虚ろな器。



陽毬のいない高倉家は、高倉家ではなかった。
入退院を繰り返していた陽毬が、また入院せざるを得なくなってしまったのは
つい昨日のことで、昨晩は2人して、一晩中陽毬の病室に張り付いていた。
だが、いつまでも病院にいられるわけではない。
やっぱり、せめて交代で学校にはいかなければならなかったし、
特に今は、集中治療が必要だったから、
陽毬がゆっくりと眠っているのを確認してから、今晩は2人で高倉家に戻ったのだった。
だが、当然のように表情は暗い。
室内は、色鮮やかな家具やインテリアが所狭しと並べられていたが、
陽毬がいない家は、明かりのついていない寒い家のようだ。

玄関に入った途端、始終無言だった冠葉が、己を背中から抱きしめてきたのに驚いた。
陽毬がまた入院してしまって、かなり落ち込んでいたのは冠葉のほうで、
もちろん、自分もそうだったから、振りほどくことはしなかった。
両親がいなくなって、更に陽毬までいなくなった部屋では、
よく2人で寂しさを紛らわすために肌を重ねていた。
今回も同じだった。
もつれ合うようにして居間に入ると、簡単に畳に身体を預けられていた。
隣には、陽毬はいない。
だから、声を殺すこともなければ、いつ起きてくるかと物音に敏感になる必要もないのに、
誰もいない隣は、かえって空虚さが胸に痛い。
そんなことを思いながら、冠葉に組み敷かれていると、
いきなり、下肢を乱暴に掴まれて、晶馬は戸惑った。

「ちょ、っと、冠葉・・・」

彼の気持ちはわからないでもないが、それでも、乱暴に扱われるのは不服だ。
自分とこういう関係になってからは、鳴りを潜めている彼の女癖だが、
以前は陽毬が入院したり、体調が悪化した時には、こうして女性の肌を求めていたのかと思うと
やっぱり受け入れがたい気分になる。
自分だって、誰かに縋りたい気分で陽毬を案じていたのに、
兄だけはひとり、他人に救いを求めていたなど。
なんか、憎らしい。

「・・・・・・やめろよ」
「・・・別に、陽毬もいないし、いいだろ」
「それはそれで、問題だよ」

大切な妹を案じている状況で、とてもこんな気分になれないのが、
晶馬の気持ちである。3人で仲良く、平和に過ごしている時ならば、たとえ多少見つかる心配はあれど、
それでもたまには自分から兄に甘えたい時だってある。
ただ、こうやって、ただのハケ口にされるのは、少し辛い。

「・・・大丈夫だよ。前だって、こんなことがあってもすぐ、陽毬は僕らのもとに返ってきた。
 今回だって、少し病院で休めば、元に戻るさ」
「・・・ああ」

冠葉は頷いたが、それでも晶馬を抱きしめる腕を、決して放そうとはしない。
それどころか、彼の手は震えていた。
怯えている。大切なものを失う恐怖に、震えている。
これでは、どちらが兄か、わかりやしない。
同い年では、あるのだけれど。

「冠葉・・・」
「ああ、陽毬は戻ってくる。すぐ、戻ってくるさ・・・大丈夫、」

自分に言い聞かせるように、何度も呟く兄を見ていられず、
晶馬は自分の肩に顔をうずめる冠葉の頬に口づけた。
顔を上げた彼が動く前に、今度は唇を重ねる。最初は戸惑った行為でも、
今では自ら舌を絡めるくらいに慣れてしまっていた。
もちろん、兄限定ではあるけれど。

「・・・晶馬」
「ほら、明日は兄貴が学校だろ。僕は着替え持って病院行かなきゃだし、早く支度して、早く寝よう?」

畳じゃ、痛いしさ、と無理に笑って、
冠葉を引きはがす。
茫然と晶馬を見遣る冠葉は幼い子供のようで、晶馬は内心くすりと笑った。
床にへたり込んだまま、見上げる兄に、
晶馬は、普段兄にされているように、彼の頭をくしゃりと撫でてやった。











狭い風呂は、2人で入るとすべての湯が流れていってしまいそうだった。
湯気で満たされた狭い室内で、晶馬は壁に押し付けられていた。
唇が重ねられ、ねとりと舌が絡められる。互いの意思を明確に反映したそれは、
何度も何度も角度を変えては、互いの体液を共有し続けていた。晶馬は冠葉の素裸の肩に爪を立てて、
冠葉を引きはがそうとしたが、上手く行かない。うっすらと目を開けると、
彼もまた上気したように頬を染めていて、諦めに似た感覚を覚える。
早く寝よう、と声をかけてはいたが、
どうせ不安と恐怖で落ち着いて眠れない日々が続くのだ。
こうして、少しでも肩を寄せ合って寂しさを紛らわせられればいいかもしれない、と
晶馬は思う。
濡れた肌を辿って、兄の下肢に触れた。
熱を持ち始めたそれを手に取り、両手で挟んでゆるゆると扱いてやれば、
すぐに力が篭り、質量を増すのを、恨めしそうに見つめる。
何度も確認するが、これは、恋愛感情などではない。
兄だってそうだろう。彼の恋愛対象は、他にいる。それも、どうしようもなく、祝福されない相手。
静かに唇を離し、視線を絡め合った。
いつも思う。兄の瞳の碧の色は、どうしてこんなにも強い光を放つのだろう、と。
そして、その印象に違わぬ、信頼の置ける兄だったから、
自分もここまで幸福に生きてこれたのだ。

