白き魂



白いシーツに投げ出された身体に、本庄優士は目を細めた。
薄暗い部屋の中、乱れた吐息だけが舞う。
いつになく敏感な気がする男の反応は、けれどどこか空虚で。
そもそも、何もかもがおかしかった。
いつもなら唇を噛んだまま、強情にも声を洩らさない男だというのに、
この日だけは自分から手を伸ばして求める様。
その姿はまるで―



「ナイト」

突然肩を叩かれ、優士はハッと我に返った。
顔を上げれば、ルークが心配そうな顔をして覗き込んでいる。
任務中にぼーっとしていることなど、今までの彼にしてみれば有り得ないことで、
優士は軽く笑みを返すとビショップの方を見た。
そう、今はクラッシャーズのナイト。
決して、愛する者を想う本庄優士であってはならないのだ。

「珍しいわね、ナイト」

クイーンの瞳がきらりと光る。

「あぁ・・・、すまない。続けてくれ」
「あ、もしかしてナイト、寝不足〜?」
「ほらほら、からかわない。事情もあるんでしょうし、ね」

ポーンの横槍を笑みで制して、ビショップはナイトの方を見やる。
古株の彼は、ナイトが今何を考えていたかもお見通しなのだろう。
ナイトはやれやれとため息をついた。

「で?次の仕事の内容はどうなんだ」
「それが・・・。今回はちょっと特殊なんですよ」

手元の資料をめくるビショップの顔が微かに曇る。
それに任務の重さを感じて、メンバー達は静かに言葉を待った。
ビショップの穏やかな声だけが、狭い一室に響く。

「・・・今回は、キングというよりは、ペルシャの方からの指令みたいですね」
「ペルシャぁ?そりゃヴァイスの方の司令塔だろーが。管轄外だぜ」

ヴァイスはクラッシャーズと同様に鷹取の下で悪を狩る者達ではあるが、
破壊活動を専門とするクラッシャーズとはその立場も目的も行動範囲も全く違う。
そのため、ヴァイスとクラッシャーズが鉢合わせることなどほとんどないのが普通なのだ。
けれど、今回はそのヴァイスの司令塔からの任務だという。
ルークの言葉も最もなことであった。

「・・・なんでも、現ヴァイス・・・まぁその内の一人が造反を起こしたらしいんですよ。
ペルシャの命令に背いて、独自に行動を起こしてしまったみたいですね」

ビショップの言葉に、ナイトは微かに眉を寄せる。
あの時の蘭の態度に、関係があるのだろうか。

「で?俺達の任務は?」

どこか不吉な予感を抱きながらも、ナイトは問う。
無表情を崩さない彼を見やるビショップは、小さくため息をついて続けた。

「・・・今回のお仕事は、彼らを狩ること」
「狩るぅ?」

心外だ、とばかりにルークが聞き返す。
ナイトはそれでも表情を変えないまま口を開いた。

「狩る、といっても俺達に殺しはタブーだ。それはペルシャもわかってるんだろう?」
「ええ、多分。我々の任務は、何も彼らの始末ではなく、統制の効かなくなった現ヴァイスを抑えることですからね」
「何より、私達の組織に、反目したヴァイスにぶつけられる駒は貴方達しかいないの」

クィーンが口を挟む。
口調は穏やかだったが、有無を言わさぬ力が込められていた。

「・・・じゃあ結局、今回僕達が制裁を下すのはヴァイスのみんな、ってコト?」
「表向きにはそうなりますね」

ビショップの柔らかな物言いに、しかしメンバー達は沈黙する。
確かに、ただ正義と称して悪に制裁を加える、といった簡単なものではないのだ。
いや、そうであろうとも軽いものでは決してないのだが、
本来同じく闇に潜む悪しき獣を狩る立場の者に対して制裁を下すなど、
ひどく心が重たかった。
彼らが理由もなく反目するはずがないのだから。
ナイトはおもくため息をついた。

「組織ってのは、面倒だな・・・・・・」
「私達は、個人の考えで動いているわけではないの。だからこそ、こちらが悪と認めた者に対して、圧力を加えることが出来る。
一個人の判断で動いた時点で、それは全て『悪』」

