月明かりと君。



できるだけ意識を逸らそうと、は布団の端に手を伸ばした。
下肢は既に犯されていた。男の手に捕らえられ、深々と熱を銜え込ませられた腰は、
今はもう、己の意思でどうすることもできずに、
ただ揺らされるままに薄闇でその白さを見せ付けている。
裾から捲り上げるようにして脱がせた着物は、今もまだ片腕に引っかかったままで、
その淫らさにギンコは軽く目を細めた。

何ヶ月ぶりになるだろう。
いや、何十ヶ月ぶり、になるか。

この町への帰り道、たまたま立ち寄った村での騒動に巻き込まれたギンコは、
気付けば1年の足止めを食らっていた。
たった数日。それくらいの感覚でしかなかったのに、蟲の時間、というのはわからないものだ。
だが、本人に実感がなくとも、外の世界は確実に時が流れていて、
帰る目安にしていた時節をとうに過ぎ、ギンコは焦ったように山を降りる。
1年5ヶ月ぶりのその町は、
それでもやはり変わらない姿で、戻ってきたギンコを迎えたのだった。

「・・・ッつ・・・」
「・・・きついな・・・」
「っは・・・あ、」

誰ともなしにそう呟いたギンコは、
男の足を抱え上げていた片手を外し、の腹の上で啼くそれに指を絡めた。
途端、ひくりと震える肌。肉体労働、というよりは知識の多さを問われる医家という職に就いているだけあって、
白く薄い皮膚は男の指先の感触をひどく敏感に伝えていく。
先ほど一度解放してやったにも関わらず、すぐに勃ち上がり、その身を濡らす彼の雄を、
ギンコは丁寧に揉みしだいてやった。

「・・・っ・・・、ギンコ、・・・っやめ・・・」

甘やかな声音、それは、今己が腕に抱く男が感じている証。
彼のシーツを握り締める指の力が先よりも強くなっていることに気付いて、
そのまま身体を折り曲げ、彼の奥を深く侵食していく。
もう、息も絶え絶えの様子のは、
男に半ば無理矢理させられた、キツい体制に顔を顰めながらも、
ぐちゃぐちゃと鳴り響く水音に陶酔を覚え、下肢に湧く熱に身を委ねていた。

本当に、久しぶりの感覚。
元々、こういった色事に興じるような自分ではなかっただけに、
こうして乱れている自分を自覚するのは、恐ろしいとすら思う。
ましてや同性の下で、なのだ。誰に言えたものでもない、これは恥だ。
家族は早死に、三十をとうに超える年になってなお、嫁すら貰わず。
けれど、今更その生き方を変えようにも既に遅く、
こうして彼が帰ってきた日には、己の身体は欲に濡れ、
それを目の前の男のすら笑われる始末。
まったく、手に負えない。
だが、どれほどそう思ってみても、己の指に絡められる相手の指先を自分から離すことは、
自分には出来なかった。
たとえ、彼が自分のことなど何とも思っていなくて、
食い扶持つなぎのために来た際の、ただの気紛れだったとしても。

「・・・ぁ」
「いい、か・・・?」

あがる息の中そう囁かれ、は少しだけ唇を噛んで瞳を閉じた。
男の額を滑り落ちた水滴が、零れる。触れるほどに近くにある頭を、震える腕で抱え込んで。
すると、すっと唇に降りてくる濡れた感触。そうして、下肢は満たされたものが失われるような喪失感。
もちろん、そのままかれがいなくなってしまうわけがないのだが、
それでも不安なのかますます込められる腕の力に応じるように、
ギンコは唇を触れ合わせたまま再び腰を押し付けると、
彼の雄を受け入れる内部はそれを悦ぶように更に締め付けをキツくする。
下肢から湧き起こる激しい快感に流されまいと、ギンコもまた軽く唇を噛み締めた。

「・・・も、早、っ・・・」
「ん?ああ・・・」

普段よりも切羽詰まったような声音に、
自分もまた己の限界を感じてしまえば、最早どちらにもそう余裕はなく、
更なる快楽を求めて無意識に揺れる腰を両手で抱え、何度も自身に引き寄せる。
既に力の入らない身体を持て余すは、脳天まで貫かれるような衝撃に全身を戦慄かせたまま、
来る頭が白く埋め尽くされるような絶頂の感覚を待ち望み、
己を抱く男の腰を強く膝で締め付けている。
そうされては、ギンコもまた耐え切れるはずもなく、
熱い内部の収縮に酔わされたように男の身体を抱え込み、
強く彼の奥の奥を突き上げてやれば、
はひときわ高く声音を洩らし、白い首筋を見せ付けるように背を逸らす。
折り重なるようにして肌を合わせていた二人の間が
男の愛し合った証の白濁に濡れると、
ギンコは小さく苦笑して、己もまたの内部に自身の欲を解放させた。

静かな、夜。
障子1枚隔てた先には、きんいろの月が1つ。

十五夜のその日、月明かりは易々と扉を透り抜け、
今もなお素肌を重ねあったままの二人を照らし出していた。















それはそれは本当に、綺麗な月だった。

「あー・・・寒みぃ」
「当たり前だ。そんな格好のまま外に出ていたらいくらお前だって風邪ひくぞ。早く着ろ」
「ん。」

ばしり、と頭に投げられた着物に蟲煙草の火が引火するのを辛うじて防いで、
ギンコはやれやれ、と銜えていた煙草を灰皿に押し付けた。
ほとんど素肌にコートだけ羽織った格好で柱に凭れ月を見ていたのだが、
さすがに9月となると冷える。
投げ付けられた夜着をいそいそと身につけるギンコに、
は少しだけ目を逸らした。
こちらはとうの昔に着替え終わっている。あんな乱れた姿のままでいるなど許せない性分だった。
もちろん、本意ではないにしろ朝までなし崩しに眠ってしまうこともないわけではないのだが、
そこは仮にも医家という職業に就いている人間。
24時間、いつ急患で呼ばれるかわからないというのに、
最中はともかく終わったあとまでその余韻に浸ってなどいられない、というわけである。
とはいえ、無理をさせられた身体は下手をすればすぐに悲鳴を上げるし、
できればこんな時に急患など来て欲しくない、というのが本音ではあるのだが。
いや、本当の本心は。
こうして、想い人と二人きり、共にいられる時間などそうなかったから。
それを壊されたくはなかった。
ギンコは再び、煙草に火を灯していた。

