理想と願望の狭間にて。



こうして誰かが隣にいることが、
急に不安になる時がある。
壬晴は寝返りを打って、すぐ傍の男の顔を見つめた。
夜中の12時もとうに回った時刻、部屋は微かには光が差し込むものの、
相手の顔が見える程ではない。
けれど、それでも見つめ続けていると、
辛うじて鼻筋と輪郭だけは捉えることができた。

(・・・雲平せんせい。)

壬晴が動いたせいで毛布との間にできたかすかな隙間から、
夜の冷え込んだ空気が入り込む。
昨晩―――といっても、つい先ほどのことでしかなかったが―――の
とても人に言えたものではない行為のせいで、
肌には何も着けていなかった。
二人して済し崩し的に眠ってしまっていたから、
男もまた同じような格好で、
少し、肌寒い。
布団を頭まで引き上げて、壬晴は再度目を閉じた。

深夜は過ぎたが、まだ目を覚まさなければならない朝には程遠い。
隣の帷は、当然まだ眠っているし、
まさか自分の都合で起こしてしまっては申し訳ない。
そうなると、動くにも動けず、
かといってそう簡単には眠れそうもなかった。

(・・・・・・五月蝿い)

目は冴えているし、耳を叩くのは時計の音。そう、帷の部屋にあるのは、
いつのものかわからないアンティークじみた置時計で、
針の音が半端ではないのだ。
静かな男の寝息が、それでかき消される程なのだから、
それを意識してしまえば、なおさらに眠れない。
無理なことはさっさと諦めて、壬晴は今度は気持ちよく眠っている帷へ意識を向けた。

自分だけ、好き勝手なことをやって気持ちよく寝ている男を見ていると、
なぜか苛立って来る。自分もさっさと眠ってしまいたいのに、
そもそも何故目が覚めてしまったかといえば、
2人では幅の足りない布団の大半を、帷が占領してしまっていたためで、
いっそ、腹いせに叩き起こすのもアリかなと思う。

(―――でも、)

ふと、考えた。
目が覚めたとき、自分がいなかったら?
隣に誰もいなかったとしたら、帷はどうするだろう?
慌てふためいて、自分を探してくれるだろうか?それとも、あまり、気にしない?

少し考えて、壬晴はベッドを降りた。
極力布団を動かさないように、ゆっくりと。息も殺して、静かに。
帷は、幸い眠ったままでいてくれた。
とりあえず、身体になにも着けていなかったから、
服を探した。
暗い中、足元には男のYシャツだけ。
なんとなく腕を通したが、どうにも身長と体格が違いすぎる。
袖はおろか、裾すら腰をすっぽり隠すような状態になってしまった。

(・・・雲平先生の、ニオイだ)

煙草のそれと、彼が身につけている香水の微かな甘さ。
かれに抱き締められている時のことを思い出して、壬晴は微かに頬を染める。
裸足のまま、少しだけガラス戸を開けて、
するりとベランダに出た。初夏ではあるが、1枚ではさすがに肌寒い。
けれど、
厚いカーテンにさえぎられていない分、
月が明るすぎて、
壬晴は目を奪われる。別に、美しいとか、そういうんじゃなくて。
見つめられている、ような気がした。
自分自身ですらわからない、自分の心の奥の底を。
きっと見透かされている。
それは恐怖でしかない。いや、月ならばまだいい。言葉を伝える術がないから。
ただ、誰かの傍にいると、
思いもよらなかった本音が零れ落ちそうになる。
特に、帷の前では。
特に、こんな夜の日には。

(なんで、オレ・・・)

許してしまったのだろう、と思う。
誰かが傍にいることを。しかも、それを喜んでしまっているという事実。
そんな感情は、無関心でいたい己の心すらも裏切り、
いまや帷を拒めなくなっている。
求められれば、抗えない。
それどころか、それを待ち望んですらいる。
抱きしめられ、その熱に溺れることが、幸せだとすら感じる。
―――罪だ。
誰に対してでもない、自分の心に対しての罪。
どうすれば償えるだろう?それとも、もう今更?
もはや、元に戻せないのか?

「壬晴・・・寒くないのか?そんな格好で」
「ん・・・」

寒い、と小さく告げて、男の腕の中に収まる。
それは結局、またもや自分の信念を裏切ることになり、
壬晴は今日もダメだったとため息をつく。
別れてしまいたかった。
傍にいればいるほどに深みに嵌まるのなら、いっそ。
そう思って、どのくらいが過ぎただろう。

「眠れないのか?」
「先生のせいだよ。」

先生が布団、占領するから。
そう不満そうに告げると、帷は照れたようにすまない、と言って、
壬晴を連れて部屋へ戻った。
いつもの宵闇が室内に満ちる。
壬晴はすでに帷の腕の中で、逃げることすら考えられない。

「頬が赤いぞ?どうした」
「・・・俺は、別に、」

反論も聞かずに、押し付けられるのは唇。
多分、帷は寝惚けている。理性がない分、キスが乱暴で。
そうして、先ほどの続きのつもりだろう、前触れもなく下肢に指を絡めてくる。

