タブー
















花に、・・・触れたいと思った。









「・・・っあ・・・」

軽く開けられた口元から洩れる、甘い声。
人を惑わす悪魔めいた容姿は、自分を捕らえて離さない。
あれほど触れることを躊躇ったはずの自分が、今はこの男とこれ以上ないほど深く交わっていることに、
ファタルは皮肉めいた笑みを浮かべた。

そう、目の前にいるのは、花。
天から堕ちてきたくせに、その白さを穢されることのない花弁が雫を纏って揺れる。
それに気付いて、惹かれて、
けれど『触れる』ことの意味を嫌というほどわかっていた自分には、
その花に触れる資格など、一つもなかった。

―けれど。

「あ・・・ファー・・・っ・・・」

苦しげな声。
それがただ快楽に喘いだせいだけではないことを知っていて、
それでもなおファタルは手を重ねて肌を触れ合わせる。
花を手折らないようにひどく大切に触れたつもりで、
それでも精気を吸われたように力の入らないその身体が痛くて、
唇で青白く染まった口唇の端に濡れた感触を落としてやった。
途端、自分から求めるように重ねてくる貪欲な唇。
―理性、を。
根こそぎもっていかれるような。


・・・お前。
私に触れることが、どういうことかわかっているはずだろう?
なのに、どうして・・・
私を求める?
お前が私を求めてこなければ、私は、
ただ美しいお前を眺めているだけでそれでよかったのに。
触れたいなどというくだらない欲求を私の中に呼び覚ましたお前・・・・・・
罪な奴、だな。
それでは、私は本能に任せてお前に触れていいというのか?
この、・・・全てを死という静寂に追いやる・・・この手で・・・


「っ・・・あぁ・・・」


掠れた、息も絶え絶えの声音が、身体の奥を疼かせる。
断末魔にも似た、死に追いやる者に救いを求める声が、ひどく心地よく響いていく。
・・・キレイ
こんな綺麗な奴を、私は知らない。

美しいモノをこの手で壊す快感は、何ものにも変えられない。
その息吹を、私が止める。
その生きてきた証を、私の処で止める。
それが私に与えられた使命であり、運命であり、定め。
触れた途端、握り締めた砂のように崩れ落ちていくそれに、今までどれほどの愛を注いだかわからない。
全てが私に収束していく感覚。
世界に留まらない代わりに、私の中に存在しているような。
・・・お前も、同じように壊してやろうか。


「っ・・・!!!」

痛みに、声がでない?
額に滲んだ汗を、そっと拭ってやる。
そうして、耳の裏に唇で触れて。
言葉を、紡ぐ。誰にも聞かせることのない、『声音』を

「・・・エル・・・」

たったそれだけ、名を呼ぶだけで、
キツくなる締め付けに、内壁を擦るように自身を引き抜く。
一瞬、はっと顔を上げた彼の上気した頬に見とれながら、また深々と内部を貫いて。
震えるほどの快楽と痛みに瞳を閉じる様子が、ひどく扇情的だった。
青白いほどの白い肌を、真っ赤に染めて。

・・・壊したい









白い花が、紅く色づく頃。
真っ白なシーツの上に、今しがた手折ったそれがしどけなく横たわる。
意識を失ったまま眠るその姿を、
ファタルは少し離れた腰掛に座りじっと見つめた。



ジャンルリスト

PAGE TOP