睦言



ぱたり、と頬に熱い雫が零れ落ちた。
目の前には、これ以上見た事も無いほどの美貌の顔立ち。テレビに映っている芸能人にも美形や美人は沢山いるが、彼以上の美しい人間はいないとイグナは本気で思っている。
そんな類まれなる容貌を持つ彼は今、艶めく金の髪を汗で額に張り付かせ、軽く開いた唇から熱い吐息を漏らしながら、己を強くベッドに押し付けている。
べたつく肌同士が吸い付いて、男の体温がじわりと浸透し、包み込まれているような感覚が全身を支配する。下肢は既に深く深く繋がっており、男が腰を揺らす度、身体の中心が貫かれているような気さえした。
「……っ、おにがや、オレ、もっ……、」
何度も何度も津波のように押し寄せてくる波にいい加減堪えられず、イグナはぎゅう、と内部の締め付けをきつくする。
まるで、中に存在する男の熱を逃がすまいとするかのように、更に奥まで受け入れようとするように、柔軟なそこは男の強靭な剛直を?み込んだまま蠢いている。
熱い粘膜が強く絡みつく感触を振り払うように腰を引いては、肉を割り開くように奥へと打ち付けると、男の腕の中で、イグナはぶるりと身体を震わせ、漏れそうになる声音を必死に噛み殺した。
「っ……――ぁあっ……!」
「……く、」
瞬間、腰の奥に激しい熱の奔流が叩きつけられるのを意識する。
圧倒的な衝撃に、イグナは口の端から喘ぎ声を漏らしつつ、己の溜め込んでいた欲の証を勢いよく吐き出した。
触れ合ったままの腹が、どろりとした白濁に濡れる。
達した余韻に浸るように、重なり合ったまま肩で息をしていると、不意に重ねるだけのような優しいキスが降ってきて、気怠いながらも男のふっくらと熱を持った唇を味わった。
「……ぁ、おにがや……」
「…………」
ちゅ、とリップ音を立てて男の唇が離れる。
身を起こした鬼ヶ谷は、ぐぽっ、と音を立ててイグナの中を侵していた己自身を抜き去ると、
そのまま床に足を下ろし、ベッドサイドに置いていた煙草の箱から1本咥え、そうしてライターで火を点けた。
部屋の中に、男の精の匂いと煙草の煙が充満していく。
暫くすると、漸く落ち着いたのか、ベッドに沈んでいたイグナもまた、くしゃりと髪を?き上げ身を起こす。
ベッドにうつ伏せに横たわったまま肘をつき、こちらもまた手を伸ばして、
愛飲している煙草に火を灯した。
「ん〜〜飯の後の一服も美味いが、セックスの後の一服も美味い。」
「……灰を落とすなよ」
鬼ヶ谷が灰皿を渡してやると、サンキュ、と片目を瞑ってイグナがそれを引き寄せる。ついでに先程まで邪魔で端に寄せていた高めの枕を引き寄せ、抱えるようにしてうつ伏せにもたれる。
すらりとした伸びやかな背筋と尻、太腿から足先まで、何も身に着けていない彼の健康そうな色合いの肌には、ところどころ、鬼ヶ谷自身が付けた朱い痕が散っている。
煙を吐き出しながらそれを目で追っていると、少しだけ下肢がまた疼くのを感じた。
「……やっぱ、煙草を吸うなら1人より2人、だよなぁ」
「……別にそうは思わないが」
「またまた。昔も楽しかっただろ?屋上でさ、俺たち2人で、せんせー達に隠れて煙草吸ってさぁ」
お前は悪気もなく堂々と吸ってただろう。そう心の中で呟いて、
代わりに残滓のように身体の中に居座る欲望のままに、片手で男のなだらかな尻を撫で上げる。
しどけなく横たわるイグナの下肢は、拭いもしない体液で濡れていて、
ゆるゆるとそれを塗り拡げるようにして肌を撫でると、微かにイグナもまた息をつめた。
「……ほんと、今でも、あの潔癖症みたいなお前が煙草こうして吸ってるのが信じられないな」
「誘ったのはお前だろう」
「いやぁ、あれは本当に冗談だったんだって。まさか仄日が食い付いてくるとは思わな……」
「……楽時」
「あ、」
鬼ヶ谷の表情が、咎めるような色合いでこちらを見つめている。
それに気づいたイグナは、バツが悪そうに口を閉ざし、灰皿に煙草の火を押し付けた。
ぼふん、と枕に顔を埋める。
そのまま、気まずい沈黙が落ちるかと思いきや、イグナが枕に突っ伏したまま、くぐもったような声で詫びの言葉を呟いた。
「すまん。……今は、鬼ヶ谷だったな」
「…………」
イグナは、鬼ヶ谷の過去を知っている。もちろん、出会った高校時代より以前の話は、鬼ヶ谷が良かれと思って打ち明けてくれた話しか知らないものの、
それでも、出会った当初との鬼ヶ谷と今とでは、随分印象が変わったように見える。
そして自分は、その原因もきっかけも何もかもを知っていた。