クィーンの言葉に、メンバー達は固い顔で肯いた。


「それじゃ、・・・・・・Ready go」














アヤの部屋は、ひどく静かだった。
ミッションのせいで最近ほとんど足を踏み入れることがなかったのだから、当然といえば当然だ。
アヤは一つため息をつくと、部屋の電気もつけないままソファに座り込んだ。
疲れを癒そうと、瞳に手をあてて深くもたれる。
けれど、アヤの心の中では、焦燥感が支配していた。
ペルシャに背いてまで、自分の信念を貫いた。
罪を問われるのはわかっている。逃げるつもりもなかった。
けれど、その前に見出したい答えが、アヤにはあった。
自分がヴァイスにいる理由。それを見出すまで―・・・・・・。

「待ってたぜ」

聞き慣れた低い声に、しかしアヤはびくりと声の方を見やった。
気配を失念していた自分に舌打ちして、侵入者を睨む。
壁にもたれていた男は、小さく肩を竦めた。

「おいおい、つれない奴だな。折角来てやったのに」
「任務中だ」
「わかってるさ。アヤ」

普段は呼ばないヴァイスのコードネームで呼ばれ、アヤは眉を顰める。
優士・・・いや、ナイトの顔は笑っていたが、その瞳は真剣だった。

「・・・じゃあ、何しに来た」
「ヴァイス反目の理由・・・聞かせろよ」

単刀直入なナイトの言葉に、アヤは皮肉気に口元を歪める。

「・・・そんな情報収集の仕方、なってないな」
「いいさ。俺はクリティカーじゃない」

目の前の男を見据える。
先に逸らしたのは、アヤのほうだった。

「・・・お前には、関係ないだろう」
「関係あるんだよ。俺達にも」

ナイトの物言いにひっかかりを覚える。二人称で語られた言葉には、もはやクラッシャーズに指令が下された事実が込められていた。
それを察したアヤは、しかし唇を噛んだまま動かない。
反応も見せない彼に痺れを切らしたのか、ナイトはアヤの襟首を掴んだ。

「・・・っ」
「いいぜ、お前がそのつもりなら」

途端、音速で飛んでくる拳。
避けきれず、アヤは頬に直撃を受けて倒れ込んだ。
きっ、と見上げると、ナイトは嘲うような瞳で見下ろしていて。

「っ何を・・・!」
「いい薬だろう?世間知らずで、自惚れ屋の坊ちゃんには」

見下す視線と口調に、アヤの理性が弾ける。
瞬間、ナイトの頬にアヤの拳がめり込んでいた。
寸でのところで倒れるのを避け、ナイトは切れた唇を拭う。

「へっ・・・上等だぜ」

ナイトの瞳がきらりと光る。
対してアヤは無表情に激情を孕ませた瞳でナイトを睨みつけていた。
同時に腕が上がった。
お互い、殴られては殴り返し、その一瞬視線で火花を交わす。
薄暗い部屋の中、2人の殴りあう音だけが響いていた。
息を切らしながら床に倒れ込み、なおも倒すべき相手だけを見つめて腕を振り上げる。
全身が痣になるほど殴り合った2人は、ほとんど同時に力尽きて体を仰向けていた。

「・・・っはぁ、はぁ・・・・・・もう、終わりか?」
「・・・そっちこそ」

お互い顔を見合わせれば、赤くなったり青くなったりした痕のついたそれが妙におかしくて。
気付けば、笑いが止まらなかった。

「そういや、昔もよくこうやって殴り合ってたよな」
「・・・昔は、もっと長く続いてた。お互い、年を取ったな」
「ごもっとも」

くっくっくっ、と喉を鳴らして空を仰ぐ。
天井を突き抜けて、昔2人で見た星空が見えた気がした。
それは、もう遠く久しい過去。

「・・・・・・なぁ、蘭」

久しぶりに『名』を呼ばれ、何故か身体が震えた。

「なんだ?」
「俺は、お前達ヴァイスに罪を問う気はないんだ。ヴァイスは、俺達と違って人の命を背負ってる。
だから、そう簡単には戦えないし、任務を途中で中断されたからといってそうそうやめられるほど簡単に割り切れないんだよ。
誰だってそうだ。お前だけが悪いわけじゃない」

アヤは黙って聞いていた。口を挟めば、自分の押さえ込んだ感情が溢れ出しそうだったから。
ナイトの言葉は、深く心に染み渡る。けれど、溺れてはいけないことなど、アヤはとうにわかっていた。
反応のないアヤに構わず、ナイトは続ける。

「・・・けど、お前は背負いすぎだ。この4年間、ヴァイスの任務で人が死ぬたびに、お前は自分で自分に罪を着せてきたんだよ。もう、限界なんだろう?アヤ・・・・・・」

ナイトの静かな声音に、アヤは唇を噛む。
反論も出来ないほど、ナイトの言葉は的を得ていて。
そう、もう、限界だった。ヴァイスであること。あり続けることこそが自分に課した罪だったから。
知らず、涙が零れていた。

