DRUG ADDICT



あの男に指定された場所は、新宿、歌舞伎町にあるラブホテルの前で、
暮人は眉を顰めながらこれから来るであろう男を待ちかねていた。
きらびやかな夜の街、派手で下品なここでは、今日も客寄せのために胸元の大きくあいたドレスで着飾った風俗嬢や、似合わないシルバーアクセサリーを身に着けたスーツ姿のホスト達が今も屯っている。
そんな場所に立っていた暮人に対しても、もちろん女どもは声を掛けてきたが、
自分がひと睨みしただけで、何事か喚きながら散っていった。
無論、まったく興味はない。
『帝ノ鬼』傘下で、こういう裏社会に根を張る組織もいくつかあったが、
暮人は関わったこともなかった。
次期当主候補とはいえ、まだたかが高校生である。
帝ノ鬼の幹部はそれこそ腐るほどいたし、その誰もが自分を形だけは敬語を使い敬うそぶりを見せていたが、実際のところ陰口を叩かれているのは分かっていた。
2歳年下の妹に勝てない兄。
これでは次期当主の座も危ういのではないか、と、そう裏で言われているのは知っている。
それに対して、けれど暮人は悔しい、という感情はそれほど湧かなかった。
彼女は、幼い頃から異常すぎた。
力や、スピード、術のセンス、教わってもいない呪術を教本を読んだだけで鮮やかに発動できる才能は、今思えば、生まれたその時から鬼が宿っていたからか。
柊は所詮、力の世界だ。
力が強ければ上に立ち、ないものは利用されるか、捨て駒になるかだ。
どんなくだらない画策を企てたところで、その純然たる力を覆せるものではないのだ。
ただ、少しだけ感情を揺さぶられるとしたら、
父親の目線が、すべて努力してきた自分ではなく、その妹の才能と力に注がれているという事実。
特別目をかけて欲しいと思っているわけではなかったが、心にわだかまるこの黒い感情は、なんと表現すれば良いだろう?
「・・・遅い」

意識が沈みがちになったところで、目的の彼はやってきた。
咎めるように睨み上げた先の男は、肩を竦め、けれど特に反省の色はない。
理由を問うと、「お前がつけてる監視を撒いてきたんだよ」と皮肉げに笑う。
夜を溶かしたような艶のある漆黒の髪と、女好きのする目鼻立ち。瞳の色は、陽が落ちる直前の空のような、澄んだ紫。
一瀬グレン。
自分の冠する柊とは500年の確執を持つ一瀬家に生を受けた彼は、
今まで従属していた柊に反旗を翻し、完全な独立を成し遂げる野心を持っていた。
だから、自分とは完全なる敵なのだ。
相容れない互いの立場、一瀬と柊、次期当主の確執は、それなりに深い。
けれどそれでも、彼とたった1つの契約を結んだことで、関係性はいきなり豹変した。

「っは。まだ約束の時間が過ぎて5分も経ってないぜ?一体いつから待ってたんだよ、暮人?」

からかうようにそう言われるが、それには応じない。
実は30分も前から待っていた、と、そう正直に告げれば、きっと彼はつけ上がるばかりだろう。
言い訳をするつもりはないが、別に早く逢いたかったから、というそんなくだらない理由ではなかった。
柊の次期当主候補が、護衛もつけずに外を出歩くなど在り得ない。
けれど今回は、柊に繋がる人間に見られては明らかに不味かった。一瀬などと逢瀬を重ねているなどと知れれば大問題だ。
ただでさえ父親にそれほど気に入られていない自分が、
こんな柊への反意とも取れる行動を起こせば、鶴の一声で、己の護衛は己の暗殺者に変わるのだろう。
暮人もまた、皮肉げに笑った。
所詮自分ですら、柊という巨大な組織の歯車の一つでしかなく、
欠陥品であれば、挿げ替えられるだけのものなのだと。

「どうでもいいだろう、そんなことは」
「ああ、そうだな」

面白げに笑う男を睨みつけると、グレンは肩を竦めて背を向けた。
腕を強引に掴まれ、強く引かれる。
そのまま歌舞伎町とは反対方向へ歩き出す。
少々、意外だった。
てっきりこのままラブホテルに連れ込まれ、彼のいいように身体を弄られるかと思ったのに。
そもそも契約というのは、考えれば考える程に滑稽な話で、
彼が暮人自身の野望を達成するための手足となり参謀となる契約の代償に、
己の身体を差し出せ、というものだった。
正直、呆れた。
暮人にとって、性欲や肉欲など、全くどうでもいいものでしかなく―――、
そもそも、興味がなかった。
女にも男にも興味がない。その人間自身が重要ではないからだ。
重要なのは、役に立つか、否か。
自分の手足になるか、否か。
だから、己の身1つで、自分と同等レベルの能力を持つ彼が自分の狗になると思えば、
安い買い物だった。
そうして暮人は、己の身を売った。
この男に。――― 一瀬グレンに。

「・・・どこへ行く?俺はてっきり・・・」
「っは、てっきり?ラブホでも行くつもりだったのかよ?」

グレンの言葉に、暮人は何も言わず顔を背ける。
その頬は微かに紅い。
ラブホの前で待つように指定されていた手前、当然のようにそう思っていただけに、
暮人は目の前の男の涼しい顔を睨みつけてしまう。

