敵陣




浅い眠りの中、かの少年を想う。
ただの人間?そうであったなら、どれほどよかったことか。
己の運命に抗いうる力を持つものは不幸だ。
神の敷いたレールに逆らえば、その先に待つものなど目に見えている。
だから、ファタルは。
再度、ラティスの首に鎖を巻き付けた。
幸い、少年は何も聞かず、大人しくしてくれていた。
言葉で印を刻む間、微かに不安がる彼の手が震えていて、
何も知らない少年に少しだけ罪悪感を覚えた。
仕方がない。
例えこれが、ラティスにとって新たな不幸を呼ぶものだったとしても、
それでもファタルには、
そうすることでしか彼を守ることが出来なかったのだ。



「・・・ァー、ファー!起きろって!」
「・・・・・・エル」

薄っすらと目を開ければ、目の前に少年の姿があった。
何日ぶりだろう?
まさかまたラティスから北区に足を踏み入れてくるとは思わなかったから、
ファタルは少しだけ驚いたような顔をした。
そうして、手を伸ばし、少年の頬に触れる。
本物だ。

「なんだよあんた。寝ぼけてンのか?」
「・・・いや。お前こそ、南は大丈夫なのか」

途端、少年の顔に影が落ちた。
以前、VIOLENTSに襲われたのは、
ラティスが島を離れた際の隙をつかれたからで、
少年は少なくともここ最近は南を離れる予定はなかったはずだ。
ファタルは少年を抱えてソファーを降りた。
―――否。降りようとした。

「VIOLENTSについて、知っていることをすべて話せ」
「・・・っ?」

あまりに唐突な少年の言葉に、
ファタルは眉を潜めた。しかも、少年はまたもや撃鉄を構え、
男の背の心臓の辺りを狙っている。
―――冗談・・・ではないな。
ファタルは溜息をついた。

「誰にも頼らない、巻き込まない、協力もしない。それがお前の信条ではなかったか」
「そんなもので仲間を守れるなら、これほど苦しんでない!」

その悲痛な叫びは、確かに男の胸にまで響く声音で、
けれど男は何も言わない。何も言わないまま、抱きしめる。
少年の中性的な体。

「何かを求めるなら、」
「っ・・・!」
「それなりの代償が必要だが・・・?」
「へっ・・・報酬がいるのかよ。人間でもないくせに」

少年は毒づくも効果はない。
このまま睨み合っていても、背中の銃ですら意味がないことは、
ラティスもわかっていた。
それよりも、代償さえ払えば答えてやる、という発言を男から引き出せたことに喜ぶべきだろう。

「っ・・・ちゃんと答えろよ・・・?」

ラティスは男の足元にひざまづいた。
何を代償にするかなど、わかりきったことだ。
例えば金や薬を積んだとて、男の心は揺らがないだろう。
そういった人間じみた欲望など似合わない。
そもそも、欲望など似合わないと、
ラティスは思う。
だが、それでは、自分は何を代償にすればいいのだろう?

「んんっ・・・く、うっ・・・」

指先で辿った男のそれを、ラティスは口に含んだ。
別に、男がこんなことを望んでいるとは思っていない。ただ、思いつかなかっただけだ。
だが、降りてきたのは存外に優しい男の手で、
ラティスは上目づかいにファタルを見上げた。

「っふ・・・ん、っ・・・」
「・・・VIOLENTS。主に物理的な肉体改造をメインとして力を伸ばしてきた組織だ。その支配力は暴力に訴
えた恐喝行為にあり、一部の上層以外は頭が悪くまともな思考力すら残っていないときく」
「・・・・・・」
「頭はロルシュ。純粋にその強大な力で抑圧・支配している男だ。横暴さも目に余るほどだが、誰もがその
力に魅入られ、反抗など考えるべくもないという。BlackFeatherとは南区を二分しているが、区外とのパイ
プをもつBlackFeatherを疎ましく思っている」
「って、オイ・・・」

ファタルの言葉に、ラティスはうんざりと顔を上げた。

「どうした?」
「っどうした、じゃねー!んな誰でも知ってるコトを聞いてるんじゃねーんだよ」
「仕方あるまい。私とてそれくらいしか知らない。VIOLENTSも、無論、おまえたちのこともな。」
「・・・詐欺」
「なんとでも言えばいいさ。ただ・・・」

