崩壊前夜。Ep.02



あれから、
皆でカレー鍋を食べた後、居間で至って平和的な情報しか流さないニュースだけ皆で見て、
けれど、さすがに引っ越し当日は部屋の片づけをしなければならず、
今日は早めにお開きとなった。
とはいえ、時雨と小百合は結構遅くまでグレンの部屋を片付けていて、
本来であればまぁこんな日常だよな、と呪術や鬼についての研究書を読み耽りながらグレンは思ったものだ。
まぁそれでも、23時を過ぎればそんな2人の喧噪も落ち着いてくる。
いままでの自室にあった荷物を抱えながらも、名残惜しそうに自分を見上げてくる彼女らを、
しっしっと手だけで追い払うと、グレンは再び手元の本に意識を戻した。
考えねばならないことは山ほどある。
整理したい情報も。だが、とりあえずは風呂にでも入ろうかと、ソファの上で大きく伸びをしたところで、

「や。」
「・・・・・・・・・」

能天気な声と、真上から覗き込んでくる少年の顔に
グレンはひくりと顔の筋肉を痙攣させた。
従者たちがいなくなって、自分1人きりでかなり無防備な状態だっただけに
うまく反応できずに、固まってしまう。

「あは、グレン超変な顔。」

間近にあった顔が、更に近づいてくる。唇が触れそうな勢いのそれに、ようやく我に返る。
寸での所で、欠伸のために伸ばしていた腕で少年の頭を横殴りにすると、
痛っ、と声を上げて深夜は体勢を崩した。
まったく、くだらない冗談である。

「・・・いつ入ってきたんだよ」
「んー、君の従者2人と入れ違いにね」

だって、夜這いするから、ってちゃんと言ったじゃない、と
楽しげに言う深夜に対し、グレンは面倒そうに絡み付こうとする腕を払う。
これでは、結局ほとんど1人でいる時間が取れないではないか。
最後にこのマンションで真昼と接触した際、彼女が託した資料には、百夜教が手をつけている
もう一つの研究―――『終わりのセラフ』計画について書かれていたが、
そのことについて、グレンは今の所誰にも話していない。
今はまだ誰も知らない、『帝ノ鬼』だっておそらくは研究していないであろうそれは、
今後、自分にとって、おそらく最大の切り札になるはずだ。
しかし、少なくとも、今わかる内容だけでも把握しておけなければ
おいそれと仲間を巻き込むわけにはいかない。
だから、当分は、1人になった時間に、その資料に目を通すつもりだったのだが。

「ねぇグレン。僕らに隠してること、あるでしょ?」

視線だけで深夜を見やる。
彼の表情は笑っていたが、目が笑っていなかった。彼の色素の薄い瞳が、
嘘を見逃すつもりはないのだと強い光を放っている。
面倒なことになったなぁと、グレンは天井を見上げた。別に、大して隠さなければならない問題でもない。
今になっても、彼を信じていない、というわけではない。
ただ、知られることで、逆に、暮人や柊家の幹部たちに追及された時、
口を割らないままうまく逃げ切ることも、口裏を合わせておくのも面倒だった。
ソファに凭れ、身体を投げ出したグレンの上に、深夜は膝立ちになる。
以前、彼の求めに応じて身体を繋げてしまってからというもの、彼の馴れ馴れしさは一層大胆になり、
2人きりの時のみならず、仲間や他人の前でも堂々と絡んできてしまうのだから
これでは、関係を疑われても仕方がないだろう。
今のところ、本当にバレているのは時雨だけなのだが、
その時雨はというと、深夜に対し、常に激しい嫉みの視線を向けているから、
これではやはり、バレてしまうのは時間の問題だった。

「不思議だったんだよね。普通なら、僕らが隣の部屋に来たからといって、
 いままで一緒に住んでた従者たちまで追い出す必要がない。わざわざ荷物を引っ越させるのも大変だし、
 結局のところ、朝から晩まで彼女たちはグレンの世話するんでしょ?意味なくない?」
「・・・何がいいたい」