「まぁ、お前がわざわざこんなところまで大人しく抱かれに来た、ってのは、評価してやってもいいけどな」
「お前に評価してもらう筋合いはない」
「はは、まぁいいや。ラブホに行きたいならいつでも連れてってやるよ。
 けど今日は、もっとイイ所に行こうぜ」
「イイ所?」

問い返したが、答えはない。
口笛を吹きそうなくらい軽い足取りで、グレンは躊躇いなく暮人を連れて歩いていく。
明らかに一般人が通るような大通りから横道へ入り、更に路地裏へ。
歌舞伎町2丁目のネオンサインを背に、明らかに怪しい通りへと進めば、
狭い道すがら見かけるのは、クスリか何かでおかしくなって路上に倒れ込んだまま眠っている女や、奇声をあげて壁に頭を打ち付ける血だらけの男、死んだような瞳で見上げてくる老人、下半身丸出しで繋がったまま一心不乱に快楽を追い続ける醜いカップルたち。
異様な光景だった。
これは本当に、日本の首都東京にある、街の姿なのだろうか。

「・・・なんだ、ここは」
「警察も手が出せない、無法地帯だよ。精神がイかれた奴しかここにはいない。
 あっちは性と欲望の街だが、こっちは堕落のを一途をたどる街だ。
 条例で取り締まることもできず、地元の奴らの誰もがここだけは近づくな、って言っているらしい。
 だが、ここで住んでる奴は、もうここにしか住めない。―――心地いいんだとさ」
「何故、お前がそんなことを知ってる?」

暮人は淡々と説明するグレンに再び問うた。
彼だとて、自分と同じく、大半のくだらない欲望を抑え、己の野心のためにひたすら腕を磨いてきたはずで、
こんな堕落した世界で生きているような人間ではないはずだ。

「まぁ、俺だって知ったのは偶然なんだけどな。―――さぁ着いた。入れよ」
「っ!?」

半ば強引に石造りの狭い階段を降りさせて、一見なんの変哲もない酒場の扉を開ける。
ぎぃ、と音を立てて扉を開けた瞬間、ライブハウスのようなカラフルな光に晒され、暮人は思わず目を瞑ってしまった。
暗く落とされた室内、スポットライトを反射させて輝くミラーボールが天井にはたくさんあり、
その下で踊るのはほとんど衣服などまともに身に着けていないような男女だ。
段上ではストリップショーが開かれていたのか、
ポールダンスを披露しているグラマーな女性は既に裸だった。脱ぎ捨てた衣服が散らばっており、
彼女が足を開くたびに歓声があがる。
アルコールと香水、異様な熱気、そして穢れた欲望が渦巻く世界だった。

「こんな場所に連れてきて、俺をどうする気だ?」
「さてね。ここでは奴隷の売買もしてるし、臓器だって商品だ。お前は強いかもしれないが、
 きっとここではさすがに暴れるのも大変だと思うぜ。何せ、ここはお前たちのテリトリー外だからなぁ」
「どういう意味だ」

次の瞬間、暮人は周囲に人間の気配を感じて眉を寄せた。
囲まれている。
視線が集中していて、四方を塞がれ、逃げ場はなかった。もちろん、暮人とて柊の人間だ。
目晦ましのための幻術も、攻撃用の呪術も、すぐに発動できる。
後ろ手で、いつでも使える様に構えた。己の力を過信しているわけではないが、それでも最善の道を辿れる自信はあった。
グレン相手とて、遅れをとるつもりはなかった。
いくら契約したとはいえ、それは口約束でしかないのだ。
いつだって、敵に回ってもおかしくなかった。そもそも、柊と一瀬、相容れない者同士がいつまでも
仲良くできるはずもない。
だが、その次の瞬間、背後から圧倒的な殺気が膨れ上がった。

「ここは百夜教の運営する、麻薬密売組織の店だよ」
「・・・っ」

息を呑む。
呪符を発動したが、その時には既に遅かった。
襲いかかった術者の手を焼こうとした焔を纏った呪符の上、すべる様に這わされる防炎の札。
既にグレンもまた、暮人に対抗すべく拘束呪を発動していた。呪符から現れた小さな獣が炎を食いつくしたかと思うと、
暮人の両腕に蛇のようにうねり拘束する。
絡みつく女の手。まともな下着も身に着けていないような恰好の淫売女が暮人の腕に絡みついたかと思うと、
一瞬、チクリと針を刺したような痛みを感じた。一瞬で理解する。
薬を打たれたのだ。しかも静脈に。ぎりぎりと奥歯を噛み締める。毒が回るのを感じ、一瞬ぐらりと視界が揺れた。
だが勿論、暮人とて簡単に倒れるような鍛え方はしていない。
理性でなんとか意識を保つ。

「・・・生憎だが、俺の身体にクスリや毒の類は効かない」
「どうかな。
 ―――そいつは媚薬だぜ。別に毒でも理性を吹っ飛ばすドラッグでもないから、お前が耐えられるかねぇ」

