愛故に。



今夜もまた、
いそいそと己の衣服を脱がしにかかる目の前の男に、
ラッシュはぎっと強い視線を向けた。
相手はというと、アスラム侯爵、ダヴィッド・ナッサウ。
侯爵様ともあろう者が、こんな、島国なんか出身の田舎者に手を出すなんて、
在り得ない。
普通は、多分どこぞの貴族の姫などと幼い時からとっくに婚約していて、
そりゃ、多少の御手付きはいるかもしれないが、
とにかく、こんな身分違いの相手に、
お前一筋だとか愛しているだとかお前だけだとか語るものではないだろう。
それに、自分は男である。
尚更タチが悪い。
だからラッシュは、
毎日、飽きもせずに自分の身体を求めるダヴィッドを、
最近少々不審に思っていた。
胡散臭い。
毎日毎日歯の浮くような言葉を自分にかけるとか、
絶対おかしい。
何か意図があるのではないかと。

「・・・あのさぁ」
「ん?どうした、ラッシュ」

必死に男の腕を捕まえ、次の行為に移ろうとする動きを押さえる。
普段のように、すぐに快楽に溺れようとしないラッシュに、
ダヴィッドは首を傾げた。
おかしい。
いつも、気持ちイイ事にはあまり抵抗のない少年なのに。

「なんでさ、あんた、」
「?」

そこで言葉を切って、
ラッシュは脱がされかけた衣服を己のほうに引き寄せた。
どうやら、今日はあまり乗り気ではないらしい。
そう結論づけたダヴィッドは、
とりあえずラッシュの話を聞いてやるか、と暗めに落としたランプを明るく灯した。
別に、彼の身体だけが目的なのではない。
ラッシュが望むのなら、一晩かけて語り明かすのも悪くないだろう。
とにかく、ダヴィッドはラッシュの言葉を促すように、
衣服の上からそっと抱き締めた。

「私が、どうした?」

米神に口づける。触れた熱の感触に身を捩ろうとする少年は、
顔を顰め、首を振った。
腕から逃れ、ベッドを降りる。
別に、大して目的はなかったが、ダヴィッドの部屋の窓を開けると、
ラッシュはバルコニーに出た。
手すりに肘をつき、空を見上げれば、
雲ひとつない空に、満天の星。
月も、ひどくまんまるい。なんだか見られているようで、
ラッシュは微かに頬を染めた。

「ラッシュ」
「あんたってさ、貴族、なんだろ?」
「まぁ、な。一応、爵位を預かっている身だが」
「許嫁とか、さぁ。いないわけ?」

ああ、そういうことか。
珍しくラッシュのテンションが低いと思ったら、そういうつまらないことを考えていたとは。
ダヴィッドは苦笑した。どうやら、自分が再三彼に告げた「愛している」という言葉を、
彼は信じてくれてはいないらしい。

「いるわけないだろう。・・・いや、正確には、いた、というほうが正しいか」
「いた!!?」

ラッシュは自分で聞いておきながら、素っ頓狂な声を上げた。
いきなり叫び声を上げた少年に、ダヴィッドは思わず顔を顰める。
全く、よくわからない少年だ。
けれど、敢えてそこは突っ込まずに、ダヴィッドも同じようにバルコニーに肘をつき、
空を見上げた。

「クーバイン公の妹姫でね。私が成人すると同時に、婚約の儀も交わした。彼女はまだ、5歳という幼い年齢だったが」
「ごっ・・・・・・」

5歳。
ラッシュはまるで想像もつかない貴族の世界に眩暈がした。
というより、15の齢で結婚相手が決められるとか意味がわからない。
おかし過ぎる、とラッシュが呟くと、
ダヴィッドは苦笑して、彼女が生まれたときから、ほとんど決まっていたことだった、と告げた。

「・・・そ、そんな相手と結婚・・・つか、好きとか思えんの?」
「残念ながら、ラッシュ。貴族同士の婚姻というのは、ほとんど政略的な意味合いが強いものなんだ。基本的に相手は親によって決められ、我々に選択の余地はない。だからこそ、側室制度が認められている」
「・・・そ、そんなモンなのか・・・」

ラッシュは頭の中でぐるぐると貴族の生活を妄想して、
すぐにパニックを起こしてしまった。
堅苦しい生活、煩わしい人間関係。どれをとっても、自分には絶対に無理だ。

「けれど、彼女は生まれつき病弱でね。10の歳を待たずして死んでしまった。それ以来、私は将来妻となる女性を選べずにいる」
「なんで?やっぱその姫が好きだったから?」

