凍てついた心臓



携帯で呼び出され、足を運んだのはかつての渋谷第一高校跡だった。
あの、1年前の4月に百夜教の襲撃を受けてから、幾度となく戦いの舞台となった場所。
今は吸血鬼による砲撃のせいで、ほとんど跡形もなくなっている。
そんな、放棄された廃墟―――そこの1Fの校長室で、暮人は窓の外を見ながら足を組んで座っていた。
こいつに呼び出されて、いいことがあった試しがない。
だから、部屋に入った場所で後ろ手に扉を締め、睨みつける。
距離は、10mほど。
用件を聞いたら、さっさと退出するつもりだった。

「ああ、グレン。来てくれたか」

くるりと椅子が回り、暮人が振り向いた。
校長室の机に肘をついて、こちらを見据えてくる。だが、その表情はどこか奇妙だ。
いつもの威圧感もなく、相手を見透かすような素振りもない。
部下に対する時の表情というよりは、友人や旧友を迎えるようなそれに
無意識に怪訝そうな眼を向ける。
周囲には、誰の気配も感じなかった。
武器も携帯していない。勿論、見た目には、だが。
とにかく今の暮人からはそういった敵対意識は見あたらなかった。

「今日は遅刻って言わないんだな?」
「別にもう、時間とかどうでもいい状況になりつつあるしな。それに、これは俺の独断だ」
「この呼び出しが?」
「ああ」

独断。つまりは柊や「帝ノ鬼」全体の意志ではなく、彼自身の求めだということだ。
であるならば、俺はこいつの言葉に従う理由などない。
そもそも、彼自身に従っているつもりなど毛頭ないからだ。便宜的に彼の部下、という形になったかもしれないが、
彼の従者になったわけではない。
あくまで一瀬として、柊や帝ノ鬼に従う、という、そういうスタンスだ。
だから、この呼び出しが暮人自身の求めであれば、
自分はまったくもって、興味がなかった。
肩を竦める。
このまま踵を返して去ることもできたが、

「・・・で、用件はなんだよ」

とりあえず、話だけは聞いてみる。
ここで、威圧的に自分に面倒な役目を押し付けるようであれば、
聞く耳も持たずに帰っていたところだが。
暮人はいやに真剣な目つきで自分を見つめてきていて、少しだけ興味を引いた。

「・・・近々。新たな国政組織が発足される」
「まぁ、そうだろうな」

それは、予想がついていた。
戦争が一段落して、一般人は渋谷の、帝ノ鬼が警備するエリア内で待機するよう命じられ、
自分たちも自宅待機を命じられた。
運良く住んでいた高層マンションは破壊されずに済んだから、結果的にそのまま生活していただけなのだが、
なにやら柊家と帝ノ鬼の幹部たちで大きな話し合いがあり、組織が改変されることになったようだと
深夜は言っていた。
彼はそのまま、柊家の命令に逆らえず、柊の世界に舞い戻っていったが―――
「そこでお前にも、幹部として国政に関わってもらいたい」
「はぁ?」

目を細める。
まさか。まさか、クズの一瀬に、そんな話を持ちかけるとは、
こいつは頭がどうかしてるのではないだろうか。
そもそも、その、新たな組織を立ち上げて、世界を牛耳ろうとしているのは、柊だ。
帝ノ鬼の幹部など、腐るほどいるはずだった。
わざわざ、一瀬ごときに声をかける必要もないはずなのに。

「どうせその組織の幹部には、お偉い柊家様や名家の奴らばっかり集まってるんだろーが。
なんでわざわざ俺が」
「・・・お前は、この世界を救っただろう」
「成り行きだよ。
結果的に人間は生き残れたかもしれないが、俺も、真昼もそんなことはどうでもよかったんだ。
ましてや、今後の人間のあり方なんて興味ない。勝手にしろよ」
「お前の力が必要だ」