額に汗が噴き出して、身体に熱を感じる。

「っは・・・、それで?
 グレン、お前がこんなところに出入りしているということは・・・百夜教に与していたと、そういうことか?」

まったく油断も隙もないな、と暮人が言えば、
けれどグレンは静かに笑ったまま何も言わない。不意に膝ががくりと堕ち、暮人は床に手をついた。
4人の女がその身体を抱きしめるかのようにしがみ付いたが、
それは拘束と同じだ。
グレンは蹲った彼の顔を見下ろして、楽しげに笑った。

「まぁ、一晩もあるんだ。―――楽しませてくれよ、暮人様」
「っく―――・・・」

胸元をビリリと裂いて、思いのほか滑らかな肌を晒していく。
唇を噛み締めながら、暮人は男の掌に溺れそうになる己を必死に保っていた。












暮人は、己の血流によって全身に回る熱を自覚していた。
身体が熱い。己の皮膚が普段より敏感になり、
身に纏っている衣服に触れる箇所すらくすぐったいようなもどかしさを感じてしまう。
既に頭は朦朧としていて、目の前にいる男の顔すらも危うい。
全身に力が入らず、半ば強引にソファに座らせられても抵抗が出来なかった。
上半身をねっとりと絡み付くしなやかな女の手に脱がされて、そうして後ろ手に拘束具を着けられる。
しっかりと後ろに腕を組まされた肘から手首までに、がちりと黒いレザー製の拘束具が食い込む。
暮人は精いっぱい努力して男の顔を見上げたが、熱に潤んだ瞳では、自分の姿を楽しげに見下ろす男―――
グレンにはその怒りは届かない。
それでも必死に睨み付けると、彼は目を細めて、そうして今だボトムスに包まれた下半身を靴で踏みつけてくる。
そんな屈辱的な刺激にすら自分の身体は反応してしまっていて、
思わず耐えるように唇を噛み締めた。ぐりぐりとつま先で何度も蹴られたり踏まれたりすると、
そこがテントを張ったようにくっきりと形を浮かびあがせる。
それが恥ずかしくて、けれど動くことはできなかった。
身体が言うことをきかない。全身がしびれたように麻痺しているくせに、感覚だけは鋭敏で、
部屋の眩しい程の色彩に目がチカチカする。

「―――・・・てんのかよ」
「っ、う、」

ドン、と乱暴に腹を蹴られ、暮人は呻いた。
目の前の男が何か言っているのはわかる。だがいまいち耳が機能していなかった。
耳に鳴っているのは、自分の心臓の音と、血潮が流れる音だけだ。
毒を飲まされた時だって、こんな状態にはならない。
幼い頃から、暗殺者に備えるべく毒への耐性を強化するための訓練と肉体改造を受けていている。麻薬もだ。
媚薬だろうが、所詮己の身体の神経伝達物質を増加あるいは減少させる作用の薬だ。ならば自分の身体でコントロールできるはずで、
けれど意識を集中させようにも、思考回路を根こそぎ奪われているらしい。
明らかに、ただの薬の効果だけではなかった。
煙草や麻薬の香が充満して煙たいのかと思っていたが、これは幻術の香なのか。
相変わらず、グレンは自分を楽しげに見下ろし、口の端をゆがませていた。
確かに今夜は自分は彼のモノだった。
昼過ぎに、明日から携わってもらう任務の指令を電話で与えた。
その代償に求められたのは、「一晩俺のモノになれ」と言われた言葉だけ。
だから、本当は何をされるのかはよくわかっていなかった。
ここが本当に百夜教の施設ならば、殺される可能性があった。グレンがもし仲間と馴れ合うことをやめ、実力主義の百夜教に与して、人質として自分を貶めようとしているのなら。
だが、所詮自分はただの柊の歯車だ。第一、まだ当主でもなく、代わりはいくらでもいる。
柊の実子ではなくても、優秀な人間は大勢いた。
だから正直な話、ここで自分が死んだところで、柊は何の問題もなかった。
そして自分自身、それくらいの価値しかないと思っていた。
グレンがぐい、と顎を掴み、目線を絡め取られる。必死に焦点を合わせようとするが、上手く行かない。
次の瞬間、男の冷たい唇が触れてきて、暮人は眉を寄せた。
温度差を感じる。浮かされているのは自分だけで―――
彼は、きっとまだ、自分を犯すつもりはないのだろう。
だったら、これは何だ?
冷たい癖に、異様に長い口づけ、舌を絡め取られ、強引に意識を集中させられる。
それすらも快楽で、舌先を噛まれると、身体が震えてしまう。
と、そこで、かちゃりと音がした。
首元に硬い感触。確認したかったが、腕は自由にならない。
目線を落としてももちろん見えない。
だが、唇を離したグレンは、暮人の首に腕を伸ばすと、そこをぐい、と引っ張った。
あっさりと暮人はソファの下に膝を付く。腕は拘束されていたから、床に土下座するような格好になる。
グレンがまだ首を掴んでいたから、辛うじて額を床に付けることは免れたが。
不意に、ジャラ、と金属が擦れる音が耳に付いた。微かに首を揺らすと、己の首から垂れている金属の鎖が見える。その先を持っているのは、もちろんグレンだった。
合点がいく。
己の首についているのは、愛玩動物に着ける首輪だ。
グレンが鎖をじゃらり、と引くと、自分は抵抗することができない。無理矢理立ち上がらされて、そうして歩かされる。
反抗はできなかった。
言葉もまともに紡げない。
今、口を開いてしまえば、熱い吐息と、喉の奥で必死におさえていた声音が漏れてしまいそうで。逆に、唇を噛み締める。