「冠葉・・・」

外では冠葉のことを兄貴と呼ぶ晶馬だが、
もっぱら家では彼を名前で呼んでいた。
外では双子の兄弟として認識されていたし、確かに自分も兄だと認めているつもりだが、
それでも晶馬はまだ、時折初めて出会った10年前の出来事を思い出す。
冠葉がいなければ、今の自分はいない。それは事実で。

「っ、は、」

膝を抱え上げられ、背後に腕を回された。
つぷりと侵入する指の感覚に耐えながら、晶馬は必死に冠葉の雄に愛撫を与える。
受動的に快感を享受するだけでは、物足りなかった。
特に今日は、傷つき、ぼろぼろの状態だった兄が切なくて、自ら誘った節もあったから、
できれば彼をすこしでも癒してやりたいと思う。
自分では、不足かもしれないけれど。

「晶馬、いい、か・・・?」
「ん・・・」

性急に腰を押し付け、冠葉は直接的な行為を求めた。
晶馬も、冠葉の背に腕を回した。抱えられた足を彼の足に絡ませ、
まだ完全に解れていないそこに、彼の雄を宛がう。
狭い内部に、冠葉のそれを受けいれるのは、ひどく苦痛を伴う行為ではあるが、
それでも、兄が額に汗を滲ませ、男らしく歪んだ表情で自分を見下ろすのは、
少しだけ嬉しくなる。余裕のなさそうな彼が愛おしくて。
腰を落とすと、重力に手助けされて、ずぷずぷと熱塊が晶馬の体内に沈められていった。
深く深くまで受け入れてしまえば、痛みだけでなく充足感が全身や指先にまで浸透していくから、
とても気持ちいいと思う。
まるで、全身の血液が沸騰したような感覚。
ぐちゅぐちゅと、水音が溢れるてくるのにひどく羞恥を感じつつも、
全身で素肌を触れ合わせ、キスを絡められれば、
頭がぼんやりとしてきて、夢心地になってくる。

「かん、ば・・・」
「ん」
「すごい、・・・気持ちいい・・・」

室内が蒸気に満ちていて、うまく息ができない。
息継ぎをするように、顔を上向けると、露わになった晶馬の白い首筋に、
冠葉が歯を立ててきた。
そこを、ず、と音を立てて吸えば、くっきりと朱の痕がついた。
晶馬は顔を顰めた。
制服を着れば、まだ襟で誤魔化せるとはいえ、
ジャージに着替える時だったり、部屋でもっと簡単な服を着ているときは、一体どうしろというのだろう?
冠葉とのセックスは、今更拒む理由もない晶馬だが、
それでも、痕だけでは勘弁してほしい彼である。

「アト、残すなって・・・」
「んー、なんとなく?」

そんな会話を交わす間にも、下肢は容赦なく貫かれていて、
正直なところ、言葉を紡ぐことすら面倒だった。
汗と、シャワーの水でべどべどになった熱い身体を触れ合わせ、激しさを増す行為に身を委ねれば、
すぐに絶頂の瞬間だ。

「冠葉・・・もう、イきそう」
「ああ」

くちゅくちゅと、冠葉の指先で己の雄の先端をいじられるだけで、
ぞくぞくと背筋が震え、膝が震えて立っていたれないほどだった。
それを、冠葉の腕が支えている。
片腕だけで腰を支え、下から強く貫かれれ、
内臓が押し上げられるような異物感と共に、彼のすべてを呑み込んでいるという安堵感、
ひとつにつながったという実感が湧く。
もちろん、現実は、本当に血のつながった家族でも双子でもない、
ましてやひとつになれるはずなんかない、同性。
それも、互いに違う相手に心を寄せているのだ、こんな背徳的な関係はないだろう。
それでも、身体は興奮する。
あの時、二つに分かれた魂が、ひとつになりたいと訴える。
鼓動が重なり合って、それがシンクロした瞬間、
ぐっと冠葉の雄が質量を増す。感情を吐き出すその瞬間は、あっけなく訪れた。

