!」

噛み付くように乱暴な口づけを重ねられて、ラッシュは息苦しさに胸元にしがみ付いた。
息を奪うようなそのキスは、ラッシュを殺すつもりではないかという程に激しく、
そして乱暴だ。
ラッシュは、再び抵抗できない力に抑え込まれ、顔を背けた。
同意ではない関係。相手の人数がどうあれ、無理矢理であることは変わらず、強引で一方的な愛撫も
欲望に満ちた行為も、先ほどと何も変わらない。
けれど、どうしてこれほど胸が高鳴るのかと、ラッシュはぼんやりと考える。
触られもしない自分の雄が、勝手に熱を持つのを、
ラッシュはひどく悔しいと思った。
ダヴィッドに抱かれて気持ちいいと感じた頃も、幸せだと感じた頃もあったかもしれない。
けれど、今はもう、違う。彼の手を振り払った以上、もう、彼とは赤の他人。
だというのに、慣らされた身体は無意識に熱を持ち、
ダヴィッドの与える行為に反応し、濡れていく。
・・・情けない。
ラッシュは、血が滲むほどに唇を噛み締めて、
身体の痛み以上に苦痛をもたらす背徳的な快感に耐え続けた。





...to be continued ?





Update:2009/04 by BLUE

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