あの頃の僕ら



さらり、と風が頬を撫でるのも、変わらないな、とアヤは笑った。
あの頃、こんな世界が綺麗だと思ったのも、彼がいたから。
『復讐』の2文字に手を染めたはずの自分が、何故かただのガキに戻った瞬間。
どうして、彼にだけあんなに反発的になったのか、
自分はいまでもわからない。
ただ、彼の前では、何一つ繕えない自分がいて。
気付けば押さえ込んでいた感情を剥き出しにされ、隠した心を掻き毟られる。
後で思い返してなんとも悔しい気分になるのだが、
それを彼は意識すらせずにやってのけるのだ。
アヤは苦笑すると、足元に一輪咲く花を手に取った。

白い花。その色は『彼』を連想させる。
あの頃から正義感が強くて、曲がったことをよしとしない彼は、
その時はただの世間も知らぬバカな子供がただヒーロー気取りをしていただけだと思っていた。
けれど、彼のことを知ってみれば、彼は自分と同じように闇の世界を生きていて、
ただ自分と違う道を見つけただけのこと。
自分より正しい、正当な道を見つけられただけのこと。
彼をバカにする理由は自分になかったし、むしろ彼には自分を嫌っていい理由すらあった。
ただ感情に任せて自分の将来を決め、自ら闇に堕ちた。
それが、彼には気に入らなかっただろう。
破滅的精神で復讐を行うことは、それが終われば生きる意味を失くす。
生きる意味を失くせば、それは人としての心を失う。
それより、彼は生きて欲しかったのだ。
自分が見てきた世界―――そんなちっぽけな絶望だけではなく、もっと世の中には素晴らしいものがあるのだと、
それを知らずに生きて、死んで、それではあまりにつまらない人生だと、
彼は教えてくれた。
そして、そんな彼の傍にいたからこそ、自分も少しだけ、閉じこもっていた殻から抜け出すことができたのだと思う。
それが、自分にとっていいことか悪いことか、よくわからなかったけれど。
それでも、あの事故で自我を失った妹を、想う余裕はできた。
彼女のために、生きようと思うこともできた。
多分、すべて『彼』のおかげ。
今の『生』は、紛れもなく彼の存在ゆえだ。
そして、彼もそれを望んでいた。
他人に冷めた感情しか浮かばなかった自分を愛してくれた。
人の心の温かさというものを教えてくれた。
それが、『彼』だと―――・・・、今改めて感じる。
白。自分も『白』という名の組織に所属しているが、それは黒に対する白であって、純粋に白くはない。
それを、彼は纏っていた。いつでも見失わない、白い白い輝きを。


「―――蘭。・・・ほら」

声をかけられて振り向くと、手に冷たい缶を握らされた。
本当は、手に触れたその感触より、気になる。名を呼んでくれた声が。
けれど、アヤはありがとう、と渡されたそれの礼を言うと、彼の買ってきてくれたそれに口をつけた。

「美味しい」
「それはよかった」

乾いていた喉が潤される感覚。2人は大きな岩の上に座り込む。
今は、すぐ隣に彼がいた。何故か違和感すら感じなかった。それほど、自然だった。
沈黙が落ちる。
けれど、それは気まずい沈黙ではない。
触れ合う肩が温かい。そんな、傍にいることをひどく感じる沈黙。
ちらりと彼を見やれば、幸せそうに、口元に笑みを引いて。
自分といて、そんなに幸せ?
心の中で、ちょっと思った。
こんな、手のかかる、しかもずっと傍になんていられない存在なのに。
もっと、彼には似合う人だっているだろうに。

「・・・優士」
「うん?」

口の端に、名前を乗せてみる。今は慣れてしまったけれど、あの頃は何故かひどく恥ずかしかった気がする、その名。
ナイト、ナイト、ナイト。来る日も来る日もそう呼んでいたから、名前が出てこなかったのに。
初めて彼の名前を呼んだのはいつだったろう。
ナイトではなく、優士に―――、出会ったのは・・・

「・・・蘭?」
「ナイト、だよな」
「え?」

ぽつり、と呟くアヤに眉を寄せて、優士は彼の顔を覗き込む。
アヤは恥ずかしそうに優士を押しのけて、それからはは、と笑った。
さざ波の音。気持ちのいい風。全てが輝く瞬間。

「いや・・・さ。あんたと・・・あの頃のナイトって。違うよな」
「・・・?何を言ってる」

眉を寄せる優士に、ほら、と笑って。
あの頃の自分たちを思い出させる。あんなに反発しあった2人。下らないことでいちいち喧嘩していたあの頃を。

「優士とナイトって、違うよね。多分、優士のほうが優しい」
「違うよ、蘭」

ふわり、と彼の体を引き寄せて。
アヤは抵抗しない。誰もいない場所。そういう場所を選んで2人は腰を落ち着けた。
誰にも邪魔されない時間が欲しいと言ったのはアヤだった。

「俺も、成長したんだ。お前を見て」

あの頃の自分とは違う。優士は言った。
ただ、堅物で、自分の考えが一番正しいと思っていた頃とは違う。
蘭を知って、優士も変わった。
彼を知ることで、人の心を想うことを覚えた。
だから、優士は。
今、蘭を腕の中に抱く。
クラッシャーズのナイト。それと同じ手で、優士は彼を抱く。
ヴァイスとして辛い仕事を続ける蘭。彼を、優士は守りたかった。
あくまで、ナイトとして。
彼の憧れる、クラッシャーズのナイトとして。

「・・・ほんとに、さ。お互い、大人になったよな」
「ああ。たった2年だけなのにな・・・」

そう、たった2年。
蘭は名を変え、髪を伸ばした。優士は変わらず、中身だけを変えた。
けれど、どんなに変わっても、2人は時折指先を絡める。
多分、愛していた。そんな感情、持てるはずもないと思っていたけれど。

「優士・・・」

優士はアヤの手を取り、ゆっくりと甲に唇を寄せる。それは、騎士の礼。アヤが息を呑む。
それから顔を上げた彼は、驚く蘭の瞳を見、それからまた顔を近づけた。
今度は、唇に。唇を重ねて。
優しい。アヤはいつもそう思う。
決して、強引にはしない。反応を確かめて、それからゆっくりと舌を絡める。

「蘭・・・」

その声に思わず彼の背に腕を回せば、優士もまた腕に力を込めて、抱き寄せて。
このまま時が止まればいい。
アヤは確かに思った。









「なぁ、優士」

もう、今は慣れきってしまった。優士。優士。優士。何度でも口にする。
今だけ。優士の前でだけ、発することの出来る言葉。
口にするだけで幸せになれる。だから、優士。お願いだ。
もっと、呼ばせて。あんたの・・・その名前を。

「好きだ。昔も・・・今も」

形にすることが、どんなに怖かったか。でも、今はもういい。
触れ合う体温。互いの心が、伝わればそれでいい。
あの頃の僕らとは、もう、違うから。





end.




Update:2003/01/19/MON by BLUE

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