話は終わりだ、とばかりに背を向けようとして、しかし投げかけられる声音に足を止める。
彼の言葉はひどく真摯なもののように聞こえてしまい、俺は目を細めた。
有り得ない、と思った。
こんなことをしなくとも、彼は今までだって、欲しいものはその手で手に入れてきたはずだ。
それだけの権力と、柊の、歴代党首の中でも最強クラスと謳われる程の実力。
この男ならば、俺を無理矢理動かす方法なんかいくらでもあるはずだ。
背後にある組織は強大で、鬼呪という大きな力を手にいれた今だって、俺が奴に逆らえる道理はない。
だから、暮人がこうして下手に出る理由などわからなかった。

「・・・いやに必死だな。何を考えてる」
「わからない」
「はぁ?」

振り向いて、暮人の顔を見遣る。その無表情な顔が、不意に歪む。
彼は鼻で笑って口の端を持ち上げたが、それがただの作り笑いだということくらい、俺の目にはわかっている。
今というより、いつもだ。
暮人は、自分の前では比較的表情を緩めていたが、それはただの演技に過ぎなかった。
本音など、一切表に出さないような男で。
眉を顰める。

「っは、はは、おかしいよな」
「・・・」
「俺にも、よくわからないんだよ、正直。
ただ、とりあえず、これからの日本を、あの頭の固い爺どもに握らせるわけにはいかないんでね。
それには、お前の力も必要になるはずだ」

そこで、気付いた。
暮人の瞳は、いつもと違う光を帯びていることを。
逆光だったが、それくらいはわかる。刺し抜くような強い視線が、揺らぐ。
その様子に、ますます怪訝そうな表情を作った。
何か、おかしい。
不意に、頭に浮かんだ考えに、しかし俺は笑ってしまった。
本当、馬鹿な話だと思う。
相手は、あの柊暮人だ。次期当主候補の、最高の実力を持つ男。抑えるつもりで、笑いが込み上げてくる。

「・・・なんだよ・・・まさか、お前も柊を潰したいのかよ?暮人」

からかうように言ってみる。まさか彼が同意するとは思っていない。
ただ、こう挑発することで、彼の意図を探りたかっただけだ。だが暮人は固まった表情のまま動かない。
沈黙が続く。逆に気まずいくらいの空気だった。視線が絡み合い、お互いを探るような、そんな気配。

「・・・そうなのか?」
「はぁ?」

長い沈黙を打破したのは、そんな気の抜けたような台詞で。
グレンは拍子抜けする。暮人は小首を傾げて、自分を探るように掌を見つめた。
なんなんだろう、と思う。やはり柊家で育った人間は、まともな感性を持っていないのではないかと疑ってしまう。
何せ、自分の感情すらわからないのだ。
強大な組織、それに所属する人間たちを駒扱いするように扱う彼らは、
やはり己の存在すら希薄に感じてしまうものなのだろうか?
「自分の望みもわからないのかよ?」
「・・・今後、帝鬼軍の幹部になる奴らは消えて欲しいと思っている」
「はっ・・・それ、結局柊のお偉方が嫌いってことじゃねーか」

どうやら、暮人の言っていることは本当らしい。
面白げに鼻で笑い、そうして今だ彼が座り続ける校長室の机の前まで歩み寄る。
暮人は俺を見上げてきた。こちらもまた、彼を見下ろす。
近くまで寄れば、彼の、蒼白な固い表情に気付いた。ひどく、緊張しているようだった。
何故?彼が初めて、己の本心を晒したから?
「・・・つまりお前は、柊の上層部を潰すために、俺が欲しいってことだな?」
「最初からそう言ってるつもりだが・・・」
「回りくどいんだよ。お前は。俺に頼るつもりなら、まずはその命令口調をどうにかしろ」
「・・・俺にそんなことを言うのは、昔もこれからもお前だけだろうな」
「そりゃよかったな。視野が広がって」