言葉で問い詰めながら、深夜の掌がグレンのシャツの合わせ目に忍び込み、
彼の肌を露わにさせていく。まるで、口で言わないのなら、身体に聞いてやる、とでも言うように、
大胆に触れてくる少年に、しかしグレンは抵抗しない。
どのみち、彼の追及を振り切って自分の時間を持つのはこの際不可能だったし、
それなら逆に、彼の望み通り付き合ってやった後のほうが、比較的自由に彼を扱うこともできるだろう。

「いや、だからね。前にも言ったけど、仲間に嘘つく戦法は嫌われるよ?って」
「誰も嘘なんかついてないだろうが」

同じように深夜のシャツを肌蹴させ、肌理の細かい白い肌の滑らかさを愉しむ。
自分も焼けているほうではないのだが、深夜のそれは髪の色に見られるように、生まれつきの色素が薄い。
厳しい修行を続けてきただろうに、目立った傷痕もなく細っそりとした腰は、中性的な艶やかさすら感じられる。
こうして惜しげも無く目の前に晒されれば、わざわざ彼を拒む理由などどこにもない。
彼自身が望んでいるのだ。となれば、欲望を抑える必要もないだろう。

「―――僕にも?」
「こうやって勝手に暴いておいて、どうやって嘘がつけるって?」

ニヤリと笑って挑発するように彼の腰のラインに手を伸ばし、そうして
思わせぶりに下肢をなぞり、ベルトを緩めていく。
深夜もまた、グレンの、細いながら鍛えられた胸元に手を置き、嬉々として男の上に乗り上げてくる。
どうせ、これから風呂に入るところだったのだ。
多少服が乱れ、汚れてしまっても大丈夫だろう、と彼の下肢に手を置いたまま
今度こそ降りてくる深夜の唇を自ら奪うように重ね、そうして深く舌を差し入れ、隅々まで口内を蹂躙していく。
深夜は苦しげに眉を寄せたが、それでもそう簡単にグレンに主導権を握られるつもりはない。
含み切れない程の体液で口の端を汚しながらも、それでも荒い息のまま舌を絡ませていると、
突然、

ピンポーン

『グレン様、少し忘れ物をしてしまったのですが、入ってもよろしいでしょうか!?』

「・・・っ!!」
「っ痛い!」

反射的に深夜の腹を蹴り飛ばし、グレンは身を起こした。
肩で息をしたまま手の甲で唇を拭い、そうして玄関のほうを見る。
ドアの前にいるのは、おそらく小百合だ。
まだ、普通なら寝ている時間ではない。だから、無視するのは少し無理があるだろう。
それでなくとも、先ほど別れたばかりなのだ。
幸い、鍵がかかっていたから、無理矢理入られることはなかったが―――、
それでも、グレンは慌てたように乱れた衣服を整え、玄関に向かった。
一方、リビングの床に蹴り落とされた深夜は不満そうである。

「・・・どうしようかなー」

とりあえず、乱された衣服と下肢のベルトは身に着けたが、床に腰を下ろしたまま、
深夜はふむ、と考える。
五士や美十はともかく、今後もグレンと関係を持つつもりならば
従者の2人には知られておいたほうがいいのではないか。
彼女らは、内心では不満かもしれないが、基本的にグレンが決めた事ならば文句は言わないのだし
知らせておけば、逆に気を使って自分たちの時間の邪魔をしてこないかもしれないし
何かと都合がいいかもしれない。
となれば、何か決定的なバレ方がいい。何が得策か・・・
そこまで考えて、深夜は何か思いついたようニヤリと笑った。
幸い、準備は彼の従者たちがしていったから万全の態勢に整っている。
深夜は軽い足取りで、リビングと直接繋がっているバスルームへと向かったのだった。










「・・・ったく、小百合。別に、こんな遅くにわざわざ来なくてもいいだろうが」
「すみません、グレン様・・・お邪魔でしたか?」
「いや、そんなことは・・・」

・・・ある。ものすごく。
グレンは小百合の後ろについていきながら、はぁ、とため息をついた。
自分の衣服が、どこか乱れてないか素早く探る。幸いまだコトが済んだ後ではなかったから
妙なニオイは染みついてはいないと思うが―――
とにかく、リビングに深夜を置いてきている。大人しく隠れているだろうとは思うが、
小百合が大人しくただ帰ってくれるに越したことはない。
だからグレンは、敢えて、普段は気にも留めない彼女の行動を追った。
元々小百合の部屋だったドアの前まで来て、(といっても、リビングの隣だからそう遠くはないのだが)
さ、早く取って行ってくれ、と顎で促す。
素直な小百合は、そのままドアを開け、取りに来たはずの荷物を持って戻ってくる―――はずだったのだが。

