夢が覚めるまで



「シンを倒せばお前も消える。
スピラの空に、海に溶けていくだろう・・・・・・
でも嘆かないでおくれ、でも怒らないでおくれ・・・
我らとて元は人の子、夢を見ずにはいられない・・・・・・
新たなる夢の世界に海を作ろう・・・
お前の泳ぐ海をつくろう・・・・・・」


約束は履行され、ティーダは終わりのない海を泳ぐ。
もう何も考えたくない。
もう何も思い出したくない。
全てを忘れて、ただ今ここで泳げる喜びだけを胸に、ティーダは実体のない海を泳ぎ続ける。


「ティーダ・・・・・・」

誰かの声が聞こえる。
ティーダ・・・?そうだ、あれは俺の名前だ。
今となっては誰も呼ぶことのない、意味のない俺の名前。
それなのに、そのはずなのに、誰かが俺を、呼んでる・・・・・・?

「ティーダ」

やめろ、俺を呼ばないでくれ。
もう思い出したくないんだ、・・・・・・ユウナのことも、スピラのことも、俺のことも、そして、・・・・のことも、みんなみんな。全部。
全てを忘れていたいんだ。

「ティーダ!」

「・・・うるっせぇ!!」
気付けば、ティーダはその声をかき消すかのように叫んでいた。
もはや、その周囲に彼を慰めるための海はない。
闇の中、たった一人で立ち尽くす。
怒ったような、苦痛に耐えるようなその表情が涙に濡れたのは、その直後だった。
今まで抑えていた感情が、せきを切ったように溢れだす。
もはや止めるすべのない想いが全身を駆け巡り、ティーダは鳴咽を上げた。
いないはずの自分のこと、自分で殺した父親のこと、最後の最後で聞いたユウナの言葉、そして・・・・・・アーロン。
「もう・・・あん時・・・いっそ死んでりゃよかったなー・・・」
ペタンと地面に座り込んで、泣きはらした目をこする。
自分がいつか消える存在だと知ってから、幾度となく死のうかと思った。
自分が消えることに耐えられず。
愛する人といられなくなることに耐え切れず。
だが、そうしているうちにもう一つの真実をも知った。
「アーロン・・・・・・」
互いに、もはや存在すら否定されたあやふやな存在だったということ。
アーロンが死人であるという事実。
「・・・・・・始めっからわかってんなら、アンタ、どーして俺なんかに構ったんだよ・・・・・・」
さんざん「傍に居る」と言って。
さんざん自分に期待を持たせて。
そのくせ、あんな感じで異界にいかれちゃたまったもんじゃない。
「・・・少しはこっちの気持ちも考えろっつーの」
しゃがんで、膝を抱えて、ため息ひとつ。
アーロンが死人だと知ってからは、ひどい絶望感に襲われると決まって彼のところへ足が動いた。
そして、なにも言わずに交わって、つかの間の夢に身を委ねる。
その時だけは、あのユウナレスカの言っていた「死ねば悲しみもまた消える」という論理もわかる気がして。
『俺もアンタも消えるなら、多分、悲しいなんて思うこともない』
そのはずだったのに。
「なんで、こうなったんだろーなー・・・」
アーロンはユウナに送られて異界へ戻った。
では、自分は?
「シン」の体内にいた夢のザナルカンドの人達は、異界へと行った。
だから、自分もそれと同じように異界へ行けるのかと思いきや。
「やっぱ、『夢』のいきつく所なんか、ないんだよなぁ・・・・・・」
呟く。
この、前も後ろもわからない闇の中で。
不思議と、不安ではなかった。
いつまで自分の意識が続くのかわからないけれど。
だから、せめて、思い出したくなかった。
過去の嬉しさも、悲しさも、全て。