「あー、そういや今日、十五夜だったか」
「ああ、まぁな」
「じゃあ、饅頭とかねーの?」
「は?」

唐突なギンコの言葉に、は眉を寄せた。
こんな夜中に、いきなり何を言い出すのだ、この男は。
だが、そういえばこの茫洋な青年は実はかなりの甘党だったことを思い出して、
変にマイペースな部分は確かに相変らずなのだが、
やはり他人までそれに巻き込んで欲しくないものである。

「饅頭。月見っつったら饅頭と月見酒だろーが」
「・・・・・・お前も勝手な奴だな。食いたきゃ自分で買ってくればいいだろ」
「十五夜くらい用意しててトーゼンだろ?」
「・・・すいませんネェ。配慮が足りなくて」

結局、辛うじて置いてあった地酒を見つけ、杯に注いでやる。
その間にギンコはどこからかススキを取ってきて、5本、徳利に挿していた。
なんの気まぐれかよくわからないまま、
仕方なく柿やら栗やら里芋やらを用意させられる羽目になり、
小1時間が過ぎる頃にはそれこそ本当に十五夜を祝う供え物が縁側に並ぶ。
ギンコは満足そうにそれを見ながら杯に口をつけ、
そして少々気落ちしたような顔をした。

「あとは饅頭があれば完璧なんだがなぁ」
「・・・夜の甘いモンは身体に良くないんだぞ。やめとけ」
「へいへい」

どうやら、饅頭さえあればよかったらしいと合点がいって、
はやれやれ、と肩を竦める。
酒は、特に好きではなかったが、仕方なく付き合ってやるか、という気分になり、
同じように杯を傾け、もまた月を眺めた。


綺麗な、本当に綺麗な、月だった。


「・・・17ヶ月ぶり、か」
「・・・・・・ああ」

17ヶ月。それは、にとって悪夢のように長い年月だった。
最後に別れたのが、春。そうして、中秋ごろには一度顔を出す、と言っていたギンコが、
その秋、ついに戻ってくることはなかったのだ。
ひとところに留まれず、蟲と共に生きる道を選んだ男なのだから、
その旅路の間に何があってもおかしくはない。
例えいついつに帰る、などと約束していても、予定が狂ってしまうことなど当然で、
心配するだけ無駄だということもよくわかっている。
だから、は。
毎日、彼のことを想うのをやめた。
それでなくとも、彼の日常は忙しかった。医家として、収集家として、知り合いも多かった。
彼らに応対しているだけで時間は過ぎていく。
自分が集めた奇妙なモノ達を眺めているだけで、憂いを紛らわせることもできた。
特に、蟲に纏わるモノは、飽きることがなかった。
静かにひとりの時間を過ごすには、困らなかった。
だから、その代わり、
毎月の十五夜には、月を眺めることにしたのだ。
そうして、ギンコが旅立ってから1つ、2つと満月が過ぎていき、
気がつけば12個を数えていた。1年を過ぎ、さすがに胸が苦しくなった。
もしや、彼が、―――死んでしまっているのでは、と・・・

「怖、かった」
「・・・化野?」
「・・・・・・ただ、怖かったんだ」

あの、美しい満ちた満月の下で。
もし、彼が倒れていて、息をしていなかったら。
もう二度と、ここには帰って来ないのかもしれないと、そう考えるだけで。
怖かった。
何度も考えないようにしていた。
だが、こんな月を見るたびに、想いは募るだけでしかなくて、
ついに、彼は月を眺めるのをやめた。
そうして、5ヶ月。

「・・・だが、俺は戻ってきた。」
「ああ。・・・ああ、そうだな」

小さく、けれど華やかに、は微笑んだ。思わず、惹かれる。
空の、きんのひかり以上に美しい。少なくともギンコにはそう見えた。目を眇める。
腕を伸ばせば、すぐ触れられる位置にいた彼の頬に触れ、
すると彼は心地良さそうに瞳を閉じてしまう。
男の手の暖かさに、その存在を感じるように伏せられたその仕草に、
ギンコはまた己の欲を誘われた気がした。
まったく、どうかしてる。
ひとところに留まれないはずの自分が、どうしてここまで彼一人に捕らわれてしまっているのか、
今ではもう、とうにわからなくなっていた。
けれど、運命は残酷で、
どれほど彼と共にいたいと思っても、それを許される立場に自分はないのだ。
そうしてそれは、一番大事な彼その人を、
己が呼び寄せる蟲たちから守ることにも繋がるのだから。

「・・・心配なんてするなよ。俺は絶対に、・・・」

―――戻ってくるんだからさ。
囁いたその言葉は、本当は、保証もなにもない、ただの祈り。
ただあるがままに生き、そして死ぬ。人としての欲を主張することなく、ただ自然のままに命を生きる。
それが信条だったはずの彼の、小さな願い。

男の身体を己の傍に引き寄せて、
ギンコは再び、空に浮かぶ黄金色の光を見上げた。





end.




Update:2006/02/12/SUN by BLUE

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