鼓動が限界



指が絡まるだけで、胸が早鐘のように鳴り出した。
目の前には自分と同じ男がいる。同性。そんな言葉が頭を過ぎる。
多分、何かが間違っている。だというのに、武人は今の状況を振り払うことはできなかった。
男の手が肩に伸びる。そっと引き寄せられ、もはや何も着けていない肌を重ねられる。
ぴったりと胸を触れ合わさせられたまま唇で肩口を舐められ、たったそれだけのことに全身が反応した。

「はっ・・・」

『感じ』たことのなかった肌が、慣れない感覚に震える。
口元からかすかに吐息が洩れる。
その全てが彼にとっては未知のことで、思わず武人は絡めたままの指先を強く握り締めた。
首筋をくすぐっていた唇が上のほうへと上っていく。耳朶を甘噛みされ、意識がふっと遠のくような気がする。
思わず目を閉じると、耳殻を嬲っていたそれがかすかに開かれた。

「緊張・・・してるか?」

低音の囁きに、息を呑む。
決まっている。していないはずがない。胸の奥の音が耳からも聞こえる。
けれど、それを男に伝えることなどできない。まともな言葉が紡げない。口からでるのはただの音。
それでも、武人は理性を振り絞ると、やっとのことで男の名を呼んだ。

「・・・関、さ・・・」

息も絶え絶えの武人に、俊彦は軽く口元に笑みを浮かべる。
極限まで張り詰めた緊張。そして、自分もまた。
宥めるように何度も頬に唇を落としてやるが、それでも腕の中の存在は一層縮こまるように身を竦ませていた。
俊彦の指先が触れるだけで、ひどく敏感になる自分に武人は戸惑いを覚える。
ぴったりと触れ合わされた胸元や、腕に収められた全身から自分のひどく初心なような反応が伝わっていることに、
武人は頬を赤らめた。
まだ、俊彦は彼の肩口を舐めている。濡れた感触。一度触れられた場所は空気にあたりひんやりとする。
たったそれだけのことで反応を見せてしまう自分への照れ隠しに、武人は開いている手を俊彦の背に回した。
途端、上半身がシーツの上に押し付けられ、俊彦の顔を見上げる体勢になった。

「あ・・・っ・・・」

赤くなった顔を正面から見つめられたことに、ますます武人の鼓動は高鳴りを増していく。
羞恥と、歓喜と、複雑な快感。俊彦が自分の『全て』を『見』てくれる行為。
彼の腕に、自分の全てを投げだす行為。
それは、自分の全てを彼に預けた事にもつながり、本来ならば預けられる立場にある男としては経験しがたいことだ。
だが、幼い頃に父と死に別れ、長男として弟と母を守っていかなくてはならない立場にあった彼は、
今までずっと、『拠りどころ』という誰かを求めていたかもしれない。
今、俊彦の腕にある、ということに、武人はひどく安らぎを覚えていた。
だが―――、だからこそ、戸惑いも起こる。
男である自分が、責任を課せられる立場にある男が、その全てを他人に預けてしまってよいのだろうか―――、と。
一旦は俊彦の真摯な想いを受け入れようと心に決めたものの、
まだプライド、とも言える下らない感情が武人の中で燻っている。
だからこそ、俊彦と一線を越えること対して感じる一種の恐怖にも混じって、より一層の緊張を武人にもたらしている。
微かに怯える武人の心が伝わったのか、俊彦は彼の背を強く抱き締めた。

「・・・武人」

熱が伝わる。暖かな、身体の奥にゆっくりと浸透していくような熱。
―――温かい。
確かに、武人はそう思った。
ただ、触れ合う熱だけではない。自分の中で頑なに守っていたものとか、意固地になっていたものとかが、
全てどうでもよくなってしまうような。
素の自分。全てが、彼の前で暴かれていく。
武人はずるずると堕ちていくような感覚に小さな抵抗を見せたが、
俊彦に抱かれた熱がそれを溶かしていった。
瞳を閉じる。多分、求めていたものはこの感覚なのだ。何を躊躇う必要がある?
俊彦は、いいと言ってくれた。初めて、気張る自分を見透かされ、それをしなくていいと言ってくれた。
そう、ただそれだけで・・・いいじゃないか。

「んっ・・・」

俊彦は武人の唇に触れた。口付けは、別に初めてのことではない。
けれど、何か儀式のように、俊彦は組み敷いた存在の頬に手を寄せ、しっとりと唇を重ねる。
躊躇う武人の歯列を割って、思わず逃げようとする舌を捕らえて。
微かに震えるそれを軽く噛んでやれば、俊彦の背に回されていた武人の腕に力が篭った。
止められない、鼓動。それは、武人も、俊彦も同じこと。
武人という1人の男の闇に触れるのだ。他人の領域に踏み込まれ、踏み込むことが嫌いな俊彦にとって、これほど敬遠するものはなかった。
どうしてこの男を知りたいと思ったのかなど分からない。
ただ、それが、出会ったときから紡いでいた友情とは異質の、
もっと深い場所で彼を求めていると自覚してしまった時から、自分と彼の運命は決まっていたのだ。
俊彦はゆっくりと唇を離すと、視線を彷徨わせる武人の瞳を見つめた。

「・・・関、さ・・・?」
「・・・もう、限界だ・・・武人」

日に焼けてはいるがそれでも白い彼の肢体から立ち上る色香に、俊彦は上気した表情で言葉を紡ぐ。
その表情に、武人も感じたのか喉を鳴らした。
心臓が、鳴り止まない。
酸素不足のように、開いた口から吐息を洩らさなければ苦しすぎる。
胸が痛いほどの鼓動。
これ以上の行為を続けられたら、死んでしまうのではないか。
でも、それでも。
武人は、腕で俊彦の身体を引き寄せる。
刻み込んでおきたかった。自分を、愛してくれた人のことを。
ずっと自分を見ていてくれた人の熱を。
これからも、共に歩んでくれる人の鼓動を。





・・・―――壊れてもいい。

武人は朦朧とした頭の中で、それだけははっきりと意識する。
かれが触れる肌ひとつひとつが自分にもたらす感覚を。
すべて、感じようと思った。

―――痛みも、快楽も、なにもかも。





end.




Update:2003/01/23/SAT by BLUE

ジャンルリスト

PAGE TOP