「っく…」
「ほら、ちゃんと歩けよ」
「っ…ど、」
「あ?」
「どうする、気だ…っ」

辛うじて、そう問うと、グレンはにやりと笑う。
けれど、何も答えを聞けないまま、連れて行かれたのは店の奥の、小さな控室だった。
目の前にいたのは、黒いスーツを着た男だ。短めの髪を更に撫でつけ、その黒い瞳が品定めするように自分を上から下まで見遣る。

「連れてきたぜ」
「…素晴らしい。本当に柊暮人さん?」
「ああ」
「よく来ましたねぇ。ここが百夜教の店と知っててのこのこ来たんですか?」
「まだお前らに売り渡すとは言ってねぇ」
「ほう」

興味深げに、スーツの男は自分と、そしてグレンを見遣る。
そして肩を竦めてグレンから鎖を受け取った。それを、暮人は動揺した瞳で見つめていた。これから、何が起こるのか。既に下半身は暴走を始めていて、早く触れたくて仕方がないのに、
これから自分はどうなるのか。

「ああ、君が可哀相なコトするから・・・泣きそうですよ?彼」

・・・泣きそう?
そんなはずはなかった。自分に泣く、などという感情はないはずだ。
実際、涙を溢れされる程感情を揺さぶられた経験などなかった。
屈辱だって、奥歯を噛み締めて耐えてきた。
今だって、耐えられるはずだ。そう、強く意志を保とうとする。

「はっ、笑わせるぜ。俺のほうが散々泣かされてきたよ。柊様には叶いません、ってなぁ」
「で、これが復讐?」
「いや、ただのお遊びだ」

暮人の息が一瞬止まった。今までの会話で、一番それが心に響いた。
遊び。
熱にうなされた意識の中で、暮人は自嘲するように笑った。
そうだ、所詮、こんなくだらない契約は、ただのお遊びでしかなくて。
もちろん、グレンの野心と自分の目標は一致していて、彼が自分の手駒であることは間違いなかった。
朝になれば、誰の前でも暮人の下の部下として振舞うだろう。一瀬グレンはそういう男だった。野心のためであれば、屈辱も耐えられる男。もちろん腹の中は知らないが、少なくともそうやって耐えて生きてきた。
そして、自分だってそのはずだった。
だが、この感情の揺れはなんなのだろう?
「じゃあ、一晩楽しんでこいよ、暮人」
「な、にを」
「舞台さ」

控室の奥の反対側のドアが開かれ、そこはまさに舞台裏に繋がる場所だった。眩しい光が差し込んでいる。
斉藤に鎖を引かれ、そうして自分は転ばぬようにするのが精いっぱい。
煌々とした明かりの下で、自分に何が待っているのか。
それを想像するだけで、暮人は暗澹たる気持ちになるのだった。











舞台の正面に連れ出され、暮人は苦しげに顔を歪めた。
爛々と光るシャンデリア、自分の素裸の上半身に当たるのは、熱いほどのスポットライトだ。
客席のほうを見やるが、どのくらいの人間がいるのか、室内がどれほど広くなっているのか想像もつかない。
全身の隅々までを支配している熱はそろそろ限界で、
暮人は熱い吐息を漏らさずにはいられない。表情も虚ろで紅い瞳が濁ったように何も映せずにいる。
暮人は歯を食いしばって客席を睨みつけたが、周囲から歓声があがるばかりだった。
両腕を上から引っ張られるように太い鎖で拘束され、動かそうとしてもガチャガチャと音が鳴るばかり。
手首にはがっちりと絡みつく手枷、そして両足には奴隷の足枷。
先ほどまでは辛うじて両腕にシャツが絡みついていたが、それも今はナイフで切り裂かれ、ほとんどが意味を為していない。
それどころか、下肢のボトムスまでナイフで破かれようとしている事実に、暮人は愕然とした。
背後から屈強な男の両手が伸びてきて、ベルトを緩める。
下着ごと、ナイフでゆっくりと下肢を暴かれていく。暮人は息を呑んだ。恐怖心と羞恥、それ以上の屈辱。
どうして、こうなった?
背後から伸びる男の手が、己の下肢を掴む。強引な刺激、強制的に勃起させられて、暮人は唇を噛み締める。
耐える様に拳を握りしめると、頭上の鎖がカチャカチャとなった。
逃れようとすればするほど、演出側の思うつぼだった。
身体を舐める様にいくつものスポットライトが当たる。完全に露出させられた下肢が、強い光を浴びて熱を持っていた。
熱い。
その部分に、人間達の視線を嫌でも感じてしまう。
と、その時、ぐい、と足を開かされ、拘束具の限界まで足を拡げさせられた。
尻を持ち上げるような体勢で、そうして観客に見せつけるように尻の隙間を両手で乱暴に開かされる。暮人は痛みに思わず眉を顰めてしまった。
あまりに強い力、肉襞が裂け、血が溢れそうな程。
その時、まともに機能しない耳から、信じられない言葉が響いてきた。