ふと、隣に慣れた気配を感じて、ティーダは顔をあげた。
かすかな煙草の匂いに混じって、よく知っている香が鼻をかすめる。
「・・・んだよ。俺はもう忘れたいのにさ」
毒づく。
頭の上で、フッと笑うのが聞こえた。
「お前が泣いてるかと思ってな」
「バカ・・・もう・・・んな年じゃねえよ・・・・・・」
うつ向いたティーダを抱きしめる。
ティーダは抵抗しようかと思ったが、そんなことできるはずもなく。
もう、限界だった。
振り返ると、記憶と寸分違わないアーロンが視界に映った。
そして、アーロンの深赤色の瞳の中にも、自分が。
「・・・なら、なんで頬が濡れているのかわからんな」
ティーダの頬に唇を這わせ、とめどなくそこを伝う涙を舌で舐めとる。
懐かしさと嬉しさで、涙が止まらない。
「あ、あんたが・・・いるから・・・・・・!」
ごしごしと目をこすり、すねたように横を向く。
そんなティーダの姿が無性にいとしくて。
アーロンは照れたのと泣いたのとで赤くなった顔を自分のほうに向かせた。
ゆっくりと重ねられたくちづけは、互いの想いをいとも簡単に伝えあう。
自分の腕を背に回ししっかりと抱きしめると、震えるティーダの腕も恐る恐る自分の背に触れてきた。
「あんた・・・異界に行ったんじゃなかったのか?」
ただ、一人きりだと思っていた場所に、想い人がいる。
それは、本当に夢物語のようで。
それとも、これは俺に与えられた、最後の幸せ?
「フッ・・・まだやり残したことがあったと気付いてな」
ますます腕の力を強め、アーロンは腕の中の存在に囁いた。
「・・・アーロン・・・・・・」
またこぼれそうになる涙を必死に抑えるティーダに、なんとも言えない感情がこみあげてくる。
ゆっくりと抱えた身体を横たえると、怯えと期待が無い混ぜになったような表情でティーダが自分を見つめてきた。
「・・・・・・不安か?」
「・・・・・・いや。今は」
今は。
今だけは。
あんたがこの不安を癒してくれるよな?
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
ティーダの心を読んだように、彼を抱く存在が囁いた。
それだけで、その声を聞くだけで、身体中が幸福に満たされていく。
アーロンの存在はいつだって自分の支えだった。
「・・・アーロン、俺、あんたを感じていたいんだ・・・・・・」
くちづける。
ティーダの想いは受け止められ、それ以上の強い想いを伝えられる。
「んっ・・・う・・・・・・」
だんだんと深さを増すキス。
口内に侵入してくる柔らかな感触。
互いのそれを絡めあって。
含み切れない唾液が口の端を汚すまで、二人は口付けあった。
もう、何も考えられない。
もう、何も考えたくない。
真っ白になった頭の中で、ティーダはアーロンの確かな存在だけを感じていた。


「・・・あっ・・・」
唐突に与えられた下肢への刺激に、ティーダは思わず声を上げた。
もはや、その身を包んでいた衣服はアーロンの手によって大半が脱がされ。
闇に淡く浮かぶその姿に、その全てを手に持つ存在は目を細めた。
下肢で震える熱に手をやる。
それだけで先走って先端から漏れる液を指先に絡めて、ティーダ自身をさらに煽った。
「キスだけで・・・もうこんなか?」
既に勃ち上がったそれを手のひら全体で包み込むように扱く。
クッと喉で笑うアーロンに、みるみる顔が赤くなる。
「し、仕方ないだろっ・・・!溜まってんだからっ!!」
赤面しながらも必死に言い訳をするティーダがこの上なく愛しい。
10年来見守ってきたのだ。
今更、どうして手放せられるだろう。
「アーロンっ・・・も・・・そこ・・・イイって・・・・・・っ」
全身を震わせて、ティーダが訴える。
「なんだ?もう後ろが欲しいのか?」
「こんのっ・・・・・・エロオヤジ・・・っ!」
素直じゃないティーダの頬に手を添え、深くくちづける。
口内を這いまわる熱い舌に翻弄され、彼の身体はくったりと力が抜けていった。
そのまま、アーロンは手をティーダの背後に回し、その奥に秘められた箇所をゆるりとなぞる。
「っ・・・・・・はぁ・・・」
熱いティーダのそこは、アーロンを求めて収縮を繰り返し、触れる指を飲み込もうとしていた。
それを確認しつつ、ゆっくりと指先を挿入していくと、ティーダが身体をすくませる。
難なく収まった内部で指を動かし、アーロンは奥底でうずく欲を次々と引き出していった。
「っ・・・アーロン・・・っ・・・もっ・・・」
「もう?続きはなんだ?」
潤んだ青の瞳を見ていたくて、アーロンはティーダの顔を覗きこむ。
意地の悪い言葉と愛撫に、ティーダの顔が歪んでいる。
「やっ・・・!もっ・・・オネガ・・・イっ・・・!」
今にも泣きだしそうな顔で自分にすがりつくティーダがちょっと可哀想になったアーロンは、軽く微笑みかけてポンポンッと頭を叩いた。
半端に着ていた衣服を脱ぎ捨て、ティーダに覆い被さると、ふわっと唇を重ねる。
「アーロン・・・・・・」
期待に打ち震える足を抱え上げ、ティーダを見下ろす。
自分にとって何より守り続けていたい
ものが、今、ここにあるという事実。
「・・・力、抜いておけ」
アーロンは、ティーダの秘部に張りつめた自身を宛がうと、一気に腰を進めた。
「・・・っ!っあぁっ・・・」
ティーダの口元からこぼれる声音。
それは、いつまでも慣れないアーロンのそれから受ける痛みと、痛みと共に訪れるそれ以上の快楽を証明するもので。
アーロンは痛みと快楽のせめぎ合いに震えるティーダの身体を抱きしめると、さらに奥を目指した。
「っ・・・ア・・・アーロンッ・・・」
体の中をジュウリンするアーロンの雄が自分に与える快感に、ティーダは陶然となる。
もはや、さっきまで自分を覆っていた不安ともいえる想いは、どこかへ行ってしまっていて。
今は、アーロンが自分に与えてくれる想いと、幸せと、気持ち良さだけが全て。
必死に伸ばした両腕を捕まえられ、アーロンの背に回されると、ティーダは無我夢中で目の前の存在を掻き抱いた。
「っ・・・アーロン・・・っ傍に・・・」
傍に、いて。
ティーダの祈りに答えるように、重ねられたくちづけ。
その唇が、言葉を紡いだ。
「あぁ、傍にいるさ。・・・ずっと」
それは、ティーダにとって、唯一の救い。
自分が孤独でないことを実感させてくれる、唯一の言葉。
望むものを得られたティーダは、またもや涙を溢れさせていた。
「・・・っあ、ああっ・・・」
アーロンがティーダの中心に触れる。
もはやこれ以上ないほどに大きさを増したそれを手で扱き、絶頂に行きつく予感を煽る。
それと同時に、ティーダの体内に収めた己自身で、奥を貫き、出口近くまで引いて、また最奥へとつきたてた。
「あっ・・・もっ・・・イく・・・っ!」
「俺も・・・そろそろ・・・だな」
アーロンが多少余裕なさ気にティーダを揺さぶった。
その瞬間、ティーダの視界がスパークする。
「・・・・・・っああっ!」
「・・・・・・っ」
2人は、ほぼ同時に互いの想いの丈を解き放ったのだった。