「・・・・・・どうした?」

ドアを開け、入ろうとする寸前で、小百合は不意にくるりと振り向いた。
その顔は赤い。自分が彼女の部屋を覗くのを嫌がったからかとも思ったが、そういうわけではなかった。
小百合はグレンの顔を見て、そうして俯いて、言った。

「・・・私・・・やっぱり、グレン様のことが好きなんです!」
「は?!」

この状況で言われるとは、これまた想像もつかなかったグレンである。
非常にまずい状況だった。
小百合がここに忘れ物を取りに来たといったのは、多分口実で、自分と2人切りになりたかったのかもしれないと
今になって思う。とはいえ、時雨と同部屋にいるはずであるから、
抜け駆けはまずいはずだ。
だから、時雨にも同じ言い訳をして、ここまで来たのだろう。
となると、万一自分が今ここで、本気になって小百合に手を出せばどうなるか、
彼女もわかっているはずだというのに。
こんな状況で、そんな微妙な話題を出されてしまって、グレンは途方にくれてしまった。
呆れ半分、怒り半分である。

「小百合・・・」
「っわ、私は本気です・・・。この間のことがあって、私、無様な姿を見せてしまいましたが、あのっ、」
「・・・俺は前にもちゃんと言ったはずだぞ。
 おまえの気持ちは嬉しいが、俺には余裕がない。あきらめろ、って」

しゅん、となる小百合の背を押し、部屋に向かわせておいて、グレンは深夜の気配を追う。
聞かれては少々面倒なことになるというか、からかいのネタにされるのは真っ平だった。幸い、
深夜は傍にはいなかったが、とにかく小百合を早く帰らせなければ、と思う。

「グレン様・・・」
「・・・部屋で時雨が待ってるんじゃないのか?
 それに、また抜け駆けしたら、時雨がまた目を吊り上げて怒り出すぞ?」
「うう・・・雪ちゃん怖いからなぁ・・・」

落ち込む小百合に、とりあえず慰めるように頭を撫でてやり、
そうして早めに帰ってもらおうと玄関ホールまで連れて行ったところで―――

ガラッ

「あ、小百合ちゃ・・・」
「!?」

小百合が落ち込んで下を向いている瞬間、
まさにグレンの目の前に現れたのは、素っ裸の深夜で、しかも小百合に声をかけてくる気満々のそれに、
グレンは慌てて後ろ手に開けられたバスルームへの扉を締めた。
バスルームは広く、リビング側と玄関ホール側から、それぞれ入口があるのだが、
深夜はタイミングを計ったように、小百合の前に顔を出そうとしていた。
・・・冗談じゃない。
冗談ではない。あいつは何を考えてあんな馬鹿なことをするつもりなのだ。
血の気が引く思いだった。

「え、今、何か・・・」
「いや、ちょ、ちょうど、風呂に入ろうとしてたところだったんだよ」
「あ、すみません、わたくし・・・」
「大丈夫だ。お前が戻ったら、俺は風呂に入って寝るから」

だから心配せずに戻れ、と言おうとして、
再びぎょっとした。今度はリビングの入口のガラス扉から、深夜は腰にバスタオルを巻き、
肩にタオルをかけた、まさに風呂上りの恰好で、彼女の前に現れようとしている。

「クソッ・・・馬鹿が!」
「え?」

小百合が振り向くその直前、まさにガラス扉が開いたその瞬間、
グレンは目にも留まらぬ速さで深夜の腹を蹴り飛ばしていた。もちろん、深夜は吹っ飛び、広いリビングの向かいの壁にぶつかる。
どしん、と 部屋が揺れる音がして、ちょっと派手にやりすぎたかとも思ったが、
とりあえず、小百合に見えていないのなら、問題な・・・―――