「さて、お集まりの皆様!ついにこの時間がやって参りました、本日のメインディッシュ!『帝ノ鬼』、柊家のご嫡男が、今日、めでたく我々の世紀の人体実験のモルモットになって頂けるとの事!ああ、なんという奇跡でしょう!我らの神に栄光あれ・・・!」

愕然とする暮人の目の前で、
舞台の進行役、大道芸人のピエロのような姿をした仮面の男が、腕を拡げたかと思うと、
拘束された自分に向かって仰々しく深々と頭を下げる。
だが、心はその真逆のはずだった。
ここが、連れてきた一瀬グレンの言うとおり、百夜教のアジトの1つであるならば、
自分は完全に敵であり、生かしておく必要すらない人間だった。
なにせ、自分とて次期当主候補とはいえ、当主そのものではない。ましてや柊は、横社会の繋がりはほとんど皆無だ。
人質として利用されるような未熟者は切り捨てるのが基本。
だから、今自分がどうなろうと、殺されようと『帝ノ鬼』の痛手にはならない。
ならば、きっとこれは、『帝ノ鬼』への脅しでもなんでもない。ただのお遊びだった。
だが、ただのお遊びだからこそ、余計にタチが悪い。

「っく、何を・・・!」
「今から、暮人様には我々の英知の結晶、キメラの体液を受け入れて頂きます」

言葉の意味を理解する前に、背後から聞いたこともないような獣の咆哮が聞こえてきて、暮人は愕然とした。
何にも動じない人間だと自負してきた。
いつだって冷静に、状況を把握し対処できると。だが、今胸の内に湧きおこるこの恐怖心はなんなのだろう?
喉がカラカラに乾いていた。無意識に身体が逃げを打つが、当然この拘束から逃れられるはずもない。

「や、めろ・・・」
「実験の内容はこうです。このキメラは《ヨハネの四騎士》と呼ばれる化け物の因子が組み込まれています。以前は人間に因子を埋め込むことはまだ危険であるため試したことはありませんでしたが・・・」

ぐっと手袋をした指が下肢に容赦なく突っ込まれて、暮人はぐぅ、と呻いた。痛みと共に、痺れるように走る快感。
既に身体は触れるモノすべてに感じる様に、暮人の身体は薬によって改変させられている。
おざなりに指でそこを拡げられ、ぬるりとした液体を尻に大量にぶちまけられ、そうして塗り拡げられる。
スポットライトが乱反射し、彼の露出された肌はぬらぬらと光っていた。
冷たいと思っていたローションの感触が、すぐに熱く痺れるような疼きに変わる。
激痛にも関わらず、その液体のせいで、簡単に尻が拡張されていく。
両手の指でぐっとその箇所を拡げられ、ぱっくりと口を開けている淫らな己の姿を想像した。
身体に力が篭る。おもわず収縮しようとするそこを、男の手が強引にこじ開ける。

「あ、くっ・・・くそ、が・・・っ」
「今日、初めて暮人様に受け入れてもらいましょう。なに、大丈夫ですよ。我々の研究は完璧だ。理論的には、キメラの因子を人間が受け入れることで、さまざまな人体改造の免疫力をつけることができる・・・」

男はうっとりと、獅子の鬣と鷲の羽、蛇の尻尾を持つそのキメラの毛並を撫でている。
それほど体格は大きくないとはいえ、それでも大型犬より一回り二回りはあった。あれに今から犯されるのかと思うと、
もはや暮人は現実を直視できない。
さすがに、想像を超えた恐怖が己の身に降りかかれば、彼とて冷静ではいられない。
柊の世界にいれば、人体実験など日常茶飯事だが、
それでも獣に犯される実験など考えたこともなかった。呪術組織の考え方ではない。
科学と魔術の融合―――それが西洋から伝わる百夜教の特徴であった。

「っやめろ…」
「ああ、天下の暮人様でも怯えることがあるんですね…いいですねぇ、そのカオ」

男の顔を睨みつける。額からにじみ出る汗が頬を伝い、涙のようにも見えた。顎を取られ、動きを抑えられる。
下肢に迫る獣の気配に、けれど暮人は身体を震わせて耐えるしかなかった。
恐怖に戦き、取り繕うこともできずに暴れる身体を押さえつけられ、強引に床に手を付かされる。
四つん這いになった格好で再び両腕を背に付けた格好で拘束され、既に身動きが取れない。
背後に迫るのは、ハッハッと、人ならざる者の獣臭い吐息だ。顔を上げようとして、無理矢理押さえつけられる。
素裸の背筋に熱く焼けつくような涎が零れ落ちたかと思うと、次の瞬間、肩口に激痛が走った。

「っぐ、あ、―――っ・・・」

どくどくと溢れてくる血の色。
キメラの前足の爪が、己の肩を引っ掻くようにして覆いかぶさってきたのである。
低い唸り声と、そうして下肢に宛がわれる実験動物のイチモツ。
理性もなにもない、ただ生存本能だけを振りかざすその性器は、もはや人間が受け入れられるような大きさではない。
思考回路などはなからないその生き物が、ガツガツと獲物の下肢を求めていて、
暮人の尻や太腿はたちまちキメラの生臭い体液でどろどろになってしまう。
その感触が気持ち悪くて仕方がなかったが、本当の屈辱と激痛は、その後に待っていた。
こちらも、強い媚薬を飲まされていて、頭がまともに働かない。
だが、そのせいで、身体が感じる感覚はいつも以上に研ぎ澄まされていたから、全身を襲う激痛にいかな暮人でも声を噛み締めることはできなかった。