からかうように、口の端を持ち上げる。それに対して、暮人は無言。
本当に、最初から最後まで、今日はいつもの彼とは全く違っていた。
自分と2人切りだから?誰もいないからこそ、腹を割って話していると理解して問題ないのだろうか?
今だに、それはわからなかった。
彼ならば、自分を利用するためならば、どんな手段でも取るだろう。
ただ、今回は何かがおかしかった。
不意に、暮人が自嘲するように笑った。肩を竦め、そうして自分を見上げてくる。

「・・・いままで俺の命令に逆らった人間はいないんだ。
 反発してきた奴もな。だから正直、どうすればお前を動かせるのかわからない」
「何言ってる。拷問かけたり人質取ったりやりたい放題だっただろ」
「ああ。あのときは俺なりに必死だったんだよ。なりふり構ってはいられなかったからな。
だが、反発を煽ってお前を敵に回すのは惜しい。どうすれば、お前は気持ちよくおれの命令に従ってくれる?」
「最初から敵なんだが・・・」

呆れたように言って見せるが、彼が本当に柊を潰したいと思っているのなら、話は別だ。
立場は違えど、同じ意志をもった同志、ということになる。
柊の中にあって、柊に反発した人間は多かった。
真昼も、そして深夜も。
皆、人間らしさを求め、それを否定する柊に抗った。
だが今、暮人も同じだとそう言うのだ。そのために、この俺の力が必要だとも。

「・・・代償は?」
「代償?」
「人にモノを頼むときは、見返りが必要なんだよ。柊様」
「何が欲しい?」

大真面目に見上げてくる暮人に、俺は興味をそそられた。
こいつは、きっと馬鹿だ。
本当に何も知らない無邪気さ。人を扱う手段は長けていても、いざ、自分がしたいことを聞かれると、
上手く行動することができない。
上から目的を与えられれば、手段を選ばず冷静な行動をとれるのに、
こうして、自分の意志を貫くのが苦手なのだろう。
根本的に、自分とは違っていた。
俺は、ただ柊を潰すために生きてきた。柊に虐げられる一瀬を救おうと。
だがそれは、誰に与えられた目的でもなんでもない。
自分が経験して、そうして自分が強く欲しいと願ったもので、
けれど彼は違う。
柊家は、本当にどういう教育をしているのだろう、と少し呆れた。
感情を殺し、柊の次期当主として、誰にも負けない力と、カリスマ性と、人の扱いを学ばせても、
肝腎の、ついてくる人間の心も分からぬ上では、誰もついてこないだろうと思うのに。
柊は違うのだろう。
何せ、雑魚は駒であり、切り捨てることのできる手足なのだから。
幼い頃からの『帝ノ鬼』の教育は、もはや洗脳に近いものだと、いつか深夜が言っていた気がする。
そんな、己の感情表現をうまくできない彼が、
俺は、少しだけ哀しい存在だと思った。
こんなこと、普段は全く思わないのに。あくまでこいつは敵で、いつか戦うべき相手のはずだったのに、
実は、彼もまた、柊の中で理不尽な状況に戦っているのだという。
その戦いのために、自分の力が欲しいと、
彼はそういっているのだった。
こんな風に呼び出して、身一つで俺にぶつかって、苦手な本音すら口にして。
俺は、下肢に湧き上がる欲望のままに、彼の頤を掴んでやった。
衝動的だったように思う。抵抗されるかと思ったが、暮人が以外にも逃げることはなかった。
そのまま、俺の指に顎を囚われている。
力を込めれば、簡単に、ぐい、と引き寄せることができた。
嗜虐心が俺の胸の内に沸き起こる。
暮人の顔は、怯えも、羞恥も、何も感じない表情。
歪ませてやりたいと思う。心のない、機械のような仮面を俺の手で壊してやりたいと。