「まぁ、なんだ。その、人前では間違っても言わないからさ」
「どうだか……今度間違えたら仕置きだな」
「……う」
にやりと笑う鬼ヶ谷が、尻を撫でていた手のひらを下肢の前へとずらし、きゅっとイグナの萎えたそこを握り締める。とろりと精の残滓を漏らす先端の入り口を親指でなぞり、軽く爪を立ててやると、
痛みへの恐怖からか、きゅ、と唇を噛み締め、しかしその頬を再び火照らせた。
サイドチェストの灰皿に煙草を押し付け、うつ伏せているイグナの身体に伸し掛かるようにして背後から抱き締める。膝で足を蹴り入れ、腰を密着させると、吐き出した直後でいまだ柔らかなままの互いの欲の根源を手のひらで包み込み擦り合わせてやった。
再び情欲を煽られ、イグナは眉を寄せながらもぎゅう、と枕を抱き締めたまま熱い吐息を漏らし始める。
「っ……ぁ、鬼ヶ谷……っ、」
「あの程度で終わりだと思うな……」
耳元で低く囁かれ、柔らかな耳朶を甘噛みされる。かと思うと、長い舌で耳裏や淵の部分をねっとりと舐めねぶられて、それだけで背筋がぞくぞくと震えてしまう。
鬼ヶ谷の大きな手のひらの中で、イグナのそれもまた再び芯を持ち、腹につく程反り返っている。
くすりと笑われて羞恥心が煽られるものの、指先でくちゅくちゅと音を立てて弄ばれれば、早く解放されたくて堪らないほどまで追い詰められてしまった。
「……ぁ、も……っ」
「楽時……」
熱く湿った声音と共に、再び宛がわれる下肢。鬼ヶ谷のそれは、常人より圧倒的なサイズを誇っていて、到底これを自分の中に受け入れるなど不可能だと思うのに、
何度も慣らされてきた己の“オンナ”の部分は、それを悦ぶかのようにぎゅうぎゅうと食い締める。
ぽっかりと空いたままの洞は、男の楔を受け入れて初めてあるべき姿に戻れたかのように歓喜し、その悦びを全身に伝えるかのように痺れのような甘い感覚が生まれる。
鬼ヶ谷が容赦なく腰を揺さぶり始めると、既に何度も男の精を受け入れた結合部は、ぐちゅぐちゅと音を立てて含みきれない体液を隙間から零れさせていた。
「熱いな……お前の中は」
「っ……」
ふ、と笑い声が聞こえてきて、さらに繋がった箇所を締めつけてしまう。
奥まで深く埋まったまま、緩慢に腰を揺らしたかと思うと、鬼ヶ谷の両腕が己の身体を強く抱き締めてきて、その感触に自分が彼に求められていることを感じてじんわりと胸が暖かくなった。
「鬼ヶ谷……」
横抱きにされたまま、イグナは背を抱く男の過去に思いを馳せた。
初めて同じクラスになったその時から、クラスの中でも影が薄く、教室の隅でひっそりと授業を受けているような、そんな少年だった彼。
少年特有の、無鉄砲な明るさもなければ、かといって周囲に溶け込めず、おどおどしている気配もなく、当時の彼は何事にも無感動だったように思える。クラスの誰かとしゃべっている様子もなく、ただただ義務であるかのように授業を受けて、そして帰っていくだけの日々。
最初はただの興味だった。
イグナは、毎日のように彼を見つめていた。
イグナ自身は、幸い、中学時代からのくだらない会話を交わすような友人もいたし、親の権力を笠に着てクラスを仕切っている偉そうなクラスメイトにも人畜無害と思われていたのか、少年同士でよくあるイジメの対象にはならなかったが、
彼は違った。
誰とも交流を持たず、グループや派閥にも属していない彼は、
そのうちイジメの中心になっていた素行の悪い少年に目を付けられることになる。
無口な彼は、絡まれた所でなんの反応も示さなかったからだろう。無感動な瞳は人間じみておらず、肯定も否定もしない。それが少年を苛立たせた。言葉の暴力が実際の暴力に変わるまで長くは掛からなかったと思う。
だがイグナには、それを止めることができなかった。
拙い正義感を発揮して止めようとしたところで、イジメのターゲットが変わるだけ。
それをクラスの皆が知っていて、敢えて保身のために彼をスケープゴートにして見て見ぬふりをしていた。
だから、初めて声をかけたのは、罪悪感からだったように思う。
「……俺さ……結構、好きだぜ」
「……?」
「お前の名前。……仄日、って……考えてみれば結構いい名前だよな」
「…………」
「初めて会った時、俺は目が離せなかったんだ。教室の隅で、何にも興味なさそうに佇んでたお前にさ……」
「俺は何もしていない」
「まぁそうなんだけどさ。
……でも、お前には確かに人を惹きつける何かがあったんだよ。
太陽のような眩しいモンじゃなくても、誰も気付かないような仄かな光でも……確かにお前はそこにいたんだ」