「・・・今の・・・誰ですか?!」
「いや、なんでもな・・・」

必死でグレンが誤魔化そうとするも、無理なものは無理である。
彼が止めるのも聞こえないふりをして、小百合はリビングを開け放った。
微かに残る、夕食に食べていたカレーの匂いと、今まで住んでいた、慣れ親しんだ“家族”のニオイ。
そして、開け放たれたバスルームからは、今の今までだれかが使っていたのが明らかな
湯気が出ていて、そうして、濡れている絨毯の跡を追う。
そこにいたのは・・・―――

「・・・柊・・・深夜・・・!」
「や、小百合ちゃん。お邪魔してるよ〜」

グレンに蹴り飛ばされ、へこんだ壁にめり込んだ状態で、深夜はひらひらと手を振った。
幸い、辛うじてバスタオルは腰に引っかかっていたから、まだ16歳の幼気(?)な少女には到底見せられない
あられもない恰好・・・というわけではなかったが、
案の定、小百合の衝撃は、かなりのものだった。
ショックで口元を押さえ、声も出ないでいる。
だから嫌だったんだ、とグレンはがっくりと肩を落とし、そうして事の発端である深夜を睨み付けた。
彼は肩を竦める。どうせ、いつかはバレることじゃん?と言いたげだが、
時雨はともかく、先ほどのように、色恋沙汰のこととなると小百合は過剰に反応する傾向にあるため
グレンとしては、もう少し先延ばししたかったのだが。
と、

「グレン様!小百合!どうかされましたか?!」

鍵を開けっ放しだった玄関から、時雨が入ってきた。
そうして、すぐにこの奇妙な状況に眉を顰める。頭のいい彼女は、すべて把握してしまっただろう。
小百合がショックで声も出せずにいること、グレンの部屋には深夜が来ていて、
まさにコトに及ぼうという時に、運悪く小百合が入ってしまったのだということを。

「・・・・・・グレン様」
「あ・・・ああ」

時雨は、口元を押さえたまま、いまだ固まったままでいる小百合の首根っこを掴み、
グレンに向き直った。
こういう時、一番冷静なのは時雨なのだから、大したものだと思う。
だが、その瞳は鋭い眼光を放ったままで、主であるグレンも、少しだけ首を竦めてしまった。

「・・・小百合には、私からしっかり説明しておきます。―――柊深夜」
「え」

更にきつい眼光が、深夜を射抜いた。
まさか、自分にまで彼女の攻撃的な言葉が投げかけられるとは思っていなかった深夜である。

「これ以上、馬鹿げた方法で小百合をからかうのはやめてください。
 ―――いくらグレン様のお気に入りでも、今度は許しませんから、そのつもりで」

いや別に、断じてお気に入りなわけではない!!
グレンは必死に脳内で訴えた。
こいつがただ、自分を都合のいい、性欲のはけ口として使っているだけで、
俺はそれに付き合わされてるだけなんだ―――!!!
という言い訳は、もちろん激昂した彼女に言えるはずもない。
時雨は言うだけ言うと、落ち込む小百合を連れ、そそくさとグレンの部屋を出て行ってしまった。
一瞬にして、静寂が訪れる。
ようやく蹴られた衝撃から立ち直った深夜が、肩を竦めてグレンに苦笑してみせた。

「うへぇ、怖いなぁ。ねぇグレン?」
「・・・全部お前が悪いんだろうが・・・」

一気に、心労が増えてしまった。
明日、もちろん遅い朝食で、皆と顔を合わせるのだろうが、
正直合わせる顔がない。時雨や小百合は、きっと一晩のうちに立ち直って、
何も悟らせない顔をするのかもしれないが、
非常にやりにくかった。
一番の原因の深夜は、それでもめげることなく、再び自分の首に腕を絡ませてきていて、
本当に神経の図太い奴だと改めて思った。

「で、今日はどうする?ヤる?」
「・・・風呂入って、寝る・・・・・・」
「じゃ、一緒に入ろう♪俺もちゃんと入ってないしさ♪」

深夜に手をひかれるようにして、バスルームに向かったものの、
もう既に、今日は身体を重ねる気力など残っていないグレンであった。





...to be continued?





Update:2014/12/06/SAT by BLUE

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