「・・・欲しいものは、お前だ」

だから、俺は欲望のままに、暮人を求めた。
彼はどう受け取ったのだろう?暮人は先程、この台詞と同じことを言った。
だが、彼の欲しいと、自分の欲しいは、おそらく違う。
彼は力を、俺は代償を。代償といえば、俺が求めるモノは文字通り彼の存在そのものだった。
その、プライドの高いカオを歪めてみたいと思う。
どうせ、これから軍の中枢に任命されたとて、柊の下で、クズと罵られる立場には変わりない。
だというのに、敢えて彼からそれを求めるのであれば、
こちらも同じように、彼の弱味を晒させ、取引を成立させるのは当然のことだろう。
問題は、彼がそれを是とするか非とするかだったが、

「いいだろう」

暮人は、驚くほどあっさりと首を縦に振った。
俺は思わず息を呑んでしまった。本当に、彼がこんな無茶な要求を呑むとは思えなかったからだ。
視線が絡まり、改めて彼の瞳を間近で見遣る。
始めて、気付いた。彼の瞳は燃えるようなルビーをはめ込んだようだ。
整った顔立ちもひどく男らしい。何があっても、プライドが高く顔色ひとつ変えないような男が、
俺に足を開くという。
それは、ひどく嗜虐心を煽った。ごくりと息を呑む。
真っ直ぐに見据える視線。顎を掴む指に力を込め、唇を開かせる。

「本気で言ってんのか、お前」
「・・・柊がなければ、俺には何も残らない。お前にやれるものも、この身一つだ。・・・それに」

微かに頬を上気させて。
彼の唇が動くと、紅い舌が覗くのが分かった。どくりと、下半身が疼く。
彼は視線を絡ませたまま立ち上がる。顔を間近に寄せて、初めて少し楽しげに笑う。
それは、今度こそこちらを挑発するような、いつもの上司のカオ。
気にいらない。ぐい、と襟元を掴んで、引き寄せる。

「深夜はお前が優しい、と言っていたぞ。
 ・・・初めての俺に、まさか乱暴な扱いはしないだろう」
「・・・っち、」

深夜の話題を出されて、いよいよ彼を犯したい衝動はMAX。
あの男は、このいけ好かない兄にまで、自分との関係を話したというのだろうか?
まったく、馬鹿げている。
どんな顔でこの兄に報告しているのか、まったく想像できなかった。
暮人は、自分が深夜と関係を持っていることを知っていてなお、己を差し出すというのだ。
この契約が成立しない理由がなかった。

「じゃ、お前は、今から俺のモノだな?」
「ああ。その代わり、お前も俺の部下で、俺の片腕だ。俺の為に存分に働けよ?」
「へいへい」

おざなりに返事をして、俺は間近の唇に己のそれを重ねた。
案の定、彼は逃げることはなかった。俺もこの男も、口づけは好きな人とだけ、などという迷信は信じていない。
真昼と深夜はそんな夢を抱いていたようだが、残念ながらそんな純粋さはとうの昔に失っている。
だから、唇を重ねたのは、単純に暮人の反応を試すためだった。
開いたままの唇から、歯列を割って内部へ。最初から容赦はしない。逃げられないように舌を追いかけ、深く絡ませ、唾液を共有する。
案外、気持ちいいと思った。
彼の薄い唇の端から、小さな吐息が漏れてくる。
呼吸が苦しいのは明らかで、それでも気付けば、味わうように夢中になっていた。
舌を絡めたまま、顔の角度を変え、何度も何度も。
次第に襟首を掴んだだけの体勢では辛くなってきて、彼の首筋の裏に掌を這わせ、そのまま更なる深い粘膜を抉る。
重ねられたその部分から、含み切れない体液が溢れてきた。
熱い感触に漸く唇を離してみると、
体液が頬を汚す。それを手の甲で拭って俺を睨み付けるそのカオは、実にいらやしいと思う。
先程までの、ほとんど表情の変わらない機械だと思っていたのに。
はぁはぁと肩で息をしている。
視線が絡み、無言で見つめられる。

