Ep.02 呪難



「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

カペルとエドアルドは、暗闇の中をひたすら走り続けていた。
幸い、追手はまだ遠くにいるようだ。
明かりの傍に待機している兵士たちを背後から奇襲し、なんとか逃げ切っている。
けれど、一向に先が見えないままの逃避行に、
カペルはさすがに不安になってきていた。

「ちょ、と、タンマ。お腹空き過ぎて、死にそう・・・」
「我慢しろ!このまま追いつかれたら終わりなんだぞ」
「うー・・・。でも、まだ遠そうじゃない・・・。あ、あそこにブルガスアップル・・・イテッ」
「ほら、これでも食べてろ。」

ぼかり、と頭を殴られ、次の瞬間には目の前にはチキンサンド。
目を丸くするカペルに、うんざりとエドアルドは差し出した。

「オラデアチキンサンドだ。それなら走りながらでも片手で食べられるだろ。」
「・・・エドアルドさんって優しいんですね・・・(変だけど・・・)」

カペルの言葉に、フン、と鼻を鳴らして、
エドアルドは顔を背けた。
あまりに予想外の台詞に、照れてしまったのだろう。
頬に微かに朱が上っている。

「お前がびーびー五月蠅いからだ!ほら、早く走れ!」

エドアルドの言葉に、
カペルはとりあえず一口食べて、エドアルドの後を追った。
時折、背中のほうから軍用狼の声がする。なんだかんだ言っても、時間がないのは事実。
息はかなり上がっていたが、ゆっくりと休息を取るわけにもいかない。

「!!脱走者だな!!大人しく・・・」
「・・・っはぁっ!!!」

気合一閃。
エドアルドは前方の敵集団に向かって剣を振りおろした。
衝撃波が襲い、まとめて地面へと倒れ込む。
だが、今回は場所が悪かった。
兵士の1人が運悪く地面に突き刺さっていた松明に倒れ込み、周囲の木に燃え広がってしまったのだ。
みるみるうちに火は広がり、途端警報が鳴り響く。
場所が特定されたのだ。

「ちょ、何やってるんですか!エドアルドさん!!」
「・・・逃げるぞ!!」

そう言っている間に、地面が揺れる。
背後から急速に迫ってくる勢いは、そう、先ほど感じたあの恐怖。

「またアイツ!?やめてよー!」
「ちっ・・しぶといい!!!」
『うおおおおっ!』

エドアルドは構えの姿勢を取ると、
オーガの張り手に合わせて剣を振り上げた。
キ・・ンと音がして、攻撃を弾かれた巨体が体勢を崩す。

『な・・・ニ!?』
「今だ!この隙に逃げるぞ!!」
「う、うんっ」

暗闇の中、道もない森林を駆けるのは辛い。
ましてや、戦場慣れしていないカペルにとっては尚更だ。
後ろからは相変わらず鬼のような声が聞こえてくるし、
前からも横からも封印軍は迫ってくるし、
もう散々だ。
それからしばらく黙々と走り続け、
あがる息の中、ふと隣で走るエドアルドのほうを見やると、

「・・・・・・」
「・・・エドアルドさん?」

男の顔は、薄闇でもわかるほどに青ざめていた。
先ほどまでの覇気はどこへいったのかと思うほどに、
敵に向ける刃も精彩を欠いていて。

「大丈夫ですか?少し休みます?」
「・・・別に、なんともない・・・!こんなとこ、早く抜けるぞ」

そうは言いながらも、
走るスピードは明らかに遅くなっているし、
時折苦しげに脇腹を押さえ、顔を歪めているのだ、
これでは何もないというほうがおかしい。

「っく・・・、」
「!?エドアルドさん!?」

目の前の雑魚を一刀両断した後、
ガクリを膝をついたエドアルドに、カペルは慌てた。
もちろん、彼の身も心配だったが、何より、こんなところで倒れられても困る。
彼を引っ張っていくのはおろか、
自分1人ですら逃げ切れる自信などない。
一応、無理にでも立ち上がろうとするエドアルドに肩を貸し、
どうにか走り出したが、

