嘘吐き。



思えば、既に150年。
人の寿命をはるかに超える長い年月を、
屍体として生きてきた。
生まれた瞬間から今の今まで。死にながら生き続けているというこの矛盾を、
誰が理解できるだろう。
案の定、こんなイキモノの存在を世間が受け入れるはずもなく、
誰が見たってバケモノ扱い。
こんなイキモノを作り出した側の人間でさえ、
己を見ては気味悪げな、恐怖の色を瞳に宿していた。
そう、確かに、バケモノなのだ。
理性などなにもない幼い頃は、常に屍体の本能として血肉欲しさに暴れていたし、
それを制御するために『董奉』と呼ばれる妖怪専門の道士が雇われたのも事実。
散々痛めつけられ、虫の息になっても狂ったような瞳の色は失わない、
そう、ヤツが言っていたように、猛獣なのだ。
だが、さすがに150年も生きていれば、
大したことで感情を荒ぶらせることもなければ、バケモノとしての暴走も制御できるわけで。

今更、『董奉』なんて存在、イラナイと思うのだけれど。

「思徒様?どこを見ているのです」
「―――っ・・・」

腕の拘束を更にきつくされ、シトは耐えるように顔を顰めた。
しっかりと私の目を見てくださらないと、と顔を覗き込まれ、
仕方なく視線を合わせる。
こうして、月に何回か、『董奉』の術によって己の根に棲みつく本能を封じるのは、
150年経った今でも形式のように続けられていた。
形式?
違う、これは、
何人もの失敗作を経て完成された純然たるバケモノに対する、
幹部たちの恐怖の表れ。
そうして、現『董奉』を務める彼にとっては―――、

「今日は随分・・・大人しいですね?思徒様」
「・・・・・・・・ぁあ、」

さすがに。
さすがに、何度もこうして痛めつけられていれば、
慣れもする。150年間抗って、抗い続けてきた。逃げられないことくらい、
とうの昔にわかっている。
それでも、董奉―――特に現在―――の彼には、
術による本能の制御、それだけではなく、彼自身の単なる悪趣味に付き合わされていたから、
シトはそれに嫌悪を覚えつつも抗えずにいたのだが。
いつもの射るような紅い炎がシトの瞳にないことに、
董奉は細い目を更に細めた。
ただ従順では面白くない。自分ともあろう者が、
この生ける屍に心底執着している理由は、
踏みにじられる立場にいてなお、失わないその瞳の高貴さと、強い光。
バケモノのくせに、気高く、人間よりも美しい、その存在。
壊してやりたいと思う。
何度だって、言ってやりたくなる。
お前はバケモノなのだと。人間なんかではない、普通に生を受けて死を迎える生き物ですらない。
一生、孤独で、死したまま生き続けなければならない哀れな存在なのだと。
そうして、そう言う度に、
なにも感じない、といった風に顔色一つ変えない表情の下の、
微かに動揺を見せるその瞳を、
董奉は心から愛していた。
シト自身にではない。
バケモノが見せる、劣等感に苛まされる瞬間の、その表情を、だ。

「寂しいですね。コレではお気に召しませんか?」
「・・・・・・気に召すようなヤツなどいないと思うが」

うんざりと。
そう告げる。董奉はにこりと笑う。
決して冷徹な印象ではない。だが、だからこそこの男はうさん臭いのだ。
壁に縛り付けられたまま、シトは怪訝な表情を向ける。
手首には荒縄を食い込ませた故に流れた血の色、
白く完璧な玉肌には、服を脱がせた際にナイフで傷つけた痕。
足下には、真っ赤な血と、血に混じる白濁した液体。
何度もイかされたし、何度も胎内を犯された。
欲望の証は、自分のモノでもあるし、己を犯す男のものでもある。
呪術で抵抗できない自分相手にそんな行為をしておいて、
お気に召さないか、だと?
ふざけるな、と言ってやりたい。
快感などではない。声をあげるのは、
演技をしていたほうがラクだからであって、
きつく唇を噛んで声をあげないようにするほうがよっぽど後がキツい。
反抗は、許さない男だった。
抵抗など、無意味に等しかった。