男は再度、少年の頭を己自身に押し付けた。
勿論ラティスは抵抗したが、予想以上に強い力が抵抗を押さえ付けた。
自らの意思に反する強引な行為。
不覚にも突き立てられた喉の奥が悲鳴をあげる。

「っく・・・!」
「契約は、契約だ。」

そんな契約してねー!と心で叫んでみても、
もはや後の祭り。男の手は容赦なく少年の頭を揺さぶっているし、
口内の雄は内部で収まりきらないほどに膨張している。
歯を立てようにもどうにもうまくいかず、
ラティスは仕方なく早く終わらせようと舌づかいを荒くした。

「っ・・・は、んんっ・・・」
「・・・エル・・・」

ファタルは瞳を閉じ、快楽を深く感じようと自分勝手にラティスを弄んでいた。
こんな男だというのに、今でもラティスには頼れる人物は彼しかいない。
今まで、たった一人で生きてきた。
確かに仲間は大勢いた。
けれど、彼らと共に生き延びてはきたが、
未だかつて、ラティスは自分の全てを投げ出せる程に心の底から信頼している存在に
出会ったことがない。
だが、だからといって、こんな得体の知れない男に、
自分は何を期待している!?

(オレって・・・おかしいよな・・・)

ファタル自身はもうほとんど限界寸前で、
少年もまた嫌が応にもボルテージを上げさせられる。
好き嫌いはともかく、慣れていないわけではないから、
ラティスは恍惚とした表情で男を見上げた。
霞む視界で、男が少しだけ笑った気がした。

・・・ファタル。

「・・・エル?」

男が頬に手をかけたところで、ラティスは顔を上げた。
欲情に満ちた瞳。上気した頬。ファタルですら息を呑む光景。
少年は自ら下肢を纏う衣服を脱ぎ捨て、
再び男の膝に乗り上げた。
肩に寄りかかったまま、手にした男自身を己の奥に宛がう。
慣らしてもいないそこは、ラティスがひとつ息をつくとじわりと男を受け入れていった。

「・・・これは参ったな。いくらサービス旺盛でも出ないものは出ないが・・・」
「うるっせー・・・よ。っオレの、勝手・・・っっ!」

辛そうに顔を歪める少年に、
ファタルは苦笑して、繋がる部分に手を添えてやる。
双丘を掴み、拡げるように支えてやれば、
ずぷりと音がして、ラティスの唾液で散々濡れた男が内部を満たした。
はぁはぁと息をつく少年が愛しくて、
手を伸ばして額の汗を拭ってやる。
後は、欲望のままに少年を貪れば、それでよかった。






「・・・で、本っ当の本っ当に、知らねーのか?」
「残念だが」

行為の後、再度問い掛けたラティスに、
ファタルは至極真面目な顔でそう告げた。どうやら、本当に本当らしいと感じて、
ラティスはがっくりと肩を落とす。

「・・・・・・ちっ。折角ここまで来てやったのに、収穫ナシかよ!」

今回は、万一の連絡手段は持ってきていた。
南に何かあればこちらにも伝わるはずだ。それに、
自分が離れる際、かなりの人数を警備にまわしていた。
そう簡単に、砦は破られまい。
だが、わざわざ此処まで来たのは事実だ。
頼むつもりはなかったが、あわよくば・・・という気持ちがないわけではなかった。
勝機があるとしたら、彼の力を置いて他にないのだと、
心のどこかで頼ってしまっていたのだろう。
だからこそ、ここまで足が動いたのだ。
だが、彼の齎す情報は現状を変えるものではなく、
かといって素直に彼に協力を求められるほど、ラティスは彼を信じているわけでもない。
少年は再度溜息をついた。

「エル。本当に、南は大丈夫なのだな?」
「ああ?まぁ・・・当分は大丈夫だと思うけど。」
「では、行こうか」
「?どこにだよ」

すっと立ち上がり、ファタルはラティスに背を向けた。
ゆったりと歩む。振り返るわけではなかった。だから、ラティスがついてこようと来まいと
どちらでもよかったのだろう。
ラティスは追いかけた。不可解な男に振り回されるのは、
今に始まったことではない。
隣に追いつく。すると男は小さく笑みを浮かべ、そして告げた。

「VIOLENTSのアジト。」
「!」










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