波紋




勢力を誇示するために続いていた連夜のパーティは、
警備を倍にしての開催となった。
あれ以来、
VIOLENTS勢力を潰そうという考えは大半の者が抱いており、
ラティスを悩ませた。
本気でぶつかり合えば、被害は免れない。
半分生き残ることはできないだろう、とラティスは予想していた。
もし勝機があるとすれば、
やはりあちら側と同じように、スパイを送り込んだ上での奇襲攻撃しかないだろう。
だが、こちらの陣営からのこのこと出て行って、
VIOLENTSとして迎え入れられるはずもない。
あちらの組織は、
過度のドーピングと肉体改造の変異のために、
獣めいた短絡的な思考しかできない者がほとんどだという。
たとえ潜入できたとしても、自らの意思を保てるとは思えなかった。

「・・・、無理、だ」

まともに全面戦争をしたいわけではない。
やらなければやられる、けれどこちらから攻めてまで犠牲者を出させるなど、
ラティスにはどうしても決断できなかった。
例え、皆がそれを望んだとしても、だ。

「・・・・・・ファー・・・」

思わず呟いて、慌ててラティスは首を振る。
男がいれば、なんとかなるかもしれない、などと。
あの時は、彼に甘えてしまったが、
本来、組織同士の抗争に他者を巻き込むつもりはラティスにはない。
協力も受けるつもりはなかった。借りを作るからだ。

(それより・・・)

本当に、なんだったのだろう、あれは。
ラティスは自分の両手を見下ろす。
あの時は頭が沸騰していてよくは思い出せないが、
確かに自分の中で、得体の知れない凶暴な力が湧きあがるのは感じた。
これほど大切に思っていたはずの仲間すら道連れにしてでも、
VIOLENTSを壊滅してやりたいと、
確かにあの時自分は思った。
そして、その心に呼応するように、体の中を駆け巡る衝動。
思い出して、ラティスは自分の身体を抱きしめた。
首筋を探る。
今は、何事もなかったように絡み付く銀のそれに触れれば、
不思議と心が落ち着いた。
あの時以来、男とは会っていない。
VIOLENTSからも、これといった攻撃は見受けられなかったから、
表面だけを見れば男と出会わなかった頃に戻ったようだ。


「・・・静かだな」
「レオン」

ばたり、と音を立てて部屋に入ってきた男に、
ラティスは小さく笑みを浮かべた。
『区外』の情報屋。ラティスとは個人的に薬物取引の契約を結んでいる、
娘思いの青年だ。

「VIOLENTSとの抗争は収まったのか?」
「全然。あっちはこっちを潰しにかかってるし、こっちも憎しみを募らせてるし、大変だよ」
「その割には、南は静かなようだが・・・・・・」

ファタルのおかげだろう、とラティスは思う。
あの時の奇襲は、「C地区の流れモノ」という小道具があったからこそ成功したもので、
それが『なかったこと』になった今、VIOLENTSも手を出しあぐねているのだろう。
もちろん、こちらの被害を受けた事実は変わらないため、
もし知られれば、隙を見せることと同義だ。
馴染みのレオンにすら、これは知られてはならないだろう。
VIOLENTSとつながりはない、と言ってはいるが、信じられるものでもない。

「本当に?言っとくけど、あいつらは本気だぜ。
 今だって、どんなことを企んでるかわかりゃしない。
 あんたなら、知ってるんじゃないの?有能な情報屋さん?」

挑発するような口調と視線で、男の首に絡み付く。
契約は週イチの情報提供と、そしてセックス。引き換えの薬の値段は法外だ。
分が悪いのは、明らかに青年のほうだった。
娘の命を握っているのは、ラティス。
彼の機嫌を損ねて、被害を受けるのは自分なのだ。

「・・・俺は、VIOLENTSとは何の関係もない。今までも、そしてこれからもだ」
「ふぅん?それをどうやって証明する?」

襟元を緩めて、肌に触れる。
息を詰めるのは男のほう。やはり、こちらのほうが性に合う。
主導権を握るのはいつだって自分で、

「・・・なにが望みだ」
「VIOLENTSの情報。あいつ等が知られちゃ困るネタでも披露してよ。
 じゃないと、スパイって疑っちゃうよ?」

上目遣いで覗き込んで、
絶句する男にキス。身体は許しても、隙は見せない。
信用などしていない、いつだって切れようと思えば切ってやるという主張。
男は諦めたように目を閉じた。
所詮、首筋を捕らわれているのは自分なのだ。