過去のやるせない記憶に無遠慮に踏み込んでくる少年に、
ダヴィッドは何も言わず、腕の中に引き寄せた。
一体、なんと表現すればいいだろう。
自分にとって、昔から女性の相手とは義務に近いものだったように思う。
それは、幼い頃から親都市の姫を許嫁に迎えるということで、散々失礼無きようにと教育されてきたからかもしれないし、
年齢を重ねる度に、まだ幼くか弱い姫の代わりに、
早く側室を迎え子を成し世継ぎを得ることの大切さを散々説かれてきたから、
少々煩わしくなっていたかもしれない。
そうして、そうこうしているうちに、目の前に彼が現れた。
侯爵という立場の相手にも物怖じせず、ずかずかと直球で感情をぶつけてくる少年。
歯に衣着せぬ物言いは、同年代の、どの友人たちとも違う新鮮さに溢れていて、
無礼な奴だと思いつつも、彼から目が離せなかった。
気づけば彼の姿を追っていた。

「・・・では、お前はどう思うんだ?私が今、妻を娶るとしたら?」
「う、ぐ・・・それ、は、」

嫌かも、そう思った途端、ラッシュの頭に血が上った。
けれど、妙に鮮明になった頭の中で、ダヴィッドが美しい女性をエスコートしている姿が浮かぶ。
無論、彼の傍に、自分の姿はない。
そうだ、きっと、それが普通なのだろう。
ダヴィッドは、正しい家柄の、正統な血筋の貴族なのだから。
自分なんて、釣り合わない。
いや、それ以前に、男なのだ!!!
張り合うような相手ではないことぐらい、わかっていた。

「・・・嫌、だけど・・・でも、しょうがないじゃん」
「ラッシュ?」

きゅ、とダヴィッドの胸元にしがみ付き、顔を埋めるラッシュに、
ダヴィッドは戸惑ったように彼の身体を受け止めた。
てっきり、憤慨して、嫌に決まってるだろ!と怒る少年を想像していただけに、
ダヴィッドは慌ててしまった。
いつになく弱気らしいラッシュは、
それでも自分から離れまいと強くしがみついていて、
なんとも言えない愛しさを覚える。
ああ、やはり、
彼が何と言おうと、自分は、彼を手放すことはできないだろう。
どうしてここまで心を奪われてしまったのか、という程に愛おしい少年の顔を上げさせて、
ゆっくりと唇を重ねる。
指先で柔らかくふっくらとしたその唇をなぞり、そうして丁寧に口づけていく。
甘い吐息が溢れて、更にしがみ付く指が強く握りしめられた。

好きだ。
愛している。
離したくない、失いたくない。

彼の細腰を抱いたまま、ゆっくりと唇を離した。
絡んだ舌が名残を惜しむように離れ、淫らに光る糸を引く。
うっすらと頬を染める少年は、男だというのに、誰もを魅了するほどに蠱惑的だ。
とろんと潤んだ瞳が、自分を見上げている。
このまま、衝動のままに貪ってしまいたかった。
きっと、今のラッシュならば、大した抵抗もせずに、己に身を預けてくれるだろう。

「ん・・・ダヴィ、ッド、・・・」
「欲しい」

直情的に告げて、再び唇を重ねる。
意志を込めて抱いた腕に力を入れ、そうして片方の手で少年のシャツの下の素肌を探る。
途端、ひくりと身体を震わせるラッシュは、
けれど、恥ずかしげに身を捩らせながらも、自分の腕に身体を預けてくる・・・はずだったのだが。

「っ・・・ば、ばか・・・!だから、駄目なんだよ」
「ラッシュ?」
「その手!あんたは手が早すぎなんだって!だから信用できねーっつぅの」

さっとダヴィッドの腕から逃れ、己の両腕を庇うように掴むラッシュに、
ダヴィッドは困ったように顔を顰めた。
どうやら本気で、今日はラッシュは乗り気ではないらしい。
まぁ、確かにラッシュの言っていることも一理ある。
今の自分は、彼と顔を合わせるたびに、彼の身体を腕に収めることばかりを考えていたから、
こんな邪な男は、相手が女性ならば引かれてしまうかもしれない。
けれど、まさか男であるラッシュが、
そんな事ぐらいで己の心を疑いにかかるとは思ってもみなかった。

「・・・?嫌なのか?」
「っ・・・い、嫌じゃないけど、さぁ!あんまりにもデリカシーがないっていってんの!」

ラッシュの言葉に、ダヴィッドは変な顔をした。
まさか、彼の口から、デリカシーなどという単語が出るとは思わなかったダヴィッドである。
彼の瞳を見つめて、愛を囁くのも嫌だ、と逃げ出し、
ごくごく普通の恋人たちのように、手を繋いで町中を歩くデートも嫌がることが多い少年。
そうなると、彼に愛を伝えるとしたら、
男同士、即物的に相手を求めることぐらいしか手段がないではないか。
だが、今、それすら否定されてしまった。
ダヴィッドは途方に暮れた。
どうすれば、ラッシュに自分の心が伝えられるのだろう?