「…………」
過去の記憶を懐かしむイグナに、鬼ヶ谷は顔を上向かせて口づける。もう喋るな、とでも言うように歯列を割り、そのままキスを深めながら身体を入れ替えた。
片脚を開かせて肩にかけそのまま再び腰を進めると、舌を絡めたままのイグナの口元からくぐもった嬌声が漏れてくる。
溢れる唾液を共有し合うように口内を味わい、そうして時折強く吸い上げると、ぶるりと震えてぎゅっと首にしがみ付いてくる男の腕。イグナの全身が鬼ヶ谷を受け入れようと開かれていることに、
鬼ヶ谷は少しだけ安堵の息を漏らす。
「……お前は……なにも変わってないな」
昔も、今も。イグナの魅力は、誰にでもわけ隔てなく向けられる眩しいほどの笑顔だろう。
その明るい色合いのオレンジの髪もまた、彼の印象をより強めている。
学生の頃から友人も多く、人気者だった彼が、どうして自分などに構ってくれたのかは分からない。
だがそれでも、嫌がらせを受け、クラスで孤立していた自分にわざわざ声を掛けて来たのは
彼だけだったのだ。
自分に踏み込んでくる彼を、初めは疎ましくも思ったけれど。
それでも鬼ヶ谷は、まるで友人のように振る舞い、屈託のない笑みを浮かべてくるその表情に、いつの間にか少しずつ氷解していく己の心に気付いていた。
自分を変えたのは、決してあの、今では失ってしまった恩師の存在ばかりではない。
天然なのか、ちょっと頼りなげな、抜けたところのある性格のくせに、なぜか自分に世話を焼いてくれて、今でも何かあれば俺に言えよ、などと言って来るこの男の存在が、
それまで人を信じることを知らなかった自分を大きく変えたのだった。
「っあ……、おにがやっ……、俺……」
「……楽時、」
口の端から零れる唾液にも構わず、己の名を呼び恍惚とした表情に、
鬼ヶ谷の欲望が自制心を振り切って絶頂の瞬間を求めた。友人も多く、生徒たちにも人気の高い彼を、
自分だけのものにしたい、という欲望。彼の奥の奥まで求めて、そうして自分の前でしか見せないイグナの総てを暴きたいと思う。
そしてその欲望を、イグナはこうして受け入れてくれている。
「鬼ヶ谷……、す、きだ……」
「……っ」
熱に浮かされたまま、イグナがうわ言のように告げる言葉に、己の下肢に血流がどくどくと流れ込む。
唇を噛み締め、激しい衝動をぶつけるようにぐっと腰を推し進めれば、奥を打ち付ける度に溢れ出る甘い声音。綺麗なエメラルドの瞳が、水滴を湛えて潤み、自分だけを映して揺れている。
汗に濡れたイグナの柔らかな髪をくしゃりと撫でて、そうして愛おしげに目尻の滴を掬う。
間近に迫る鬼ヶ谷の顔を見つめて、イグナは引き寄せるように自ら唇を重ねて行った。
「……っ熱……」
イグナの内部の、彼の弱い部分を責め立てるように腰を打ち付け、腹で彼自身をも擦り立ててやれば、
何度目かもわからない絶頂がイグナを襲った。
流石に少し薄くはなっているものの、激しい快楽を覚えているのか、焦点が合わない様子でくたりと力が抜け、首に絡めていた両腕がシーツに落ちる。
イグナの指に己の指を絡ませ、ぐっと強くシーツに押し付けると、
鬼ヶ谷もまた、激しく収縮を繰り返す奥に己の欲情の丈を吐き出していった。
「――っ……」
「っぁ……鬼ヶ、谷……」
縋るように見つめてくる男に、鬼ヶ谷は繋がったままで彼を腕の中に引き入れた。
重なる鼓動はひどく早くて、互いの激しい行為のせいだと思うとなんだか照れ臭い気分にもなる。
(……俺が仄日なら、きっとお前は太陽だ)
とろんと蕩けた瞳で見上げるイグナを見下ろしながら、ゆっくりと燃えるような色合いの髪を指先で弄んだ。
胸に引き寄せるように抱き締めると、気怠い身体を持て余したのか、イグナは目を閉じてしまう。
くすぐったいと思いながらも、鬼ヶ谷がその身体を離すことはなかった。
(……だから……お前は変わらないままでいてくれ)
胸の内を隠すこともできず、感情のままにころころと変わるその人の良い表情にこそ、
自分はずっと今まで、癒され、救われてきたのだから。
「……おやすみ、仄日……」
「…………」
結局、頭までタイムスリップしてしまったイグナに、はぁと溜息。
ベッドの中でだけは許してやるかと肩を竦めて、鬼ヶ谷もまた束の間の休息に身を委ねた。





end.





Update:2017/02/09/THU by BLUE

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