「あ、ぁあ――っ・・・」
「っく・・・ぅ、晶、馬・・・」

内部に、溢れんばかりの精液を吐き出して、冠葉は熱い吐息を漏らした。
同じように、晶馬もまた、限界だった己自身を、冠葉の手の中で解放したから、
べとりと互いの腹部が白濁に汚れている。
精を解放した余韻に浸っていると、冠葉の額が己のそれに触れてきて、
2人の吐息だけの、長い長い沈黙が訪れる。
まだ、離れたくない気分だった。
間近にある冠葉の唇を塞いで、そうして再び舌を絡め合った。
すると、内部に在る冠葉のそれが、再びぐっと力を増し、一度達して敏感になった内部を圧迫する。
ゆるゆると腰を動かして、自ら快楽を導こうと必死に抽挿を繰り返せば、
そんな晶馬の誘いに抗えるはずもない冠葉は、もう一度晶馬の腰を抱え直して、
そうして更にぐっと距離を近づけた。
もう既に、晶馬の身体にはほとんど力が入っていない。
必死に兄の首に腕を回し、しがみ付いている。

「かん、ば・・・まだっ、欲しいよ・・・」
「わかってる」

俺も、と耳元で囁かれれば、一気に沸騰してしまう、晶馬の頭の中。
悔しいけれど、いつ見ても男らしく凛々しい顔立ちに、
濡れた髪が張り付いて、更に色っぽいと思う。
再び突き上げるような衝撃と、何度も何度も粘膜を擦られて、隙間から溢れてくる先ほどの精が太腿を伝い、
ひどく心もとない感覚を覚えた。もっと、中に出して欲しい。
冠葉のそれで、すべてを満たして欲しい、と、考えてもみない想いが駆け巡る。
もっと、と掠れた声で訴えれば、兄もまた余裕のなさそうな顔で、
ぐちゅぐちゅと結合部を蹂躙する。
晶馬の奥の、そのまた奥まで貫いてしまいたいのに、
立ったまま向かい合ったこの姿勢では、どうしても最後までいけないことに舌打ちして、
冠葉は晶馬の身体をぐるりと回す。
体勢をひっくり返した瞬間に、結合部は抜けそうなほどまで離れてしまい、
晶馬は悲鳴を上げる。あまりの喪失感に、ぎゅ、と壁につけた手のひらを握り締めれば、
次の瞬間、驚くほどの質量が下肢を襲う。
ぴたりと背を張り付けて、背後の冠葉の熱を感じるのが、
晶馬は好きだった。
彼の肩に頭を預けると、頬に優しい口づけが落とされる。
タイルにぺたりと張り付いた晶馬自身が、新たな刺激にもうすぐにでも吐き出しそうな程。

「やっ・・・そこ、すごっ・・・」
「お前の中も、すごい、締め付けだな、」

ずるりと腰を引けば、己自身に絡み付いてくる晶馬の粘膜の紅さがひどく卑猥で、
眩暈すらする程。頭が真っ白になって、何も考えられなくなる程の快感が欲しくて、
彼の望むままに最奥を貫けば、
粘膜の擦れ合う粘着質な音があまりに卑猥で、
耳から犯されていくようだった。
もう、限界が近いことは、冠葉も、晶馬もわかっていた。

「ね・・・早く、中に・・・っ」
「ああ、」

切なそうな喘ぎ声を漏らす晶馬の頬に口づけて、そのまま首筋を舐め上げ、耳朶を甘噛みすれば、
ぞくりと身体を震わせるのが冠葉にも伝わってくる。
ぎゅ、と男の雄を受け入れている箇所も、更にぎゅ、と締め付けがきつくなり、
まるで自分のすべてが呑み込まれてしまうようだ。
壁に押し付けていた晶馬の手を握り締めて、そうして瞳を閉じた。
津波のように押し寄せる快楽に身を任せれば、二度目の絶頂はすぐそこだ。

「あ、ああっ・・・中、熱い・・・っ」

もう、晶馬は自分が何を言っているのかわかっていないのではなかろうか。
快感に浮かされて、感じたことをそのままに告げてくる弟に、
どうしようもない愛しさを感じる。
ぐっと力を込めて抱きしめれば、弟の熱は、冷え切った己の心を溶かしていく程だった。
大切な大切な弟。
それは、陽毬と同じように、冠葉にとって失うことの出来ないものの一つ。

「・・・お前がここにいてくれて、よかった」
「っあ・・・オレも、」

晶馬の顔を覗き込めば、潤んだ鮮やかな色の瞳からぼろぼろと雫が溢れてきて、
冠葉もまたぎゅ、と唇を噛み締めた。
今夜は二人して、この空虚な家の中で眠らねばならないのだ。
それでも、切なさを噛み締めながら、肩を寄せ合い、互いの熱を感じ合えば、
少しは寂しさも晴れるかもしれない。

冠葉は心の底から、弟の存在に感謝した。







end.








・・・アニメ見直してますが、
未だに晶馬の一人称がわかりません。たぶん俺とか僕とか両方言ってる気がする・・・






Update:2012/01/17/TUE by BLUE

ジャンルリスト

PAGE TOP