「あんた・・・・・・これからどうするんだ?」
全てが終わった後。
闇の中で、座るアーロンに寄りかかり、彼の緋色の上着に2人で素肌を包まれながら、ティーダは呟いた。
触れる肩が、互いのぬくもりを伝えている。
「そうだな。ユウナの旅も見届けた。ジェクトとの約束も果たした。もう異界に帰っても文句は言われないだろうな」
それを聞いて、ティーダははっとした。
「異界・・・・・・。そっか・・・そうだよな・・・」
心持ち暗くなったティーダの体を抱きしめる。
一人になる不安で震える彼を胸の中に引き寄せ、アーロンは軽く笑った。
「フッ・・・冗談だ。安心しろ」
「アーロン・・・・・・」
「そんなことより、・・・見てみろ」
アーロンの顎をしゃくるのに合わせて、闇の中で上を見上げると、ティーダは驚きに目を見開いた。
何もなかったはずのそこには、見覚えのある輝き。
「・・・・・・星・・・?」
「・・・いつだったか、お前と星を見上げたことがあったな」
アーロンの言葉に、ティーダはうなづいた。
「あン時は・・・俺が確か16になったばっかで・・・あぁ、流れ星を探してたんだっけ」
「そうだ。その時、お前はこういっていた」
「『アーロンとずっと一緒にいられますよーにっ!!』だろ?」
アーロンの言葉を遮って、ティーダは口をはさんだ。
思い出すと、みるみる涙があふれてくる。
「・・・ホント、あんたって適当なんだよな。ずっと傍にいてやるとか言っておいてさぁ・・・・・・スピラに連れてくってわかってンのに」
「嘘はついていない」
「・・・・・・だけどさぁ・・・怖かったんだぜ?スピラに来て、パージ近くの海に放りだされてさ・・・・・・。
誰もいなくて、勿論アーロンもいなくて、俺どうなるんだろうって。
・・・でも、本当に怖かったのは・・・・・・」
あんたに、アーロンに会えなくなるんじゃないか、ってこと。
潤んだ目で見つめるティーダに笑いかけ、その瞳に、アーロンはくちづける。
「俺は、約束は違わない」
アーロンの声が、ティーダの心に深く染み込む。
甘くて、溺れてしまいたくなるほど心地よい言葉。
「俺は、約束した。お前に。傍にいると。だから、来た。お前を一人にしないために」
ひとつひとつ、噛み締めるように囁く。
ティーダに。
ティーダの為に。
そして、その直後、もう一つの奇跡が起こった。

ティーダは周囲の気配が変わったことに気付いた。
アーロンの肩にうずめていた顔を上げると、暗く冷たかった闇が、夜の暖かさに変わり。
周りを見渡すと、幻光河でみたようなたくさんの幻光虫が何かを形作っていた。
あまりに神秘的で、幻想的な風景。
「・・・まさか・・・・・・」
ティーダが驚く間に、みるみるかたどられていく、景色。
それは、夢の、ザナルカンド。
「もはや、ザナルカンドを直接知り、それを夢みるものはいなくなった。・・・だが、俺は知っている。10年間共に過ごした、あのザナルカンドを」
声も出せずに、自分を見つめるティーダを抱きしめた。
「あれは、スピラからの贈り物だ」
夢の、ザナルカンド。
「お前と過ごした10年間を、また共に過ごそう」
ずっと。
ティーダの夢が覚めるまで。
いつか、ティーダがスピラに帰る時がくるまで。
ずっと。
「アーロン・・・・・・」
あまりの嬉しさと喜びで、涙がでそうなのを必死にこらえて、ティーダはアーロンの背に腕を回した。
フッと笑うアーロンの気配。
胸にこみあげてくる幸福に、ティーダは今一度尋ねてみる。

「傍に・・・いてくれる?」
「あぁ」

すぐに帰ってきた言葉に、ティーダは今度こそ確信した。
自分は、一人ではないことを。
それは、最後の最後で見つけた、ティーダの『夢』が叶った瞬間であった。




end.




Update:2004/08/16/THU by BLUE

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