「・・・VIOLENTS筋からの直接の情報はない。ただ、政府側からVIOLENTSへ交渉している節があるようだ」
「政府側から・・・?」

思わず愛撫の手を止めて、ラティスは思案するように眉を顰めた。
しかし、長くはそれに留まらず、
首を振って男の背に腕を回す。
正直、考えるのは面倒だった。特に男の前では。
下手に口にして、こちら側の動揺を知られても困る。

「ま、合格かな。嘘かどうかは、あんたのカラダに聞くことにするよ」
「ラティ・・・」

ラティスの身体が下肢を辿り、淫らな指先が前を肌蹴る。
つまらない会話よりも先に快楽を要求した少年に、
青年は安堵したように下肢に顔を埋めた彼の頭に手を重ねたのだった。










一方男は、北の住処に戻ってきていた。
少年を抱いて、確かにそれは禁忌ではあったが、
だからといって今すぐ何が変わるわけでもない。
ただ。

―――力を使ってしまったからな・・・。

人間界ではあるまじき力の発動に、かれらが気づかぬはずがない。
それも、空間を捻じ曲げる強引な力だ。
勝手、ですむ問題ではなかった。
だが、後悔はしていない。
仕事の邪魔をされたのは事実。仕事で力を使うのは当然の権利だ。
今回はそれが多少大事になってしまっただけのこと。
ファタルはゆっくりと椅子に身体を預けた。
正直、あの時のダメージが完全に回復していなかった。
ようやく落ち着いて休める、と息をついて、

「・・・・・・」

ファタルはやれやれ、と肩を落とした。
いくら気配を消していても、こちらとてただの人間ではない。
わからないはずがないだろうに。

「つまらんことをしてないで、出て来い。オルク」
「あれ、わかった?」

壁をすり抜けるようにして現れた男は、
その天然なのかわからない金の髪をかきあげた。
ファタルの旧知らしい彼の姿は、
至って普通の少年のようで、パーカーに半ズボン、という出で立ちだ。
だが、その手に握られているものほど異質なものはないだろう。

「区外の管轄じゃなかったのか?」
「あんたに逢いにきたんだよ。」

右手の鎌をひと振りして、ファタルの首を掠める。
先は、男の首の皮膚を裂いてそのままソファーの背に食い込んだ。
男は微動だにしない。
死に神の鎌は、確実に男の首を狙っていたが、
男にとってたいした意味はないようだ。

「あんた、アイツに肩入れしたな?」
「なんだ?嫉妬か?」
「嫉妬どころか、怒りが湧くね!なんたってあんなただの人間にあんたの人生歪められなきゃならねーんだ!なぁファタル、今からでも遅くない。オレの生涯の伴侶に・・・っぶ」

唐突に顔面に衝撃を受け、オルクは口説き文句を中断させられた。
己の鼻柱を打ったのは皮肉にも彼の持っていた鎌だ。
柄の部分でしたたかに打ち据えられて、
イタタタ・・・と顔を押さえてうずくまった。

「何百年たってもやはり馬鹿だな。」
「そういうあんたは、相変わらず冗談が通じねぇな。ったく、ハデスの野郎の次にカタブツだぜ」

今だ痛みに顔をしかめる少年に、
しかしファタルは取り合わず、用がないなら帰れ、とばかりに部屋を立った。戻ってきたのは数分後。
当たり前のように、もってきたカップは一つだけだ。

「お、いい匂い」
「・・・まだいたのか」

勝手知ったる顔でテーブルに置かれたティーカップを取ろうと手を伸ばして、
しかしそれはすんでのところで宙を掴んだ。
当然、それを口に運ぶファタルに、「ひどい」と涙声をあげるオルク。
非人間達の下らないやり取りは暫く続くかと思われたが、

「っ、。」
「早く本題に入れ。消されたいのか?」

ファタルの左手が、少年の首筋に伸ばされた。
ひとつの容赦もなく締め上げる。人間であれば、そう、ラティスですら、
恐らくは死んでしまっていただろう。
それだけ、今のファタルの気は本気だったのだ。
オルクは肩を竦めた。
なんだかんだで、死神5人の中で、一番恐ろしいのはこの男だと
少年は思っている。