「もう逃げられんぞ!!!」

絶望的な台詞と共に、たちまち四方を囲まれる。

「大人しくしろ!もう逃げ場はないぞ!」
「手間取らせやがって・・・覚悟はできてんだろうな?」
『おれ、飯食う。コイツら、おかずにしていい?』
「っ・・・」

今回ばかりは、逃げ出す隙はどこにもなかった。
首を狙うように槍を突きつけられ、弓は構えられ、オーガは棍棒を振り上げる。
気絶させられる―――
そう諦めかけたまさにその時、

「・・・・・ぐあっ!」
「どうした?!・・・うっ・・・!」
「うわぁぁああ!」

兵士達の絶叫が、あたりに木霊した。
見上げれば、光の雨が、自分達を避けるようにして兵士たちをことごとく貫いていた。
よくよく見れば、その光は光を纏った矢の大群で、
奇跡が起きたのかとカペルは上を見上げる。

「無事か」

凛とした、よく通る声が聞こえて、
その次の瞬間、カペルは文字通り目を丸くした。

「え・・・うえぇぇ!?僕が・・・2人!?」

丘の上から自分たちの元へと降りてきた男は、
誰が見てもカペルとうり二つ、同一人物では思うほどよくにた顔立ちをしていた。
歳の頃もそう変わらない、本当に鏡に映したような男。

「シグムント様っ!!!!」

風を切るような勢いで、エドアルドがカペルの隣から駆け出した。
その様子はまさに子供が久しぶりに会った親に駆け寄るかのようで、
カペルはまた別の意味で驚く。
先ほどまでの具合の悪さはどこへやら。
満面の笑みでシグムントに飛びついたエドアルドだったが、
しかしシグムントはただ一瞥しただけでひょいと身体を移動させた。
地面に足もついていないエドアルドは、
当然、腕が宙を切る。

「いデっ」
「ここは危険だ。君も一緒に来たまえ」
「は、はぁ・・・」

エドアルドの存在などほとんど空気のようにスルーしたシグムントは、
カペルに手を差し伸べた。
正直、こちらも体力の限界だったから、
カペルは素直にその手を取る。
だが、その瞬間を、運悪くエドアルドが目撃してしまっていた。

「し、シグムント様!!私という男がおりながら、何を・・・!」
「馬鹿が世話になったな。こんな牢獄に連れられて、君もさぞかし不快な思いをしただろう」
「い、いえ、でも、エドアルドさんが助けてくれたし・・・」
「そうです!こいつ、シグムント様によく似ているから、間違えられて投獄されたらしく・・・」
「で、お前はその少年を私だと勘違いして危険を冒す、更に、大馬鹿者、ということだな」
「う。」

シグムントのキツい発言に、エドアルドは黙り込む。
事実が事実だけに、タチが悪すぎた。
成り行きでカペルを助ける羽目になってしまったが、
本来、エドアルドは捕らえられたシグムントを救出するため牢獄へ一人乗り込んだ。
だが、当の本人がぴんぴんしていて、
捕らえられていたのが贋物だったなどと!
今思えば恥ずかしくて仕方ない。

「それにしても、本当によく似てるなぁ!・・・あ、僕はユージン。シグムントとは幼馴染さ」
「で、おれはバルバガンだ!!同じく解放軍のひとりだぜ!」
「ええと・・・よろしく、ユージンさん、バルバガンさん」

シグムントの背後から、2人の男が出てきた。
1人は、見るからに肉体派な、斧を背に構えた男。名をバルバガンといい、
もう1人は、なぜか背中に大きなリュックを背負っているが、
手に杖のようなものを持っている。
おそらくは、魔術の使い手なのだろう。名前をユージンといった。