「っ・・・」
「子供は、素直なほうが可愛いんだぞ。」

耳元で囁かれれば、もはや醒めたはずの熱はぶり返すばかり。
正直言えば、足りなかったのかもしれない。
もっと、忘れさせてくれるほどの快楽が欲しい。
現実も真実もどうでもいいと思えるくらい、強くて、横暴なほどの快感を。
帷は与えてくれるはずだ。自分が望めば。
ただ、自分から求めるのは難しい。

「・・・・・・、無理」
「俺は、聞きたいよ。お前の、"本音"を」

ますます顔が熱くなる。けれど、壬晴は極力無関心を装う。
そんな間に、帷の指先は胸元を這う。
先ほどの行為のせいで、肌はまだ汗ばんでいて、掌にしっとりと吸い付く様に
帷は目を細めた。

「っは・・・」
「壬晴・・・、愛している・・・」

普段の帷ならば絶対に言わない言葉。こんなときだけ囁いて、
だからこそ、壬晴は耳を塞ぎたくなる。
それは、身体を溶かす言葉だ。
自分が自分でなくなる感覚は、それを望んでいても恐怖で仕方なくて。
思わず首筋に縋れば、
そのまま肌にキスを落とされ、刻まれる濡れた道。
壬晴の小さなそれを舌で転がしながら、
今だ下肢に絡まったままの親指が砲身の先を撫でる様に刺激を加えていく。

「っぁあ・・・」
「もう、濡れてるな・・・。淫乱だな?壬晴」
「っ、ダレのっ・・・」

誰のせいかと言えば、当然、初めて壬晴の身体を拓いた男で、
壬晴は悔しげに帷を睨み付ける。
帷は苦笑した。
わかっている。こんな子供相手に本気になるなど、
自分でも馬鹿げていると思う。
けれど、何年も何年も影から彼を見守り続けてきた帷にとって、
壬晴は己の命以上に大切なものになっていた。
ましてや、その子供がかつての記憶を失ったまま、
漸く自分の勤務している中学へと進学してきたのだから。

(・・・壬晴)

あれほど、胸を焼いた経験はなかった。
何も言えないまま、ただただ壬晴を見つめた。
当然壬晴は、不可解な顔をして気持ちの悪い目線の教師を迎えた。
だが、それで十分だと帷は思ったものだ。
どんな形であれ、再びこうして壬晴の前に立てたのだから。
過去なんてどうでもいい。今ここで、壬晴の記憶の中に自分が存在している。
それだけで。

「・・・俺も、欲深な人間だよな・・・」

ぼそりと呟き、壬晴の太腿を撫で上げる。
それだけで身を竦ませた少年は、しがみ付く腕の力をますます強めていく。
壬晴を大切に思い、守りたいと思っていた。
だが、純粋だったはずの自分の心は一体どこで捻じ曲がってしまったのだろう?
いつの間にか、壬晴は自分の全てになっていたし、
無関心を演じ続ける彼に自分を刻み込みたくなっていた。
二度と忘れないように、
永遠に消えないような傷痕を。
そうして、結果的に帷は壬晴の身体を拓いた初めての人間になり、
壬晴にとっては最大の汚点と受け止められた。
愛する男がいて、彼に愛されて幸せだと思える感情など。
無関心を装い続ける壬晴にとって、あるまじき事だ。

「や・・・雲平先生・・・っ!」

帷の両腕が壬晴の両足に絡みつく。
反射的に逃れようとするそれを更に拓かせると、
当然、目の前に晒されるのは壬晴が一番隠していたいその部分。
歳相応に幼い茎は、それでも花弁から蜜を零して男を誘う。
微かに上気した表情でそれを見つめて、
帷はゆっくりと唇でそれに触れた。

「・・・・・・っ・・・!」

どれほど無関心を装っていようと、すべてが崩れ落ちてしまう瞬間。
男の熱い舌が、殊更に丁寧に蜜を舐め取っていく。
痙攣するように開閉する先端から溢れる止め処ないそれを掬いながら、
導かれる深い場所。
砲身の全てが男の口内を支配している事実に、
壬晴は唇を噛む。
見られない、と思った。
恍惚とした表情で、自身を嬲り、理性を失わせる行為を続ける帷は、
時折確かめるように上目遣いに自分を見やる。
間違って視線が合おうものなら、どれほど居た堪れない気持ちになるかわからない。
ここで、帷の愛撫になど動じることなく、
ヘタクソと罵れるならどれほど楽しいことだろう。
壬晴は悔しげに眉を寄せた。

「ヤだっ・・・先生っ・・・」
「もう、欲しいのか?」

ひっ、と喉を鳴らす。帷が親指の腹で、壬晴の隠された秘部に触れたからだ。
昨晩の行為のせいで、そこはしっとりと濡れている。
既に男のそれを呑み込んだ経験のあるそこは、
期待に震えるように収縮を繰り返す。
裏筋を舌で何度もなぞり上げながら、
帷は指を深くまで押し込んだ。抵抗よりも、咥え込むことばかりを考えている蕾は、
あっさりと彼を迎え入れる。内部は先ほどの精が残っていて、
ぐちゅりと卑猥な水音を立てた。
ぎゅっと目を瞑る。もはや、壬晴の顔は真っ赤だ。