「っ・・・・・・」
「・・・アヤ・・・・・・」

それを目ざとく気付いて、ナイトは手を伸ばす。
振り払おうとした彼の手を掴み、床に仰向けに縫い止めた。
見上げる瞳は、自分以外には誰にも見せたことのない揺らぎに満ちていて。
ナイトは彼の目尻に唇を寄せると、今にも零れそうな雫を舌で掬った。

「本当は・・・俺は、お前に、蘭のままでいて欲しかった・・・アヤ・・・」

自分の感情を押さえ込んで生きる今のアヤは、クラッシャーズにいたころの蘭とは程遠い。
生意気で、喧嘩っ早くて、そのくせ憎めないこの男が好きだったのに。
今はもう、大人になってしまった。もう、あの頃には戻れない。
けれど。
ナイトはアヤの身体を抱き寄せると、小さく震える彼の耳元で囁いた。

「アヤ・・・。今は、藤宮蘭・・・お前自身を抱かせてくれ・・・」
「ナイト・・・・・・」

拒めない男の指先が、唇をなぞる。
先ほどの切ない表情とは打って変わって、今は不敵な笑みを浮かべていた。

「優士、だ。蘭」
「・・・優士・・・・・・」

見上げるアヤの瞳を見つめたまま、ゆっくりと唇に触れる。
唇で確かめた感触は、熱く、互いの想いをはっきりと伝えていた。
これこそが真実だと訴えてくる熱が、ひどく心地いい。
アヤはゆっくりと瞳を閉じた。



任務と称して人を殺し、その返り血を浴びる度に、自分の感情が麻痺していった気がする。
何一つ確かなものが感じられない中で、唯一優士の腕の暖かさだけが自分の中の『真実』だった。
それは、4年たった今でも何ら変わらない。
毛の長い絨毯の上で身体を開きながら、蘭は自分を抱く男を見つめていたのだった。
快楽に意識が流される、その瞬間まで。












眠った蘭を起こさないように、優士は部屋を出た。
まだ冷たい夜の空気に晒されながら、家路へと急ぐ。
明日になれば、クラッシャーズも行動を起こすことになるだろう。そう思うと、ひどく心は重かった。
ヴァイスを抑えるといっても、そう一筋縄でいくはずがない。
それに、蘭―・・・・・・。
彼を悲しませることだけはしたくなかった。

「決心はついた?」

唐突にかけられた声に、優士は振り返った。

「・・・ポーン!・・・どうしてここが・・・」
「へへっ♪」

軽く鼻を掻いて、周囲を見やる。遅れて、ルークとビショップが姿を現した。

「お前たち・・・」
「組織統制ですよ、ナイト。貴方の行動は、ちゃんと、私達も把握してないと、ね」

にっこりと笑いかけてくる。優士・・・いや、ナイトはやれやれ、と肩を竦めた。

「・・・ったく、プライベートまでは遠慮してもらいたいもんだな」
「で?決まったんだろ?これからどうするか」

軽くウインクをしてくるルークに、ナイトは頷いた。
強い瞳で、メンバー達を見回す。

「・・・・・・俺は、ヴァイスに加勢する」
「そう言うと思ってましたよ。貴方がアヤ・・・蘭君を見捨てるはずがないと思ってましたから」
「結局、クラッシャーズの柱はお前なんだぜ、ナイト。お前が決めたことなら、俺達はついていってやるから安心しろよ」

ルークの言葉に、ナイトもまた笑った。

「あぁ。ありがとう、みんな」
「よーっし!!ヴァイスにも俺達の力を見せてやろうぜ!」
「そうこなくっちゃ!・・・あ、ここで祝いの花火でもあげる?」
「何時だと思ってるんですか。せめて朝6時にしなさい」
「へへっv」

調子に乗るメンバー達をたしなめて、ビショップはナイトを見た。
クラッシャーズもまた、上の命令を背くことになってしまうとわかっているのに、メンバー達は少しも嫌な顔ひとつせずに自分についてきてくれる。
それがどんなに嬉しいことか、ナイトは改めて感じていた。
だから、この仲間達は掛け替えのない存在なのだ。

「それじゃ、早速行きましょうか」
「ああ」

4人は歩き出した。
自分の信じるものを胸に、それぞれ足を踏み締める。
4人の行く道には、彼らを励ますように朝日が射していたのだった。












end.









Update:2002/05/17/SUT by BLUE

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