「さて、御来場の皆さま!いよいよ世紀の研究が、また一つ、ここで進化を遂げます…!」
「っぐ―――や、めろ・・・っ!!あ、あああああ!!」
「さぁマチルダ、その人間に子種をたっぷり植えつけなさい!そして人間もまた一歩神の領域に近づくのです・・・っ!!」

感極まったような進行役の言葉、会場内の異常な熱気、そして歓声、咆哮、全てに呑まれて頭がおかしくなる。
朦朧した思考と視界の中、真実は己の身体が訴える激痛だけだ。
下肢が引き裂かれる痛み、体液とは違う、己の熱い血潮が溢れてくるのがわかった。
暮人自身が目視することはできなかったが、
キメラの猛りは、人間のこぶし大もあった。まともな人間が、ましてや男が受け入れられるようなサイズではなかった。だというのに、下肢を割るように強引にそれは突き進んでいく。人間の力ではない、バケモノの力だ。ましてや、抉るように何度も最奥を求めるように突き進むものだから、傷口は開くばかり。
今まで、どんな苦痛も屈辱も耐えられると思っていた。
拷問に屈することなど有り得ないと思っていたし、肉体に与えられる痛みごときで精神が負けることなど考えられなかったのに。
今は、苦痛と、それ以上に感じる悍ましさ、そして思わず嘔吐いてしまいそうなほどの気持ち悪い感触が体内を暴れ廻っていて。
もう、耐えられない。こんなことなら、かの男に強引に犯されるほうがよっぽどよかった。
どんな屈辱的な言葉でからかわれても、
今の最悪な状況よりは、よほどマシだったのに。

「っ・・・く、そ・・・殺せ・・・っ!」
「なに、こんなことでは死ねませんよ、柊暮人様。ああ、でも出血がひどいですねぇ。床が血だらけだ。・・・まぁ、後で輸血でもしてさしあげますよ。――この狂宴が終わればね」

絶望的な言葉に、愕然とする。
もはやほとんど何も映しておらず、ただ爛々とした明かりに惑わされる暮人の瞳は、無意識に彼の存在を探していた。
己の身を差し出してでも欲した彼の存在。
今後、この壊れた世界で自分が己の野心を貫くために、どうしても己の派閥の中に入れておきたいと思った彼は、
けれど正攻法で手に入れられる相手ではなかった。
あくまで敵同士、一瀬と柊、帝ノ月と帝ノ鬼の関係。権力では圧倒的に自分が上で、彼を自分に従わせる方法などいくらでもあったけれど、
それでは駄目だった。
自分に敵意を抱いて欲しいわけではなかった。
柊という強大な敵と戦うには、自分だけでも、もちろん彼だけでもダメだ。
だから、彼が欲しかった。
だが―――、欲した結果が、これだ。

「っく・・・お前ら、絶対に・・・潰してやる・・・」
「ご自由にどうぞ?まぁでも、今こうして犯されている時点で、既に貴方は我々の奴隷なんですがね・・・」
「っ・・・!?」

髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる次の瞬間、肉を裂いて強引に内部を犯したその肉塊から、
飛沫のように叩きつけられる熱い体液が己の体内に注がれて、暮人は絶望的な表情を浮かべてしまっていた。
こんな馬鹿げた実験で、自分がどうなるとも思わなかったが、こんな獣に犯された屈辱は、到底許せるものではなかった。
けれど、下肢の奥に注がれる熱い迸りに、意識が歪む。思考が磨滅してしまう。
そうして、己もまた、下肢の激痛に耐えきれず、生理的な涙と、どろりとした精を溢れさせてしまう。
暮人は、血が出るほどに強く己の拳を握りしめていた。

「っく、そ・・・が・・・っ」

急速に意識が遠のく。
みっちりと身体の奥に納まっていた暴力的なそれが引き抜かれて、
暮人はぐったりと床に崩れ落ちてしまう。
己の血の海に倒れ込んだ彼は、そのまま意識を失ってしまったのだった。












drug addict -4-




夜通し行われた狂宴は、早朝4時を過ぎればお開きになった。
散々犯され、全身に深手を負い、血だらけの暮人が舞台から引きずりおろされたのはそんな時間になってからだった。
意識を失い、血の気も失い、致命傷ではないにしろもう少し血を失っていれば死んでいたかもしれない。
まぁそれでも、あそこには傷の回復を早めるような魔術的な処置が施してあった。彼の下肢の傷も既に塞がっている。
漸く自分の手元に戻ってきた暮人に、グレンは冷めた瞳でその姿を映した。
柊の次期当主候補。彼がこんな惨めな格好を晒すことなどほとんどないだろうから、
そういう意味では、愉しい宴だったとは思う。
だが、それにしても百夜教はよくもあんな馬鹿げた研究を考え付くものだとと思う。
連れてきたのはいいが、どんな扱いをされるかまでは聞いていなかったグレンは、想像以上の胸糞の悪さに思わず舌打ちをする。
控室に戻るとまたあの百夜教の暗殺者を名乗る男がいて、グレンは吐き捨てるように言った。