「もっ・・・やめ・・・!」
「それは・・・無理な相談だな?」

あれほど他人に表情を変えない彼が、
これほどまでに蠱惑的な表情を魅せる瞬間を前にして、
男の欲が止まろうはずもない。
それに、もしここでやめてしまえば、辛いのは壬晴自身なのだ。
帷は苦笑した。

「ここでやめたら・・・お前が辛いだろう?」
「っ辛くなんか・・・、―――ぁ、」

壬晴は切なそうな声を上げた。
帷の指先が、少年の内襞をなぞるようにして抜け出ていったからだ。
喪失感に、壬晴は息を詰める。
緩んだ蕾から、体液が溢れ出た。零れる感触が嫌で、
思わず力を込めたところで、

「っ!!!」

帷が両腕で、壬晴を抱え上げた。

「っな・・・」
「欲しいんだろう?」

体制を入れ替えられ、両足で帷を挟んだ格好になってしまった。
腰を支える男は、嬉々として自身を蕾に押し付けてくる。
ぬめりがひどくリアルにその行為を伝えてきて、
壬晴は羞恥に耐え切れず帷の肩に顔を埋める。

「・・・っひどいよ、先生・・・」
「はは。お前が、あんまりにも可愛いからな。」

お仕置きだよ、と囁かれ、ぐっと腰を掴む腕に力が込められる。

「―――ぁああ・・・っ!」

ずるり、と質量のある塊が内部に入り込んできた。
灼熱を感じさせるそれは、狭い抵抗をものともせずに奥深くまで侵入してくる。
壬晴は、まるで体内すべてを犯されているように感じた。
たった一部だけしか繋がれていないというのに、
そこから男の熱が髪の先から指先まで浸透していく。
もはや、荒い息を抑えきれない少年は、
帷の肩に額を押し付けたまま、最奥の敏感な部分に当たる男のそれに
必死に耐えていた。

「・・・自分から動いてもいいんだぞ?」
「っサイアク・・・」

こんな行為をしている時点で最低の気分なのに、
どうして男が更に悦ぶようなことをしてやらねばならないのか。
顔を真っ赤に染めたまま、壬晴は唇を尖らせる。
だが、身体はどうしようもなく正直で、
無意識のうちに腰は揺れ、微かな刺激を帷に与えてくれる。
けれど、勿論それだけでは足りない。
壬晴だって、本当は望んでいるはずなのだ。
頭が真っ白になる程の、強く衝動的な快楽を。無意識に現実から逃げ、
何とも関係を持たないことで自分を守ってきた彼にとって、
その実、一番の枷は現実なのだということに、
彼は気付いているのだろうか?
そう、結局、逃げられるものではない。なかったことになどできない。それが現実なのだ。

「壬晴・・・俺を感じてくれ」
「っあ・・・!」

吹き込まれる科白と共に、突き上げられる衝撃。
反動で、重力が更に結合を深めた。擦れる苦痛と快楽のせめぎ合いに
壬晴の唇が震える。
仰け反った首筋が白く鮮やかに視界に映り、
思わず帷は唇で吸い付いた。朱が散る。壬晴は逃げようと首を振る。

「んっ・・・」
「逃げるな・・・」

下肢を犯したまま、絡む舌先。
時折離れる唇からは銀の糸が引かれ、すぐにまた体液を共有し合う。
既に、理性など遥か彼方へ飛んでいってしまっていて。
思考が上手くまとまらない。
それどころか、次第に摩滅していく意識に壬晴は目を閉じる。
なにを悩んでいて、なにを悔やんでいたか、
もう、忘れた。
そんなこと、どうでもよくて。
熱に支配された頭では、
ただ男のことしか考えられなくて。
夢中で、男に縋る。
自分の背中に回される掌は、どうしようもないほど大きくて。
この時だけは、確かに思った。
愛していると。
男がいない日々など考えられないと。
どうしようもなく、涙が零れそうな程に幸せだと。

「ぁっ・・・―――くも、ひら、せんせっ・・・」
「壬晴―――・・・」

そうして、文字通り思考が真っ白に塗りつぶされる瞬間。
壬晴は確かに目にした。
帷の、切なそうに自分を見つめる瞳を。
ただ好きだとか、大切だとか、そんなありふれた感情ではなくて。
表現しようのない、苦悩や悲哀を含んだそれに、
壬晴は眉を寄せる。
けれど、不思議だと思ったのもつかの間、
達した衝撃と脱力感に思考を保てず、
壬晴は再び男の肩に顔を埋めた。
そのまま意識を手放してしまった少年を、
帷は黙って抱き締める。
己が罪によって無関心を装わざるを得なくなってしまった可哀想な子供に、
帷はすまない、と小さく謝罪した。





end.






Update:2008/04/30/WED by BLUE

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