予感




「・・・っ・・・ぁあ・・・」

薄闇に響く淡い声。
声を上げる少年に満足げな笑みを浮かべて、男は繋がった下肢を深めるように腰を揺らした。
男の肩に掴まり、乗り上げるようにして男のそれを受け入れる。
少年の熱もまた限界に震えていた。
不意打ちのように前を手のひらで包み込まれ、思わず快感に身を仰け反らせる。
瞬間、男の雄を受け入れるその場所がきゅっと締まり、
男はたまらず眉を顰め、呻き声と共に彼の内部に精を吐き出した。
身体の奥で感じる熱い飛沫に、少々遅れて少年もまた男の手の中に欲を放っていく。
お互い荒い息のまま少年はだらりと寝台の上に身を滑らせ、
一方の男は身を起こして全裸のままシャワー室へと消えていった。
聞こえてくる水音。
相変わらずの情事の後。

「・・・・・・なんだかな・・・」

少し呼吸が落ち着いてきたところで、少年―――ラティスはすっと瞳を開けた。
灰色の濁ったような瞳には先ほどの狂乱を思わせる色は全く残っていない。
ぼんやりとした表情のままラティスが軽く視線を横にずらすと、
狙ったタイミングのように彼の携帯の呼び出し音が鳴り出した。
催促するようになり続けるそれにはいはい、わかったよと声をかけて、
ラティスは気だるそうにそれを手にとる。
番号からどこからの連絡かすぐにわかったのか軽く眉を顰めて。
受信ボタンをピ、と鳴らして、ラティスは電話を受けた。

「・・・何?」
「検死結果が出ました」

その言葉に、ラティスの口の端がすぅ、と持ち上がった。

「・・・それは・・・・・・聞きたいな」

検死・・・それは、昨日ラティスが敗北を記した謎の男が殺したと思われるかの少年のものだ。
あの少年は外傷など全くなかった。
けれど、彼―・・・あの男が言った言葉から、確実に彼が殺したのだと見当はついている。
この自分があのまま引き下がるわけにもいくまい。
ラティスは悪魔めいた笑みを口元に刻んだ。
けれど、次々と結果が述べられていくのを聞いて、微かに曇った表情を見せる。
結果は、『異常なし』。
検死をしてすら、彼の死因は見当たらなかった。
ただ、何の理由もなく、その心臓が鼓動を止めたとしか思えないという。
これでは、彼が殺したという証明はできそうになかった。

「・・・ラティ、もう行くのか?」
「あ・・・レオン」

声をするほうを見やれば、バスローブを羽織った風呂上りの彼が立っていた。
ラティスは肩を竦め、ベッドに腰掛けてくる彼の隣に寝そべる。

「ったく、昨日部下がごたついちゃってさ。尻拭いする身にもなってみろって感じ」
「そうか・・・。
 最近、政府に不審な動きがある。目立つ行動は避けたほうがいいぞ」
「ふうん・・・。でも、アイツらにとってもここの場所はイイところでもあるのにね」

歳相応の茶目っ気を出して笑ってみせるラティスに、レオンは微かに目を細める。
情報屋の彼は、この少年が実は相当の数の部下を従えて闇ルートに君臨しているのを知っていた。
本気で笑うことのない冷血漢だ。
たかが16歳で、どうすればこうなるのだろうと疑問に思うほどに。
けれど、あえてレオンは問わなかった。
彼とこういう関係を続けているのには、いろいろと訳がある。

「あ・・・そうそう、レナちゃんはどうしてる?」

レナ。この情報屋レオンの一人娘である。
3年前に妻が死に、それ以来レオンは彼女のためだけに生きてきた。
彼女のためならば何をしても構わない―――・・・と、そう今は思っている。
過去、正義感が強く悪を許せない性分だった自分を、レオンは心の奥で哂った。

「病状は安定してるよ。君さえいれば彼女は大丈夫だ」
「そりゃよかった」

くったくのない笑顔を見せて、ラティスは寝台から立ち上がる。
放っておいた服のポケットをごそごそと漁ると、硝子の小瓶を取り出し、レオンに手渡す。
小瓶の中には白い粉が入っている。
慣れた様子で少年からそれを受け取るレオンに、ラティスはにやりと笑った。

「今回、新型だぜ。ま、あんたにゃ騙しなんて入れないから、安心してよ」
「ありがたい」

白い粉は正真正銘の非合法ドラッグだ。
そう簡単に世の中に出回っているものではない、非常に希少価値の高い品である。
そんなものをたかが16歳の少年が持っていることからして、
彼が闇の世界で相当の地位であることが伺える。
レオンは彼に情報屋として接するかわりに、その薬を娘の治療に当てていた。
彼女冒されている病気は、現在の医療技術では全く回復の見込みのないものである。
彼女を生きがいのように思う彼が、非合法のドラッグに手を出すのも致し方ないだろう。
合法でないものに頼るなら、この場所では大抵の望みは叶えられるのだ。

「それ、2週間分だぜ。水に溶かして、ちゃんと14日分わけて与えてやんなよ。
 じゃなきゃ命の保障はしないから」
「わかっている。・・・恩に着る」

そして、そんなやり取りが、3年続いていた。
妻が死んでからまもなくのことである。
ラティスは腕を袖に通すと、あ、そうだとレオンに近づいた。

「なぁ。質問ついでに聞きたいんだけど」
「なんだい」
「ファタルって奴・・・知らないか?」

ファタル。昨日のあの男が最後に一言だけ呟いた彼の名である。
地区一の情報屋だ、何か知っているなら聞いておきたい。

「ファタル?知らないな」
「昨日、仲間が1人殺されちまってね。よくわからないまま捕らえ損ねてさ」

殺された。レオンは眉を顰める。
彼の脳裏に、似たような話が浮かんできた。
よく考えたら、ファタルとは『運命』という意味だ。それも、致死の運命を主に指す言葉である。
ファタルという名はそれに密接な関係である気がした。

「参考になるかわからんが。そいつは多分・・・人が死ぬときには必ずいるって奴だな」
「は?」
「死体を見つけると同時に見かけたという目撃者がけっこういる。追った奴は途中で見失ったが『北』に帰っていったと言っていたな」
「へぇ・・・。面白いね。死神ってカンジ?」
「噂に過ぎないけどな・・・」

レオンのその言葉に、ラティスはくすりと笑う。
向かう先は決まったようだ。
ラティスは少々急ぎ足で服を着替え終わると、レオンに「んじゃ」と声をかけて外に出た。
寂れて久しいホテルを抜ければ、今では1年中吹き付ける寒気が火照った体には気持ちいい。
ラティスはそのまま、何気ない足取りで北へと向かった。
北・・・あの男がいるであろう場所を目指して。










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