「あんなくだらない実験で、何か成果でもあんのかよ?」
「いいえ?まぁ彼が女性なら少しは価値があったかもしれませんがね。あんなのはただのお遊びです」

肩を竦めて、男はそう言う。傷が残るかもしれない以外は、別に後遺症もないでしょう、とそう言われて、
けれどきっと、この深手は回復するのにも時間がかかるだろうと思う。
痛みくらいなら、呪術で痛覚麻痺させることができるが、見た目までいつまでも幻術で誤魔化すわけにもいかない。
何より、彼はあの、目ざとい従者がいた。
下手に気付かれてはまずいだろう。

「・・・ふふ、壊されて、少し可哀想になりました?」
「うるせぇ消えろ」

手を振って、消えるようにいうと、斉藤は笑い、そうしてグレンの手に薬を握らせてきた。注射筒とアンプル。
記憶操作は、際限なく人体実験を繰り返す百夜教の常套手段だ。眼を細める。
使うか使わないかは貴方の自由です、とそう言われて、部屋には2人だけが残される。
出血は止まっていたが、それでもまだ、肌には血の跡がべったりとついている。
両手首は今だ拘束されたままだったが、とりあえずは濡れたタオルで拭いてやっていると、
不意に、目の前の男が身じろぎした。
きっと、いい加減薬も切れていて、ましてやここは幻術も効いていないから、
逆に己の状態を直視してしまうのは彼にとっては屈辱かもしれない。
だが、さすがに彼とて、今の状況で動くことはできないだろう。
少なくとも見た目では、それほどの傷で。
呻き声を上げ、漸く意識を取り戻す彼を、じっと見つめる。
案の定、暮人は今だに拘束されたまま、きつい視線を自分に浴びせてきた。グレンはそれをまっすぐに受け止める。
こんな場所に連れてきたのは、確かに自分だった。
彼をめちゃくちゃにしたのは、明らかに自分。

「・・・満足か?」

皮肉げに笑う彼に、少しだけ心が揺さぶられた。
頬には幾筋もの生理的な涙が溢れた跡が残り、それを言えば彼は更に屈辱に身を浸すだろう。

「それほどでもなかった」
「こんな所に連れ込んで、よく言う」

身を起こそうとして、けれどいまだに拘束具が自分を支配していることに気付き、暮人は顔を顰める。
そうして、全身に走る激痛。歪む顔、けれどひたすら唇を噛み締めて耐える彼に、
グレンは無言で消毒薬を塗り、縫う代わりに用意されていた手術用のテープで固定した。
動けない彼は、されるがままだ。
きっと、普段ならば絶対に許さない身体を、彼は今、グレンにすべて預けている。
下肢の、一番ひどかった傷の部分にも、消毒用の軟膏を塗ってやる。

「・・・クソ最低だな」
「ああ」
「・・・お前は、こんなクズの組織に与しているクズなのか?」
「してねぇって言ってんだろ」
「はっ、信じられないな」
「まぁ別に、」

この男に信じてもらおうが、信じてもらえなかろうが、どうでもよかった。
柊を転覆させる、その意志はどこに所属していても変わりない。
そうして、そのためにこの契約を交わしたのだった。
だから、あと数時間もすれば、きっと自分は、彼の前で忠実な犬にならなければならないだろう。
協力することに、依存はない。あくまで人間として戦うのであれば、群れなければ強大な敵に立ち向かうことはできないだろう。
相手が吸血鬼ならなおさら。
帝ノ鬼だとか、帝ノ月だとか、言ってなどいられなかったし、暮人はその垣根を越えて、自分に手を伸ばしてきたのだから。
だから、本当は、
こんな取引など必要なかった。
暮人は自分を手に入れるために、既に柊に代償を支払っていたから。

「・・・・・・」
「なんだ」
「抱かせろ」
「・・・っは、好きにしろよ。まだ、お前のモノだろう」

壊れたようにそう言う暮人に、少しだけ目を細める。
全身が軋むほど痛むはずなのに、彼は大義のためならば、己の犠牲など厭わない。
だからこそ、自分に身体を差し出したのだ、と今更感じて、複雑な感情に囚われる。
深夜と同じで、暮人もまた、自分自身に価値を見出しておらず、自分をまったく大事にしようという気持ちはないのだろう。
百夜教も大概だが、柊もひどい世界だと思った。
まったくもって人間らしからぬ機械的な、効率的な生き方を求められる世界。
暮人の瞳を覗き込んで、そうして唇に触れる。
力の抜けた身体は、それでも自分が唇を割り裂くようにして舌を差し入れると、気だるげにそれに合わせてきた。
まだ、それほど回数を重ねたわけではない。だがそれでも暮人はこういう時ばかりは従順で、初めての時は恐怖のため震えているだけだった身体が、
今はまた、自分が撫で上げるとすぐに敏感になって胸元の飾りが立ち上がる。
グレンは、比較的傷のないそこを、丁寧に舐め始めた。

