夜の帳に闇が満ち。



こうして、
無防備に寝顔を晒してくれる辺り、
ミハルはまだ自分のことを信頼してくれているに
違いない。
それだけは確かめられて、
帷はようやく安堵したように肩を落ろした。
こんな、誰とも共有できない後ろめたい記憶を隠し続けたまま、
自らのエゴのために少年を傷つけてばかりいる男を。
ミハルが敬遠したがるのも当然で。
こんなに近くにいるのに、
触れられない距離が痛い。
そもそも、自分たちは偶然に出会ってそれなりの関係になったわけではなく、
完全に意図を持ってミハルに接してきたのだ。
それを知って、彼はどう思ったろう。
ウソツキ、とでも心では罵っていたかもしれない。
何も知らない子供。
中学で再び出会った時、
初めて見たかのように自分を見上げる彼に、
何も言えなかった。
何も伝えられなかった。
森羅万象。そんな恐ろしいモノがこの子供に憑いているなど、
信じたくもなかったし、認めたくもなかったから。
けれど、彼に近づいた理由が、
子供の中に在る秘術のためだということは、
今では周知の事実で。
傷ついた?
少しだけ、柔らかな髪に触れてみた。
小さな身体。守りたいと思った。10年前のあの日も、
再会したあの時も。
けれど、そんな感情も、ただ純粋にこの子供を愛した故ではないのだと、
胸の内では気づいている。
自らの罪滅ぼし、端的に言ってしまえばそのようなものだ。
何のことはない、ただの自己中なのだと、
視線の先の紫煙を見つめながら、想う。
だから、それがこの少年に知られてしまった今、
もう、愛だの恋だのを理由に、この少年には触れられない。
彼へ伸ばす手が穢れていることを知られてしまった。
だから、
背を向けた少年の、無言の拒否が、
痛かった。

「――、ル・・・」

言葉にはならない。口の端だけで、名前を呼んで。
当然、目覚めることも、振り向くこともない少年の、
髪を梳く。
もう二度と、純粋な気持ちで彼を腕に抱き締めることはできないのだ。
そう思うと、胸の奥がひどく痛んだ気がした。

本当に、無防備な、少年。

眠っているのだ。
自分の、部屋で。はだけたシャツ1枚で、
薄い上掛け1枚で、ただ、静かに。
誘ったのは自分だ。何も言えないくせに、傍に置きたかった。
理由なんてない。おそらく、ミハルも。
何も聞き出せないとわかっていながら、ついていった。
口をついて出るのは、他愛のない世間話で、
お互い、核心には踏み込まない。
相手が踏み込んで来るのを待っていながら、
それを怖いとも思っている。
何も、出来ない。
そうして、2人、眠りについた。
月明かり、目はとうに慣れて、暗いくせに眩しいくらい。
ミハル。誰に対しても無関心で、
誘われてもほとんど付き合うことのないお前が、
文句ひとつ言わず、ついてきてくれた。

本当に、何も出来ずに朝が来るのか?
朝が来れば、またお前は離れていってしまうのか?

―――ミ、

「―――っ・・・」

頬に。
触れてしまった指を、帷は慌てて離した。
肌と肌の触れ合う感触。伝わる温もり。そうして熱。
壬晴に対して抱く感情がそこから流れ出てしまいそうな気がして、
手を引く。唇の前、拳を噛んで。
こんな感情、間違っている。
壬晴を守るという誓いは、形式的には壬晴に立てた誓いだ。
だが、それは嘘だ。
壬晴を守るのは、自分のエゴ。彼のためではなく、自分のため。

―――一緒によかった、って言える人がいないと、救われた人は救われないんだ。

あの時の、壬晴の言葉が痛い。
けれど、本当は。
最後に共に笑える資格なんか、きっと自分にはないのだ。

「―――ミハル、すまない・・・」

「・・・何を、謝ってるの?」
「っ。」

突然。あまりに突然で、
一瞬固まった。だが、声を発した張本人は、
相変わらず目を閉じたまま、狸寝入り。
この性格だけは、きっと、一生変わらないな。
まったく、困った子供だ。

「・・・イタイケな子供を襲う前に、まずは懺悔の言葉を、と・・・」
「雲平先生、無理しないほうがいいよ。見た目通り臆病で弱気な先生は、守られひ弱キャラな僕すら襲えないってわかってるから。」
「・・・ハッキリ言うね・・・」

口の端がひくひくするような言葉をさらりと口にする少年は、
漸く目を開けて、こちらを向いた。
大きな瞳、吸い込まれそうになる。

「・・・イイよ、先生。」

細い両腕、男の耳にかけて、引き寄せる。
うっすらと笑みを浮かべる少年は、そのまま目を閉じた。
一瞬後、触れ合うものは、肌と肌、指先と指先よりも深く、侵食する温もり。
部屋に闇が満ちるように、心の中に満ちていく、狂気という名の熱。
襲われているのは、きっと、少年ではなく、
男のほう。
深みにハマりこんだまま、抜け出せなくなって、
きっと溺れるのは彼なのだ。

「・・・・・・後悔するなよ?」
「とっくにしてるよ。」

だから、先生も一緒に溺れて?
唇が離れた先で、壬晴はそういって無邪気に笑った。





end.





Update:2008/04/06/SUN by BLUE

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