「・・・別に、大した話はねーよ。けど、コレだけは伝えとこうと思ってさ。」

―――耳を貸せ。
ファタルは、オルクの唇の動きに眉を潜めた。

―――政府の奴らが、『死』を呼んでいるらしい。しかも大量にだ

『死』を呼ぶ、とは言葉そのままの意味ではない。
本来、一介の人間が他者の生死を決めるなど、出来るはずもないことなのだ。
確かに、殺す、殺されるなどこの世界では日常茶飯事。
だがそれは、例外なく人外の力が関わっていた。
けれど、オルクは『死』を呼ぶ、と婉曲な言い方をしていた。
それは何を意味しているのか。

―――誰が呼ばれている?
―――タナトスとハデスの野郎だ。あいつら、俺が区外の管轄だってわかってるくせに呼びかけに答えやがった!区外まで邪知暴虐の温床にする気か!?
―――・・・・・・

オルクの怒りはともかく、問題は、
おそらくはそう遠くない未来、区外との全面戦争が始まるであろうということだ。
この閉鎖区域は例外だが、
それなりの統制を敷いている区外では、
数えるほどには犯罪も殺人も起こっていたが、
基本的には平和な世界だ。
死、といっても不運の事故によるもの、そして病死、老化による衰弱死。
人間は必ず死ぬものだ。オルクが導く事故死はともかく、
もう1人の死神アラルが誘う老衰など、人間としては最高の死に様だろう。

「アラルはどうしている?」
「別に?アイツは老人趣味だからカンケーねぇってさ。キモいのなんの」
「ま、確かに関係ないな。」

くっくっと喉を鳴らして笑い、懐かしい顔ぶれを思い出す。
地上に遣わされて以来、お互いに逢うことはタブーではなかったが、
実際は数える程しか顔を合わせたことはなかった。
そもそも、会話をしようと思えば念を飛ばすこともできるし、
それ以前に、その必要もなかった。
だから、
オルクがファタルの元に来たのは、余程オルクがファタルを想い続けていたからか、
それとも・・・

「ま、俺もね。誰もが予想だにしない、
 『驚愕』に満ちた死が見れるのならそれでいいんだけどさ。」
「悪趣味だな」
「なに言っちゃってるの?それなら、安らぎと称して死に導くあんたのほうがよっぽどタチ悪いでしょ」
「タナトスよりはマシだ。あれは人間の衝動を増幅させて殺意を導くからな。悪戯に人間の秩序をかき乱す最低な死に神だよ」
「で、最凶はハデス、と。どうすんだよ。最低で最凶な奴らが揃っちまうぜ」

確かに、彼らがもし関わってくるならば、
この世界は地獄絵図と化すだろう。だが、それは彼らが肩入れすれば、の話だ。
人間同士の争いにも、個々の人間にも、死神は直接関わってはならない。それが掟。
死を決する者として、すべてに忠実であらねばならないのだ。
どんな死に方をさせるか、それは好みに分かれるが・・・・・・。

「直接手を出すことはあるまい。だが、この区外との均衡も、そろそろ終いということだな」
「そういうこと。ねぇファタル。あんたはどうするの・・・?」

耳元で囁かれ、ファタルは思案げに目を閉じる。
オルクの唇が、男のそれに触れた。掠めるように口づけて、そして気配が掻き消える。

―――俺は区外の奴らを見守るさ。あんたは区内で、この戦争を見届けるのか、それとも・・・

 ア イ ツ の 為 に 、 力 を 貸 す か い ?

オルクが聞きたかったのは、まさにそれだろうと、
ファタルは溜息をついた。
まさか、死神が彼の為に力を貸せるはずもない。
死神とは、即ち『死』そのもの。ラティスは、元々死など望んでいない。
自分の死どころか、仲間の死も、そうして敵であるはずの人間達の死すら、
できることなら失いたくないものの一つだ。
そんな彼に、自分は何が出来るだろう?
何も出来やしない。
そう、何も。

ファタルは漸く眠りにつくべく目を閉じた。
瞼の裏にはあの少年。
―――エル。
その背に見えない輝きを持つ少年に、ファタルは少しだけ口元を緩めた。










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