「・・・なんだよ」
「言っておくが」
「あ?」
「お前は欲しいと言ったが、俺は、こういった性的な行為に意味を見出してない」

真顔でそんな事を言われ、正直、気分が削がれた。
もちろん、代償として彼の身体を要求した以上、ここは気分を奮い立たせねばならないだろうが。
けれど、暮人の言うことも、一理あった。
好きでもない、欲望も煽られない、ただの取引のようなセックスに、
意味を見いだせるはずもない。
そもそも、俺だって、好色なほうではないつもりでいたから、こいつにそう思われるのはむかついた。
だが、それでも既に契約は成立している。
書類などなかったが、俺達がそれでいいと決めたからには、それは有効な契約だった。

「へぇ」
「立場上、女を相手にすることもあるが・・・それが気持ちいいと思ったことは一度もないんだ」
「・・・だから?」

そんなこと正直どうでもよくて。襟首を掴んだまま、俺は面倒そうに暮人が今しがた座っていた机の側に回り込む。
椅子を足で蹴ってどかして、男の身体を机に座らせるようにして身体を重ねる。
この取引に、暮人の感情など関係なかった。
与えられた役目にばかり踊らされ、自分の本当の欲望も、野心も、未だに気付けてない彼が、
自分とのセックスに意味を見出すわけもない。
本当は、俺の前で足を開くことにも、何の感情も動かされることはないのかもしれない。
だが、俺は見たいと思った。
この男の、おそらく、今後も誰にも見せないであろう姿を。

「だから、お前が俺を気持ちよくさせられないからといって、嘆くことはないぞ」
「は?誰が嘆くかよ」
「下手だと落ち込まれても困るからな」

こんなくだらない事で、いちいち落ち込むわけもないのだが。
暮人を睨み付けると、俺に押し倒されているくせに、見上げるその瞳は相変わらずの強気。

「・・・ご丁寧にどうも」

だがそれでも、俺に身体を開くという。
なんのために?
そこまでしても俺が欲しいなんて、どうかしていた。
けれど、もう止めるつもりはない。襟首から、ボタンをひとつひとつ外し、そうして肌を晒す。
均整のとれた筋肉、そして高校生のくせに厚い胸板が露わになる。彼の肌触りは思った以上に滑らかだ。
だがそれでもお互い、愛し合っているわけでもない。もどかしい前戯をするつもりもなかった。
噛みつくように首筋に口づけながら、ベルトを緩める。
耳元で、暮人が微かに溜息のように息を吐いたのがわかった。無意識に息でも詰めていたのだろうか?
初めての時の女みたいに?
性急に下肢を晒して、下腹部から男の性器を晒す。さすがに己の雄を他人に掴まれて、
暮人は瞳を閉じ、唇を噛み締めている。
快感ではないのかもしれないが、羞恥は感じているようだった。
頬が、普段より明らかに上気し、紅く染まっていたから。
何も言わないが、それでも顔を背けているのは、彼の精いっぱいの譲歩だろう。
本来ならば、他人に身勝手に食い散らかされるなど、許せないはずだ。
だから、グレンが彼の右肩に噛みついたまま、右手で己の雄を擦られ熱を高められるのは、
きっと、彼にとっては本当は屈辱だったろう。

「とかなんとか言いながら、触られれば反応するんだな、暮人?」
「・・・宛がわれた女を適当にあしらう為には、例え興味のない相手でも勃たせることも必要だろう?」
「あ〜・・・そう・・・」

いい加減、このまったく色気のない発言をなんとかしてくれ、と思う。
こういう時に、こんな言葉しか出てこないのは、
やはり彼に、快楽や愉悦といった感情がないからだろう。あくまで性的な反応もつながる行為も、
彼の中では完全に手段に過ぎず。
そういう生き方を強制されてきた彼に、少しだけ同情した。
こちらもいちいち相手にするのも疲れ始めてきて、とりあえず彼の雄の熱を昂ぶらせようと、掌で包み込み、
亀頭の部分を執拗に刺激する。すると、手の中のそれは、先端から次々とカウパーを漏らしていた。
これで、感じていないというのだから、俺は思わず笑ってしまう。
暮人は変わらず、肘で己の身体を支える辛い体勢のまま、俺の愛撫を受け入れていて、
俺はそれを見て、少し興奮する。
緩めたボトムスと下着を脱がせ、ぱさりと床に投げ捨てる。そうして、右足を膝裏から強引に胸元へ押し付ける。