「っ・・・く、・・・っは、」

片方は指先だけで、もう片方は舌で転がすようにして、吸い上げる。
乳首は、彼の敏感な部分のひとつで、既に声音が抑えられない口元を、けれど暮人は必死に唇を噛み締めて漏らさぬようにしているようだった。
だが、時折漏れる熱い吐息は隠しようがない。
そうしていると、先ほどの舞台ではついにイかされることがなかった、彼の雄の部分が熱を持つ。
今回ばかりは焦らすつもりはなかった。
乳首を甘噛みしたまま、指先をするりと砲身に絡める。
亀頭を擦っては、砲身を強めに扱く。先走りが溢れてくると、それを塗り拡げ、また扱く。それの繰り返しだ。性的な行為に慣れていないかれは、
それだけで一気に身体を昂ぶらせる。
相変わらず、下肢は激痛を訴え、背中の傷跡も見ていて痛々しい程。慎重に彼の両足の膝を立たせて、開かせた。
背の傷が直接シーツに触れぬよう、柔らかな毛布を背に差し入れてやる。グレンにしては破格の優しさで、
暮人は瞳でその意外さを訴えていたが、それでも、今の彼に、グレンの行動を制する力などなかった。
開かせたそこに、グレンは顔を埋めた。
暮人の性器は、先ほど散々無視されてきた分、今は明らかな欲望を露わにしていて、だらだらと涎を零している。
それを舌で掬って、グレンは鈴口を中心に舌で舐め始めた。舌でぐりぐりと尿道口を刺激し、軽く含んで亀頭を舐る。
微かに足が揺れ、抵抗を隠せずにいる暮人を無視して、舌で筋に沿って舐め上げる。
完全に勃起している雄の裏筋を下から舌を這わせてやれば、悲鳴のような声音が頭上から漏れてきた。

「っ・・・グレンっ、それは、やめろ・・っ」
「好きそうじゃねぇか。イかせてやるよ」
「待て・・・っあ、・・・く、」

グレンの熱い口腔内に己のそれを包まれて、暮人は思わずガチャガチャと手首の拘束の鎖を揺らしてしまう。
膝を閉じようと必死に身体を動かしたが、既に暮人の足の間に身体を入れていたグレンを拒むことはできなかった。
グレンはたっぷりの唾液を載せた舌で、砲身を音を立てて吸い上げては、ねっとりと砲身に絡み付く。
グレンの口内は、暮人の理性を磨滅させるには十分だった。

「ほら、イけよ」
「っ・・・イく・・・っ!」

はち切れんばかりに質量を増したそれが、グレンの口内で弾ける。喉の奥に叩きつけられるどろりとした精にかすかに顔を顰めたが、黙ってそれを飲み干してやる。
鼻につく、男の匂い。暮人の匂いだった。
好きなわけではない。
愛しているからこんなことをしているわけではないのに、それでも今は少しだけ、愛おしいと思う。
少なくとも、百夜教や柊の思惑に踊らされ、彼自身が呑まれてしまうのは、許せないと思った。

「っ・・・くそ、最悪だ・・・」
「でも、さっきよりはヨかったろ?」

そう見下ろして少し笑いかけてやると、暮人は再びグレンを睨み付け、そうしてふい、と横を向く。
未だにグレンの唇は、男の精を飲み干したせいで濡れて光っていて、
暮人はそれを直視できなかった。
一気に熱が頭に昇る。これは羞恥だった。
グレンにイかされたことに対する羞恥、そしてこうして優しげに微笑まれることの羞恥。あれほど受けた屈辱を、心の傷跡を、
少しだけ癒されたような、そんな感覚への羞恥。
こんな感情を、今まで頂いたことなんてなかったのに。

「・・・少し眠れよ。そしたら、送ってやる。記憶も消せるが・・・どうする?」
「・・・・・・」

その言葉に、グレンの掌に握られている記憶消去剤の存在を見遣った。
ここ数時間前の記憶を完全に飛ばす薬だ。
暮人はそれを見つめ、そうしてグレンの顔を見つめ、そうして瞳を閉じた。
もう、眠りたかった。
とにかく、傷を回復するにも、休息は大切だ。
「別に、いらない」
「忘れたいんじゃないのか」
「・・・・・」
確かに忘れたい記憶だった。あんな穢れたイキモノに犯された過去など、一切思い返したくなかった。
だが、それでも、いまここで記憶を失う薬に頼ってしまえば、
きっと、今のこの記憶も消えてしまうのだろう。
それは、嫌だった。
グレンの気まぐれな優しさに絆されてしまう自分の、この感情について、もう少し向き合いたかった。
凍りついたままの心が、少しだけ揺さぶられた感情。
それも、この一瀬グレンに対する感情だ。まさか、この感情こそが今まで自分の知り得なかったものではないのかと、そう、感じたから。

「俺に、そんなものは必要ない」
「そうか。まぁいいや」

肩を竦め、そうしてもう1枚、毛布を被せてやる。
本当に、眠ってしまいたかった。
身体の激痛は未だに自分を襲っていて、もう、本当は体力の限界だったから。
グレンがもう一度言った、眠れよ、と言葉に導かれるように、暮人は無意識の世界に身体を委ねたのだった。





end.





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お読みいただきありがとうございました!
色々暴走していてすみません・・・。









Update:2015/11/22/SUN by BLUE

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