不意に、両手首と両足首の拘束が外れた。董奉が小声で術を解いたのだ。

「・・・・・・?」
「わかりました。では、思徒様。貴方の好きなようにして差し上げますよ」
「なんだと・・・?」

意味がわからない。

「私も、そろそろ飽きてましたし。いい機会ですから、思徒様に決めていただきましょう」
「・・・・・・」

己への拷問を、己で決めろというのか。
それこそ拷問じゃないか、とシトはひとりごちる。
飽きたなら、もう帰してくれというと、
にっこり笑って、却下します、の一言。
・・・こいつ、何倍も年下のくせに、むかついてどうしようもない。

「・・・・・・・・・帰る」
「思徒様。」

名を呼ばれた瞬間、身動き一つできなくなった。
呪術かと思ったが、どうやら違うらしい。腰に、確かな感触。
董奉が、己の腕でシトの身体を抱き締めてきたのだ。

「・・・・・・董奉」
「貴方に、封印をして差し上げましょう。
 ―――ケダモノの本能を呼び覚まさぬように、力を暴走させぬように。そして―――・・・」

私以外の他の男を想うことができなくなるように。

「っく―――」

ずきり、と頭が痛んだ。
全身に感じる拘束の力と、止まない頭痛は普段の感覚と同じ。
だが、

他の男―――。

シトは憂鬱そうに、思考を揺らす。
思い当たる節など、かれしかいない。
150年生きてきて、これほど他人に心を振り回されたことはなかった。
ハリネズミのような頭をした、ウマの合わない運命共同体のアイツ。

「・・・フン・・・、誰が想うものか。俺は・・・」
「そうですね。完璧な"バケモノ"ですからね。貴方は」
「・・・・・・」

(赤月・・・・・・)

シトは目を細めた。
胸が痛んだ。ガンガンと鳴る頭もさらに強まる。
これも、董奉の呪術のせいだというのか。
睨み付ける。
相変わらず、慇懃無礼な笑み。

「さて・・・封印も済んだところで、また私を愉しませてください、思徒様」
「・・・・・・・・・」

もはや、返す言葉もない。





冷たい手に、冷たい肌。
いつだって崩れない、それこそ仮面のようなその表情。
丁寧な愛撫というよりかは、異常とも言えるねちっこいそれ。
常に、逃げ場を塞ぎ、袋小路に追い詰めるようなセックスは、
愛されてもいない、愛してもいない者相手に、虚しさしか残らないとシトは思う。

(赤月なら)

決して、テクニックに長けているわけでもない。
年齢相応の、欲望に任せたような求めから始まるそれは、
別の意味で、抗えない力があると思う。
肌に噛み付くようなキス。自分と違い、己の力だけで自らの意思をコントロールしている彼は、
きっと、その時にもゾンビとしての本能と戦っているのかもしれない。
お互い言い争いの耐えない毎日だけれど。

―――てめーなんか、でーっ嫌いだっつーの

2人して身体を繋げてなお、そんなことを口走るチカを思い出し、
シトは小さく笑った。
それを目ざとく見つけて、少しだけ表情を歪ませる董奉。

(だから、貴方を放っておくのは反対なんですよ、私は)

「ぐっ・・・」
「思徒様・・・」

ズキズキと痛む頭。割れるようだと思う。思考が定まらないほどに。
そうして同時に、再び下肢の奥に押し込まれる男の猛り。唇を噛む。これほどの拷問は、
他にないだろう。
愛してもいない、愛されてもいない、人間に。
ましてや、まるで愛しているかのように、己の名を囁くのだ。
反吐が出る。

「愛してますよ」
「・・・・・・」

嘘吐きめ。
どうしてこう、自分の周りは嘘吐きだらけなのか。
割れるような頭の痛みと、全身を苛む下肢からの熱と衝撃に、
シトは目を閉じる。

(チカ・・・)

チカの手首が、微かに痛んだ気がした。





end.




Update:2007/07/05/THU by BLUE

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