「っ・・・く、」
「は、見ろよ暮人。ずいぶんと恥ずかしい恰好じゃないか、これ?」

右足を折り曲げさせ、ぐい、と横に開かせる。
そうして、その足の間で息づくそれを、裏筋から執拗に撫で上げる。
もう、そこは完全に勃起し、はち切れんばかりだ。
滑った体液を砲身に塗り拡げるようにして擦り上げれば、耐えていたはずの身体の震えが、暮人を襲う。
さすがに、どんなに理性的な男でも、脱落を始める時間だった。
ましてや、身体の上ではきちんと反応を示しているのだから、これは言い逃れができない。
暮人の顔を覗き込んでやると、紅いルビーをはめ込んだ瞳が、更に色濃く揺れた。
明らかに、動揺している。声だけは噛み締めて漏らさないようにしていたが、
きっと、それも時間の問題だろう。
回数をこなせば、彼も緊張が解け、恍惚とするような喘ぎ声を聞かせてくれるかもしれない。
そう思えば、彼を抱いたかいもあるというものだ。

「ホント、次期ご当主様すっげー格好。」
「殺すぞ」
「殺してみろよ?だが言っとくけど、先に欲しがったのはお前だ、暮人」

絶対に、殺せるわけがなかった。
暮人にとって、自分がどれほど利用価値があるかよくわかっている。
今の時代、まともに鬼呪を完成させていたのは、彼だけで。
その強さは、圧倒的だったから。
きっと、暮人もまた、それを手に入れるには、俺の力が必要なはずだった。
勿論、彼が強引な手段に出る、というのならば、また別だが。

「・・・ほら、早くイってみせろ」
「お前がもう少し真面目にやれ」
「っは、足開いといてそれかよ。だったら早くイきたいからもっと触って、って言えよ」

挑発するようにそういって、彼の顔を覗き込む。
会話とは裏腹に、俺の手の中のそれは、完全に吐き出す寸前。
両手で包み込み、擦り合わせるように動かす。そうすると強い刺激が先端を襲い、
一気に射精感が訪れる。

「っく・・・ぁ、はっ・・・」

自分もそうだったが、どうやら彼もそうだったようだ。小さく喘ぎ声が漏れるのを、
俺は見逃さない。その後、苦しげな吐息。
思わず強すぎる刺激に身体を浮かそうとしてしまう彼を、オレは己の身体で防いだ。押し倒す様に机の上で彼に乗り上げ、
そうして首筋にキス。強く吸ってやれば、刻まれるのは俺の所有の証。
足を閉じそうになる暮人の膝を押さえ込みながら、ラストスパートを掛けた。
キツめの擦り方は、彼を畳みかけるようで、彼の身体が次の瞬間、びくりと震え、身体が竦む。

「く・・・、イくっ・・・、」
「っはは」

思わず笑ってしまった。
唇を噛み締めたままの暮人が、不意に唇を震わせたかと思うと、わざわざイくと宣言して白濁を飛び散らせたのだから。
少しだけ、制服の紺にも掛かってしまい、俺は満足げにその体液を救った。
肌に飛び散る体液も、全部。
べっとりと指に塗りたくって、そのまま更に足を開かせて、
足の間にあるその部分に、指を宛がう。
暮人は更にぎゅ、と瞳を瞑り、かすかに震えていた。
文字通り初めてで、きっと、本当は恐怖を隠せないのだと確信する。
先程だって、優しくしろとか言っていたのだから。
こんな素直じゃない彼を抱くのも、少しだけ面白いと、そう確かに思ってしまう。

