血の運命。



「あの、さ」
腕の中で眠っていたとばかり思っていた銀次が、気付けば自分を見上げている。
ベッドヘッドにもたれて夜明けの近づく窓の外をぼんやりと見つめていた赤屍は、銀次の頭を撫でて彼を見た。
「赤屍さん、ってさ」
「はい?」
「本名とかって・・・あるの?」
「どうしてです?」
心底不思議そうな顔を向ければ、今度は銀次が窓のほうを見やった。
夜と朝の間。今は暗くても、すぐに明るい光が射す様は、まるで表と裏だ。
「だって・・・赤屍さんって表ではお医者さんでしょ。裏の世界でその名前合ってる気もするけど、
赤い屍、なーんて患者さんが聞いたら怖くて引いちゃうよ?」
まぁ、銀次のいうことももっともだ。
しかし、こんな質問をされるのも今更、という気もするが。
「銀次君。」
「え?」
「あなたは、小さい頃から『天野銀次』クンでしたか?」
赤屍の言葉に、あの、無限城に捨てられた頃の自分を思い出した。
そう、あの時から、自分は天野銀次だった。
自分を捨てた父親の顔も母親の顔もわからない。それでも、自分は彼らのおかげで『天野銀次』として生きてこれた。
「・・・そうだよ」
赤屍はクスリと笑った。
腕に抱いていた銀次を自分の目の前に引き上げ、自分の上に彼を座らせる体勢にする。
鼻が触れるほど近くで顔を覗き込まれ、銀次は軽い羞恥に頬を染めた。
「私も同じですよ。小さい頃からずっと・・・・・・」
「赤屍蔵人?」
「ええ。」
「ふ〜ん・・・・・・」
おそらく、『赤屍』という苗字を珍しがっているのだろう。
そんな銀次が可愛くて、赤屍は触れるほど近くにあった唇を奪った。
かすめるようなくちづけから、いつの間にか深いものへと変化していく。
含み切れずに零れた体液を舐め取って、赤屍は軽く笑みを浮かべた。
「まぁ、銀次君の言うこともわかりますよ。
・・・ですから、万一病院で私を見かけても、間違っても『赤屍』なんて呼ばないでくださいね?」
「えっ?じゃあ・・・」
「ええ。とりあえず表では私は「赤屍」ではありません」
「そっかぁ。じゃあ、表では・・・」
「白崎、です。白崎蔵人」
「白崎さんかぁ。なんか・・・似合わないねーv」
「クス。貴方にそう言われると、何故か嬉しいですね」
表で人を救いながら裏では簡単に人を殺す。たまに、どちらが本当の自分なのか、とも考える。
けれど。
「赤屍」こそが本当の自分であって、医者などをやっていることの方が間違いなのだ。
血を見て至上の悦びを感じてしまうのは、この身に宿る「赤屍」の血のせいだと、
彼の全身が告げていた。
銀次と出会ってから、確かに人を殺すことは減ってきた。
だがそれは、ただ恋人に嫌われたくないから、という理由ではない。
誰よりも殺したくて仕方ない存在が、誰よりも大切な存在になってしまったから。
「銀次君・・・」
体勢を変えて銀次をシーツの上に組み敷けば、少し抵抗するような瞳が自分を見上げてくる。
そんな彼に構わず首筋に唇を這わせると、銀次の体がびくりと反応してきた。
自分が慣らした体。幾度抱いてきたかなんて、聞かれてもわからないくらいだ。
彼を殺す一瞬の快感と、喘ぐ彼を見下ろすこの快感は、どちらがどのくらい愉しいだろう。
多分、自分には決められない。
「あ、かばねさん・・・っ・・・もう、夜明けだよ・・・?」
本格的な愛撫に入る手の動きに恐怖したのか、銀次は小さく身震いする。
そんな仕草も、銀次の何もかもが愛しかった。
「大丈夫ですよ。今日は仕事ないんでしょう?銀次君」
「・・・っあ・・・オ、オレがなくたって、赤屍さんがあるでしょ・・・っ・・・」
「そんなの構いませんよ。貴方の方が大切ですからね」
耳元で囁いて、躊躇なく下肢に手を這わせる。
銀次は一つため息をついて、もうそれ以上抵抗しなくなった。
(昔は逃げて逃げて逃げまくってたのにね、銀次クン?)
そんな懐かしい光景を思い浮かべて、赤屍はクスリと笑う。
そう、この少年が自分の腕の中で無防備に身体を預けているうちは。
殺さないでいてやろう。
殺さなくても、それに勝るとも劣らない悦びが自分の胸の内に宿るうちは。
「・・・好きですよ、銀次君・・・」
「・・・っオレ、も・・・赤屍・・・さん・・・」
無意識のうちに背に回される腕がひどく心地いい。
殺人狂と言われている自分がたかがこんな少年に溺れていることに、
赤屍は一人自嘲した。




end.




Update:2004/08/16/THU by BLUE

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