「・・・なら、私はどうすれば?」
「ど、ど、どうって」
「愛を囁くのも駄目、触れ合うのも駄目、ではどうしたらお前に私の愛を伝えられる?」
「っ・・・」

己の貞操(今更だが)を必死に守ろうとするラッシュを、
ダヴィッドはゆっくりと抱きしめる。
性的意図を持たずに優しく抱き締めるのは、どうやら彼も平気らしく、
おずおずと胸元に身体を預けてくるのだから、
やはりダヴィッドは心底愛おしいと思った。

「愛している、ラッシュ」
「だ、だから、その恥ずかしい単語を使うなって!」

口に出して愛を告げた途端、腕の中で暴れ出す少年に、
ダヴィッドは肩を竦める。
つまり彼は、真摯な愛情を受け止めるにはまだまだ子供なのだ。恋愛経験に疎く、それ以前に、
色気より食い気盛りのまだまだ稚気を残した少年。
まぁ、彼はまだ18歳だ。
自分のように、幼い頃から人の上に立つ教育を受け、成人するかしないかの年齢で
既に沢山の大人たちと肩を並べねばならなかった自分とは違うのだから、
それもいいだろう。
何より、ダヴィッドは奔放なかれの心に惹かれたのだ。
愛とか恋などという言葉で飾り立てるよりも、
彼のしたいように自由にさせてやるほうがむしろ楽しいかもしれない。
自分があまり自由に過ごせなかった分、
彼には何物にも縛られず、自由にさせてやりたいと思う。
そうして、そんな彼を眺めながら、
時折甘えるように自分に擦りよってくるラッシュを受け止めてやるのが、
ダヴィッドは心の底から好きだった。
本当に、傍から見れば、自分の目は腐っているだろう。
けれど、ラッシュに心を奪われた今の自分には、
彼の姿は、勝手に口元が緩む程に大切で、魅力的な存在だった。

「・・・本当に、お前は可愛らしい」
「っか、可愛いってなんだよ。つか男に可愛いって、あんた頭おかしいだろ」
「ああ、おかしいだろうな」

性懲りもなく、ダヴィッドは腕を伸ばした。
ああ、やはり駄目だ。
彼の自由になど、させてやれない。
目に入れても痛くないとは、こういうことを言うのだろう。
ラッシュが腕の中でじたばたと暴れるのさえ、
至福以外の何物でもない。

「っておい!開き直るなよ」
「しょうがないじゃないか。俺はお前が好きだが、別に好きになりたいと思って好きになったわけじゃない。お前の仕草がどうしようもなく可愛いから、心を奪われてしまったんだ。罪なのは、むしろお前のその可愛らしさだろうな]
「あーーーもうマジ煩い」

ダヴィッドの言葉の半分も聞かずに耳を両手で塞いだラッシュは、
けれどもう、ダヴィッドの腕から逃れようとはしなかった。
それどころか、胸元に埋める顔から耳までが、真っ赤に染まっている。
ダヴィッドはまたもや口許が緩んでしまった。
そう、ラッシュだって満更でもないのだ。
ダヴィッドから溢れるほどの愛情を注がれて、ただ戸惑っているだけ。
そうして、そんな様子は、
いつだってダヴィッドの欲情を煽るのだからどうしようもない。

「だからラッシュ。諦めて、素直になれ。お前だって、欲しいんだろう?・・・ほら、もうこんなに・・・」
「んんっ・・・!っだ、ばか、触るな・・・っ!」

慌てて男の淫らな手を押さえて、唸る少年に、
ダヴィッドは思わず声を上げて笑ってしまう。
本当に、どうしようもない。
例えどう思われようと、どう勘違いされようと、自分は彼が好きで好きでたまらないのだ。
そのため、
時には、彼にとって嫌がることをしてしまうこともあるかもしれないが―――、
まぁ、そこは愛情故だとわかってもらいたいものだ。
ダヴィッドはそう心の中で呟くと、
やはり嫌がるラッシュの腕に抱え上げ、
そうして再び先ほどのベッドの上へと戻っていったのだった。






end.





ダヴィシュアンソロジーへの寄稿用ネタをボツったもの。
びみょーーーーーに引き継いではいますが、あんま気付かれないかも。
ていうか、必死にR18にならないスレスレをあるいてた感じがしますねwww



Update:2009/04 by BLUE

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