「・・・暮人」
「なんだ・・・?」
「お前、思った以上にえろいぜ」
「・・・っは。実に、どうでもいいことだな」

きゅ、と力を失った砲身を握りこみ、残りの精液も吐き出させてしまう。
そうして、思わせぶりに暮人の秘部に指を宛がう。
2本の指で撫でるように触れてやると、彼の肌がぞくりと粟立つ。
明らかに感じている反応。
先程の言葉は、本当のことだろうか?
これでは、快楽を感じているのは、あきらかで。

「っ・・・」
「そういうなよ。
 ・・・お前の頭ン中は知らねぇが、身体はすごい、感じてるって言ってるぜ」
「・・・・・・」
「指、いれるぞ」

一応断りを入れてから、濡れた指先を押し込んでいく。
当然、解されたこともないそこは、ひどくきつく、指1本ですら折られてしまいそうな程。
それでも、徐々に奥までをほぐしながら侵入していけば、それほど大変なことではなかった。
ただ、暮人はもう既に、耐えるのも限界で、
熱い吐息をひっきりなしにこぼしていた。思わず漏れそうになるのを、
彼は指を宛がい、そして耐えている。
目を閉じた瞼が震えている。

「っ・・・く、強引すぎるだろう・・・」
「うるせぇよ。俺が俺のモノをどう扱おうが、勝手だ」

ちっと舌打って、次の瞬間、強引に根本まで突き入れてしまう。
熱い。狭い内部の収縮が、ひどく熱くて、これを男を受け入れるまで緩めるのは、
それなりに至難の業だった。
今はローションもないし、そうゆっくりしていられる余裕もない。
顔を顰めながらも、俺は、
暮人の左足も持ち上げ、両足を彼が抱えるような体制にさせた。さすがに屈辱的なその格好に
暮人の瞳が揺れる。熱い吐息が漏れてくる。
だが俺は構わずに、その足の間に顔を埋めた。
舌で、唾液をたっぷり乗せて。指を1本詰め込んだまま、そこをれろれろと舐めてやり、
そうして体液を流し込むように舌が入り込む。

「・・・っく、あぁ、」

強い快楽と羞恥に、さすがの暮人も甘い声音を漏らし始める。
腰を捩らせ、無意識に逃げようとするのは、舌の感触があまりに卑猥だからか。
控えめの声音は、娼婦のように喘ぐ深夜と違って、苦しい中から快楽を感じ取っている気がして気分がいいのだ。
何度も舌で襞の1枚1枚を舐めるように舐めて、そうして指もナカでかき混ぜれば、
固く閉ざされた入口も、今ではゆるゆる。
1本どころか、2、3本と呑み込むまでになった頃には、もはや暮人は完全に己の指に歯型がついていた。
深々と痕を遺すその指に軽く口づけて、そうして、俺は暮人を見下ろして笑みを浮かべた。

「・・・―――暮人」
「っ、クソが、」
「何だよ、今更ビビってんのかよ?俺の前にカラダを差し出したのは、お前だろ、暮人?」
「っ―――ああ、わかっているさ・・・」

顔を上げ、視線を絡ませてくる暮人だが、それは明らかにいつもの雰囲気と違う。
あのプライドの高い支配者の顔が、歪んだような被虐者のそれに代わる。
涙は零していなかったが、額から流れる汗が頬を伝い、涙のように見えた。
それがひどく淫らで、俺は暮人の顔を見ながら、下肢を宛がう。
俺のモノは、こんな男にも反応し、すっかり熱を昂ぶらせていた。解されたとはいえ狭い箇所に、
指を添わせるようにして、じわりと侵入する。