「今日はもう遅い。入口辺りで野営をする。・・・エドアルド」
「はっ!」

ものの数秒で先ほどのショックから立ち直ったエドアルドは、
手際よく火を炊き、天幕を張り、襲われぬよう
警備のための人員を周囲に立たせた。
この、自分をシグムントと勘違いして成り行きで助けてくれた男は、
どうやら英雄様のパシリらしい。
・・・まぁ、ただのパシリにしては発言が怪しげだが・・・。

「知っているとは思うが、我々は解放軍だ。各地の鎖を破壊するために戦っている。」
「はぁ・・・」

ついこの間までは。戦う、など生活のなかにあるはずもなかった。
カペルはピンと来ないまま曖昧にうなづく。
だが、その反応が気に入らなかったのだろう、
エドアルドが二人の間を割って入ってきた。

「・・・貴様、なんだその反応は!?シグムント様に謝れ!」
「ええ!?・・・その、ええーーっと・・・すごい・・・んですよね?」

頭をかきつつ、更にエドアルドの怒りを買う発言をするカペル。
当のシグムントは無表情で事の成り行きを見守っている。彼にとっては自分が英雄であることも、
それを称賛されることも大した問題ではないのだ。
だが、エドアルドには違ったらしい。

「この勇敢なお姿を見て、自分も一緒に戦いたい!とか思わないのか!」
「えー。戦うなんて無理ですって。痛いの嫌だし。ケガするの、ヤなんだ。バカバカしいじゃない?」
「キサマぁぁあああ!!シグムント様が馬鹿だって言うのか!?」
「別にシグムントさんのことを言ったわけじゃないけど」
「言っただろう!他人のために戦って、ケガするのが馬鹿らしい、と!!!」
「〜〜ん〜〜、ごめんなさい、訂正します。戦いことはバカバカしくありません。」
「その態度が馬鹿にしてるって言ってるんだ!」
当人ではなくエドアルドのあまりの剣幕に、
カペルはすぐに折れて両手をあげた。こんなことで言い合うなんて
正直アホらしい。
というか、どうしてこんな流れになったんだっけ?

「・・・シグムント様っ!!こんなやつ、町にまで送り届けてやるなどもってのほか!!
 早く外へ放りだしてやりましょう!」
「ちょ!勘弁してくださいよ。ここまで連れてきたのはエドアルドさんでしょう!?」
「ああ、おれは間違ったよ!おまえなんか、あそこに放りだしておけばよかった・・・・・・っ!!!」
「!?エドアルドさん!?」

怒りに任せたセリフの後、ガクリとエドアルドは膝をついた。
そうだ、さっきまであれほど青ざめた表情で走っていたことを思い出す。
すっかり、忘れてしまっていた。

「エドアルドさんっ!」
「触るなっ!・・・何でもないっ!これくらいで・・・」
「・・・・・・どうした」
「エド君!?まだあの傷が治ってないのかい!?」

突然のエドアルドの異変に、皆が集まってくる。

「傷!?どうして、こんな・・・」
「俺達は・・・、命を賭けてあの方をお守りする・・・。理由なんて、いるか!」

吐き捨てて、起き上がろうとするも、エドアルドは立ち上がることができなかった。
それどころか、己の身体すら支えきれずに、地面に崩れ落ちる。
ただごとではなかった。

「くっ・・・こんな時に・・・」
「おぃ、ユージン!どうなんだ?!」
「ちょっと待って・・・」

倒れ込んだエドアルドを仰向けに寝かせ、ユージンは手をかざした。
甲にある月印が光り、直後に淡いエメラルドの光がエドアルドの身体を包みこむ。
皆は黙って見守っていた。
やがて、ユージンは口を開いた。

「応急処置はしておいた。けど・・・これはただの傷じゃない。・・・月印の力を使った呪いだ」
「呪い!?」

苦しげなエドアルドを見やり、カペルは驚きに声をあげる。
そしてまた、
ユージンの言葉に、皆も一様に息を呑んだのだった。




...to be continued.




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Update:2008/11/05/SAT by BLUE

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