「っく・・・う、は―――っ・・・」
「暮人・・・」

さすがに、抑え切れない声音が漏れ聞こえてきて、俺はひどく興奮していた。
いつの間にか、相当煽られている自分がいて、今度は俺が自嘲してしまう。
暮人と、文字通り身体を繋げた。
この、完全な敵である、柊家の次期当主、柊暮人と。
本当、成り行きとはわからないものだと、ひそかに笑ってしまう。
腰を揺らすと、ぐちゅぐちゅと濡れた卑猥な音。初めて下肢を犯される彼を苛んでいるのは、
痛みか、それとも感じたこともない快楽か。
きっと、痛みが大半だろうとは思うのが、それでも暮人は唇を噛み締めては解き、そうして首を振って
惑乱する己を保とうと必死で、浅い息を何度も吐き出すのがいやらしいと思った。
濡れた紅い舌が時折視界に映り、俺もまた、下半身が限界。
それでなくても、暮人の中は狭かった。
ゆっくりと腰を引いて、そうして最奥を貫く動きで精いっぱい。
両足を抱え、そうして乗り上げるように貫けば、激情を孕んだ朱い瞳が俺を貫いてくる。
ぞくぞくした。
これが己の中の嗜虐心だと思うと、ヤみつきになりそうだ。

「っく、いい加減、早くしろ・・・っ」
「っは、なんだ、暮人?イかせて欲しいのかよ?」
「苦しいから早くしろと言ってる」
「我慢しろよ、少しくらい」

軽口をたたきながら、それでも俺もまた、いい加減イきたかった。
だから、乱暴に腰を揺らす。ぎゅ、と再び勃起している暮人のそれを掴みながら、
内部を緩ませ、そうして彼の内部の腹側の粘膜を貫いた。

「っく・・・出すぞ、暮人・・・!」
「・・・っは、く、そ・・・っ」

顔を歪ませ、暮人は机にぎりぎりと爪を立てた。
熱い精液が内部に注がれるのを、ただひたすら耐える。
グレンもまた、彼の内部の収縮に耐えるようにして唇を噛み締めた。
本当に、熱い。
張りのある筋肉に包まれた尻の、その隙間。狭いながら、けれどきっと何度も回数を重ねれば、
柔軟に収縮を繰り返してくれそうだ。

「・・・これで、満足か?」

ふと、暮人の顔を見遣った。
暮人はどこか掠れた声音で、オレにそう問いかけてくる。
満足?こんなもので?
1回などでは足りなかった。
これから、俺はこの男の手足になるのだから。それならば、その都度身体を代償に差し出さなければと、
そう笑ってやる。
暮人は再び俺を睨み付けてきたが、セックスの後の瞳はひどく虚ろで、
まったく鋭い眼光も感じない。
俺は、はは、と笑った。
ぬぽっと音を立てて、俺は腰を引き、暮人の中から俺自身を抜いた。
もう、用事は終わっただろう。
ティッシュは軽く見渡してもなかったから、仕方なく制服の白いシャツで軽く拭ってやる。
だが、途中で暮人は身を起こして、うざったい、と言った風に俺を牽制してきた。
自ら机を降りて、床に落とされた自身のボトムを再び身に着ける。
額を拭って、そのままいつも通りに制服を着直した。

「・・・結構、よかった」
「っは、そんなのは、どうでもいい。とにかく、今度正式に書類を出す」
「お前は身体と引き換えに俺を雇いましたって?」
「くだらない話はいらん。とにかく書類がそろえば、お前も幹部の一員だ。俺のために働け」
「へいへい」

肩を竦める。
つい数分前までは、俺の下で淫らな格好を晒していた癖に、と想いつつ、
まぁ、今はこれでいい。
こいつの秘密は、オレが握る。
俺の秘密はとっくにこいつは持っているだろうから、少しはフィフティフィフティになったのではないだろうか?
こちらも乱れかけた衣服を戻して、そうして再び視線を絡ませた。

「・・・では、また数日後に」
「ああ。またな」

気だるい余韻の残る暮人の顔を、じっと見つめて目を細める。
まぁ、今日はここまでにしてやろう。
俺は肩を竦めて踵を返すと、ひらひらと手を振り、部屋を出たのだった。






end.






不器用な暮人様好きっす・・・!





Update:2014/09/26/SAT by BLUE

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